何が出るかな
大草原5日目、午前10時を過ぎた頃。
今日も雲ひとつない青空が広がっていた。
男は朝寝から目覚め、ストレッチを終えたばかりだった。
寝る前にはちゃんと朝露の採取もすませてある。
既に慣れた日課だ。
今日は調子もよく、ペットボトル1本分と瓶に半分ほど水が採れた。
幸先が良い。
昨晩の残り、塊の半分のパンを手に取り、かぶりつく。
「うん、まずいな」
店のパンがここまで不味くなるなんて。
時間というのはおそろしい。
しみじみ感じる。
店を休んで5日。
無断欠勤だ。
自分はどういう扱いになっているのだろうか。
店の味とは程遠くなってしまったパンは、残り1個となった。
今日には山に入れるだろう。
さて、真ん中の高過ぎる山の東側を目指すのか。
西側を目指すのか。
山脈は見渡す限り、東西に切れ目なく続いている。
低い方の山にしようと思っていたが、違いがない。
判断基準がなかった。
ふと思いついてスポーツバックを漁る。
黒い長財布を取り出した。
草原では無用の長物だ。
運命をコインで決める。
なんか、かっこいい。
一回やってみたかった。
ちょうどいいだろう。
「ここは豪華に500円っと」
500円玉を取り出した。
表が東、裏を西と決めたかったが、どちらが裏か表かわからない。
まじまじ見るのはこれが初めてだった。
日本は東のイメージだから、「日本国」と書いてある方を東にした。
植物が描かれているほうだ。
反対の「500」、「平成二十二年」と書いているほうが西になる。
「何が出るかなっ、何が出るかなっ、それはコインにまかせよーっとっ」
うろ覚えの一節を大声で歌い、子供よりも不器用に踊り、空に放った。
かっこ悪い。
どうせ誰もみていない。
恥ずかしくはなかった。
やけくそだ。
コインは勢いあまって随分と空高く、遠くに飛んでいく。
太陽の光を反射し、キラリと光った。
まぶしさに目を細めながら、小走りでその軌跡を追う。
男を置き去りに、草の中に吸い込まれていった。
「決まったっ」
一拍遅れてコインのもとにたどり着き、覗き込む。
『日本国』
草のなかで、植物の絵柄がこんにちわと言っていた。
東だ。
「そーか、東か」
納得した。
使いどころのない500円玉を拾い、財布におさめる。
荷物をまとめて立ち上がった。
今日は山に入る。
壁のような山脈を睨みつけ、気合も新たに歩き出した。
もちろん、進路は東寄り。
休憩は立ったままで数分、給水するだけに留めるつもりだった。
1~2時間に1回、2口3口も水を飲めばいいだろう。
十分ではないが、時間も水もないから仕方がない。
山に入りさえすればなんとかなるのだ。
恒例の昼寝も今日は我慢しよう。
1日2日、寝なくとも死にはしない。
休憩ならば後でたっぷり取ればいいのだ。
まずは山に入る。
そして川を見つける。
命をつなぐ。
それが最優先だ。
そして黙々と歩くこと数時間後。
待望のものがはっきりと見えてきた。
「来たか・・・・・」
木だ。
何本もある。
奥にも木がたくさん続いている。
黒々とした森だ。
たぶん山に続いているだろう森。
男を救うはずの場所。
「遠かった・・・・・・」
思わず立ち止まり、万感の思いでつぶやいた。
時計を見る。
午後16時02分。
日本ならば夕方。
数日前ならば、そろそろ空も暗くなり始める時間だった。
そして男にとっては、夜の営業に向けた勝負が始まる時間帯。
しかしここでの太陽はまだまだ高かった。
それでも自然と身が引き締まる。
長年の習慣か。
森を前にした緊張か。
男は木に向かって、ゆっくりと歩き出した。
あともう少し。
小一時間ほどかけて、木々の下までたどり着く。
近づいてみると、樹齢何百年というような立派な木ばかりだった。
思わずその内の一本、木の幹に手で触れる。
これは何という木なんだろう。
良いにおいがした。