アカ、アオ、キイロ、信号木
大草原に戻ると決めた男であるが、時間がかかる事は覚悟の上だった。
森の中を奥深く分け入ったのだから仕方ない。
足早に歩きつつ、頭の中で計算してみる。
最初の1匹目と対面したのは、朝から3時間近く歩いた頃。
その後は4時間歩いて休憩した時に、次の2匹に襲われた。
単純計算でも7時間近く歩いたことになる。
ではその半分程度の時間で戻れるのではないか。
行きは辺りを慎重に確認しながら、ゆっくり歩いたこと。
木のつるを採取し、木の幹に結び付ける作業に結構な時間がとられていたこと。
この2つを考えると、行きの半分。
3時間半あれば戻れるように思われた。
今は18時過ぎ。
ということは、到着予定が21時半だ。
20時半前後の日没には間に合わないだろう。
だが、いつも22時半頃までは薄暗いながらも辺りが見える。
真っ暗になる前には十分に戻れる計算だった。
しかし30分ほど歩いた所で、この計算を狂わせるモノが見えてしまった。
見覚えがある、他の木とは一線を画する立派な大木。
太すぎる幹。
その樹齢は想像もつかない。
特筆すべきはその果実だった。
遠目からもわかる。
暗い緑色の葉の隙間からカラフルな色が見え隠れしていた。
赤と青。
見間違いでなければ、あともう一つ。
「・・・・・」
近づきつつ、3色目の黄色も発見した。
「やっぱり信号木・・・・」
アカ、アオ、キイロ。
信号機の色の果実を持つ大木だ。
今朝見つけた時は、思わず木の周りをグルグルと歩いて観察した。
首が痛くなるほど見上げた、はるか高い所にある果実達。
林檎のような、桃のような大きさ。
遠目にもリスが美味しそうに食べているのが印象的だった。
人間も食べれるのだろうか。
脳内ノートに漢字で名付けたのは「信号木」。
発音は信号機と全く一緒。
日本にはありえない植物だろう。
見れば見るほどおもしろかった。
もう1本あったのか?
行きに見つけていたのは1本だけだった。
考えるまでもなく、信号木の下にたどりつく。
近づいていくと、あの道標が見えた。
「蝶々結び・・・・」
思わず足が止まる。
木の幹に結ばれた木のつるがあった。
この蝶々を結んだのはよく覚えている。
太すぎる木の幹につるを一回りさせるのには、ひどく苦労させられた。
この蝶々結びが示すのは、行きに見つけたのと同じ木ということだ。
おかしい。
そんなはずがない。
結ばれた木のつるをなんとなく触りつつ、時計を確認する。
18時42分。
帰ると決めて歩き出してから40分程度の時間しか経っていなかった。
いやいやおかしい。
行きに信号木を見つけたのは、朝の9時頃。
大草原から森に入ってから1時間ほど歩いた頃だった。
つまり。
あと1時間もあればおウチに帰れる計算になる。
「オレの7時間はなんだったんだ・・・・・」
なぜたった40分で信号木まで戻ってこれるのか。
奥深く進んだはずなのに。
結構頑張ったのに。
何時間も歩いたはずの距離がたった40分って。
絶対おかしい・・・・・。
「・・・・うん、とりあえず帰るか」
釈然としない思いを抱えつつも、まあいいかと歩き出した。
どうせ考えたってわからない。
後で考えよう。
あと1時間で帰れるなら有難いと思うことにしよう。
腹減った。
信号木を背に、男は歩くペースをさらに上げた。
そしてあと10分ほどで19時半という頃。
木々の向こう、森の切れ目の大草原が見えてきた。
「・・・・ただいま」
思わず足を止め、呟いた。
嬉しい。
迎える者はいなくとも、男のマイホーム、大草原。
木々の向こうに見える景色が無性に恋しかった。