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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
森でお勉強編
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赤ワインパンの思い出


満天の星に三日月は3つ。

毎度のことながら、大草原の夜に見れる空は豪華だった。

これぞまさにプライスレス。


スポーツバッグを枕に寝ころんだ男は、心地よい疲れを感じながらお月見を満喫している。

光の花のイルミネーションが始まるまで、まだ1時間ちょっとあった。

手元が見えない暗がりでは、作業は中断せざるを得ない。

それまで休憩だ。



文明がないってのも、たまにはいいもんだ。



灯りがないから、ゆっくり休憩できる。

大草原バンザイ。

文明の代わりに膨大な手間を強いられていることも忘れ、しみじみと幸せに浸った。

思えばイルミネーションを見れるのも久しぶり。

昨日も一昨日の晩も見ていない。

楽しみだ。

のんびりした静かな時間はゆっくりと過ぎていく。



赤ワインパン、食べ損ねたな。



大草原の夜空はやはり郷愁を誘う。

店の名物パンを思い出した。

正月は元旦から5日までの限定品。


イタリアのパンとフランスのパンの良いトコ取りをしたパン。

今の流行りの言葉でハイブリッド系パンというらしい。

料理人から言わせれば、つまりは邪道だ。


イタリアのパンは「ロゼッタ」、「小さなバラ」という意味のパンだ。

専用の型を取り寄せ、店でもバラの形をちゃんと模している。

しかしこのパン、本家本元のローマなどでは作るパン屋が少なくなったらしい。

理由は単純、儲からないから。

オーバーミキシング(捏ねすぎ)で中に大きな空洞をつくるため、高く売れない。

イタリアではこの空洞におかずを詰めて食べるものだ。

高い技術力と、膨大な手間を必要とする安いパン。

残念だが、作るのを嫌がられるのも仕方ない。


対するフランスのパンは「パン・オ・ヴァン・ルージュ」。

日本人には仰々しい名前だが、平たく言えば水の代わりに赤ワインで作るパン。


この2つだが、赤ワインのアルコールは生地の発酵を妨げるので、パンの中に空洞はできない。

どっしりと中身のつまったパンになるのだ。

ちなみにアルコールを飛ばしても空洞はできない。

それどころか、せっかくのワインの風味が弱くなってしまう。

バラの形をしていてもロゼッタとは全くの別物だ。


しかしオーナーはそれを逆手にとった。

料理は素人だが、経営はプロの彼女ならではの商品に仕上げている。

2段重ねのお重の下段には、牛肉の赤ワイン煮込みとチーズ。

上段が赤ワインパン。

おしゃれな風呂敷に包み、カトラリーもついたセット商品。

ナイフで中のパンを切り取って、空洞には煮込みを詰め、切り取った赤いパンには白いチーズをのせて。

赤ワインと共に。

紅白そろえる、あえての白ワインもおススメ。

添えられたイタリア語、英語、日本語の挨拶文で提案している。


パンが3つの3名様用は2万5千円、パン5つの5名様用は3万8千円。

なんとも強気な価格だが、これがまたよく売れる。

パンの消費量が日本有数という土地柄もあるだろう。

さらには1年に5日限り、おせちに飽きた正月にめでたい紅白。

売れるのも理解できる。


短縮営業のレストランに比べ、販売部門は営業時間を伸ばして丸一日フル稼働していた。

お重にあわせて白も赤も、ワインは飛ぶように売れる。

レストランに用はなくとも、限定品を手に入れるため訪れるお客様が多かった。

長い待ち時間を楽しんでもらう為、広すぎるほどのウェイティングバーも特別営業、フル稼働だ。

この5日間で販売部門の年間利益は、十分に上がるほどだった。


ちなみに飲食店ではワインを提供できても、開封前のものを販売する免許は原則おりない。

独立したスペースを確保する設計段階で、関係役所と打ち合わせがいる。

加えて専用の保管場所、専用レジ、専用の仕入先、その他モロモロ。

高いハードルを越えてはじめて、実現できるワイン販売。

経費がかかりすぎるため、たいていの飲食店は販売を諦めざるを得ない。

しかし流石はオーナー、数字に強かった。

赤ワインパンの投入で、販売部門も売り上げをけん引する店の戦力になっている。


ねーさんすごい。


なんちゃってロゼッタな赤ワインパンを食べると、毎年思う感想だった。

このパンがこれまたうまい。

かみしめると、赤ワインがふわっと香る。

ロゼッタにあるまじき、どっしりした食べ応えのあるパン。

口の中に長く残り、何回もかみしめる。

その都度感じるちょっとした酸味、これもまたいい。

職場の皆にも大人気だ。


バイトも臨時派遣も正社員も、働く者は3割負担の給料天引きで購入できた。

3食を職場で済ませる従業員は、賄いで食べても商品は家族のために予約する者が多い。

男も毎年注文していた。

父親の為には3名用、妹夫婦には5名用。

皆は初詣に出てくる帰りに、レストラン部門の休み時間を狙って受け取りにきてくれる。

男はウェイティングバーまで足を運んで手渡しし、短い言葉をかわす。

それが男のささやかな親孝行であり、家族サービスだった。



今年は会えないな。



赤ワインパンと家族を思い出させた大草原の夜は、静かにふけていった。


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