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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家でお勉強編
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ここを修行場とする



男は信号木の前からしばらく動けなかった。


マイホームに帰りたくなる。

だがこの時思い出すのは、日本のアパートではなかった。

それならとっくに諦めている。

帰れないと腹をくくった。


男が恋しく思い出したのは、安心安全マイホーム。

家はなくともマイホーム。

信号木のご近所、2週間近く寝起きした大草原だ。

草原には、見知らぬ土地で孤軍奮闘した思い出がつまっている。

帰りたくなってきた。

マイホームを後にして、まだ半日程しか経っていない。

それなのに、なぜこんなにも懐かしく感じるのだろうか。



「ホームシックってか・・・・・」



おセンチな気分。

三十路の自分に似合わないなと苦笑する。

気を取り直して、畑を見て回ることにした。


農場や農園と呼ぶには規模が足らないが、やはりかなり広い。

少なくとも家庭菜園と呼べるような、ささやかさはなかった。

そしてツッコミどころが満点だ。

なぜに皆、あっちもこっちも実がなっているのか。

普通、季節ってモノがあるだろう。

冬野菜とか、夏野菜とか。

季節の旬を味わう会席が創れないじゃないか。



旬の野菜の有難みはどうなるんだ・・・・・。。



見渡す限り、全てが収穫時期を迎えていた。

日本でいうなら大根や芋、掘り起こさねばわからぬ根菜だってあるだろう。

全てというには早計かもしれない。

しかしこれだけ採り放題な畑なら、地面の下だっておかしなことになっているんじゃなかろうか。

呆れたものだ。


見たことがない野菜。

そうかと思えば、見覚えのあるものだって堂々と収獲時期を迎えている。

一番遠い、奥の方に見えている黄金のじゅうたん。

まあまあ広い一角だ。



「コメか・・・・?」



やっぱりコメが好き。

男が働く店の賄いスケジュールでは、コメを食うチャンスは1日1回、夜だけだった。

朝は味見を兼ねたパン。

昼は試作のパスタかピザ。

夜にようやく米の飯。

コメのおかずは野菜の切れ端で作ったお惣菜にお味噌汁。

つまり旨いが粗食、豪華ではない。

それがなんだ。

コメって言うだけでごちそうだ。

厨房戦士はコメ食わないと。

腹が減っては戦が出来ぬ。

お米パワーで長いピークを乗り切ってきた。


期待を胸に近寄っていく。

しかし残念、すぐに違うとわかった。

形が違う。

全体的に垂れてもいない。

「実るほど頭が下がる稲穂かな」ではなかった。

ほどほどに田舎であった実家の近くで見慣れた黄金ではない。



「麦か・・・・?」



麦だとしても、大麦、小麦どちらだろうか。

全然わからない。

ライ麦なんてこともあるのだろうか。

他にも麦に種類はあっただろうか。

この麦も、この惑星ならではのトンデモ品種なのだろうか。

麦畑は見たことがなかった。

調理師学校の座学で習い、辛うじて麦とわかる程度だった。



田んぼと蕎麦ならわかるのに。



つくづく日本人だと思う。

デュラムセモリナ粉がどうした。

どのブランドがいいかと、同僚たちと粉について熱く語った自分の「浅さ」が恥ずかしい。

毎日のように小麦粉を扱っていたのに、勉強不足が悔やまれた。

産地に足を運ぶ。

料理人の大事な修行を怠っていた。

二度目の「つくづく」、反省だ。



今度はちゃんとやろう。



産地で目で見て触って匂いを嗅いで。

コレ大事。

わかっちゃいるが、日頃の忙しさにかまけて出来ていなかった。

今なら時間はたっぷりある。



料理人としてやり直そう。



地に足がついていなかった自分を自覚した。

麦らしきものを見ながら決心する。

すぐにでも山を越え、人を探すつもりだったが、それどころじゃなくなった。

予定変更。



ここを修行場とする。



料理人として再起を賭ける。

男は真面目に決心していたのだが、決心も何も。

再起も何も。

単にやりたかっただけだろう。

同僚ならそうツッコむはずだった。


日頃の業務を投げ捨てて、思う存分、料理の研究をする。

理想の毎日。

料理人というよりも、料理オタクのハマる趣味。

ずるいずるい。

うらやましい。

働けよ。

男を欠いた厨房戦士、店の皆ならそうツッコむはずだった。

だが日本の皆はここにはいない。

男は自由だった。



見知らぬ味の採れたて野菜。

美味い水も使い放題。

火力だって自由自在。

台所だってちゃんとあった。

使えるハーブもあるはずだ。

ウサギ以外の肉も食べてみたい。



ワクワクしてきた。

野菜の手入れをしている通いの人がいるのなら、近いうちに会えるだろうと判断する。



家庭菜園というには規模の大きい畑の野菜は、出荷するのだろうか。

収獲、出荷のお手伝いを、是非ともさせて頂きたい。

労働を対価に、野菜を食わせてもらえれば有難い。

会った時にお願いしよう。

食った後の、事後報告となるのは許してもらいたい。



菜園の主にも、家主にもお願いする方法もわからないが、家も使わせてもらうことにした。

使わない家は傷んでしまう。

ちゃんと大事に手を入れれば、嫌がられることはないだろうと開き直った。



いつか会えたら、旨いメシを御馳走しよう。

大掃除をしなければ。



ああ忙しい、忙しい。

ちゃっかりと理想の研究生活を決めこんだ男は、裏口から家に入るべく、黄金畑に背を向けた。


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