祭りの後
キャンプファイヤーの火が完全に消えた。
名付けからしてグダグダだったウサ追い祭り、これにて終了。
奴との再戦を難なく制し、捌いて焼くだけでも念願の料理実行。
旨い不味いはおいといて、巨大な肉を2つも完食。
何にも盛り上がってねーじゃないかと問う見物人はいない。
唯一の参加者、男は大満足していた。
今や空腹から一転、苦しいぐらいの満腹だ。
腹いっぱいになると、急激に眠気が襲ってくる。
捌く時から外していた腕時計をカーゴパンツのポケットから取り出し、チェックした。
午前は6時17分。
昨日の朝の起床時間とほぼ同じだった。
それから24時間、ウサギとの対決から始まった濃い一日。
寝てなんかいられなかった。
草を観察する以外することもなく、ひたすら山にむかって歩き続けた数日前とは雲泥の差がある。
非常に充実した1日だった。
このまま大地のベッドに身をゆだねてしまいたい。
5分と立たずに寝れるだろう。
しかしいけない。
まだ寝ちゃいけない。
「もうひと頑張りだな。」
まだまだたくさん残った肉を見つつ、自らに喝を入れる。
白身肉は部位にもよるが、硬直が解けつつあった。
あと数時間もあれば、十分食べごろになるんじゃないか。
昼に食おうと思う。
どんな味がするのだろうか。
野ウサギならではの赤身肉は日本で何度も食べたが、ウサギの白身肉は初めてだ。
そもそもウサギを養殖するという考えが日本にはない。
スーパーで売られてもいない。
オーダーが入らないからと仕入れてもらった事だってない。
この年齢にして初めての経験、非常に楽しみだった。
満腹だというのに、お昼ごはんが待ち遠しい。
パンが入っていたビニール袋、残り2枚を取り出した。
店で使っていたモノを再現できる自信はない。
家のを作れる自信もない。
しかし自分の奇人変人っぷりには自覚に加えて自信がついていた。
たぶんいけるだろう。
ファミレスなどで、何度か使ったこともある。
あの素晴らしい機械を隅々まで思い出す。
ボタン一つ押すだけで、男が今、一番欲しいモノを与えてくれる。
「氷下さいっ!」
エアーな動作で、想像上の製氷機のボタンを押した。
ファミレスやファーストフードなどで導入されている細かいクラッシュアイスが出てくる機械だ。
押し続けている間、氷が出るはず。
「・・ぃよっしゃー!」
さほど時間をおかず、たくさんの細かい氷が空中から生まれ、勢いよくバラバラと地面に落ちていく。
氷のつぶが光を反射してキラキラと眩しかった。
ワンダフル。
ビューティフル。
ファンタスティック。
やるなあ、オレ。
社会人になってから鍛えられたカタコト英語で自画自賛。
声に出さない程度だが、かなり調子に乗っていた。
ほくほくと用意したビニール袋いっぱいに詰めていく。
そろそろ肉の安全性が気になる所だった。
太陽も高くなる。
冷蔵庫はないにしても、どうしても肉を冷やしたかった。
店や家の製氷機は電源を入れて、出来上がった氷の塊を取り出すタイプだ。
どうやってエアーな動作をするのが正解なのかわからない。
店で使う8センチ角氷やブロックアイスは魅力的だが、また今度じっくり取り組むつもりだった。
とりあえず、肉を冷やすだけならクラッシュアイスでも十分だ。
これだけの氷があれば大丈夫だろう。
肉の入ったビニール袋4つと一緒に、2つの氷の袋もパンが入っていた紙袋に入れた。
スポーツバッグと紙袋を持ち、草原と森の境目になっている木まで少し歩く。
氷袋が全体の肉にふれるよう整えて、草原側の木の根元に置いた。
遮るもののない草原で直射日光をあびるよりいいだろう。
「よし、完了。」
スポーツバッグを枕に寝ころんだ。
洗濯もしたいし、シャワーも浴びたいのがもう限界だった。
顎から腕から、全身の筋肉が悲鳴をあげている。
体が大地にめりこんでしまいそうだった。
しかしピークを逃したことで、眠気はすぐには訪れない。
男は眠気を待ちながら、さきほど食べた肉のことを考えた。
あんな肉、日本ではまず食う機会がないだろう。
臭みは消すとしても、あの独特の味をどうやったら生かせるのだろうか。
コース料理が成り立たないほどのインパクト。
かといってアラカルトの一品にするには尖り過ぎる味。
他の料理の良さを殺してしまうだろう。
となると、やはりコースに入れるセコンド・ピアット(メインの肉や魚料理)か・・・・。
大きいのはちゃんと切ればいいが、ちんまりした肉の塊になるとそれはそれで魅力がなくなるし・・・。
かといってあんな濃い味、たくさん食べるとキツイだろう。
釣り合いを取るのが難しい。
どうするべきか・・・・・。
アンティパスト(前菜)にプリモ・ピアット(パスタやピッツァ等)をあっさり軽めにしたら、絶対に負ける。
後のセコンド・ピアットが全て持っていって、印象に残らない。
かといって、全部が主役な味ばっかりのコースは論外だ。
味が喧嘩して食べるゲストが疲れてしまう。
コースのバランスが取れないよな・・・・。
うーん。
あえてプリモ・ピアットで使うのはどうだろうか。
贅沢にピザやパスタにあわせる。
チーズやトマトとも相性が良さそうだし。
重くなるから、続くセコンド・ピアットは白身魚であっさりと。
プリモ・ピアットで未知と対峙した舌が癒されるような味。
うんうん、いいなあ。
でもせっかくのでかい肉をメインで使わないというのも、もったいないか・・・。
祭りの後、男はなかなか寝付けなかった。