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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
森でお勉強編
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なぜにどうして高級店


メシ屋は旨いメシが出せればいい。



調理師学校の先生がどう言おうと、決め手はメシの旨さ。

それだけ。

必要十分条件。

そう思っていた。

確かに一般的には間違いじゃない。

しかし高級店という分野においては絶対的に間違いだ。



旨いメシを出せるのは、土台であり基本。

最低条件。



こんなはずじゃなかった。

こんなことに、こんなにカネをかけるなんて。

こんなことに、こんなに手間をかけるなんて。

星を獲得する日本料亭に就職し、身をもって思い知らされたことだ。

ちなみに配属は退職するまでずっと、完全予約制の本店だった。


元々、高級店は就職先の単なる選択肢の一つでしかなかった。

一流を知る。

これだけは他の店や独学などでは追い付かない。

懐の都合がモノをいう。

一流を知り、目を鍛え、使いこなす。

庶民の懐におさまる努力じゃ、経験が足らなくなる。


珍しく新鮮な素材、下拵えの手間、ワインや日本酒の味、切り方、盛り付けなどの造形技術。

使う皿からして全然違う。



特に日本料亭で使うような器はすごい。

日本の焼きもの文化を象徴しているといってもいいだろう。。

一つずつ布でくるんで木箱に仕舞って保管する。

こんな器を惜しげもなく使っていく。

そこまでの厳重保管をしない器であっても、大事に大事に仕舞われている。


だからお運びさん(料亭の仲居)だって、宴席では何人も必要になってしまう。

片手で料理をつける(料理をお客様の目の前に出す)ことも少ない。

近くの作業台や、畳であれば畳の上に脇取(料亭で使う大きな長方形のお盆)を置いて両手でつけていくのだ。

もしくは、脇取を持ったままのお運びさんの横についた2人目が両手でつける。

なんとも非効率。


居酒屋のように、お皿を積み上げ、まとめて下げる事もなかった。

器同士を重ねるなんてあり得ない。

茶碗など小さい器でなければ、重なりあわずに脇取にのせられるのが、3つぐらいの時もある。

たった3つの皿を下げ、また同じテーブルに残りの皿を下げに行く。

会席の途中、たった1つのテーブルの皿を下げるのに何往復もしなければならない。

下げられた皿は洗い場さんが洗い、作業台にずらっと並べられ、お運びさんが丁寧にふきあげて仕舞っていく。

ホントに非効率。


器の値段を学ぶ機会は、結構早くに訪れた。

追い回し(料亭料理人の一番下っ端)時代、通りがかった和食器の店のショーウインドー。

結婚式の会席の時には使う、向付(刺身)の皿と同じものが飾られていた。

鶴を象っている皿。

同じだ。

店のと同じ。

4万円以上してる・・・・・。

1枚の皿に使う値段じゃねーよっ!

店には何枚もあるじゃねーかっ!!

「業務用」はどこ行ったっ!!

寒空の下一人、ショーウィンドー越しにツッコんだ事を思い出す。


別にこの器だけが特別だったわけじゃない。

知れば知るほど、全部の投資額なんて想像もつかない。

絵柄や形だけなら、安くとも良い器がいくらでもあるだろう。

だがお高い器は、その薄さや手触りからして全く違う。

目利きでなくとも違いがわかるかもしれない。

こと料亭に至っては、器によって店の格が簡単にはかれるかもしれない。


厨房の隣、木で細かく仕切られた空間を見上げて驚かない新人などいなかった。

別の区画の食器棚が並ぶ圧迫感が、可愛く思えるほどの異空間。

器の倉庫だ。

着物姿の仲居さんが低い脚立をつかい、木箱をしまう姿。

映画にでも出てきそうな時代錯誤感すら漂っている。


そんなお運びさんの片付けを横目に、追い回しの自分は、水菓子の爪楊枝を作ることがあった。

コースの最後、果物に添えられる竹の爪楊枝。

料亭の敷地内で採られ、細く切られ保管してある青竹を削って作るのだ。

わざわざ手作り。

使い捨てなのに。

買うものじゃなかったんだ・・・・・。

追い回し達には細々とした仕事がある為、毎回30分から1時間ほど居残りだった。

先輩の目がなく、他愛もない話をしながらの居残りはいつも楽しかった。

ただし戸惑いが伴う仕事も多かった。

料亭での下積みの苦労は伊達じゃない。

技術含めてイロイロと鍛えられる。


そこから男は学んだ。


日本料亭にはすばらしい食事、味だけを楽しみにいくのではない。

玄関でさりげなくたかれるお香。

職人の手が入った季節を感じる庭園。

掛け軸、生け花。

器の手触り。

着物をさらりと着こなしたお運びさんの接客。

お客様が気付かぬ所まで含めて、全てが一流。

全てに細かい気遣いがある。

男の働いた料亭の一番大きな広間では、舞妓さんや芸妓さんの為の舞台もあった。

タイミングをあわせて緞帳をあげるのは、サービス部門のベテランだ。

日本料亭は日本文化、そのものを楽しみに行く所。

料理だけではない、文化を味わう所。


その後やり手の女性オーナーの高級店でも働き、確信した。

高級店でこだわるべきは、味だけじゃない。

味やメニューは土台で基本。

最低条件。

世にも珍しい光の花を置くのなら。

雰囲気大事。

味だけでは評価が決まらない高級店一択。

光の花が生きるような店を創ろう。


なぜにどうして高級店。

光の花を飾るから。

だからこその高級店。


叩き上げの料理人として、男が出した答えだった。


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