ちょっと楽しい
「どうすっかなー・・・・・。」
空は青く、良い天気だった。
早朝から深夜まで厨房に缶詰めだった男には、青空すらも目新しく思えてしまう。
久しぶりにまとまった睡眠をとれた体は、すこぶる軽い。
風が気持ちよかった。
腹も満たされ、睡眠も十分。
なんだかいい気分になってくる。
寝ころんだまま、男は大きく伸びをした。
もうどこだっていいか。
体を起こし、気を取り直して辺りを見回す。
優しい風が草原を生き物のように揺らしていた。
青一色の草原に見えていたが、よくよく見れば様々な草が生えている。
ひざ丈ぐらいありそうな草もあった。
食材として見たことのあるような草も多い。
意外と様々な色の花も咲いていたが、小さい為か、さほど目立たず草原の色の中に埋没していた。
西洋ハーブっぽいもの。
七草粥にして食べていたような草。
タンポポに似ている・・・・・が真っ白い花をつけた草。
おしい。
「なんかすごいな、ここ」
植生が絶対におかしい。
何でもありな気がする。
日本なら、同じ場所に生えるはずがなさそうなモノが隣同士だ。
森の中の暗いところでしか育たないはずのモノも、お日様の中、堂々と生きている。
世界中の草を集めてきたようだった。
この時間を有効活用しよう。
修業だ修業。
俺はこの誰もいない草原で食材を見る目を養っているのだ。
人はそれを現実逃避と言うかもしれない。
大草原という目の前の現実を、食材見極め課題に脳内変換した。
男は自分を叱咤激励しつつ、目を凝らす。
単なる草とみるから何も感じなくなるのだ。
食材として見ろ。
こんなに楽しいことはない。
何でもありならアレもあるはず。
あれば地味に単価が高いんだ。
男はどこにいたって料理の事が気になった。
「料理と私、どっちが大事なの!!」と何度フラれたことだろうか。
若かりし頃の甘酸っぱい恋は続くことがなかった。
女の子より、男の脳内は常に料理に関わる事柄でいっぱいだった。
期待を胸に、目を凝らしてあるものを探す。
ちょっと楽しくなってきていた。
単価の割に、また手間だってかかる割に、「美味い」がもらいにくい難しい食材。
地味な見た目で損するお宝。
そう。
山菜だ。
「山」に「菜」と書いて山菜。
ここは草原、あるわけがない。
それでも男は目を凝らした。
お宝探しの感覚だ。
草原だって、これだけ何でもありならば山菜の一つも見つかるはず。
そう考えていた。
数分後。
「ないかー・・・・・。やっぱりなー。」
山菜そのものや、山菜に似た形のものも見つからなかった。
残念。
お宝はなかったか。
いやいや座って見える範囲にないだけかもしれない。
ちょっとじっくり探してみようか。
いいかげん動いてみるか。
荷物の中から厨房靴の入った靴袋を取り出す。
ゴムのしっかりした滑り止めが頼りになる一品だ。
靴を履いてないのは落ち着かなかったが、これで一安心。
靴を履いたら今度は汗をかいた長袖Tシャツが気になった。
乾いてはいるものの、気持ちが良いものではない。
またもや荷物の中から、黒い長袖Tシャツを取り出して着替えた。
靴下も気になった。
履いたばかりの靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、取り出した靴下を履いた。
もちろん靴も履きなおす。
脱いだTシャツと靴下は使用済み厨房衣を入れてある袋にまとめて突っ込んだ。
早く洗濯ができればいいのだが。
地面に脱ぎ捨てられていた黒いダウンは、くるくると小さくまとめスポーツバッグに押し込む。
ポケットに入っていた革の手袋は、少し迷ってからカーゴパンツのポケットに突っ込んだ。
季節は春か秋といった所。
冬の装備は必要なかった。
同じく地面に放り投げられていたスマホに気付いて、バッグに入れる。
今はダメでもそのうち必ず役に立つはず。
パンの入った紙袋も、コンビニの袋もちゃんと入りそうだ。
なんとか全ての荷物をまとめあげ、男は立ち上がった。
重さを増したスポーツバッグを斜め掛けにして体の後ろに回す。
「行くか」