蝶々発見!
5つ目となる月発見に続いて、光の花のイルミネーションが開幕した。
大自然の音しか聞こえない、静かなるお祭りだ。
草原はやわらかな風に揺らされている。
夜の暗い海が静かに波打っているかのようだった。
その海に浮かぶのは、色とりどりの光の珠。
しなやかに揺れる茎に支えられた光の珠は、草原の上に浮いているように見える。
花を支える深い緑色の茎が、草原や暗闇に同化するからだろう。
光の珠に見える鮮やかでやわらかな花の色は5種類を数えた。
赤、青、ゴールド、白、紫。
色とりどりの花は草原の海の波間に浮き上がり、揺れ動く。
生き物のように。
ふわんふわん。
地球に非ざる絶景。
真夜中から驚きの連続だった。
十分に楽しんだ。
しかし、祭りはまだまだ終わらない。
もう一つ、男を驚かせたものがあった。
蝶々発見!である。
はじめは全く気付かなかった。
いつの間にか、色とりどりの光の花の中にふわりと加わっていた。
気が付いた時には、当たり前のようにそこにいた。
きれいな明るい緑色に光る蝶々。
大きなものではない。
小さな蝶々だった。
5㎝もあるだろうか。
数もそれほど多くはなかった。
色とりどりの光の花、そこに加わる小さな明るい緑色。
ひっそりと、しかし確かな存在感を持った蝶の姿があった。
「芋虫なんか見てねーぞ」
そうだ。
蝶はおろか、虫なんて昼間には全然いなかったのだ。
やはりこの大草原は色々おかしい。
今日は歩きながらも、虫のチェックをかなり慎重に行っていた。
明日も草から朝露を集める都合があるからだ。
アブラムシがびっしりついている草から採れた朝露なんか、絶対に飲みたくない。
どんな罰ゲームだというのか。
昆虫の何かがブレンドされている水は遠慮したい。
想像するのも嫌だった。
「命の水」を賭けた虫探し。
真剣になるのは当然だ。
だから急いで歩きつつも、立ち止まっては葉の裏をめくったり、茎をかき分けたり。
それでも一匹たりとも見つける事が出来なかった。
不自然なほどに虫がいない。
だから緑の光が蝶だとは思いもしなかった。
それでも光の動き方が、揺れ動く花とは違う。
リズムがある。
花から花と舞い踊る緑の小さな光に気付いた時には、蛍かと思った。
色は違えど、何かしら光っているものが飛んでいるからだ。
夜に光って飛ぶ虫といえば蛍だろう。
常識だ。
しかし、蛍よりは光が明らかに大きかった。
色も違うように思うし、点滅もしていない。
男は記憶の中、山奥で初めて見た蛍の姿を思い出した。
鋭角に方向転換するような、独特の動きをする光。
当時、かなり近くで見ても「点滅する光」としか認識できかった。
虫には見えなかったのだ。
小さな黄緑の、蛍光色っぽい光だけが動いているように見えていた。
舞い踊る小さな光をつかまえるのは難しくなかった。
手の内に囲い込んだ光。
よくよく観察した時は、ちゃんと虫の形をしていると感心したものだ。
黒っぽい体の部分は、手放すとすぐ闇に紛れて見えなくなった。
源氏蛍だと民宿の爺さんが教えてくれた。
今、目の前で動く光は、遠い記憶の中の蛍とは明らかに違う。
蝶の形をした全身が白っぽい明るい緑に光っていた。
点滅もしない。
ずっと光り続けている。
手の中につかまえなくとも、ちゃんと蝶々の形をしているのが確認できた。
蛍とは全く違っている。
男の知るどんな虫とも違っていた。
知らず知らず、感嘆のため息が漏れる。
なんとも幻想的な光景から目が離せなかった。
緑色の小さな光が、赤い光の花にとまる。
ふわりと飛んで白っぽい光の花に移動した。
そうかと思えば、隣の紫の光の花に別の緑色の光が加わっている。
ふわんふわん。
美しい。
素晴らしい。
ファンタスティック。
そんな言葉じゃ到底足りない。
なんとも表現し難いほどに美しかった。
あれが蛍ならよかったのに。
男は光の乱舞を堪能しつつも、少しだけ残念に思った。
別に蝶が嫌いなわけじゃない。
蛍が特別好きなわけでもない。
ただ蛍なら。
あれが日本の蛍だったなら。
水の在りかを教えてくれたかもしれない。
苦くともいい。
甘ければもっといい。
苦くとも甘くとも「命の水」。
水が欲しい。
驚くことに慣れてきた男は、猛烈な喉の渇きを思い出してしまった。
蛍にすがりたかった。
虫でもいい。
誰でもいい。
誰か水の在りかを教えてください。