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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
森でお勉強編
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また信号木


緑の美しい森の中、全速力で走る三十路の男。

風にのって調子にのって。

体が軽い。

速い速い。

すごいすごい。

森の中、奥深く分け入った。

・・・・・・つもりだった。

何回目かになろうかという見覚えのある大木が見えてきた時点で、異変を異変と認識した。



なぜ戻って来てしまうのか。



18時よりも早い時間、信号木をスタート。

たくさん走った。

信号木を背にはるか遠くへ。

旅立った。

山に至る勾配を求めて、まだ見ぬ水場を求めて。

とんでもない速さで走ったはず。

なのになぜ、何度も何度もここに戻って来てしまうのか。



「また信号木・・・・・」



信号木から離れられないのだ。

どんなに調子よく初めての景色を楽しんで走っていても、しばらくすると信号木が見えて来る。

たくさん生えているような、別の場所にある信号木ではない。

己の手で蝶々結びにした木のつるが結ばれている唯一の大木。

でたらめな方向に走っていたって戻ってきてしまう。


足には自然にブレーキがかかった。

大木に結び付けられた蝶々結びに触れる。

頭の中は疑問で一杯だった。

大木を見上げる。

目に留まるのは旨そうに果実を食べるリスもどき。

赤い果実。

葉っぱ。

青い果実。

木の枝。

黄色い果実。

見間違いではない。

信号木だった。


るんランるん。

そんな気分はとっくに失せてしまった。

なんだそれ。

自分に悪態をつきたくなる。



落ち着こう。



荷物を下ろし、軽くジャンプした。

届いた木の枝を足掛かりに適当な高さまで信号木を登る。

木の幹を背に腰掛けた。

腕時計を見る。



「20時・・・・19分か・・・・・」



もうちょっとで日没という時間だった。

2時間近く走り回っていた計算になる。

枝の間から空を見上げた。

まだ空は青い。

だがもう少しで赤く染まるのだろう。

そのままなんとなく空を眺める。

何も考えたくなかった。


やがて視界は穏やかな赤い色に段々と染まっていく。

緑の葉っぱが赤い色を微妙に反射する。

色とりどりの果実の色が赤を帯びて輝きを増した。

赤はより赤く。

青は赤紫のようなつやっつや。

黄色はうすーく桃色がかる。

枝の間から見上げる赤い空は美しい。

男が腰を落ち着けた場所からは、沈む太陽の姿は見えなかった。

それでも徐々に濃度を増す赤色で十分に日没を堪能できた。


どれぐらいそうしていただろうか。

気が付くと赤の光はその存在を消し、辺りは薄暗い。



「・・・・・帰るか」



そうだ帰ろう。

おウチに帰ろう。

安心安全マイホーム。

あの素晴らしいお肉様が男の帰りを待っているじゃないか。

今日は記念日、肉曜日。

まだまだ1日終わっていない。

忠犬二クラブはいないから、豪華なディナーを独り占め。

贅沢に食べよう。

ちょうど腹も空いてきた。

あんなに食べたのに、ペコペコだ。

空腹は何よりの調味料。

塩はなくとも。

胡椒がなくとも。

タレもなくとも。

旨いだろう。


気を取り直した男は、またかなりの高さから地面に飛び降りる。

今度は「とうっ」と口にはしなかった。

荷物を身につけ、大草原に走って戻る。

もう時計を見る事はしなかった。

めんどくさい。

超人力に慣れてしまい、感動は薄れてしまった。


その晩、男がたいらげたのは胸肉が1つに、腹肉1つ、背肉2つ、骨付きもも肉を3つ。

ボリューム、噛み応え重視のナイスなチョイス。

もちろんウサギの白身肉だ。

やはり旨い。

しみじみ味わった。

出汁の塊のようなその肉はとてもやさしく。

やさしく男を慰めてくれた。


この世界に来てから8日目。

ウサギの赤身肉を食べ、初めての雨を経験し、白身肉を食べ、超人的な力に目覚めた日。

出来事満載の記念日、肉曜日はゆっくりと終わろうとしていた。


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