ここにもあったのか
暗かった室内が、差し込む太陽の光で明るく見渡せるようになった。
「広いな」
男のアパートの狭い部屋なら、4つは軽く入りそうだ。
窓を探して振り返った男は、改めて室内を観察する。
やはり何年も使われていない様子。
日本的な玄関は作られていなかった。
靴を履いたまま使う家のようだ。
視界を遮る仕切りはなく、全体が見渡せた。
室内は広く、3つの部分に分かれている。
玄関に入ってすぐは横に広い空間。
手作り感溢れる四角い大きなテーブルに、背もたれのついた椅子が2つ。
両側面には、窓がそれぞれついている。
玄関横と同じ造りの木窓だ。
それぞれの窓の横には、本棚が置かれていた。
右手側にはかなり本が入っているが、左手側はそれほど本が入っていない。
左手側はもう一つ大きな棚。
細々としたものが置かれ、ホコリをかぶっている。
右手側は窓の前に、ちょっとした丸テーブルと背もたれのない椅子が2つ。
ここで読書すると気持ち良さそうだ。
窓を開けつつ、気持ちの良い眺めを満喫する。
奥の方だけ、真ん中に内壁があった。
2つに仕切られた右側奥には、大きなベッドが置かれている。
左側奥は一段下がって、土間になっていた。
台所のようだ。
お勝手口なのか、扉がついている。
玄関扉よりも小さく、いかにも裏口。
台所は後回しだ。
非常に気になるが、ぐっと我慢。
台所を観察し出すと、足が止まってしまう。
まずは先に空気を通さなければならない。
ベッド側、右手奥の窓に近づいた。
ちょうど、玄関右手横の窓の対面だ。
両開きの大きな窓を開けると、風が抜けるがわかる。
風通しの良い家だ。
身を乗り出して家の裏側を見た。
「おっ」
あれはもしかして。
良いモノをみつけた。
急いで仕切りを回り、土間におりて裏口ドアを開ける。
外に出た。
「おーっ!」
料理人のテンションが上がる。
畑だ。
家庭菜園と呼ぶには広く立派で、農園と呼ぶには小規模な畑。
駆け寄った。
「スゲーっ!」
茎が伸び、葉が生い茂っている。
実がちゃんとなっているのがわかった。
見た事のないモノがたくさんある。
明らかにトマトっぽい茎と葉っぱ。
重そうな実をつけつつも、支柱もなくしっかりと自立している不思議。
実のつけ方もおかしい。
太い茎は一本だけなのに、トマトのように垂れ下がった実の種類が違う。
大きさも、色も違う。
一本の茎に、品種が違いすぎる実がついていた。
たったひと房で色とりどりだ。
緑と赤いのはいい。
熟れる前後として、普通のトマトだ。
しかしここから日本のトマトっぽくない、イタリアンな実が続く。
黄色いミニトマトっぽい実。
黒っぽい大きな実。
オレンジの実。
黄色いのは普通サイズのトマトもあった。
黒いミニトマトサイズも発見する。
「おもしれーっ・・・・」
一つの茎に何度も美味しいトマト。
なんてお得。
やはりこの土地の植物は変わっている。
見渡す限り、他にも興味深い野菜はまだまだありそうだった。
料理人の好奇心が刺激される。
楽しい。
夢中になっていた男は、ここで異変に気付いた。
「これ、誰が育ててんだ?」
普通、年ごとに、もしくは季節ごとに種や苗から育てる必要があるはずだ。
野菜作りは手がかかる。
何年も使われていなさそうな家とは、イメージがあわなかった。
確かにジャガイモなどは一度植えると、何年も自生する場合がある。
アスパラガスだって多年草だ。
だが少なくともトマトなどは、ある程度実がなった後に枯れる。
誰か、通いで育てに来ているのだろうか。
しかしそれなら農作業の合間に室内で一休みしても良さそうなのだが、そんな形跡はない。
室内のホコリの量は、明らかに何年も風を通していない家独特の空気だった。
納得いかないモノを感じつつ、辺りを歩き回る。
すると一本の変わった木に気付いた。
「あれ・・・・・」
足早に近づいて見上げる。
「信号木か・・・・?」
アカ、アオ、キイロの小さい果実。
木も小さい。
見慣れた大木が親とすると、子供サイズ。
3メートルもないだろう。
小さいからか、信号木の住民、リスもいない。
「ここにもあったのか」
朝に見たばかりの信号木だが、懐かしく感じるのはどうしてだろうか。
なんだかほっとする。
男はしばらく動かず、見覚えのある姿をじっくりと眺めた。