クジュリ港で その5
小さく声が溢したネヴィの正面に立っていたのはあの男であった。
「どうだ! この顔を忘れる訳ねぇよな…!」
「………組合の建物に居た …確か …ゴリラ?」
「ゴラ!! 俺の名はゴラだぁ! 全くふざけやがって」
ネヴィに態度に怒りがこみ上げてくるゴラは
「はぁ! まーあ、俺は心が広いから多めに見ることにしてやる!」
「…で …ネヴィに …何か用事?」
「用事… ああ、用事だとも。 この間は酷い負け方をしたが今回はそうはいかねぇ」
ゴラが指を鳴らすと脇の通路から歩いてくる足音と嫌がる声が聞こえてきた。
「ちょっと、離してよ…!」
ネヴィは直ぐに声の主が誰であるかに気づいた。そして通路からユスノアが姿を現した。
「…ユスノア」
「あれ、ネヴィちゃん?」
「ほら、止まらず歩け!」
ユスノアには男が1人付き添っており、その男がユスノアの杖を持っていた。ユスノアは手を後ろ手に縛られている状態で男に連れてこられた。
「…ユスノアに …何かした」
ユスノアの状態を見てネヴィがゴラに訪ねる。
「いや、まだ何もしてねぇよ」
「…まだ」
「ああ、この娘の身の保証はこれからのあんたの態度次第で決まる」
「…ユスノアを …離して」
「そう焦るなよ。 あんたがこちらの要求を受け入れてくれれば直ぐにでもその娘を離してやるよ」
「…ホントに」
「ああ、ホントだとも」
ネヴィは考える間もなく返答した。
「…わかった …それで …要求って …何」
「なに、簡単なことだ。 俺と今一度ここで手合わせしてもらう」
「…わかった」
ネヴィは少し周りにも警戒し目の端で周りの確認をした。目に見えているだけでこの場にはゴラを含めて6人の者がおり、確認できてないだけでさらに数名の者が潜んでいると仮定するネヴィ。
「おっと、1つ言い忘れてたが。 あんたにはその背中に背負っている盾の使用を禁止してもらう」
「………」
「なぁ!? 卑怯よそんなの!」
ユスノアが叫んだ。
「卑怯?」
「そうよ、ネヴィちゃんは盾使いなのよ! 盾使いに盾を持たずに素手で戦えなんて!」
「おい、黙ってろ!」
ユスノアの隣りにいる男が怒鳴る。
「…別に …ネヴィは …構わないよ」
「ネヴィちゃん!」
ネヴィは壁に近寄ると背負っていた六面盾を下ろし壁に立て掛け、再びゴラの正面に立つ。
「…これで …いいでしょ」
「ああ」
満足気な表情をして見せるゴラ。さらにゴラは仲間に目配せをし六面盾の近くに2人立たせる。これで万が一ネヴィが六面盾を使用しようとしても2人がそれをさせないようにするといった念の入れようである。
「さーて、始めようかぁ」
盾を持たない状態でゴラと対峙するネヴィ。
そしてゴラの仲間の合図と共に再戦の手合わせが始まった。
「始め!」
「ジャイアントクラッシュ!」
開始そうに技を放つゴラ、ネヴィはそれを躱し距離を詰めようとするが距離を詰められないように足元に戦斧を振るう。
足元の攻撃を避け跳ぶネヴィの動きに合わせて戦斧を縦に振り上げるゴラ。
「ネヴィちゃん!」
寸前で刃を躱し一旦身を引き距離を取り、また直ぐに距離を詰めようとする。
「乱斧斬!」
無数に飛んでくる斬撃を躱しながらゴラとの距離を詰めるようとするネヴィ。それに対してゴラは…
「足枷!」
地面から出現した足枷がネヴィの足を狙って放たれる。瞬間的に距離を詰めるのをやめ足枷を避けるネヴィ。
その直後にゴラの横振りの斬撃が飛んできた。咄嗟にネヴィは地面を蹴り壁を足場に攻撃を躱しつつ、壁を蹴って一気に距離を詰める。
「はぁん! 空中じゃ躱せねぇだろ!!」
踏み込みでネヴィが躱せない間合いに入り勢いよく斧を振るゴラ。
「俺の勝ちだぁー!!」
「ネヴィちゃん!」
その場にいた誰もが当たると思った。しかし、ネヴィは空中で身を動かし振りかかる斧の側面に蹴り込んだ。
「なぁ!?」
驚きの声を漏らしたゴラだが、斧は勢いそのまま起動をずらして地面へと叩きつけられた。
