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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
森でお勉強編
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煙の思い出


ようやくウサギ肉を捌き終わった。

ここまで長かった。

ようやくだ。

しかし文明がない分、一番の難題が残っている。



どうしてライターの一つも持ち歩いていなかったのか。



男は煙草を吸わない。

皆が当たり前のように高校進学を選ぶ中、中卒での調理師専門学校を真剣に考えていたぐらいだ。

大工である父親の手伝いで現場に行くことも多く、職人の中には煙草を吸う者が多かった。

その時に気になったのは、彼らの体や指にしみつく香り。

煙草のそれ、紫煙の香りだ。


食材に匂いが移ってしまう。


中学生にして将来を決めていた少年は、煙草を吸うという選択肢を早々に葬っていた。

だからライターなど一度も買ったことがない。

必要がなかった。

ライターよりチャッカマン。

何度も購入していたが、どうして持ち歩いていなかったのか。


男は今、そのことを猛烈に後悔していた。

アウトドア調理経験はあっても、今どき火を起こすのに原始的な方法はとらない。

文明があればそんな必要はない。

だから男には、この原始的な作業が上手くいくのか自信はなかった。

しかしやるしかない。



「これ、本当に火がつくのか・・・・・」



うんざりした声が出てしまう。

皮手袋をしているが、こすり続けている手は疲れてきた。

平べったい木に穴をあけ、尖った木の棒を穴に差し込みすりあわせ、摩擦熱を起こす方法。

テレビでしか見たことがない錐揉み式の着火方法。

もう1時間以上続けているが、煙の気配は一切ない。

せっかく手際よくウサギ肉を捌き終わったのに、時刻は午前3時をとうにまわっていた。

光の花のイルミネーションが終わるのもそろそろだろう。


終わりの見えない単純作業、集中力を保つのは至難の業。

作業に身を入れつつも、初めて正式な料理人として勤めた日本料亭のオーナーを思い出す。

奥まったオーナー室から煙草を手に、たまに現場に出てくるのがたまらなく嫌だった。

初めて見た時はびっくりしたものだ。


ちなみに料亭の厨房は広く、カウンターで仕切られた厨房の向こう側には厨房より1.5倍ほどの空間があった。

そこには専用場所に収まりきらない食器をしまう棚や作業用テーブルが並ぶ。

洗い場さんの独立した水場がもある。

洗いあがった食器は作業用テーブルにずらっと置かれ、お運びさん(料亭の仲居)が器の拭き上げをしつつ片付けていくのだ。

その空間に煙草を手にしたオーナーが出てくる。

本気でやめてほしかった。


仕上げの時に出てくる事が多いのも、タイミングが悪かった。

100名や200名の会席では、厨房側のカウンター前に料理人が5人ほど横一列に並ぶ流れ作業がある。

最後の盛り付けだ。

流れ作業の仕上げの最後は、料理長のチェック。

OKが出た一皿一皿を、カウンターの反対側に並んだお運びさんが次々と持っていく。

その料理長に火が付いたままの煙草を持ったオーナーが話しかけてくるのだ。

厨房側には入ってこないが、料理やお運びさんの着物に灰でも飛んだらどうするのだ。


ショックだった。

経営者が大学卒業のエリート、現場を知らない料理の素人であってもいいと思う。

しかし何代も続き、星をも獲得する名門料亭を継いで、実権を握る者がこうだとは失望した。

オーナーは追い回し(料理人の一番下っ端)にとって、天井人ほどの距離がある。

しかしそこからは近づきたくなかった。

料理長のように、煙草を手に話しかけてくるオーナーに愛想よく対応できる気がしなかった。

憧れた店での出世を早々に諦めたのを覚えている。



ねーさんとはえらい違いだよな。



実業家の嫁というコネはあれども、ほぼ腕一本で今の店を持った女性オーナーとは全然違う。

独立開店もしたかったが、彼女の下では出世という欲も持てた。



店に戻りたいよな・・・・・。



一向に成果の出ない作業を続けながら、男は遠く離れた店を思い描いた。


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