おウチに帰ろう
新たに手に入れた2本のツノもきれいに洗い、荷物をまとめた男は腕時計を見た。
午後18時02分。
いい時間だ。
朝は8時に出発し、午後18時でウサギ肉の確保も終了。
狙い通り、3匹。
怪我もない。
筋肉痛はひどいものではなく、肉離れだってしていない。
すばらしい。
大満足だった。
心残りがあるとすれば1つ。
川も池も湖も、湧き水含めた水源が何もみつからなかった。
もちろん男が奇人変人びっくり人間である以上、焦る必要はない。
水には困っていない。
お湯にだって困っていない。
それでも1日歩き通してみつからないのは、どうかと思う。
明日はみつけられるだろうか。
そして気掛かりな事も1つ。
道標として、木の幹にくくりつけた木のつるの事だ。
どんどん進んでいっているはずなのに、この道標を見ることが何度もあった。
その際改めて辺りを見回すと、一度通ったような気がしてしまう。
一度ならまだいい。
何度も通ったように思える景色すらあった。
確かに森の中なので、どこも同じように見えるのは当然だろう。
それでも男は山歩きには慣れていた。
同じような景色の中でも、違いをしっかり見出すことが出来る。
その男が見る限り、この森は比較的個性豊かな表情を見せてくれた。
つまり違いがわかりやすい。
そんな森で「同じ場所」と思える場所を何度も通ったのだ。
おかしい。
同じ所をグルグル歩いていたのだろうか。
迷っていたのか。
だから水源は見つからなかったのか。
まだ結論を出すのは早いと感じた。
迷ったにしても納得がいかない。
明日は違う方向に向かって歩き、判断することとした。
「今日は戻るか」
これまで迷っていたかどうかは後回しにしても、帰るには迷わないはずだ。
そもそも男は、そう簡単には迷わない。
カンや能力、経験を過信せず、ひと手間だって厭わなかった。
木のつるで小細工したのも、帰りたいと思った際に迷わず帰る為の準備だ。
今こそ役に立ってもらおう。
木の幹にぐるっと回された木のつるは、進行方向に蝶々結びをしていた。
蝶々結びを見て、その裏側をまっすぐ歩いていけば良い。
次の蝶々結びが程なく見つかる。
おウチに帰ろう。
外にあってもマイホームは大草原。
今や男の立派な寝床。
物干し場だってちゃんと作った。
丸一日森を歩き続けた男には、あの大草原が無性に懐かしかった。
何より安全。
ウサギに追いかけられることもない。
虫を気にする事もない。
油断禁物、四六時中神経を尖らせねばならない森に比べ、大草原では心の底からリラックスできた。
油断し放題だ。
大草原に帰ったら、今日はキャンプファイヤー。
ウサギをちゃんと捌いて、肉を焼く。
腕によりをかけて捌くのだ。
捌き方で柔らかさに少しでも違いを出そう。
料理人の腕がなる。
塩はなくとも。
胡椒がなくとも。
タレもなくとも。
空腹は何よりの調味料。
熟成されていない硬い肉だって、今日は美味しく食べれるだろう。
自然と足取りも軽くなってくる。
ウキウキと男は帰路についた。