拾壱
漢数字がついに二桁になってしまいました。
部屋の片隅で「帰れ」「帰らない」と言う会話を、かれこれ一時間ほど繰り広げている二人をみやびは横目で見る。
家に帰ってもオオクニヌシは、隙あればかなでに抱き着こうとして粉砕されていた。
「もう! 神在月の宴に行く気はないって毎年言っているでしょ! てか! 大社に帰れ!」
「そうはいかない! 今年は特別な年なのだ。妻である君には参加してもらわないと困る!」
神在月の宴の招待状を受け取ろうとしないかなでに、オオクニヌシは無理にでも招待状を押し付けようとしている。神在月とは神無月で十月のことだ。全国の神様が出雲に出かけてしまうので、神がいない月で神無月という。反対に出雲には神様が集まってくるので出雲では十月を神在月という。神議り(かみはかり)と呼ばれる神様会議があるからだ。
「ねえ、パパ。神在月って本当に神様たちが全国から出雲に集まるの?」
本で読んだことはあるが、実際に神様会議が行われているのか疑問に思ったみやびは父に問いかける。
「主に縁結びの神だけが集まるんだ。縁結びっていっても恋愛だけじゃないぞ。仕事や金の縁なんかも入る」
神使がいる社の神は出雲へ行けるのだが、中には神使がいない小さな社の神や信仰が減った社の神は招待されても行くことができないらしい。
「百歩譲って家族全員なら旅行がてら行ってやってもいいわよ。費用は貴方持ちでね」
「スサノオ様とクシナダヒメ様はともかく! あいつは黄泉神だろう?」
あいつとはみやびのことだ。黄泉神であるみやびをオオクニヌシは嫌っている。かなでの意見は却下されると思いきや――。
「出雲大社には俺の社があるだろう? 俺達家族はそこで泊まればいい。それならみやびも行けるだろう?」
父の意見にオオクニヌシはぽんと拳を打つ。出雲大社の敷地内に建つ素鵞社の祭神はスサノオノミコト。つまり父の社だ。
「それならば、百歩譲って許してやろう。あいつが来ればお前も来るのだな? スセリ?」
「双子の妹をあいつ呼ばわりしないで! みやびは最強の闘神よ。貴方より強いんだから!」
またもやオオクニヌシが抱き着こうとするので、かなではみやびの後ろにさっと隠れる。さらに父がオオクニヌシを飛び蹴りして足蹴にしていた。それでもめげずに立ち上がろうとしているオオクニヌシは案外打たれ強いのかもしれない。
「オオクニヌシノミコトは一応福の神なんだよね? あまり素っ気ないのも気の毒だと思うよ」
「お前。やはり黄泉神にしては見どころがあるな。神の名では呼ばぬが、今日からみやびと呼んでやろう」
そして友情の証だと打ち出の小槌をくれる。土産物に売っているような小さなものだが……。
「はあ。ありがとうございます」
「みやびは闘神だと言っていたな。もしかするとお前の力を借りる時があるかもしれぬ。スセリをしっかり守ってくれ」
がしっとみやびの手を握り、じっと見つめるオオクニヌシだ。嫌われているのか違うのか分からなくなってくる。
「言われなくても守りますが、神の記憶がないのであまりあてにしないでくださいね」
「何!? 神の記憶がないのか? しかしみやびからは確かに強い神気が感じられる。そのうち思い出せるだろう」
神の記憶がないのを気の毒に思ったのか、みやびの手を握る力が強くなる。
「いつまで娘の手を握ってるんだ! この不埒者!」
再び父に飛び蹴りされたオオクニヌシは壁まで吹っ飛ぶ。
「本当にチャラ男でクズ夫よね。みやび大丈夫?」
「う、うん」
吹っ飛ばされたオオクニヌシの方が大丈夫ではないと思った。益々オオクニヌシを気の毒に思うみやびである。
◇◇◇
一応招待状を受け取ったかなでにご満悦のオオクニヌシは屋上の鳥居から大社へと帰っていった。
「はあ。やっと帰った!」
鳥居の向こうに消えたオオクニヌシを見送った後、一息吐くかなでだ。
「あの鳥居って出雲大社につながっているの?」
「正確には稲佐の浜にある鳥居ね。あいつ無理矢理こじ開けてきたんだわ」
十月に八百万の神々が最初に足を踏み入れるのが稲佐の浜だ。神在月のみにしか開かれない稲佐の浜の鳥居をオオクニヌシはこじ開けてここに来たという。職権乱用もいいところである。
「そんなに悪い人じゃなかった! 神には見えないけどね。一緒にいるだけで宝くじに当たりそうな神気を纏っているし」
オオクニヌシにもらった打ち出の小槌を見ながら、そう思ったみやびだ。
「腹が立つことにそうなの。あいつの神気って妙に落ち着くのよね」
それは元々夫婦だからではと言おうとして口を噤んだみやびだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)