その際、ゴラは視界からネヴィの姿を外してしまい、着地と同時にゴラのガラ空きの脇に蹴り込んだネヴィへの反応が遅れた。
もろに蹴りをくらい悲痛の声を上げるゴラ。
「がぁ…… ぐぅほぉ…… 」
痛みでその場に膝をつくゴラに対してネヴィが…
「…ネヴィの …勝ちで …いい?」
「ぐぬぅぅ…」
怒りでネヴィを睨みつける。
「さすがネヴィちゃん!」
喜ぶユスノア
「おい、黙ってろ」
「ふん、だもん! もう決着はついたでしょ。 早くわたし達を解放してよ」
「デカイ口叩くなら、あれを見ろ」
男の指差した先ではゴラがネヴィへと斧を振っていた。
「わかったろ、まだ戦いは終わってねぇよ」
「くそがぁ!!! くそがぁくそがぁくそがぁー!」
雄叫びを上げながら無茶苦茶に斧を振るゴラの攻撃を躱し続けるネヴィ。
「…肋折らないように …蹴ったから …威力が …弱かったかな」
呟きながらも攻撃を躱すネヴィ。そして隙をつきゴラを足払いし、ゴラが倒れたところにすかさず懐に入り鳩尾に肘打ちをくらわす。
「オォッグ……」
声もまともに出せないほどに悶えるゴラ。
「エグいなぁ、足払って倒れたところにすかさず懐に入って肘で鳩尾を狙うなんて」」
ゴラは悶えながら手で周りの者達に合図を送る。合図の途端に今まで何もしなかった連中が武器などを取り出して一斉にネヴィへと攻撃を開始した。
「あっ卑怯よ!」
「これがゴラの手だ、前に彼女とやった時には返り討ちにされたから、今回は前の2倍に人を連れてきてあるらしい」
ネヴィは動じずに攻撃を躱し続け1人ずつ相手していく。
「単体じゃあ、勝てねぇ!」
「なら、囲んで一気にたたけ!」
単体では無理と判断して連携して攻撃を仕掛けてくる連中。これにはネヴィも少々苦戦するも、1人1人確実に倒していく。
「あらら、彼女強いなぁ…」
「当然でしょ、ネヴィちゃんは伊達に階級がSランクの冒険者やってる訳じゃないんだから…!」
まるで自身のことのように語るユスノアだが…
「確かにその言葉はただしい、けど…」
すると男はネヴィに対して
「おい! こっちを見ろ!」
男の声に反応してネヴィが振り返ると男がユスノアの首元に短剣の刃を突きつけていた。これには当然ネヴィも動きを止める。
「…ユスノア」
「おっし、理解が早くて助かる。 これから1歩で動いたら、この刃でこの娘の首を貫くぜぇ!」
ユスノアは恐怖で体が震えている。
「ゲホゲホッ……ハァハァ、よくやったソウ」
「いえいえ、後は動けない彼女と戦っちゃってください」
「そうさせてもうぜ。 お前ら、いつまで倒れてやがる! さっさと立ち上がれ!」
仲間にそう怒鳴りながらゴラはネヴィへと近づいた。
「随分とやられちまったが、今度こそ俺のターンだな」
そう言いゴラはネヴィの顔に唾を吐きかけると思いっきりネヴィの腹を蹴り上げた。
「ウゥ……」
ネヴィはそのまま倒れることなく少し後ろによろけ、ゴラはそんなネヴィに追い討ちの蹴りをかます。
「オラァ!」
さすがに2発目ももろにくらいその場に膝をつくネヴィ、それを見てニヤつきながら今度は斧の側面でネヴィの頭を叩きつけた。
「ッラァー!」
頭を叩きつけられたネヴィの身体は壁に吹っ飛ばされ頭からは血が流れていた。
「やめてー! これ以上ネヴィちゃんに攻撃しないで!」
そんなユスノアの言葉にゴラは
「ああ? まだまだだ、こっからが楽しくなるとこよ。 おい! さっさと立たせろ」
ゴラが仲間に命令する。ゴラの仲間連中は急いでネヴィの身体を立たせようとする。
「おら、立て」
だが、ネヴィの身体に触れようとした瞬間、ネヴィはその男の顎を殴ると側に寄っていたもう1人の男に足を掛けてその場に倒すとすかさず鳩尾に1発くらわし男の動きを止める。
しかし…
「動くなって言ったよな!」
背後からゴラの一撃をくらいその場に倒れるネヴィ。そしてゴラはネヴィの身体を上から足で踏みつけ動けないようにするとユスノアの横にいるソウに命令する。
