拾弐
七城流は茶道会の名門だ。
夏休みも半ばの今日、みやびは母とかなでと共に七城家の茶会に招かれた。昨日から七城家がある京都へ前泊で来ている。
「詩織はいかにもお嬢様って感じだけれど、本当にお嬢様だったんだ」
門を潜った途端、七城家の佇まいに圧倒されたみやびだった。
「そういえば、七城家の詩織さんとみやびはお友達だったわね」
父からみやびに友達ができたと聞いた母は喜んで、赤飯を炊こうとした。何かが間違っているので、すんでのところで止めたが。
七城家は広い敷地に立派な日本家屋を構えている。庭園の木はよく手入れされており、小道は水打ちされていた。夏ではあるが木陰に入るとかなり涼しく感じられる。
本日の会場である茶室は母屋とは離れた庭園の一角にあった。
今回は正式な茶事ではなく、大寄せの茶会なので招き菓子と薄茶のみ客に振る舞われる。とはいえ茶道を嗜んだことがないみやびは母とかなでに作法を叩き込まれた。後は母とかなでの真似をしていればなんとかなるだろう。ちなみに父は欠席だ。やはりというか堅苦しいのは苦手らしい。
茶室に入る前、母は知り合いと思われる婦人に呼び止められる。
「西園様。本日は遠路はるばるお越しいただきまして、ありがとうございます。そちらのお嬢様がスイスで療養していたという双子の妹さんですか?」
表向きみやびは生まれた時に病弱でスイスで療養していたという設定になっている。実際は健康優良児なのだが、攫われて児童施設にいましたでは風聞が悪い。特に政財界に通じている西園グループの令嬢がとなれば、醜聞になりかねないのだ。
一応、帰国子女ということになるが、幸いみやびは英語が得意なので問題はない。
「本日はお招きいただきありがとうございます。この子はみやびと申します。最近スイスから帰ってきたばかりですの」
母が婦人にみやびを紹介する。
「初めまして。西園みやびと申します」
名乗りながら一礼するが、着物なのでぎこちない仕草になってしまった。特に帯で締めたお腹の辺りが苦しい。かなでとお揃いの着物を母が作ってくれたのだが、日頃制服かジャージで過ごしているみやびは着慣れていないので苦戦している。
「双子だけあって、かなでさんとそっくりね。瞳の色はお母様譲りね」
婦人の面立ちはどこかで見たような気がする。上品な雰囲気と優しい微笑み。
「お母様。そろそろお時間です」
茶室から誰かが出てくる。現れたのは詩織だった。みやびに気が付くとたたっと駆け寄る。
婦人は詩織の母のようだ。どうりで見たことがあるはずだ。詩織は母親にとても似ている。
「みやび。ようこそ。その着物涼し気でとても素敵ね」
かなでとお揃いの着物は夏用の反物に薄の絵が藍色で描かれている。今の季節は夏なのだが、秋を連想させる薄の絵柄は見る者に涼しさを与えるのだ。ちょっとした心遣いになると母が言っていた。
「今日はお招きありがとう。詩織が今日の亭主なのですってね」
「ええ。今日は正式な茶事ではないから、お茶とお菓子を楽しんでいってね」
詩織の周りには今日も付喪神たちがふよふよしていた。付喪神たちはみやびに「よう!」と挨拶をするように手を挙げる。みやびは小さく手を振っておいた。
「詩織。みやびさんとお知り合いなの?」
詩織の母が二人の元にやってくる。
「同じクラスのお友達なの」
「まあ。みやびさん、娘がいつもお世話になっております」
詩織の母がきれいなお辞儀であらためて挨拶してきたので、みやびも深々と頭を下げる。
「こちらこそ。詩織さんにはいつもお世話になっております」
頭をあげるとにっこりと詩織の母は微笑む。
「これからも娘と仲良くしていただけると嬉しいわ」
「もちろんです」
詩織と詩織の母はみやび達に一礼すると、先に茶室へ戻っていった。
「ここ、多いわね」
かなでの言葉にみやびは頷く。七城家の周りはあやかしがうろついている。付喪神たちがついているので、詩織には近づけないようだが。
「詩織は今までこんなのに脅かされていたんだな」
付喪神たちがいるとはいえ、大物のあやかしが詩織を狙ってきたら太刀打ちできるか分からない。
「後でできる限り祓っておく」
最近、父に新しく教わった方法で刀はいつでも呼び出すことができる。狛達はいないが何とかなるだろう。
それに――。
何となく良くないものが近づいている気がする。三日ほど京都に滞在する予定なので、夜こっそりと見回りに来た方がいいかもしれないとみやびの勘が告げていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




