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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
森でお勉強編
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なぜここに


男は夢を見ていた。


店で働いている夢。

つい数日前までの日常。


閉店後の片付け、翌営業日の仕込みの最中だった。

皆、疲れから口数も少なく、それぞれの作業に没頭している。

パン生地を仕込む機械も回し終わり、流しっぱなしの水音が厨房に大きく響いていた。

業務用の食洗器は営業中も使用するため、もともと静音仕様だ。

真夜中など、とっくに過ぎていた。

最後の団体を見送ってから1時間ほどが過ぎた、一番しんどい時間帯。

あと30分もすれば、終わりが見えた解放感で皆の口数は増えてくる。

それまでもうひと頑張り。


男は自分のポジションの作業を早々に終えて、パン仕込みの手伝いに入ったばかりだった。

仕込みは、既定の重さに切り分け、生地を丸め、ケースにおさめていく段階。

スケールを使う者もいるが、男には必要がなかった。

既定のグラム数を一発で切り分けることが出来るからだ。

何年もやっていると、自然とそうなる。

誤差があってもプラスマイナス3グラム程度。

スケッパーを使い、無心で生地を分割していく・・・・・・。



「うぅ・・・・・・」



うめき声をあげつつ、男は目を覚ました。

雲ひとつない、素晴らしく晴れた青空が見える。



「あぁ・・・そっか・・・・・・夢か・・・・・・」



朝が来たようだ。

今日も今日とて大草原。

寝ころんだまま、だるい腕を持ち上げて時間をみた。


午前8時28分。


朝露の採れる時間は既に過ぎている。

この大地での唯一の水源、命の水。



「あー・・・寝過ごしたかー・・・・・」



ヤバい。

とは思うのだが、起き上がろうとはしなかった。

寝ころんだままだ。

今さら焦っても仕方ないし、珍しい事に今はそれほど喉が渇いていない。

妙な余裕があった。



「・・・・・・ん?」



そこで違和感に気付く。

喉を押さえた。



喉が全然痛くない!

マイクテストよろしく、声を出してみる。



「あーあーあー・・」



問題ない。

痛みもなければ、声のかすれもない。

絶好調と言ってもいい。



どうしたオレ。



男はここにきて混乱していた。

昨晩は寝落ちしてしまったようで、あまり記憶が定かではない。

混乱の中、もう一つの違和感に気付いた。

音だ。

水音がする。

大草原とは縁遠いはずの音が聞こえている。



「・・・・・・・・・?」



男は音の出所を探して、首をごろりと動かした。



「うぁっ!」



ソレを目撃した瞬間、飛び起きる。

じっとなどしていられなかった。

座りつつも片膝を立て、身を乗り出してソレを見つめる。



なぜこんなところに。



自分の目が信じられなかった。

瞬きすら忘れたかのようにじっと見つめる。



「・・・・・・・・・」



言葉にならない。


なぜここに。


それだけが男の頭を占めていた。

全く理解できない。

おかしい。

自分の目がおかしいのか?



「・・・・・・・・・」



しばらくして、ふと男の視線が大地に落ちた。



「うぉっ・・・・俺の着替えがっ・・・・・」



びしょ濡れだった。

汗を乾かそうと草の上に拡げておいたのが、あだになったらしい。

あんまりだ。

慌てて近寄り、急いで拾い上げる。

触ってみても、しっかり濡れているのがわかった。

勘弁してくれ。

肩を落としつつ、しゃがんだまま視線を少し上げる。

ソレを見た。



「・・・・・・信じられねーよなぁ・・・・」



今度は普通に感想が声となった。

驚くことに慣れてきたようだ。

さすがは大草原。

見知らぬ土地の大自然。

不自然は当たり前。

そう思えるようになるにはあと何日必要だろうか。



視線の先には水があった。



正確には水が流れ落ちる「始まりの所」があるとでも言えばいいのか。

見えない蛇口があるかのように、空中から水が湧き出ていた。

当然空中には何もない。

あるわけがない。

なのに、地上から1メートルほどの高さからいきなり水が出ている。

あくまでも蛇口から出る水のように一筋の流れとなって、地面に流れ落ちていく。

途切れることなく。

ずっと。

流れていた。



「雨・・・・・じゃねーよなー・・・・・・・」



大草原に来てから6日目。

朝っぱらから疲れた声が出てしまうのが、男にとっては自然の流れであった。


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