弐
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この国は多神教である。神道、仏教、物に宿る付喪神など何でもありで、何を信じるかは個人の自由だ。
有名どころは日本神話に登場する三貴神アマテラスオオミカミ・ツクヨミノミコト・スサノオノミコトだろう。目の前の銀髪の男性、みやびの父親はそのうちの一柱スサノオノミコトと同じ名を名乗った。
「……随分と長い名前なんですね」
「お前、それ本気で言ってるのか? 日本神話くらい知ってるだろう? そのスサノオノミコトとクシナダヒメだよ」
いきなり現れた実の両親は神様でした。と言われて信じる人間がどこにいるだろうか? おそらくいないだろう。普通はこんな状態に陥った場合、混乱するかパニックになるところだ。しかし、みやびは意外と冷静で頭の回転が早かった。
「あなたたちが神様なら、私が子供だというのは何かの間違いだと思います。私は普通の人間ですから」
「間違いなく、お前は俺たちの子供だ。何ならDNA鑑定をしてもいい」
――DNA鑑定を持ちだすということは間違いなく親なのかもしれない。でも、日本神話の神様を名乗る辺りから推測すると、おかしな宗教を開いた人達なんだろうな。どうしよう?
実の両親は頭のおかしな人達という失礼な印象を抱いてしまったみやびだ。
「今、お前が考えていることは違うと思うぞ」
考えを読んだかのように父が咎めるような視線をみやびに向ける。みやびは父の目を見た。外見はともかく真摯な眼差しは嘘を言っているようには見えない。母に視線を向けると、慈しむような目をしている。我が子を見る母の目そのものだ。
みやびは学校の図書館で読んだ日本神話を思い出す。スサノオノミコトには有名なエピソードがたくさんある。みやびが思い出したのは、ヤマタノオロチを倒してクシナダヒメと結婚した辺りの話だった。
「スサノオノミコトってヤマタノオロチを倒した神様でしたよね? お姉さんを困らせて高天原を追い出されたやんちゃな神様」
「要約するとそんな感じだが、実際は違うぞ。後で俺の武勇伝をたくさん聞かせてやろう」
父は嘘をついていないのかもしれないが、にわかには信じがたい。両親が神様で自分も神様だった? あり得ない。今まで自分は人間として生きてきた。特別な力などない。
「家に到着したら、順番に話すわ」
母は優しくみやびに微笑みを向ける。みやびは頷く。なぜか母の言葉は信じられる気がした。
◇◇◇
西園邸は五十階建てのタワーマンションの最上階だった。車から降り、マンションを見上げる。
「億はしますよね? 最上階はさらに高いと聞いたことがあります」
「一応、このタワーマンションの持ち主は俺だ。最上階以外は賃貸にしてある」
エントランスに刻まれた建物の名前は『ウエストガーデンタワー』だ。日本語に訳すると西園塔。賃貸マンションやアパートは建物の所有者の氏を英訳したものが多い。父は家賃収入で生計を立てているのだろう。一等地のタワーマンションの家賃は高い。企業で働かなくても大丈夫そうだ。しかし母は会社を経営していると語る。母がテレビ番組の企業特集で出演していたのをみやびは思い出す。確か西園グループの社長だ。どおりで最初に会った時、見たことがあると思ったのは間違いではなかった。
最上階までの直通エレベーターに乗ると、ふわっと体が浮く感じがした。昇降速度を早くしてあるのだろう。高速エレベーターというやつだ。
最上階に着くとあり得ない光景が目に入る。エレベーターを降りると白い鳥居が建っていた。奥には神社のような佇まいの社がある。
「え!? 神社?」
「ここは俺たちの神域だからな。神の居場所にふさわしい佇まいにしたんだ」
自慢げに胸をはる父だ。豪華な部屋をイメージしていたみやびは呆気にとられる。
「パパ! ママ! おかえりなさい。その子がみやびね」
社の中からみやびと同じ顔立ちをした少女が出てくる。違うのは瞳の色だ。黒曜石のような澄んだ瞳。
「かなで。帰っていたの?」
かなでと呼ばれた少女は頷くとみやびの手をとり、ぶんぶんと振る。
「よろしくね。私は西園かなで。あなたの双子のお姉さんよ」
――この子が私の双子の姉? 確かに顔はそっくりだわ。かなでも神様なのかな?
「ここが今日からあなたの家よ。みやび。さあ、中に入って」
母に中に入るよう促され、かなでに手を引かれて社の中に入る。
社の中は想像していたイメージと違い、近代的だ。システムキッチンを備えたリビングは広い。間取りはマンションそのものだ。窓に近づき下を眺めるときれいな夜景が飛び込んでくる。地上のネオンが光ってきれいだ。
「社の中は近代的なインテリアなんですね」
「お前らが友達を呼ぶ時に板の間じゃあ格好がつかないだろう?」
普通の人間には鳥居と社は見えず、普通にマンションのエントランスに見えるそうだ。
それにしても都会の一等地に建っている高層マンションなのに、空気がきれいだとみやびは思う。神社に足を踏み入れた時に感じる清浄な雰囲気だ。
お茶を淹れるため、キッチンにいた母が悲鳴を上げる。何事かと思いキッチンへ駆け寄ると、お湯がティーポットから溢れていた。おそらく母は家事下手だ。
「あの……私がお茶を淹れます」
座っていていいという母の言葉は無視して、てきぱきとお茶を淹れるみやびだ。そばで見ていた母とかなでに手際がいいと褒められた。
リビングにあるソファに座ってお茶の香りを楽しみながら、一口飲む。
「さて、何から話す?」
父が話を切り出した。みやびはティーカップをテーブルに置くとふうと息を吐く。
「西園という苗字があるということは皆さん名前がありますよね? まずは自己紹介からお願いします」
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