表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
森でお勉強編
80/169

アナタは立派な文明人


プシューッ・・・・・・。



熱暴走と言っても過言ではない、体の芯から感じる高い熱。

クルマで言えばオーバーヒート。

人間で言えば・・・・なんだろうか。

男を苦しめた熱が急激に抜けていく。

プシューという音すら聞こえてくるようだ。


今の男は例えるならば圧力鍋。

推奨される使い方、余熱調理はさせてもらえない。

過熱をやめて自然放置、圧が自然と抜けていく。

そんな悠長なことはしてもらえない。


過熱をやめる、ここまでは一緒。

シンクに持っていかれ、冷たい水をぶっかけられて。

鍋のおもりは手でつまんで傾けられて、一気に圧が抜かれていく。

プシューっと。

すぐに蓋を開けても中身が爆発しないように。

せっかちさんが使う圧力鍋。

それが今の男の状態だった。


三十路の男のナニが調理されたのか。

枯れた生活を何年も続けているとはいえ、まだまだ気になる複雑なお年頃。

長生きだってしたいもの。

しかし今の男にそんなことを考える余裕はなかった。


体の芯に熱を感じなくなり、今度は体が急激に冷えていく。

氷が次々と体にぶつかってくるのを感じる。

攻撃してくる氷水から逃れたかった。

暑さが一転、今度は寒い。

水も氷も流れるままに、フラフラと歩いてスポーツバッグの側にがっくりと膝をついた。

震える手でのろのろとチャックを開け、中をあさる。

スポーツタオルを肩にかけた。

あったかい。


ざっと体の水分をふき取ることで、寒さは少しマシになった。

全身が痛いような気がする。

そんな痛みすら麻痺しているようだ。

自分の体がままならない。


上手く動かない手で、お泊りセットの寝巻代わり、灰色のスェット上下を苦労してひっぱりだした。

まだ若干濡れている体にかまわず、スェットを着込もうとする。

両袖に腕を通して、一度休憩、動きを止めた。

しばしぼーっと空中を見つめる。



何をするんだったか。

そうだ、服を着ないと。



頭を下げ、のろのろと腕をあげ、スウェット・トレーナーを頭からかぶった。

たったこれだけの事にかなりの時間がかかってしまう。

普段ならば一瞬。

今の男は、介護が必要かと心配されるほどに体が上手く動かなかった。

だがそんな親切な人はいない。

誰も男を見ちゃいない。


遠く遠く、気が遠くなるほど遠く離れた日本なら。

心配してくれる人もいるだろう。

それぐらいの人望だって付き合いだって、ちゃんとある。

だが今日も今日とて大草原。

そばには滝のように流れ続ける氷水。

脱ぎ散らかした服。

放り投げられた腕時計。

体を拭いたスポーツタオル。

男はぽつんと独り、大草原。

忠犬二クラブだっていないのだ。

何がどうあっても、自分の面倒は自分でみなければいけない。


スウェットパンツを着ようとして、トランクスをはいていない事に気付いた。

バッグから引っ張り出し、両手に持った。

座ったままなんとか両足を通していく。

少しずつ体をゆする様に動かし、腰まで引っ張り上げた。

文明人の誇りを捨ててはいなかったのか。

極限状態であっても、ちゃんと下着をはく。

よくやった。

アナタは立派な文明人だ。

誇っていい。

胸を張れ。

そうやって褒めてくれる人も、もちろんいない。


ちなみに男は胸を張る所じゃなかった。

そんな余裕はない。

背を丸めた姿は、一気に老け込んだようだった。

ゆっくりゆっくり、少しずつ動き続ける。

なんとかトランクス、続いてスウェットパンツをはくことができた。



まだダメだ。

まだいけない。



男にはやる事があった。

何より大事な食材管理。

立ち上がろうするが、足が震えてとても立つことができない。

地面についた体を支える腕もブルブルと震えている。

生まれたばかりの小鹿のようにかよわく、力の入らない腕と足。

しばらく頑張ってみるも、ぺたりと地面に倒れ込んだ。

そのまま意識を失いそうだ。



料理人をなめんな。



プロ意識を総動員。

プライドだって総動員。

人としてのプライドはなくとも、料理人のプライドだけは無駄に高い。

歯をくいしばり、四つん這いになった。

力を振り絞り、顔をあげて肉の置いてある紙袋に睨みつけた。

一歩一歩。

ではなく、ハイハイでじりじりと肉の袋に近づいていく。



このオレが。

オレが守らなければ、誰が肉を守るんだ。



使命感に駆られていた。

ただし、相手が肉だというのが惜しい。

ヒロインを守るのならばカッコいいのに。

極限状態であっても文明人の誇りを死守したこの男。

どんな時でも安定の残念っぷりだった。


ようやく肉の入った紙袋にたどり着き、四つん這いの両足に体重を移動、正座で体を落ち着ける。

地面には肘をつき、土下座のような状態のまま、紙袋を引き寄せた。

震えのおさまらない手で氷を入れたビニール袋を取り出した。

ほとんど溶けている。

氷を出し、上手く動かぬ両手を使って中身を入れ替える。

元の通り、ちゃんと肉が冷やされるよう大事に氷をセットした。



やった。

終わった。



そこまでが男の限界だった。

その場で仰向けに地面に倒れ込み、即座に意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