帰ってきたオトモダチ
肉の入った紙袋のそばで力尽き、己が意識を手放した男。
こんこんと眠り続けた。
普段は短時間睡眠でも十分に無理がきく体質を考えると、やはりダメージは大きかったのか。
喉の渇きで目を覚ました。
「っぅうう・・・・今何時だ?」
いつものように腕時計をみようとして、腕を持ち上げようとした瞬間。
「っぁあがっ・・・・・いてーっ・・・・・」
あまりの痛みに腕を動かすことができなかった。
やばい。
決裂したんじゃなかったか。
もう二度とオレの人生に関わらないはずだったんじゃないのか。
どういうことだ。
どっかいけ。
あっちいけ。
イヤだイヤだ。
仲良くなんかしたくない。
男がその存在そのものを否定しているモノ。
何より怖いアレ。
この草原にきてから濃く長いお付き合いを繰り返したオトモダチ。
あんまり仲良くしたくないオトモダチ。
近寄りたくもない。
何より怖いオトモダチ。
そう。
犯人は。
人じゃないけど。
筋肉痛・・・・・・・。
男の全身をかなりな勢いで襲う筋肉痛。
寝返りすら厳しい。
仰向けのままぼんやりと空をみつめた。
首を少し動かすのも厳しい。
いや、まったく動かなくともイタイ。
痛い痛かろう痛すぎる。
「もー・・・一生オサラバだと思ったんだけどなー・・・・」
人生上手くいかないなー。
かなり凹んでいた。
心の中でグチグチと不満をもらす。
言葉を口にすることすらしんどい気がした。
せっかく超人に変身できたのになー・・・・・。
変身解除したら熱いのからも助かったのに。
筋肉痛が戻ってくるとかって詐欺じゃねーか・・・。
あー喉渇いたなー・・・・。
喉の渇きに水を欲するも、指先一つ動かすのも厳しかった。
もうちょっとしたら水を出そうと思いつつ、動く気になれない。
また寝てしまいそうだ。
すーっとそのまま睡魔に身を任せようとした時、肉の存在を思い出した。
ヤバい、氷変えないと。
喉の渇きよりもよっぽど大事だった。
後回しにはできない。
そばにある肉の袋を探して首を動かした。
袋を見つけて、腕に力を入れる。
紙袋をなんとか引き寄せた。
「あがっ・・・・うっ・・・ふんっ・・・」
少し動くごとに強まる痛みにうめき声が漏れた。
たったこれだけの事におそろしく時間がかかる。
手の感触だけで肉の袋の中をさぐると、肉はまだちゃんと冷たい。
しっかり冷やされているが、氷は全て溶けていた。
氷の入っていた2つのビニール袋を引っ張り出す。
苦労して中身を新しい氷に入れ替えた。
ついでに自分の口いっぱいにクラッシュアイスを放り込む。
ちょっとしみるが、冷たくて旨かった。
体の痛みに抗いながらも、なんとか氷を元通り肉にセットする。
よし、満足。
思い残すことなく動かぬその身を睡魔に任せた。
次に目覚めたのは光の花が咲誇る夜。
目を開けて飛び込んできた幻想的な風景は、彼岸か此岸が天国か。
寝起きの頭で判断できない。
動かぬまましばらく眺めて、納得する。
ここはマイホーム、大草原だ。
安心した。
まだ体は極力動かさない。
満身創痍、それがぴったり来るほどの筋肉痛だった。
逆に言えば、筋肉痛しか感じられないのがすごい。
骨の1本2本折れているとか、捻挫とかがあるのだろうか?
筋肉痛が痛すぎて、他の不調を感じなくなっているというのはあるのか?
骨折より強い痛みの筋肉痛。
ないない。
だが、絶対ないと言い切れないのが怖い。
だぶん大丈夫。
大丈夫なはずだ。
体を動かせるようになったら、飛び跳ねて確かめようか。
しかし筋肉痛に負けずに動ける時がいつになるのか、想像もつかなかった。
だいぶ先になるかもしれない。
なんとかこの長い付き合いのオトモダチが機嫌を直してくれればいいのだが。
時間が気になった。
ただ腕時計は、腕にはまっていない。
水を浴びる時に外していた事を思い出した。
そこまで取りにいくなんて、無理すぎる。
ほんの数歩の距離ですら、今の男には気が遠くなるほどの距離だった。
光の花の鮮やかさから真夜中を過ぎたことを理解し、夜空に月を探す。
お月様いくつだ?
4つ確認する。
夜中、午前1時を過ぎていると月の数から時間を推測した。
苦労して肉を冷やす氷を入れ替え、自らも水分補給。
そしてまた目を閉じた。
どうせ動くこともままならないのだ。
おとなしく睡魔に身をゆだねた。
そうして帰ってきたオトモダチに全ての時間を支配され。
ご機嫌を取ろうにも、あまりの痛みでストレッチもできずに。
起きては氷を入れ替える事を繰り返しただけで9日目は終了した。