紫女と赤男 その2
リュオンが湯船に浸かっている頃、町にある1軒の酒場にアルフォードの姿があった。
酒に酔った者達で騒がしい店内で1人窓際の席で酒の注がれたジョッキを片手に運ばれてきてテーブルの上に置かれていた焼かれたばかりのソーセージへとジョッキで塞がっていない方の手に持ったフォークを伸ばし口元へと運ぶと湯気が上るソーセージを躊躇すぜに口の中へと入れる。
「あっち!」
口に入れたソーセージを噛んだ瞬間に溢れ落ちた肉汁に口内を焼かれ思わず言葉が出てしまうが、すぐさまもう方の手に握られていたジョッキ口元へに運び、ジョッキの中身の酒で口内の鎮火にあたる。
「ふぅーー…」
酒による鎮火を終え口内のものを全て喉の奥へと流し込み、空いた口で一呼吸入れるアルフォード。
そしてジョッキの中を覗き、残りの酒の量が少ないと分かると再びジョッキを口元へと運び、残りの酒を一気に喉の奥へと流し込むとちょうどいいタイミングで横を通りかかったウェイトレスへと声をかける。
「すいませーん! ジョッキお代わりでぇ!」
「はいはい、かしこまりました」
ほろ酔い状態で次なる注文し、注文を聞きウェイトレスが足早にその場から離れると、再びソーセージを口元へと運ぶが今度はさっきと違い少し覚ましてから口の中へと入れるアルフォード。それと同じタイミングで先程のウェイトレスが注文のジョッキを運んできてそれをアルフォードの目の前に置く。
「はいご注文のジョッキ1つねぇ! 他に何かご注文はありますか」
「あー、そうだなぁ…… なら、君を注文するよなーんって言ってみたり!」
「あら、お客さんたらご冗談を」
そう言いつつもウェイトレスはアルフォードの耳元へと近づくと
「本当にあたしをご注文されるならあと30分は待ってもらうことになりますよ。 そうすれば今日は終わりですから、その後なら喜んで」
ウェイトレスはウィンクしながら満更でもない表情でアルフォードにそう告げて仕事に戻っていった。
「……… あっちゃー、また酔った勢いで口説いてしまった。 面倒なことになる前に他の店に移ろう」
アルフォードはお代をテーブルの上に置いてさっきのウェイトレスに見つからないうちに素早くその店を後にした。
次の店へと向かう道すがらアルフォードは独り言をぶつぶつと呟きつつ歩んでいた。
「あーあ、1軒目から言わんこと言ってしまった。 まだほろ酔い程度だったのについ酔っての悪い癖が出てしまった」
ちなみにアルフォードは酒に弱くジョッキ3杯程度かなり出来上がってしまう為、飲む酒は度数が低い物にし途中途中で水を入れて酔いを調整している。また人前では羽目を外す事が多い事もオールを含めた知り合いの冒険者達は知っている為集まりで飲む時は余り飲ませない様にしている。
アルフォードはチラチラと左右に目を振りながら次に入る店を探していた。
「それにして俺ってやつは、シーナと言う心に決めた人が居ると何度も己に言ったのに酒が入った途端にふざけて口説いてしまう…」
アルフォードは正面から歩いてきた酔っ払いを躱しながら独り言を続ける。
「全くなーんでなんだろな、やっぱり俺の顔がそれなりに良いせいなのかなぁ?」
とここで一旦立ち止まり近くの窓ガラスに映り込む自身の顔を見だすアルフォードは
「やっぱりいつ見てもいい顔してるー」
窓ガラスに映る自身の顔見て軽くポーズを取りながら呟く。
そして2軒目の店へと入ったアルフォードは席が空いていたカンターへと座る。
「いらっしゃい! ご注文は」
しゃがれた声の店主がオーダーを訪ねてくるとアルフォード即座に返答。
「エールをジョッキでそれと何か軽めの付け合わせを頼む」
「おう、かしこまった! おーい、エールをジョッキで一杯だぁ!」
店主はエールが入った樽の前にいた従業員らしき女性にそう言うと女性は
「はーい、一杯入ります!」
と答え、手早く棚からジョッキを取り出し、樽へと向き直ると蛇口を捻りジョッキにエールを注ぎ、ジョッキに並々に注ぐとささっとアルフォードの前まで運んできた。
「はーい! エールお待ち!」
「ありがとうございます」
ちょうどそれと同じタイミングで店主が付け合わせの皿をジョッキの横に並べて出してきた。
「おらできたぜぇ! 数種の野菜と厚切りベーコンの炒め物とマッシュポテトだぁ!」
