肆
特訓開始!
実の両親に引き取らた翌日、屋上にあるいくつかの鳥居の一つからどこか分からない山奥へ連れて行かれた。屋上の鳥居のうち二つは父と母が祀られている全国の神社につながっているそうだ。その他はどこにつながっているかは教えてくれない。有名な猫のロボットが持っている道具のようだとみやびは思った。
父の試練は苛烈なものだった。
「ムリムリムリっ! 熊が出るし、猪が突進してくるし、ここどこっ!」
山を全力で走りながら、みやびの叫びは虚しくこだました。今はなぜかみやび目がけて鹿が突進してきている。
父に山を下ってもう一度頂上に登ってこいと言われたみやびは簡単な試練だと侮っていた。みやびは体力に自信がある。運動神経も良い。「楽勝。楽勝」と鼻歌混じりに山を下りはじめた途端、熊に追いかけられたり、猪が突進してきたり、鹿に追いかけられたり散々な目に遭っている。
「姫神様、ファイトです!」
「応援しますので、頑張るでごじゃりまする!」
子犬だった狛彦と狛丸は今は柴犬サイズに変わり、みやびを先導して走っている。彼らはいろいろなサイズの犬に変化することができるらしい。毛色はいずれも白に限るが。
「あんたたち! 私の眷属なんでしょ? 助けなさいよ!」
「スサノオの神に手出ししてはならぬと言われております」
「申し訳ないでごじゃります」
犬は群れに順位をつけるという。狛彦と狛丸は神獣ではあるが犬だ。眷属とはいえ彼らの中で父→母→かなで→みやびという順位なのだろうと走りながら考える。もしかすると犬たちよりもみやびの順位は低いかもしれない。
鹿の次は猿が出てきて物を投げつけながら追いかけてきた。反射神経もいいので避けながら走るが、いくつかは命中してしまう。動物たちの謎の襲撃を躱してやっと麓についたので、休憩しようと思ったのだが、狛彦と狛丸に急かされて再び頂上を目指す。登りはさらに過酷な動物たちの襲撃が待っていた。
頂上の岩の上に胡座をかいてゆったりとしている父の元に辿り着いた頃には、着てきたジャージはボロボロだった。
「お! 戻ってきたか。わりと基礎体力は高いようだな」
「あの動物たちは何!? 野生の動物は滅多に人前に出てこないはずなのに……積極的に襲われたんですけど!」
息を切らしながら、父に文句を言う。父はふふんと意地悪そうに笑うと、水のペットボトルをみやびに投げてよこした。ペットボトルを受け取ったみやびは水を一気に飲み干す。
「おう! お前らご苦労! また頼むわ」
岩の上から手を振っている父を訝し気に見たみやびは父の視線の先が気になる。振り返ると、後ろには先ほど襲ってきた動物たちが横一列にならんで手を振っていた。
「あんたの差し金か! てか! あいつら飼ってるの!?」
「ペットじゃないぞ。あいつらにはこの山を守るように頼んでいるんだ」
この山はヤマタノオロチ伝説がある山だと父が説明してくれる。今みやび達がいる場所は一般に開放されている登山道ではなく、立入禁止の区域にあるのだ。人間が迂闊に近寄らないように動物たちが守っているというわけだ。
動物たちはうんうんと頷いている。父と愉快な山の動物たちに嵌められたとがっくりと膝をつくみやびだった。
持参したお弁当を広げ、岩の上で父と山々を眺めながら、もくもくとおにぎりを食べる。
「お! この煮物は美味いな。お前が作ったのか?」
「他に誰がいますか?」
思ったとおり母は料理が下手だった。かなでも日頃自炊はしないそうだ。
昨日寝る前にかなでから聞いたのだが、彼女は留学しているらしい。昨日、みやびが引き取られることを聞いて、前日に急遽帰国したそうだ。留学先は誰もが聞いたことがある有名な外国の大学だった。かなでは知能指数が高く、外国の大学から教授が当時かなでが通っていた学校まで訪ねてきて、お誘いがかかったとのことだ。
かなでは今朝早く留学先に帰って行った。大学は夏休みが長いのですぐに帰ってくると言っていたが、せっかく会った双子の姉ともう少し話をしたかったみやびだ。
「このいなり寿司も絶品でございます」
「味付けが好みでごじゃりまする」
狛彦と狛丸はいなり寿司を美味しそうに頬張っていた。器用に前足を使っている。
「狛犬もいなり寿司が好物なの?」
いなり寿司が好物なのはキツネだと思っているみやびは不思議に思って狛犬たちに聞いてみる。
「穀物は好物でございます」
「酒も好物でごじゃりまする」
「酒は美味いな。特に日本酒は最高に美味い」
狛犬たちに同意するように父がうんうんと頷いている。そういえば、神様は酒好きだと何かの本で読んだことがあった。ちらりと父を見るといかにも酒好きという感じがする。しかも酒豪っぽい。
「飯を食い終わったら、少し奥の方に行くぞ」
◇◇◇
お弁当を食べて少し休憩した後、父について山の奥へと進む。
――今度は何をさせられるんだろう? ろくでもない特訓のような気がする。
奥に進むにつれ、水音が激しくなってくる。みやびは嫌な予感がした。開けた場所に出た先には滝があり、大量の水が落下していた。
「ま、まさかここから飛び込めと!?」
恐る恐る下を覗くと高さ二十メートルはありそうだ。滝つぼは深く、沈んだら二度と浮かび上がってこれそうにない。みやびはぞっとした。
「そのとおり! と言いたいところだが、今日のところは別の用がある」
――今日のところは!? いずれ飛び込ませる気? とんでもない毒親だ。
「お~い! 八雲! いるか?」
父が滝つぼに向かって呼びかけると、巨大な何かが滝つぼから出てきた。
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