「おい! こいつが動いたぁ! その女の喉を刺せぇ!」
「はいはい、ごめんねぇ。 これも命令だから…」
ソウは短剣をユスノアに突き立てようとする。
が…
「オイ…」
「んっ、えっ…!」
「ん、なんだ?」
頭上から聞こえた低い声に反応してその場に居た全員が顔を上げその視線の先には…
「おいゴミ共、ヒューの主人とその仲間になにしてんだぁ…!」
ヒューララが物凄い形相でそこに浮遊していた。
「なんだあいつは?」
「あいつは、さっきこいつらと一緒にいたやつだ!」
「ヒューちゃん!!」
「…ヒュー …ララ」
そしてヒューララはざっと状況を確認すると…
「おい、いつまでユスーに触れてやがんだぁ… とっとと、その汚らしい手をどかせ」
その言葉を直感的にヤバイと判断したソウはすぐに短剣を納めてユスノアから手を離し距離を取った。
怖ぁ… マジでボコられんのはごめんだから大人しく離れよ…
「おい! ソウ何やってる!」
「それはこっちの台詞だゴミがぁ…」
「なんだと、一介の精霊如きが!」
「はぁ! ヒューのことを侮辱するの見逃してやるとして今すぐネヴィからその足を退かせ、でなきゃ… 消す…」
「くっ、おい! 何してやがる、あの精霊を攻撃しろぉ!」
ゴラの怒鳴りと共にヒューララへの攻撃を放とうとする、けれど…
「失せろ…」
ヒューララの放った強風がゴラの仲間達を吹き飛ばす。
「ほら、残るゴミはお前だけだぞ…」
「ぐぬぅぅ… ジャイアントスマッシュ!」
ヒューララへと攻撃を放ったゴラだが…
「愚かだなぁ… 風刃…」
あっさりと攻撃を防がれさらに焦るゴラ。
「ああぁぁぁ……」
「哀れだな、これで終わりだ。 気圧の球体…」
ヒューララの一撃にゴラ含め仲間連中全員は吹き飛ばされ全員壁にめり込んでいた。
ことが終わりヒューララはネヴィの元へと降りてくる。そしてユスノアもすぐにネヴィの元へと走ってくる。
「ネヴィちゃん!!」
「ユスー、エルラルドを!」
「出てきてターちゃん!」
エルラルドを呼び出しネヴィの回復をするユスノア。その間にヒューララがゴラとその仲間を一カ所に集めてまとめて縛り上げる。
「ん?」
「どうかしたのヒューちゃん?」
「あっ、いやなんでもない」
「そう、ならいいけど」
ユスノアは再びネヴィの方へと向き直る。
あの男がいない…
ヒューララは辺りを見渡して見たがユスノアに短剣を突きつけていた男の姿は確認できなかった。
あの男はいったいどこへ… 最初から少し変だとは思ってだけど…
その頃、男はヒューララに気づかれないように気配を消してゆっくりとその場から離れていた。
「ふぅー、危ねぇ…」
それからしばらくしてネヴィが目を覚ました。
「ネヴィちゃん…!」
「…ユスノア …ヒューララ」
「身体の傷とダメージはターちゃんが回復してくれたよ」
「…ありがとう」
「それよりさ、このゴミ共どうする? バレないように細切れにして海にでも沈める」
「ヒューちゃん、怖いこと言わないでよ…」
「…組合に …引き渡そう …そうすれば …後は …組合の方で …なんとかしてくれる」
「そうだね」
「チッ、2人を傷つけたゴミ共なんて全員消せばいいのに…」
その後、ネヴィ達の連絡で駆けつけた冒険者組合員によってゴラとその仲間達は連れていかれた。
「これからどうする? 服も汚れっちゃったし、1回宿屋に戻らない」
「…わかった」
ネヴィは壁に立てかけていた六面盾を背負うと3人はその場から離れた。
一方その頃オールはちょうど冒険者組合の建物内に居た。
「掲示板にネヴィ達からの連絡は無しと…」
オールが確認を終えて建物を後にしようとしたその時にちょうどゴラ達が連行されてきた。
なんだ? 冒険者同士のいざこざかぁ? そう言えば前にどこかで見たよう気がする顔だが…… 思い出せないから大したやつじゃないな…
さてと、店にでも戻って店主と1局打つとするかなぁ…
オールはそのまま組合の建物から出ていった。
