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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
森でお勉強編
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水の思い出


大草原5日目の夜。

空には月が4つ浮かんでいる。

今日も三日月だ。



水が飲める朝まであと何時間あるだろうか。



寝てしまえばあっという間に過ぎる程度の数時間。

しかし、今は気が遠くなるほど長く感じる。

きつい喉の痛みが男を苦しめていた。

今までの痛みとはレベルが違う。

なんとも耐えがたかった。

ただただ辛い。

寝れるはずもなかった。


大草原に寝転がった男は、ぼんやりと夜空を眺める。

極限状態の中、日本で飲んできた水を思い浮かべた。



寝起きに冷蔵庫から取り出す冷たい一杯。

日本料亭で片付けをしながら飲んだ水道水。



追い回し(料亭で一番下のポジション)時代は、水を飲むヒマもなかったしな・・・・。

先輩が皆上がる頃に、喉の渇いてたって思いだすんだ・・・・。

水道水なのにえらく旨くて、がぶ飲みしてしまうんだよな・・・・・。



水にまつわる思い出が走馬灯のように過ぎていく。


山奥の民宿で飲んだ、井戸ポンプから勢いよく出てくる水。

どんなに暑い日でも井戸水だけはいつも冷たくて旨かった。

山から帰ってすぐポンプの下に頭をつっこんだら、爺さんがいつもポンプを押してくれる。

水を頭から直接かぶるのは本当に気持ちよかった。


今の店は派遣料理人で入った初日に水を味見させてもらった。

パンの焼き方を教えてもらいつつ、飲んだ水。

さっすが高級イタリアン、お高い浄水器を導入してるってきいて期待したのだが。



妙にあっさりしてて、物足りなかったんだよな・・・・・・。

先輩はドヤ顔でコメント待ってるし・・・・・。

どうだすごいだろうって顔してて・・・・・・。

だから物足りないとは言えねーし・・・・・・。

あの時は困ったよな・・・・。



でも今、一杯だけ欲しい水を選べって言われたら。

死ぬ前にコップ1杯だけ水をやると言われたら。

決まっている。

絶対に今の店の水だ。



透明感があるっていうか・・・・・。

妙なえぐみもないし・・・・・。

すっきりして・・・・。

なのに甘味があるような気がして・・・・。

ハマるよな・・・・・。

オーナー、よくあの業者探して来れたよな・・・・。



つい数日前まで自由に出入りできていた店の厨房を思い出す。

何年間も1日の大半を過ごした場所だ。

料理人にとっては戦場。

一流を学ぶ修行場。

家族のような仲間がいる場所。

かけがえのない男の居場所。



またあの水が飲みたい・・・・。



うつろな男の目は、もはや満天の星も4つの三日月も捉えていなかった。

店の情景が浮かんでいる。

あたかも自分が厨房にいるかのように。

こだわりのピザ窯。

広い作業台。

いくつも並ぶコンロ。

大きなオーブン。

冷蔵庫や冷凍庫の銀色。

そして。

よく使う場所にある蛇口。

レバー。

全てに手が届きそうだった。



蛇口をひねるんじゃなくて、レバーを押すんだ・・・・。



起き上がれないまま、右手だけがのろのろと空に伸ばされた。

何かを押そうとする。


何をしようというのか。

何ができるというのか。

そこに水はない。

何も押せやしない。

何もできやしない。

ただ男の右手がむなしく空中で動いただけだった。



だがその時。



懐かしい音が、聞こえた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 随分サバイバーだな。 [一言] 調理はマダァー?(´・ω・`)
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