「おー! こいつはうまそうだぁ!」
「冷めないうちに口の中へ放り込みな!」
店主に言われるがままにアルフォードは皿と一緒に出されていたフォークを掴むと出された品を口の中へ運ぶ。
口に含んだアスパラと厚切りベーコンの味が口に広がる。だがゆっくりと味を噛みしめようとした矢先に噛んだ品から溢れる熱に口内が声を上げそうになる。
それがわかったのかそれとも表情に出てしまっていたのかは定かではないが、店主は指先でジョッキを指差したのをアルフォードは見逃さなかった。
アルフォード即座にフォークを掴んでいない方の手をジョッキへと伸ばし、口に含んだ品が口から溢れない程度に口を開くとその隙間にジョッキを当て中身の酒を口の中へと流し込んだ。
今日2軒目にして1軒目と同様のことをしてしまうアルフォードだが、流し込んだものが喉の奥へと流し込まれていき、息継ぎをした時にはすでにジョッキの中身を飲み干してしまっていた。
その様子見ていたのかさっきジョッキを運んできた女性が近づいてきて新しいジョッキをアルフォードの目の前にそっと置いてくれた。
アルフォードは目の前に置かれたジョッキに視線を向けてから徐々に視線を上げていき、追加を頼む前に運んできた女性の方へと視線が移った瞬間、女性は口元に手を当てながら
「熱いので注意して食べてくださいね。 あと、そちらの空になったジョッキはお下げしますね」
そう言って女性は何も言わないままのアルフォードから空のジョッキを受け取ると他の客の注文を運びにいった。
「いい……」
小声でそう呟くアルフォード、それをアルフォードに背を向けながら料理を作る店主が聞いており、店主はできた品を皿に盛り付けて他の客へと出してからアルフォードに近寄るとしゃがれ声で
「なぁ、いい嫁だろ…」
と静かに言ってきた。
それに対してアルフォードは
「うん、そう思うよ。 …って、え!? 嫁!? 彼女が!?」
最初の言葉の落ち着きから一転一気驚きが湧き上がってきたアルフォードは店主に聞き返した。
「あー、オレの嫁だよ」
「………」
「なんだよ、夫婦で働いてるのがそんなに珍しいか?」
店主のその問いかけに発言しようとするも喉が詰まり声が出せないアルフォードは新しく持ってこられたジョッキへと手を伸ばし、一旦中身を飲んで喉の詰まりを解消する。それからようやく喋り出した。
「はぁ… 夫婦って言ったって、いったいいくら離れたんだよ」
アルフォードは店主にそう訪ねながら改めて店主の見始めた。店主はスキンヘッドで健康にややそうな感じの肌の色をしており、顔などのシワから考えても50は軽く超えているように見える。それに対して店主が嫁と言った女性の方はまだ全然若々しく、言ってしまえばアルフォードやリュオンとさほど歳が変わらないように思える風貌である。
「離れてるって歳のことか?」
店主の言葉に無言で頷くアルフォード。
「愛が有ればそんなもんどうでもいいだろ。 まあ、30ってところだなぁ」
「30も!」
驚きのあまり立ち上がりそうになるが椅子から腰を上げたところで止め直ぐに腰を下ろした。
「いったいどんな手を使ってあの奥さんを落としたんだよ?」
「いろいろあってな… 長くなるが詳しく聞きたいか?」
「時間はあるし、酒を飲みながら耳を傾けてるよ。 まあ、つまんない馴れ初め話しだったら途中で寝ちまうかもしれないけど」
「なら話すぞ、あれは……」
長々と話される内容を始めの方だけ聞いて後は意識が朦朧としていてほとんど聞き流していたアルフォードは店主の話しが終わったところで代金を支払って店を後にした。
話しを聞きながら酒を飲む手を止めずにいたため店を出る際も振らついた足取りのせいで入り口の扉に頭を打つけたアルフォードだが頭の痛みを気にせずに振らつきながら次の店へと向かっていた。
視界はぼやけて横を歩いていく人達のかもはっきりと認識できない中、正面から黒ぽい色のフードをかぶった小柄な者がこちらに向かってくる。
アルフォードは振らつく足取りで軽く身体を左側へとずらし打つからないように道を譲る。そのまま打つかることなく小柄な者が横を通り過ぎようとした瞬間…
「おい…! 待てよぉ…!」
「!!?」