「あーあ…… あっけなかったー… せっかく、うまくいくように手を貸したのに、あのタイミングで精霊が出てきたらあの男達じゃ太刀打ちできないよな。 あーあ、酒場の席でぐちぐち呟いてたから、面白いかと思って、負の感情を増してやったのに」
ある建物の屋根の上で街を眺めながら1人呟いていたのはソウであった。
結局この男はヒューララ達に捕まる前にあの場から逃げていたので1人悠々と煙草を加えていた。
「しかし、彼女は強かったな。 人間の中では強い方だなきっと… しかし、暑いなこの顔…」
するとソウは自分の顔に手を当てると、顔を剥がした。
「ふぅー… やっぱ、偽の顔つけてると日差しの下は暑い… さて、服も変えるか…」
そう呟き指を鳴らすと一緒にしてソウの服が変わり髪の色も変わった。
さっきまでは中年の赤毛冒険者だったのが今そこに居るのは黒髪短髪で爽やかな顔立ちの青年といった姿の人物で服も少し汚れていた物を着ていたが今着ているのは清潔感のある黒のコートであった。
「人の負の感情を高め悪さをさせ、ポツポツと小さな小競り合いをさせ、それを見ているのは実に面白いことだけど… どうやら、新しいイベントが始まるみたいだから、ワタシも参加させてもらいますかね。 ちょうど、他の街に移動しようと思っていた頃合いだったし」
そしてソウはくるりと屋根の上で180度回る。
いつか彼女と戦う日が来るかな… でも、近いうちにまた出会う気がするようなしないような…
そしてソウはその場から姿を消した。
その出来事から数時間後…
センター・グラウンド北西部のとある森の中にある館…
昼過ぎにその館の庭で鼻歌を歌いながら花に水撒く1人の女性がいた。女性が1人で花に水撒いているとガタガタとなにやら物音が聞こえてきた。女性は音に反応して辺りを見渡し音の正体を見つけた。
「もしかして、揺れた?」
女性の視線の先にあったのは大きさ5メートルくらいの黒い門のような物であった。
女性はそれに近づくと本当に揺れたか間近で見て確認する。するとしばらくもしないうちに黒い門は再び揺れた。
「あっ、やっぱり揺れたわ」
女性は小走りに館へと向かっていくとちょうど誰かが窓掃除をしていました。女性はそれに気づくとそちらの方へと向かっていき、その者に話しかけます。
「タナカ!」
その者は後ろから呼ばれたことに反応して後ろに振り返りました。
「はい、何かご用意ですか、ナタリア様」
男は女性をそう呼んだ。
「あのね、ダイアナどこに居るか知らない?」
「あの方なら、先程浴室の方へと向かわれました」
「そう、わかったわ。 ありがとう」
「いえいえ」
ナタリアは浴室へと向かい、その後ろ姿が消えるまで見届けるとタナカは窓拭きを再開した。
「あ〜、やっぱり水風呂は冷たくて気持ちい〜」
大きな湯船を1人で入っているダイアナ、そこへナタリアが浴室の扉を開けて入ってきた。
「ダイアナ」
「ん〜、どうしたのナタリア。 なんか用事?」
「それがですね、あの門が揺れたんですよ!」
「あ〜、そろそろ来る頃だと思ってだけど… やっぱりかぁ…」
「驚かないですね?」
「まあ、それなりに予想してたからねぇ」
ダイアナはそう言って湯船から上がる。
「これからどうするの?」
「な〜に、ちゃんと考えてあるよ。 後はどれだけのメンバーが来るかだよ…」
ダイアナが指を鳴らすと熱風が吹き出し濡れていた髪が一瞬で乾き、もう1度指を鳴らすと今度は脱衣所から衣類が飛んできた。
ダイアナはふわぁと宙に浮くと飛んできた衣類が勝手に着こなし始め、ダイアナがタイルに足をつけた時には着替えが終わっていた。
「それじゃあ、ちょと組合本部に行って話ししてくるわ。 おそらく、他の門にも兆候が出始めてると思うから。 それと、フラのやつに防衛の準備しといてって言っといて」
「分かったは、気をつけてね」
「行ってくる…」
そしてダイアナは転移術でその場から消えた…
仕事が忙しい