拾肆
久しぶりの更新になってしまいました。
すみません。
神域ではない鳥居の外で鬼と対峙したかなでとみやびは身構える。鬼は突出気味のぎょろりとした目を二人に向けた。
「娘返せ……あの方への貢ぎ物」
「あの方? 貢ぎ物?」
かなでは眉を顰める。鬼が言うあの方とは誰の事だろう? 貢ぎ物とは? だが、 今は考えている暇はなさそうだ。
みやびは刀を呼び出すと、抜刀して構えた。刀は封印法という特殊な方法で、普段はみやびの体内に収められている。先日、父に習った方法だ。これならば常に刀を所持することができる。
「えと、もふ太郎、もふ次郎。結界を張れる?」
みやびは二匹のキツネに尋ねる。二匹のキツネはむっとまろ眉を顰めると、くわっと牙を剥く。
「我らはそのようなおかしな名ではない!」
「狐太郎と狐次郎だ!」
太郎と次郎は当たっている。
「あ、しゃべれるのね。狛達もしゃべるから当たり前なのか」
「狛犬と一緒にするでない! 我らは稲荷神の眷属だ」
キツネ達はふいとそっぽを向く。みやびは苦笑しながら、頬をポリポリとかいた。
「うちの狛達ももふもふで可愛いんだけどな。ところで結界は張れるんだよね?」
「ウカノミタマノオオカミのご命令ゆえ、助太刀はする」
そっぽを向いてはいるが、キツネ達はみやびを手伝わないというわけではなさそうだ。もふもふの尻尾を揺らし、指示を待っているようにみえる。尻尾を触りたい衝動を堪え、みやびはキツネ達に指示を出す。
「じゃあ、鬼の足止めをお願い!」
「「承知した!」」
キツネ達が向かっていくと、鬼は牙を剥き出し、鋭利な爪を持つ手を彼らに振り下ろす。だが、キツネ達は俊敏に攻撃を躱すと、白い閃光となり鬼の体を縛る。
「グッ! ガアァァァァァ!」
縛された鬼はキツネ達を振りほどこうと、凄まじい雄叫びをあげる。みやびは鬼めがけて駆け出す。
民家に被害が及ばぬようにかなでが結界を張ってくれているので、多少暴れても問題ないはずだ。
「大人しく黄泉に帰れ!」
刃が鬼の頸に迫る。脅威になるあやかしは容赦なく頸を斬れと父に教えられた。この鬼は放っておけば、詩織を狙って何度でもやってくる。危険だと判断したみやびは躊躇いなく鬼の頸を狙った。
だが――。
刃が頸に届く前にキツネたちの縛を解いた鬼は、太い腕でみやびを払いのける。鬼の力は強く、腕の一振りで人間の体は砕けてしまう。あくまで普通の人間ならではあるが……。
鬼に振り払われたみやびの体は高く舞い上がり、鳥居の天辺に叩きつけられた。息が止まりそうになるほどの衝撃に襲われる。
「……くっ!」
「みやび!」
かなでは悲鳴に近い声で双子の妹の名前を叫ぶ。地面に落ちかけた瞬間、気を失いそうになったみやびは双子の姉の声で我を取り戻す。咄嗟に鳥居に手をかけ空中で回転すると、鳥居を足場に再び鬼めがけて飛ぶ。同時にキツネ達も鬼の両腕を縛する。
「太郎次郎。グッジョブ!」
渾身の力をこめて、みやびは鬼の頸に刃を入れる。刃は鬼の頸と胴体を切り離し、頸は勢いよく上に飛ぶ。
「ガッ! ……様」
最期に鬼は何事か叫んだようだが、よく聞こえなかった。しばらくすると鬼は塵となり、空へと舞い上がる。
「みやび! 大丈夫!」
かなでがみやびに駆け寄る。ほっと息を吐いて「大丈夫」と言おうとして、みやびの視界が暗転した。
◇◇◇
誰かがみやびを呼ぶ声がする。
「ハシハナ。いつまでも一緒にいよう」
「ええ。ツキヒコ」
――ツキヒコって誰だっけ? でも、何だか懐かしい……。
◇◇◇
「おらっ! みやび目を覚ませ!」