小柄な者が横を通り過ぎようとした瞬間にアルフォードが小柄な者の右腕を掴み酔って赤くなっている顔で相手を睨みつけていた。
それに対して小柄な者は突然腕を掴まれたことに驚きはしたが、声を上げることなく、自身の右腕を掴みこちらを睨みつける相手へと顔を向けた。
向けられた顔はフードを深く被っているため男か女か判別できなかったが、小柄な者が発した声で判別することはできた。
「あのー、何か自分に用でも…?」
発せられた声は少し高めの女の声であった。
「用もにゃにも…… お、俺の…… ちょっと待っ…た」
酔いが回りろれつが回らないはそこで一旦喋るのを区切った。その瞬間に掴まれていた右腕が緩んだことに気づき小柄な女はアルフォードから右腕を払うとすぐさま走って逃げ出した。
「おっ…と 野郎…!」
逃げ出した相手の背を睨みつけながらアルフォードが走り出そうとした矢先、足が絡んで前方へと転倒する。
それを見て小柄な女は思わず小さく笑い、そのまま逃げる足を早めてアルフォードの視界から外れようとする。
だがアルフォードはすぐさま立ち上がり女を追いかけ出す。それに気づき小柄な女はさらに逃げる足を早める。
最初の出遅れで少々距離が離れている上にアルフォードは酔いが回っていて本来のポテンシャルを生かすことができていない。
「くっ…… このままじゃ追いつけねぇ」
そう悟ったアルフォードは追いかけながら自身の魔法収納鞄の中身から手探りで何かを探す。
「あー、違う…… これでもにゃい…… あっ、たぁ!」
そう小さく歓喜しながらアルフォードは手探りで探し出した物をバックの中から取り出す。
アルフォードが取り出したのは黄色のポーションであった。そのポーションの栓を指で弾き走りながらポーションの中身を喉へと流し込み、空いたポーション瓶後ろに放っる。
ポーションを飲み干してから数秒後、今までぼやけていた視界がはっきりしだし、ふらつき走り方が変だった足の運び方も正常に戻り、酔いで赤くなっていた顔は赤さが抜けいつも通りの顔になっていた。
「よし! 完全復活したぜぇ! やっぱり、クライネが調合した特製の酔い覚ましポーションの効き目は最高だぜぇ! サンキュークライネ!」
夜空を見上げながらクライネの顔を想像して思わずグッとポーズを送るアルフォードが飲んだ黄色のポーションは回復薬でお馴染みのクライネが調合した物であり、これを飲めば二日酔いなんて怖くないと言った代物である。
なお、このポーションは市場に出回っておらず、クライネの知り合いであるアルフォードを含めた一部の者しか持っていないポーションである。
ポーションのおかげ完全復活したアルフォードはぐんぐんと小柄な女との距離を縮めていく。そのことに気づいた女は急な方向転換をしてアルフォードの視界から外れようと試みるがその度にアルフォードも視界から逃さないとして動きに対応していく。
ここで女は狭い路地へと入り込み、複雑な路地を利用してアルフォードを引き離そうとする。これには流石にアルフォードも苦戦し、ついに視界から女を見失ってしまった。
「ちくしょ… どこ行った」
ここまで走りぱなしだったせいでアルフォードの息は少し荒れおり、立ち止まったついでに呼吸を整える。
「俺から逃げられたと思ってんなら、俺は甘くねぇぞ!」
アルフォードのいる位置からさほど離れてない位置に小柄な女は身を潜めてこちらも荒れた呼吸を整えていた。
女は周囲を警戒しつつアルフォードが近くにいないことを確認して再び移動を開始した。
路地伝いに影を潜めながらどんどんとアルフォードがいるであろう場所から離れていく。
が…
「見つけたぜぇ!」
ボソリと呟かれたその言葉の後、何かが地面に落下した音共に小柄な女の目の前に突然として何かが立ち塞がり進行を止めた。
それは先ほどまで後ろを追いかけていたはずの酔っ払いであることに女はすぐに気づいた。
「今度は逃がさねぇぞ!」
アルフォードの両手は腰の剣を抜ける態勢に入っており、逃走しようとすれば間違いなく斬り捨てられることを悟った小柄な女はゆっくりと両手を頭の横に上げた。
その態度を見てアルフォードは左手はそのままにし右手を剣から離しゆっくりと小柄な女へと近づき、右手を女の方へと差し出して一言…
「俺の財布返せ!」
小柄な女は掏摸であった…