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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
大草原脱出編
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そして男は歩き出す


爽やかな風も気持ちが良い大草原の午後。


とりあえず歩き出した男には、行くあてなどあるはずもない。

不安になるほどの自由を、無理やり楽しもうとしていた。


フラフラと右に進んではしゃがみこみ、左に進んではまたしゃがむ。

多種多様な草をじっくりと観察した。

どうやったって職場に戻れない男には、時間がたっぷりあった。

働けない現実から目をそらして、目の前の娯楽に没頭する。



「・・・・・おもしろいな」



それでも手に取ることはしなかった。

見知らぬ草を素手で触るなんてとんでもない。

危ないからだ。


自然とはおそろしい。

手がかぶれる程度なら、逆にラッキーだろう。

被害がその程度で済むとは言い切れなかった。

ましてや、ここはどことも言えない見知らぬ土地。

山歩きに慣れた男は慎重だった。


男は高校時代、長い休みの度に山奥にこもってバイトをしていたからだ。

春休み、GW、夏休み、シルバーウイーク、冬休み。

3年間のまとまった休みを全て費やしたリゾートバイトだった。


別に男が山奥で過ごすことにこだわったわけではない。

厨房に入れるリゾートバイトを探した結果だ。

しかし、しゃれたリゾートでは、中学を卒業したばかりのバイトを厨房に入れてはくれない。

高校生でも厨房に立てるバイトとして、たどりついた「リゾート」が山奥だった。


このリゾートバイトとは名ばかりの、山奥での民宿の仕事は多岐に渡った。

民宿を営む老夫婦は、孫のように男をかわいがり、なんでも教えてくれたものだ。

獣の罠をしかける爺さんに同行して、山を歩くのも仕事の一つ。

期せずして、山でのサバイバル修業の日々を送った。

高校卒業の頃には、爺さん直伝の山の歩き方はベテランのそれだった。


だからわかる。

やはりおかしい。



「なんだココ・・・・・」



確かに似てはいるのだ。

似ているのだが、どこか違うのだ。

道端で、山の中で、厨房で、市場で。

男が日本で見てきた、どの雑草にも野草にもハーブにも山菜にも一致しなかった。


触って調べてみたくなったが、この暑い中、わざわざ革の手袋をはめる気にはならない。

見るだけに留めた。

ちなみに山菜に似た草もあったが、ワラビっぽいものは見つからなかった。



「さて、そろそろなんとかしないと日が暮れちまう」



ひとしきり好奇心を満足させた男は、改めて現実と向き合った。


このままでは野宿になってしまう。

一晩くらいならいい。

二晩でもなんとか我慢する。

だがずっと続くのはさすがに遠慮したい。


それに食料だってそんなにもたない。

大きなパンを節約しつつ食べても、4,5日がいいとこだろう。


何より水がない。

これこそが一大事。

ある程度食わなくても人は生きていける。

でも水はダメだ。

水がなければすぐに干からびてしまう。

今現在、男の「命の水」は、茶色い瓶の栄養ドリンクがたった1本。

このままだと、命が尽きるのは容易に想像できた。



木はないのか。

山はないのか。

鳥はいないか。



ぐるりと360度、はるか彼方まで目を凝らす。

少しずつ方角を変え、何度も見た。

秋に受けた職場の健康診断では、男の変わらぬ視力の良さを褒めてもらえたのだ。



絶対見える。

見えるはず。

見つけてみせる。



こんなに必死にモノを見たのはいつぶりだろうか。

命がけでモノを見る。

初めての経験だ。


しばらくすると、なんとなく、なんとなくだが、山らしきものがみえる気がした。

気のせいかもしれない。

しかし、それ以外にめぼしいものはない。

幻であってもかまうものか。

どうせ他に見えるものもない。

山があれば川がある。



山を目指そう。

川を探そう。



遊びの時間は終わりを迎え、男はようやく現実と向き合った。

いつ帰れるかはわからない。

ただ、この草原を脱出しなければ色々ジリ貧だとわかっていた。


男はかすかに見える山に向かって、しっかりとした足取りで歩き出した。

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