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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
森でお勉強編
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消えない染み


水が太陽の光に反射し、キラキラと美しく見えている。

絶好の水浴び日和だった。



「うぉーっ・・・・・・」



大草原の端っこで雄たけびが響く。

青空の下、文明人の誇りを捨てた男はワンパターンな奇声を上げつつ、水浴びを楽しんでいた。

この解放感。

裸族最高。


水がない事に苦しみ続けた数日間を思えば、天国にいるようだ。

あふれる水は何にも勝る宝物。

両手にお宝を手にした男は、柄にもなくはしゃいでいた。

三十路の男のはしゃぎっぷりに眉を顰める者は1人もいない。

苦言を呈する者も。

通報する者も。

逮捕しようとする警官も。

1人もいない。


そこは日本ではなかった。

地球でもない。

そして誰もいなかった。

ちょっと哀しい。

いや、大分哀しい。


しかし男はそんなイタさを気にすることなく、満喫していた。

何も考えちゃいない。

幸せそうだ。



「おっ・・・・良いモノがあったなっ」



独り言の声も弾む。

死にそうにかすれていた昨晩の声質とは全く違った。

少し離れた所に置いてあるスポーツバッグに近寄り、ゴソゴソとあるものを取り出す。



「シャキーンっ。無添加せっけん~」



どうした。

大丈夫か。


おかしくなったかと心配になるほどのテンションの高さで、手に持ったモノを空に掲げる。

宣言通り、普通の石鹸だ。

お泊りセットに入れてある石鹸、プラスチックケース入り。

もう何年も使っているブランドだ。

肌に良いかはわからないが、分解されて自然に帰るというのが良い。

アウトドアで使用する事もある為の指名買いだった。

外で石鹸水を流す罪悪感も流してくれる。

地球にあらざる大自然にどうやって帰っていくのだろうか。

そこに男は気付いていなかった。

つまり何も考えちゃいない。



「自然に分解されて~♪、環境にやさしい~♪」


「ばっんのーうの~♪、石鹸のご登場~♪」



どうした。

ホントに大丈夫か。


大草原はヒトを狂わせる。

こんなにオソロシイ所だったのか。

男のどちらかと言えば寡黙、職人肌なキャラが崩壊させられていた。

見る影もない。

正気に戻った時には、間違いなく黒歴史になるだろう。

しかし今や、筋肉痛以外に怖れる事がない男は機嫌よくケースから石鹸を取り出した。

鼻歌交じりに水をたっぷりと含ませ、よくよく泡立てる。

そのまま全身を洗いにかかった。

顔から頭、つま先までを1つの石鹸で念入りに洗いあげる。



「さぁってお次は・・・・・」



全身泡だらけになった男はびしょ濡れになった服を拾い上げた。

石鹸を使い、これも泡立て洗っていく。



「おっと、忘れる所だった」



手から泡を落とし、スポーツバッグから追加の汚れ物を取り出した。

使用済みの靴下。

それに厨房着の上下セットに下着替わり、汗染み予防の白Tシャツ。

こちらに来る前の晩に使用したものだ。



「・・・・・これも洗わないと」



今度はいつ着ることができるだろう。



切なさが男のおかしなテンションを削り、いつもの調子に戻らせた。

全身泡だらけの男はもう鼻歌を歌う事もなく、ゴシゴシと厨房着を洗い始める。

時間をかけて丁寧に。


サロン(エプロン)は持っていなかった。

各自で管理する厨房着とは違い、サロンは店がまとめて業者に洗濯に出す。

営業中であっても、汚れればすぐにきれいなものに取り換えていた。

厨房着はサロンを使用していた分、全体的に汚れは少ない。

それでも染みになってしまっている所は、何度こすっても取れなかった。

時間が経ちすぎている。



「・・・・・仕方ないか」



染みが消えることはなかった。

時間をかけた末、男は渋々諦めることにする。

これ以上ゴシゴシこすっても生地を傷めるだけということが分かっていた。



店で使うならアウトだが、さほど目立たないから良しとしよう。



この厨房着を元の店で着ることはない。

もう戻れない。

男は厳しい現実を十分に理解していた。


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