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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
森でお勉強編
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水の支配者


男の手が水の味をも支配している。


店の浄水器の味と井戸水の味。

どちらも同じ水の味。

それでも違う水の味。

料理人のフィルターがかかっているからだろうか。



味覚にも錯覚ってあるのか?



交互に出して、飲み比べてみる。

やっぱり違う。

絶対違う。



「試してみるか」



実験再開だ。

今まで飲んだ水の味を思い出し、水を出す動作を再現してみた。

もちろんエアーな動作である。

水が出るからいいけれど、かなり不審な動きだろう。


まずはアパートの水道水。

高校卒業後、調理師学校入学と共に入居したアパートだ。

単身者用1DKながら、二口ガスコンロが気に入っていた。

新築入居だったアパートも三十路の男につきあって、なかなかレトロになっている。

もちろん蛇口はレバーなどではない。

由緒正しい、ひねるタイプ。

要は古い。

キュッとひねってみる。

エアーで。



「よし出た・・・・・。うん、水道水」



エアーな蛇口をひねると、水はあっさりと流れ出した。

飲んでみると、かすかにクセのある水の味。

最近は水道水も美味しくなったといわれるが、それでもクセがあると思っていた。

その味。

水道水が大草原の空中から流れている。

どこに浄水場があるんだか。

そんな文明、どこにあるんだ。

裸族デビューを果たした男は、文句の1つも言いたくなった。


その後もいろんな水を出す動作を試してみた。

実家の水道水、調理師学校の浄水器、料亭の水道水、小さい頃に飲んだ足でレバーを踏んで出す給水機の水。

全てのエアーな動作でも、ちゃんと水が出た。

その都度味見をしてみた。


料理人のプライドをかけて。


味の違いが。

・・・・・わからなかった。

水道水の味としかわからない。

悔しい。

負けた気がする。

小さい頃に飲んだ水の味なんてわからないのは仕方ないだろう。

男は誰に言うでもない言い訳をぐるぐると考えた。

負け惜しみとも言う。

実家や料亭、調理師学校は、車なら1時間半程で行き来ができる程度の距離、同じ都道府県内だ。

浄水場ごとの水の違いが分かるほどのマニアでもなければ、違う浄水場の水なのかも知らない。

そもそも浄水場ごとに水の味は違うんだろうか。

使う薬品の違いと言えばそうなのかもしれないが、どうせ同じ塩素系。

わかるわけがない。

料理人の舌が悪いわけではない。

なんとか自分を納得させ、気を取り直した。


色々ありつつも、実験も一段落。

昨日まではあんなに渇きに苦しんだのに、今は水の飲みすぎで苦しい。

腹からたぽんたぽんと音がしそうだった。



「これゃ再戦は無理だな」



今ウサギに追いかけられたら絶対吐く。

調子に乗って水を飲みすぎた。

残念だが肉は明日に持ち越しだ。

待ってろウサギ。


木々の連なる森を見据えて、心の中で宣戦布告。

キリッ。

効果音が聞こえてきそうな表情だ。

そのままなんとなく森を眺めた。



森でも水は出せるのか?



ふと疑問が湧いてくる。

はじめは大草原の七不思議だと思っていた。



「どうなんだ?」



荷物を置いたまま、ふらふらと森に向かって歩いていく。

もともとウサギから逃げてきただけの距離だから、森は近い。

すぐに着いた。

ウサギを警戒し、大草原との境界線とあまり離れていないところで立ち止まる。

思い浮かべたのは店の水。

浄水器のレバー。

押した。



「出た・・・・・」



大草原でさんざん実験したのと同じように、水が流れ出した。

水音が聞こえ、流れ落ちた先の地面がみるみる濡れていく。

大草原の七不思議ではなかった。

水に関する限り、おかしいのは大草原ではなく男自身。

男の知らない男の不思議。


男は水を止める事もせず、しばらく呆然と立ち尽くしていた。



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