お宅訪問
ドキドキする。
ワクワクする。
少し不安。
この土地にきて初めてのお宅訪問。
12日目の快挙。
ようやく人と会えるのだ。
こんなに緊張したのは久しぶりだった。
男は太陽の陽射しも眩しい中、一歩、一歩、木造の家にゆっくりと近づいていく。
やはり古いように感じるが、ログハウスにしてはまあまあ大きな家だった。
湖の前、ちょっとした広場に面した建物の真ん中に玄関扉。
50センチほどの、若干の高床式。
柵はないが、廊下のようなウッドデッキが扉側の横一面についている。
扉前には階段が3段。
登山道でみるような、土を木で固めた簡素な階段だった。
玄関の並び、両脇の壁には大きな雨戸がそれぞれついている。
両開きタイプの雨戸は開いておらず、中の状況はわからなかった。
家の前についた。
ゆっくりと階段をのぼる。
しっかりとした大きな扉。
呼び鈴のようなものはなかった。
「・・・・っはーーー」
一つ大きく息を吐く。
どんな人が住んでいるのだろうか。
いざ。
ドアをコンコンとノックしてみる。
「・・・・・」
何も音がしない。
ノックが聞こえなかったのだろうか。
叩くように大きな音を出し、ノックしてみる。
声を出すべく、大きく息をすった。
「すみません、こんにちはー」
大きな声でご挨拶。
しばし返答を待つ。
緊張の一瞬。
「・・・・・」
返答がない。
「こんにちはーっ・・・すみませんーっ」
「こんちはーっ・・・・・」
「すみませーんっ・・・・・」
「ちはーっ・・・・」
「・・・・・・」
声を張り上げ、何回か呼び掛けてみる。
それでも返答がない。
物音もしなかった。
「出かけているのか・・・・?」
がっかりだった。
「出直すか・・・・」
出かけているなら仕方ない。
待つしかないだろう。
諦めたものの、男は未練がましく大きな扉を見上げてため息をつく。
手持ち無沙汰に、取っ手をひっぱった。
「あっ・・・・」
鍵がかかっていなかった。
軽く動いた扉に驚く。
少し迷ったものの、そのまま大きく扉を引いた。
「すみませーん・・・・・」
声をかけつつ、室内を見る。
窓が開いてないからか、かなり暗かった。
やはり人の気配はない。
扉から差し込む太陽の光に反射したホコリが、大量に室内を舞った。
「うわっ・・・・・」
舞ったホコリが男にも届きそうだ。
思わず顔を背ける。
落ち着いてから、もう一度室内をのぞきこんだ。
「人、住んでないのか・・・・?」
何年も風通しをしていない室内のように感じる。
人は住んでいないようだ。
非常に残念だ。
少し迷ったが、失礼を承知で入ってみることにした。
連絡先だけでも探したい。
どうやって連絡をとるかは別として、人里の手がかりが欲しかった。
大きく開いた玄関扉が閉まらないよう、スポーツバッグを重しに置く。
中から2本目のスポーツタオルを取り出した。
鼻と口を覆って、頭の後ろで結ぶ。
由緒正しいお掃除スタイル。
もしくはここなら山賊スタイル。
立派な不審者だ。
「おじゃましますっ」
ログハウスだし、土足でもいいだろう。
室内には目もくれず、まずは玄関右手側の雨戸に近づいた。
ホコリが多く、息をするのも躊躇われる。
近づくと、雨戸と思っていたのは単に木でできた窓だった。
ガラスがはまっていない。
両開きの扉の真ん中に大きなかんぬきがかかっている。
木のかんぬきを外し、外側に大きく開いた。
身を乗り出して、タオルをぐぃっと引っ張って顎下に下げ、外の空気を吸う。
これぞマイナスイオン。
なかなか気持ちが良かった。
いい家だ。
十分に満喫する。
玄関を横切り、もう片方の窓も開けた。
窓から眺めたキラキラ光る湖もまた、美しい。
いかにも皆が憧れそうな家からの景色だった。
レイクビューを堪能する。
タオルを元通り装着し、ほかに窓がないか、室内を振り返った。
玄関と並ぶ大きな窓2つが開いたことで、室内はかなり明るくなっている。
やはり人の住んでいる気配はなかった。
残念だが、家があっただけでも良しとしよう。
少なくとも誰もいない惑星ではない。
ちゃんとヒトが建てた家がある。
それがわかっただけでも十分だろう。
男は気を取り直し、とりあえずはこの家に風を通すことにした。