初めまして
玄関と違って裏口は開けっ放しにできるよう、ドアストッパーのような木片がついていた。
しっかりとセットし、風通しを確保する。
裏口から家に入った男は、断腸の思いで台所を素通りした。
雑巾になりそうな布が欲しい。
どうしてもなければスポーツタオルを使うしかないが、アテがあった。
ベッド近くに置かれた棚に布らしきものを見た覚えがある。
土間の仕切りの向こう側に回り込んで、お目当てのモノを見つけた。
シーツのような、大きな布が目隠し布のように棚の一部にかけられている。
「それにしてもすごいホコリだな」
両端を手に取り、そっとはがしていく。
黄色く変色してはいるが、わりとしっかりした白い布。
丈夫そうだ。
「これ・・・服か・・・・?」
はがした布の下からは、きちんとたたまれた服の山が出てきた。
横に並べられた4つの塊。
また、はがした布と同じような大きな布の塊が1つ。
これもシーツだろうか。
服を手に取ってみる。
白っぽい生地で出来た服、ごわごわしていた。
これを着たら肌が荒れるんじゃないだろうか。
丈夫そうだし、農作業専用の服かもしれない。
多少の罪悪感を感じつつ、ひろげてみた。
住人の事がわかるかも知れない
服は小さかった。
女物の服だろうか。
丈は問題なかったが、男の広い肩は入らないだろう。
全部同じか?
隣の服の山から、同じように見える一枚を手に取った。
これは大きい。
男でも着れそうだ。
さっきの小さいモノと同じ作りだが、サイズが違う。
Tシャツというには、裾が長い。
チュニックというやつだろうか。
袖も短くもなく、長くもない中途半端。
ダサい。
自分の事は棚に上げ、住民のセンスを疑った。
お前が言うな。
鏡の一枚も持っていない男が言える感想ではないだろう。
おしゃれを知らない男が何を言う。
しかし、そうツッコんでくれる人は誰もいなかった。
結局、服はサイズ違いのチュニックがそれぞれ3枚。
白い同じ生地で出来たズボンが、大小のサイズ違いで2枚ずつ。
ズボンにはゴムが入っておらず、紐で締めるタイプだった。
「ヤバい宗教の人とかじゃないよな・・・・・」
変色しているとはいっても、全身白い服はちょっと怖い。
クリスマスケーキを食べ、正月には神社で参拝をする男は無神論者ではない。
神様はちゃんといると思う。
ただ、宗教にはあまり良いイメージがなかった。
単なる偏見とはわかっているが、怖いモノは怖い。
ある時に報道された、全身白い服の新興宗教が起こした事件のイメージが強いだけだった。
しかし偏見だけで人を判断するのは失礼だ。
こうして世話になっているのに、泥を塗る行為だろう。
住民に会えたらちゃんと人となりを観察しようと思いつつ、元通り、服を丁寧にたたんで置いた。
服はお揃いで男物と女物。
そんな感じだった。
マットレスも布団もない木枠だけのベッドもやけに大きいし、椅子も2つずつ。
ご夫婦が住んでいたのだろうか。
はがした布は、ホコリ避けに被せられていたと思って良いだろう。
同じようなシーツにできそうな大きな布は、他に3枚もある。
1枚、雑巾として使わせてもらおう。
ハンティングナイフを使って、程よい大きさに布を裂いていく。
やはり丈夫な布だった。
けっこうな力がいる。
出来上がった何枚もの雑巾モドキを手に、土間に下りてたらいのような大きな桶を確保した。
慣れた動作で水を溜め、雑巾を浸す。
力強く絞ったそれを手に、大きな四角いテーブルに近づいた。
さっきから気になっていたのだ。
石で重しをされた紙が数枚重ねられ、テーブルの上に置いてある。
A4以上、B4未満、なかなかの大きさの紙。
男の小さい頃には姿を消しつつあった、昔懐かし、わら半紙に近い。
暗く変色したであろう、わら半紙をさらにくすませたような紙。
もちろんホコリがこんもり積もっている。
よくぞチリと化さずに、残っていたものだ。
軽く手で叩いて、ホコリをはらう。
何か書いてあるが、日本語ではないようだ。
英語でもなさそう。
読めない。
何語だコレ。
石をどけて紙を手に取ろうとした男は、石のそばに置かれたゴツイ指輪に気付いた。
元はシルバーだろうか。
黒く変色している。
「呪いの指輪とかだったら嫌だな・・・・・」
白い服で感じたばかりの不気味さから、思考が偏ってしまう。
だが住民につながる情報ならば欲しかった。
指輪の内側に、イニシャルが彫られてたりするんだよな・・・・。
贈ったことも、指輪をはめた事もない男だって、それぐらいは知っていた。
指にはめなければ大丈夫だろう。
念のため、雑巾を置き、革手袋を手にはめた。
思い切って、手に取ってみる。
手の平において目の前に持ち上げ、ホコリを息で吹き飛ばしつつ、まじまじと観察した。
「・・・・・・・」
イニシャルらしきものはなかった。
指輪のサイズはよく知らないが、明らかに大きな指輪だ。
男の指もラクラク入りそうだ。
凝ったデザインもなく、単に指をぐるっと一周まわるだけの無骨な指輪。
特にみるべき情報もなさそうだ。
すぐに興味を失い、テーブルの上に指輪を戻そうとした男は動きをとめた。
「なっ・・・・・」
言葉にならない。
紙を凝視した。
『 初めまして 』
そう、読めた。