ごちそうさまでした
ウサギの骨付きもも肉が焼きあがった。
じっくりしっかりローストしたかいがあって、見た目にも旨そうだ。
そしてデカい。
この大きさを店で出すなら、乗せる器を探すのに苦労しそうだ。
決して小さいとは言えない男の顔ぐらいの大きさはあった。
ずっしりと重い。
望むところだ。
肉の重さにぐらつきそうなツノ、骨をしっかり握りしめた。
顔を近づけ、ふーふーと息を吹きかけ熱をさます。
まだ熱そうだが待ちきれなかった。
大きな口を開け、ガブリと食らいつく。
とたんに口内にあふれ出す肉汁。
甘みと苦みが一緒になったクセのある濃い肉の味。
流石は赤身。
流石は野ウサギ。
野生の名に恥じない獣臭さだ。
不味い。
不味いが旨い。
さっきの背肉より味が濃いのか?
筋肉質なももの赤身は弾力が背肉より強調されていた。
ただ硬いというだけでもない。
弾力がある、そう表現するのがぴったりだ。
ガチンと音がしそうなほどに噛み締めるも、あと少しがなかなか噛みきれない。
弾力がすごい。
タイヤだってもう少し簡単にかみ切れるんじゃないだろうか。
ぐっと骨を握りしめ、口から肉をはなそうと力を入れる。
歯には自信があるが、持っていかれそうだ。
ぐぐぐっと噛み締める。
歯と手の力でようやく肉の塊、第一弾が噛みちぎれた。
口内に残る肉を顎全体の筋肉を使って咀嚼する。
何度噛みしめても、肉の味は薄れていくことがなかった。
時間をかけて咀嚼し、苦労してようやく全て飲み込んだ。
「っふー・・・・・・。」
飲み込んだ途端、ため息とも鼻息とも言える声が出る。
背肉を焼いた巨大な肉バームを食べ、そこからもも肉をじっくり焼いたことで時間が経ち、腹も少しは落ち着いていた。
喉から手が出るほどの空腹状態を脱した今、肉を食べる苦労が重くのしかかる。
次々とかぶりつくには顎も疲れていた。
しかしまだ腹は空いている。
一つ深呼吸。
もう一つ深呼吸。
それからすぐに第二段、栄えある二口目に取り掛かった。
先ほどの肉バームとは違い、時間をかけて咀嚼していく。
途中、あまりにもきつくなった顎を左手でほぐした。
肉がほぼなくなった骨までしゃぶる。
獣臭いが、この臭みさえなんとかなれば、良い出汁になりそうな気がした。
「っはー・・・。食った。」
今度はちゃんと本能に引きずられることなく、ちゃんと味わって食べた満足感があった。
最初の方は危なかったが、忘れることにしよう。
巨大な肉の塊二つを完食し、腹もいっぱいになった。
そういえば、いただきますを言うのも忘れていたと思い出す。
命に感謝、大事な儀式。
忘れていたとは情けない。
空腹という本能に引きずられ、貪り食った自分が恥ずかしかった。
何やってるんだ、俺は。
食べ終わった骨を置き、手を合わせた。
「ごちそうさまでした。」
反省と共に、しっかりと口にした。
水を出して手を洗う。
ペットボトルに入っていた水を捨て、新しく入れてから水を飲んだ。
直接、空中から流れる水に口をつけて飲むのはめんどくさい。
水問題が解決した今、ペットボトルは単なるコップ代わりになっていた。
目の前の炎を見る。
枝も燃え尽き、燃えるモノがないため、自然と消火しかかっていた。
ほっておいたら10分と立たずに消えるだろう。
だが、とりあえずもう火は必要ない。
念のため水をたっぷりまいて、消火しておくことにした。
ビニール袋に視線を落とすと若干の異変に気付く。
白身肉が少しだけ、だらっと身を崩しているように思える。
触ってみた。
やはりそうだ。
硬直が溶けてきている。
良い傾向だ。
だが、早くに捕らえたはずの赤身の方はまだまだ硬直中だった。
さてどうするかな。
男はしばしゆったり、肉をみながら考えた。