ひどく乱暴に自分を呼びかける声がする。聞き覚えがある声だ。
「パパ! みやびは肋骨が折れているのよ! もっと優しく!」
「父上は相変わらず乱暴者だな」
目を開けると、父が仁王立ちしていた。父がなぜここに? 先ほどまで鬼と闘っていたはずなのに……。
「目が覚めたか。ほれ! これを飲め」
父がぶっきらぼうに差し出したものは盃に注がれた酒だった。
「私、未成年なんだけど……」
「親の俺が許すから飲め。どんな傷病でもたちどころに治る神酒だ」
本来、酒が飲めるのは二十歳からと法律で決まっている。保護者の許可があっても、未成年は飲酒してはいけないのだ。
みやびは体を起こそうとしたが、激痛が走り、起き上がることができない。
「っ!」
声にならない悲鳴が上がる。
「起きなくていい。口を開けろ」
口を開けると、盃の酒を口の中に流し込まれた。
「ゆっくり飲めよ。むせるからな」
父のいうとおり、ゆっくり酒を飲みこんでいく。初めて味わう酒は甘かった。
「美味しい……」
神酒を飲んだと同時に痛みが治まり、力が戻る感覚がみやびの体を駆け巡る。
「酒が美味いか? おまえは将来酒豪になるな」
ケラケラと父が笑う。
かなでに手伝ってもらいながら、そっと身をおこす。どうやら鬼を倒した後、倒れてしまったようだとみやびは自覚する。
「どうしてパパがここにいるの?」
「ウカちゃんが連れてきてくれたのよ。ここと家の鳥居はつながっているから」
タワーマンションの屋上の鳥居は伏見稲荷大社にも通じていたようだ。ウカノミタマノオオカミを見ると、いい仕事をしたとばかりにびっと親指を立てた。ウカノミタマノオオカミの両隣には狐太郎と狐次郎が佇んでいる。彼らのもふもふの白い尻尾がピンと立っていたのを見たみやびは手がわきわきし始めた。
「ウカちゃん、約束! 太郎次郎をもふらせて!」
がばっと狐太郎と狐次郎を抱きしめる。狛たちに勝るとも劣らないもふもふさだ。
「こらっ! 尻尾を触るでない!」
「ウカノミタマノオオカミ! お助けを!」
狐太郎と狐次郎はウカノミタマノオオカミに助けを求めるが、彼らの主神はうんと頷いて、いい笑顔でまたもや親指をびっと立てる。
「うむ。おまえたち、功労者に存分に褒美のもふもふをさせてやるがよい!」
「「我らも功労者ではなのですか!」」
みやびは心ゆくまでもふもふを堪能したのだった。
◇◇◇
詩織はウカノミタマノオオカミに託した。また狙われる可能性があるからだ。
みやびはかなでと父とともにホテルに戻り、母にしこたま怒られた。
「詩織ちゃんが心配なのは分かるけれど、無茶をしすぎよ」
「全くだ! 未熟者が。あんな三下の鬼に手こずるなんてな」
母の叱責に同意するように頷いている父だが、言っていることは母と嚙み合っていない。
「貴方は黙ってなさい!」
「はい!」
ぎろりと母は父を睨む。まるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった父だ。両親のこういったやり取りは慣れた。父は母に弱い。
「ママ……ごめんなさい。でも、昨日はどうしても嫌な予感がして……」
ふうとため息を吐くと、母はみやびの頭を撫でる。
「みやびは優しいわね。結果、詩織ちゃんを助けられたからよしとしましょう。但し、罰を受けてもらいます。かなで、貴女もよ」
「「はい?」」
母の罰とは何だろうか? 何やら怖い気がするかなでとみやびであった。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




