計算、狂いすぎ
光の花の採取、男が考えた3つ目の方法。
挿し木。
新芽や脇芽がついた枝分かれした茎を、10センチほど切り取って土に挿す。
茎を切った直後は水に差し、給水させてから茎を土に挿すとアラ不思議。
2週間もすれば、土にささった茎からちゃんと根が生えてくる。
種から育てるよりお手軽に植物を増やせる方法だ。
ただし今回、問題は光の花の特徴だった。
まっすぐな茎が1メートルほど伸びた先に1輪の光の花が咲く。
枝分かれした茎も、ましてや新芽も脇芽などもない。
プランターも鉢もない。
そこで男は考えた。
光の花から下、10センチぐらいの所の茎を切る。
給水した後、直接、地面の土に茎をぶっさす。
ハイ終了。
あとは2週間後を楽しみに。
なんとも乱暴な方法だった。
こんなものを挿し木と言ってはダメだろう。
土いじりに詳しい人なら、まずやらないダメさ加減。
軽く考えるな。
説教されそうだ。
園芸の素人、大雑把な男だからこそ考えた方法だった。
しかしムリで元々と開き直った男は真剣だ。
慎重に茎を切る。
ナナメに繊維を壊さず、すっぱり切断、鋭角に。
10センチほどの光の切り花を5種類全部、ビールの空き缶に入れていく。
このまま給水させ、夜が明けたら植えてみるつもりだった。
3つの作業も一段落、男は水を飲みつつ夜空を見上げた。
月は既に3つ姿を消し、残りは2つ。
時計が壊れているので時間はわからないが、月が残り2つなら夜明けも近い。
光の花が花火のように散っていくのもそろそろだ。
せっかくだから花火を見てから寝よう。
ストレッチしつつ、時を待つことにした。
やがて草原に浮かぶ、ふわりとしたやさしい花が輝きを増す瞬間がやってくる。
フィナーレの花火が始まった。
光の花が膨らみ始める。
スローモーション。
元の大きさの2倍ぐらいに達した頃、ゆっくりと細かい無数の光に分かれて拡がっていく。
光が弾け、闇に溶けるように消えていった。
いつ見ても幻想的。
飽きずに見とれていた男は、ここで異変に気付いた。
「オレの花がっ・・・・」
フィナーレの花火を迎えていた。
掘り出した長芋モドキをつけたまま、地面に横たえた花も。
ビールの空き缶にさした花も。
ペットボトルの花も。
草原に咲く花と同じように、花が膨らみ散り始めていた。
「・・・・・・」
凝視する男。
このまま跡形もなく、枯れてしまうのか。
「・・・・・」
スローモーション。
光が細かく弾け、せっかくの花びらが闇に溶けていく。
それだけではなかった。
特に掘り出した長芋モドキ。
深緑色の長芋がみるみる萎んでいく。
長芋と花をつなぐ深緑色の茎も、細く細く。
存在感を失っていく。
「マジかよ・・・・・」
花の光が消えた後、地面には何も残されなかった。
確かにここに、掘り出した長芋モドキがついた光の花を5本全種類、並べて置いたはずなのに。
跡形もない。
元から何も置かれてなかったかのように。
地面には何にもなかった。
あんなに立派な長芋モドキが消えるなんて。
自分の目が信じられない。
土から掘り出してしまったから、消えたのだろうか。
新たな長芋モドキを求め、光の花が咲いていた地面を掘り起こして探すことにした。
再びウサギのツノを手に取り、地面を掘りかえす。
太陽が昇る中、けっこうな範囲を掘り起こして探してみた。
しかし、掘れども掘れども長芋モドキは見つからない。
草原のどこにも光の花の痕跡は残っていなかった。
「疲れた・・・・・」
夜も明け、気付けば辺りはすっかり明るくなっていた。
のろのろと目線をうつし、空き缶とペットボトルにさした光の花に近づく。
花というより、花であったもの。
こちらはちゃんと「跡形」が残されていた。
花があったところに、小さいマメ球のような塊がぽつんとついている。
5ミリもない丸い塊。
触ってみた。
固い。
これが種だろうか。
給水させていた空き缶から1つ取り出し、まじまじと観察する。
しなりのあった深緑色の茎も固くなっていた。
例えるならちょっと太い、まっすぐな針金。
昔はクリーニングのハンガーが針金だったが、それと同じような頼れる太さだった。
風に揺られていた儚い雰囲気は全くない。
茎の切り口、断面を観察する。
うん、水いらない。
それは針金そのもの。
茎の中身が針金のように一体化しており、給水できるような繊維質が感じられなかった。
ペットボトルや空き缶にさしていた、花の全てを手に取って観察しても一緒。
生きている植物を感じさせるモノは全くない。
まっすぐな深緑色の針金の先に、豆電球がついている。
これが見た目の正しい表現だろう。
豆電球にはうっすらとだが、それぞれの色がついていた。
くすんでいるが、赤、紫、黄色、白、青。
花の色の名残があった。
計算、狂いすぎだって・・・・。
男は1つ、ため息をついた。