初めての雨
眠っていた男は騒がしくも懐かしい音に起こされた。
雨音のようだ。
しかもどしゃ降りの音に聞こえた。
意識ははっきりしつつあったが、まだ目が開かない。
一つ寝返りをうった。
そのままウトウトとしながら、心地よい音に耳をゆだねる。
子供の頃の古き良き思い出が蘇った。
強い雨の日はごちそう。
母親がまだ元気だった頃、ひどく降っている雨の日の帰り道は楽しみで仕方なかった。
仕事が休みになったり、中断して早く帰った大工の父親が、車を出してくれるのだ。
皆でちょっと遠くの品物豊富な大型スーパーに買い物に行く。
体の弱い母親の細腕では、普段諦めざるを得ない大荷物。
大量の日用品と共に、変わった食材や贅沢な食材も一緒に買ってくる。
夏だったらスイカ丸々1個とか。
料理好きな母親は、雨の日はいつも機嫌がよかった。
食卓にズラリと並ぶごちそうの数々。
他の食材と一緒に持つには重いキャベツだって丸々1個買えるから、ロールキャベツを作ってくれることもあった。
だがお腹いっぱいまで食べてはいけない。
そこはぐっと我慢が必要。
誘惑に負けてはいけない。
後には、まだ食卓には出されていないデザートがあるのだ。
この加減を間違えて、何度悔しい思いをしたものか。
ちゃっかり二切れ目のスイカに手を伸ばす妹を、うらめしく見たものだ。
スクーター通勤での雨はツラいけど、やっぱり雨音っていいよな。
良い目覚めだ。
一つ伸びをし、目を開けた。
「・・・・・・」
青空だった。
雲ひとつない大草原の晴れ渡る空。
遺憾ながら見慣れつつあるこの景色。
太陽の光が眩しい。
だが、かなり激しい雨音も同時に聞こえている。
音の出所を求めて、スポーツバッグの上で頭をゴロリと動かした。
「・・・・・おおぅ。」
森の中はどしゃ降りだった。
ただでさえ木陰で暗い森の中が一層暗くなっている。
「スゲー器用だな」
大草原との境界線、向こう側の森の中だけが大雨だった。
ザーザー降りというのにふさわしい。
境界線に生えている木は森側の半分だけ、どしゃ降りの雨に打たれている。
大草原側の半分にはさんさんとお日様の光が降り注ぐ。
屋根のあるベランダの洗濯物だって、ひどい雨なら濡れてしまうのに。
体を起こしてチェックすると、草原側の木の下に置いた紙袋も無事だった。
全然大丈夫。濡れてない。
氷が溶けてしまっているので、新しいものに入れ替えた。
それにしてもすごい天気だと感心する。
きっちり半分。
雨の日と晴れの日。
ここから向こうは大雨だ。
眺めていると、ムズムズしてくる。
「・・・・・」
決して変態度が上がっているわけではないと思いたい。
絶対自分だけじゃないはずだ。
暑い日には特にやってみたい。
そう思う人は多いんじゃないか。
1回やってみたかった。
もう我慢できない。
「うぉーっ・・・・・。」
裸族アゲイン。
筋肉痛をものともせず、全てを脱ぎ捨て勢いよく走り出した。
どしゃ降りの雨に身を晒す。
「うぉー。気持ちいぃー。」
大雨の中で立ち止まり、両手を広げて雨を全身で受け止めた。
体にあたる雨の強さが気持ちいい。
マッサージしてくれるようだ。
時々両手でゴシゴシと顔をこする。
「うぉーっ・・・・・。」
代わり映えのしない奇声をあげつつ、男はこの世界に来て初めての雨を満喫した。