世話になったな
大草原11日目。
朝っぱらからため息をついた男。
結局、消えた光の花の根っこ、長芋モドキはみつからなかった。
切り花も豆電球のついた針金に姿を変えた。
どうすればいいのか。
計算が大幅に狂ってしまった。
切り花は挿し木として、長芋は種芋として。
草原の土に植える予定だった。
毎日、楽しみに見守るつもりだったのに。
2つ目のため息が出てしまう。
植物の成長を見守るのは、地味だが楽しいものだ。
光の花の育ち具合を見守り、時々はウサギを捕りに行き、毎日肉パーティ。
大草原での暮らし方。
素晴らしいスローライフ。
そんな予定が泡と消えた。
がっかりだった。
豆電球のついた針金と化した光の花は、もう給水することもない。
針金を抜き、ペットボトルと空き缶の水を捨てた。
手に持った針金を持て余す。
大地の上に、直置きするのはなんとなく気が引けた。
いかにもゴミのようになってしまう。
とりあえずスポーツバッグの上に横にして置いた。
「怠い・・・・・」
たったこれだけの動きが妙にしんどい。
少しはマシになった筋肉痛のはずが、体に重さを追加した。
草原を見渡すと、オーバーヒートで苦しみながら脱ぎ捨てた服が散乱している。
洗濯しないと。
土や汗で汚れたスウェットを着た男から、ますますやる気が失われていく。
結局この日は、丸1日だらだらと寝て過ごした。
それでも午後、遅い時間には草原に散らばる服を拾い集め、洗濯は終わらせた。
働き者のヒマつぶしだ。
ついでにウサギの白身肉も食べきった。
ちなみに赤身肉はまだ硬い。
ウサ追い祭りは遡ること、4日前。
昼過ぎに捕まえたウサギの肉だ。
硬直時間長すぎないか・・・・?
肉を冷やす氷を入れ替えながら疑問を持ったが、地球の常識ではかれるものではないのだろう。
白身肉の硬直が解けるのは異常に早かった。
鳥肉並みの早さ。
じゃあ赤身肉は牛肉並みの遅さだろうか。
深く考えることはない。
肉が悪くなっているわけでは無いので良しとした。
11日目、日没を眺めた男は早々に寝てしまう事にした。
まだ辺りはうっすら明るい。
空に浮かぶは半月が1つだけ。
時計がなくとも、2つ目の月が昇るはずの21時にもなっていない事がわかる。
日本にいたなら厨房が戦場と化す頃だ。
上下スウェットでふて寝を決め込む男には、厨房戦士の面影はみじんもなかった。
枕にするスポーツバッグの上に置かれた光の花のなれの果てを、片付ける三十路の男の丸い背中。
そこはかとなく哀愁が漂う。
片付けるといっても、長い茎はバッグに入らない。
仕方なくまとめて地面に置いた。
もう今日は光の花を見たくないしな・・・・・。
凹んだ時は寝るに限る。
明日のことは明日考えよう。
まだ疲れていたのだろう、睡魔はすぐに訪れた。
休息十分、ぱっちりと目を覚ますと、光の花が満開だった。
見たくないから咲く前に寝たのに、散る前に起きるなんて。
皮肉なものだ。
でもすっかり眠気はとんでいた。
二度寝はできそうにもない。
見上げた空には半月が2つ。
ということは、光の花が散りゆく時間が近い。
男は寝ころんだまま、ぼーっと光の花を見つめた。
立って見る事が多かった光の花。
下から見上げるのは新鮮だった。
やはりすばらしく美しい。
そのうちに光の花が散り始めた。
いつもならば、腰の高さで小さく弾ける無数の花火。
地面の高さから見上げると、さらに「花火感」が増す。
悔しいがやっぱり綺麗だった。
ふと目線をかえ、光の花の切り花、針金になった残骸が置かれている地面を見た。
「うぉっ!!」
慌ててとび起きる。
切り花は豆電球のついた針金ではなかった。
残骸なんかではなかった。
光っている。
各種ちゃんと色とりどり、光の花びらがあった。
男が寝ている間に、ちゃんと咲いていたようだ。
水にさしてもないのに。
土に植わってもないのに。
そして草原に咲く花と同じように、光が膨らみ散り始めていた。
おそるおそる手にとった。
長い切り花5本を右手に、短い切り花5本は左手。
やわらかい・・・?
深緑色の茎は「ハリガネ感」を残しつつ、すこしだけしなるようになっていた。
やわらかく手で簡単に曲がる針金。
そんな感じだ。
草原に咲く花を支える茎とは全く感触が違う。
風に揺らされるほどのしなやかさはなかった。
しかし、切り花に至っては草原で咲く花と全く同じだった。
手に持った切り花も同じように、無数の光となって散っていく。
ちゃんとスローモーション。
ちゃんと花火。
「すげえ・・・・・」
花火が終わりを迎え、草原が静まり返った頃。
男が握りしめていたのは、豆電球のついた固い針金モドキ。
元の姿、光の花の残骸に戻っていた。
でもこの姿はもう男を凹ませることはない。
男は針金モドキを、そうっとスポーツバッグの上に置いた。
日課のストレッチを始める。
ご来光を眺め、シャワーを浴び、干していた服に着替えた。
長袖Tシャツ、カーゴパンツ。
ちゃんとベルトも通し、靴下をはいて靴を履く。
ひとまず汚れ物袋にいれたスウェットはバッグに入れた。
ウサギの赤身肉と氷袋の入った紙袋もバッグに入れて。
スポーツバッグの外ポケットには、ウサギのツノ。
加えて短い方の光の花の針金も、反対側の外ポケットにまとめて入れた。
全ての荷物をまとめたスポーツバッグを、斜め掛けにして立ち上がる。
左手に握るのは、1メートルほどの針金モドキ5本。
光の花の残骸は、草叢をかき分けるのに役立つだろう。
カーゴパンツの右ポケットにはいつでもすぐに、抜けるようにしたハンティングナイフ。
準備万端。
そして男は。
「世話になったな」
大草原に語りかけ、慣れ親しんだマイホームに背を向けた。
ちょっとぐらいカッコつけたっていいじゃないか。
草原に来てから、いろんな黒歴史ワードを量産した男に恥はない。
おっさんだって勇気りんりん。
輝く瞳。
大草原12日目。
森に向かって、大きな一歩を踏み出した。