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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
大草原脱出編
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月たちが見ていた


山と思しき遥か彼方を目指して歩き始めた男。


日本人にしては大柄な男の一歩はまあまあ大きい。

黙々と歩き続ける。

あれほど興味深かった草だってもう見慣れたものだ。

いちいち立ち止まって観察する気分はとうに失せてしまった。


5時間、いや6時間も歩き続けただろうか。

太陽が着実に傾いているのがわかる。

急かされるように歩いた。

あまり疲れは感じなかった。


やがて辺りは真っ赤に染まった。

日没の時間だ。

ぐるりと確認すると、左手側の方向に赤い太陽がみえた。

地平線にかなり近づいている。



こっちが西か。



どうやら男が目指していたのは北の方向だったようだ。

右手側、東の方向を確認する。

地平線に近いところ、空の低い位置に三日月が浮かんでいるのを確認した。



「ここまでか・・・・・・」



完全に日が沈むまで、さほど猶予はないだろう。

男は腕時計を見た。


時計の針は20時27分。



「・・・・・・は?」



どこの国ならばこんな時間に日が沈むのか。

明らかに日本ではなかった。

ここは日本から遠く離れたどこかなのだ。

男が居るのは日本ではないどこか。

改めて実感した。



「どこなんだよ・・・・・」



夕焼けが目に染みる。

本来ならこの時間、ピークを迎えつつある厨房で忙しく働いていたはずだった。

今日も結構な数の予約が入っていた。

料理人が一人欠けた厨房はちゃんと回っているだろうか。

帰らぬ男を待っているだろうか。

繁忙期の無断欠勤に怒っているだろうか。


男だってある意味被害者だ。

行きたくても行けなかったのだ。

自分のせいではない。

断じて自分の意志ではない。


しかしそれでも職場の皆には悪いことをしたと思う。

申し訳ない。

すみませんでした。

謝れるものなら今すぐに謝りたかった。


やがて太陽が完全にその姿を消した。


立ち尽くしていた男は日没と共に我に帰る。

薄暗いとはいえ、まだ今はそこそこ明るかった。

まだ歩ける。

完全な夜を迎える前に少しでも山に近づくのだ。

休みもせず長時間歩き続けたおかげで、気のせいかとも思われた山が見えるようになった。

どれだけ遠くとも、ちゃんと見えているのは嬉しかった。


男は歩いた。

そこに山がある限り。

歩き続けた。


そしてまた時間が経った。

今日は何時間歩いただろうか。

流石に疲れを覚えた男は立ち止まった。

腕時計を見る。


時計の針は22時46分。



「え・・・・・・」



はじかれた様に辺りを見回した。

確かに日暮れを過ぎて、随分と暗くはなってきている。

それでも夜の暗闇というにはまだまだ明るすぎた。

もう一度、腕時計を見てみる。


時計の針は少し進んで22時48分。


男の腕時計はちょっと珍しい24時間表示である。

父親が2回目の就職を祝して贈ってくれたものだった。

早朝から深夜まで働く男にはちょうどよかった。


そのご自慢の時計の針は何度見ても変わらなかった。

どう見たって22時を過ぎており、23時も近い。

あと1時間もすれば真夜中だというのが信じられなかった。



「どういうことだよ・・・・・・」



男は白夜を知らなかった。

知識としては学んだはずだが、この非常時にそんなものは思いもつかなかった。

太陽が沈むとやがて暗闇がやってくるもの。

それが男の常識だった。


急に立っているのが辛くなり、座り込んだ。

そのままスポーツバッグを枕にして寝転がる。


すると追い打ちをかけるかのように信じられないモノが目に飛び込んできた。

月だ。

三日月。

見慣れた形。


だがしかし。

たかが月だと侮ることなかれ。

確かに三日月の形をしたモノが空には浮かんでいる。

そこまではいい。

普通だ。


だが三日月が3つあるのはどうしてだ。

普通じゃない。

力いっぱい普通じゃない。


男は大草原のど真ん中、腹の底から叫びたかった。

けれども実際に出せた声は大変に弱々しいものだった。



「・・・・・・かんべんしてくれ」


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