お肉様
8日目の朝を迎えた。
昇る朝日には目もくれず、男は慎重に肉を焼いていた。
最後の腕の見せ所。
両腕がちょっとプルプルしたってかまうものか。
筋肉痛を恐れて旨い肉が食えるものか。
上腕二頭筋も三頭筋も、尊い犠牲になるだろう。
後悔はしない。
祭りの最後を飾る火入れの儀式。
男はたいそうな覚悟を持って挑んでいた。
強火の遠火。
火加減大事。
焦がすなんてとんでもない。
ありえない。
まな板ほどの肉の両端に縫い付けるように刺した2本のツノは、いい仕事をしていた。
これが木の枝だったら、これほどちゃんとした火加減調整はできなかったかもしれない。
ムラが出ないよう、丁寧に肉の角度を変え続ける。
男の集中を邪魔できるものは何もなかった。
両腕を叱咤激励しながら、ずっしりとした二本のツノを支えている。
まずは片面だけ。
じっくりと焼き続けた。
肉汁が滴り落ちていく。
脂が少ないといいながら、焼くとやっぱり脂がいい意味で存在を主張してきた。
片面だけ、肉の厚みの6~7割が焼けた所で、ちょっとした細工をする。
肉汁を逃がさぬ小細工だ。
焼けた方を内側にして、反対側を焼きながらも1本のツノを中心に巻いていく。
ゆっくりゆっくり。
じっくりじっくり。
少しずつ、少しずつ。
硬い肉に若干の苦労しつつ、バームクーヘンのように巻いていく。
一番外側に来るツノをしっかり持って、焼いていない方を表側にして、肉同士をくっつけていった。
ぴったりはいいが、きついのはいけない。
程よい肉の締まり具合を心掛けつつ巻いていく。
全て巻き終わると、余っていた3本目のツノを中心に刺さったツノの反対側から中心に刺しこんだ。
これで巻いた肉の両端からも、両手でツノを持って支えられるようになった。
元々は少し薄いまな板ほどの厚みと大きさ。
ツノに巻きつけた肉は、子供の頃にテレビでみたマンガに出てくる肉のようだった。
ボリュームがすごい。
男の力こぶなんて、比較にならない太さだ。
ラグビーやアメフト選手の力こぶぐらいの直径があるんじゃないか。
空腹には耐え難い、すばらしい見た目になった「肉バーム」。
もう少しの我慢だった。
楽園はすぐそこに。
肉の焼けるいい匂いがもうたまらない。
あと少し。
さらに時間をかけて、じっくり熱を加える。
なんとか蒸し焼きのようにできないかと考えた苦肉の策だった。
アルミホイルで肉を包んで落ち着かせるのが一番だが、ないものは仕方ない。
できるだけ肉汁を逃がさぬように。
しっとりと仕上がるように。
肉の中で肉を寝かせる。
最後の仕上げだ。
「そろそろいいか。」
渾身の焼き上がりだった。
すばらしい。
この出来ならば、自画自賛したっていいだろう。
肉バームは巨大な円柱となって仕上がった。
この堂々たるお姿。
お肉様とよんだって良い。
跪きそうだ。
長かった。
やっと食える。
祭りだ祭り。
最後に食べたのは一昨日、昼のパン。
ウサギ肉は早々に手に入れていたが、結局昨日は食べれなかった。
文明のない場所での自炊は、手間暇がかかる。
それだけ期待も大きかった。
男は大きく口を開け、両手に持った肉バームの真ん中をガブリといった。
肉の匂いがすぐに鼻まで抜けていく。
肉汁がきた。
思わず目をぎゅっと閉じてしまう。
口いっぱいに頬張った。
「・・・・・ぅぐふぅ」
呻き声とも、歓声ともいえないおかしな声が出た。
どこから出したのか。
口いっぱいに肉を詰め込んでいるから、奇声すらもちゃんと発せないようだ。
何が言いたい。
どうなんだ。
旨いのか、不味いのか。
問う者は誰もいない。
時には強く目を閉じて、時には眉間に皺を寄せ、時には日本語にならない奇声を発しつつ。
男は感想を言うこともなく、ひたすら肉を齧り、何度もかみしめ、飲み込んだ。