種火を求めて その14
ヒューララは傷だらけの身体でその場に浮いていた。
「ヒューちゃん…!?」
「あいつあんな状態でアイツらと戦う気なのか」
「ユスノアさん、今すぐやめるように指示を」
「確かに指示を出せば従ってくれるかもしれないけど、ヒューちゃんとは基本的にヒューちゃんの自由に行動して良いって契約になってるし。 たぶんあの状態だと意地張って無理にでも戦うと思う」
「なら、それこそ止めるべきだろ。 だいたいあのヴァンパイは妙な紅ポーションを飲んで切断したはずの腕を再生させた上におそらくは魔力も一緒に回復してるはずだ」
「でも、ヒューちゃん戦おうとしてる」
それはきっとネヴィちゃんのために…
「これはこれは吾輩のあの一撃を受けてもまだ動けるだけの力を有していましたか」
嘘だろジジイの本気を受けてまだ動けるなんて…
おそらくはヴラさんの拳を受ける前に咄嗟に反応して風でガードした上に急所をずらしたのね。
「ミザベート残りの魔力量は」
「ポーションのストックがあるから何とかなるとは思いますが」
「ブラッドポーションのストックはいくつあるかね」
「緊急時のために持ち歩いている3本までですから、すでに1本ヴラさんに使いましたから後は2本しか残ってませんよ」
「なるほど」
ブラッドポーションは通常のハイポーションに何種類かのモンスターの血を配合して作ったポーションであり、血を摂取することで体力などの回復をするヴァンパイに特価したポーションである。
なお、ヴァンパイ以外の者が飲んでもハイポーションと同じくらいの効力はある。ただし少々血生臭いのがキツイところである。
「ユスーー!!」
ヒューララが大声でユスノアを呼ぶ。
「ヒューちゃん…?」
「ちょとしんどいかもしれないけど、出来るだけ回復のポーションや回復薬で魔力を一定に維持して!」
「………うん、わかった」
ユスノアもヒューララの意図を理解する。
契約者に対して魔力の維持を要求するとなると… 徹底的に吾輩達と戦り合うと言うことか…… 今の吾輩はほぼ全開に回復はしている、しかし上位精霊を相手にすると半分くらいの魔力消費は覚悟しなければいけないかな。 できれば契約者の娘に無理な負担を掛けさせたくはないのだが、相手はそれを承知の上で吾輩と戦るつもりのようだ。
「一応聞くが何故これ以上戦う…?」
「さーて、なんでだろうね。 でも、やられぱなしってのも、ヒューはいやなんだよね」
「プライドかい…? それで、主人を危険に晒すと?」
「かもしれないね。 ヒューのわがままにユスーを付き合わせるなんて馬鹿げてるけど、ユスーはそれを許してくれた。 だからお前をぶっ倒したら、謝ることにするよ……」
ヒューララは軽く自身に回復魔法で回復を施す。
「ミザベート、いつでも転移できるようにしててください。 吾輩は軽く相手をして遠ざけたところですぐに転移しましょう」
「了解です」
「マジで戦んのかよ」
「フフフッ、実は吾輩ももう少し運動したいなんて思ってたんですよ」
「嘘でしょ、それ」
「おや、バレましたか」
本当は半々と言ったところなんですが…
「それでは早めに終わらせてきますよ」
ヴラドレイクは2人に手を振りながらヒューララの方へと近づく。ヒューララはと言うヴラドレイクの動きに注意しつつユスノアの動きも確認していた。ユスノアはヒューララに言われた通りに回復薬を使って魔力の回復をはかっていた。
ごめんなユスー……
心で謝罪の言葉を呟くとヒューララは魔力を高め始めた。それに気づくなりヴラドレイクは瞬時にヒューララの背後を取る。
「すまないが時間はかけないでいかせてもらう!」
ヴラドレイクは拳を突き出す。
「二度も受けるかぁ!」
ヒューララはヴラドレイクの攻撃を躱しカウンターを合わせる。ヴラドレイクはカウンターを避け一旦後ろに引くがヒューララは追撃を放つ。
「乱れ風刃!」
「血塊」
「乱れ風刃・嵐!」
「これは厄介… でしたら、血晶散弾」
数に対して数で相殺するヴラドレイク。
ユスー、もう少し魔力もらうよ。
いいよ、ヒューちゃん。
口に出して会話もしてないのにお互いのことがわかる2人。
「天風ノ羽衣…!!」
ほう、風の武装術で能力強化ときましたか…そして精霊の魔力量も上がりましたが逆に契約であるあの娘の魔力量が一気に下がりました。 けれど、あの娘も魔力を消費した途端に回復薬などで魔力を一定まで回復させている。
それとまずいのがその後ろで治療を受けている彼女の方、先ほどミザベートから魔力感知で彼女がどれくらい回復しているか確認してもらったらかなり魔力は回復していると教えてくれました。 もし彼女が完全に回復して再び戦闘に参加するようなことになれば極めて厄介なことになる。
それに対してあの弓使いは制約の代償とした右腕に未だあの呪の模様があると言うことは本人の言った通り矢が消えても制約に従い3日間は腕が使えず、それは彼自身が戦闘に参加できないことを意味している。
「風道!」
「おっとと、今は考えごとはいかんな」
「風網!」
捕縛魔法かぁ!
「ふん!」
ヴラドレイクは風網を力で断ち切る。けれどヒューララはすでに次の攻撃態勢に入っていた。
「嵐気流!」
その風はまさに荒々しい風を飛ぶ龍のごとき姿をした風!
ヴラドレイク躱すことできずに直撃する。
「ヴラさん!」
「ジジイ!」
「大丈夫ですよ!」
本当は結構ダメージが入ってますけど。
「ユスノアさん、大丈夫ですか」
「大丈夫ですよ。 それより今はヒューちゃんに言われた通り魔力回復しないと」
「でも、魔力の回復をしてもあなたの体力や精神的な負荷は増す一方ですよ。 体力は魔力回復などの際に一緒に回復することもできますが、精神的な方は…」
そこでオールがミディアントの肩に手を当てる。
「オールさん…?」
「ミディアントさんあなたの言ってることは正しいがそんなことはユスノア本人が1番わかってるはずだ」
「オール君…」
「すまないなユスノア、俺はこの状態ではお前達を援護してやることもできない」
「大丈夫だよ、オール君。 オール君はネヴィちゃんのために必死に頑張ってくれたもん」
「だが、結局は血の制約と呪の矢はアイツを倒すことはできなかった」
するとユスノアは俯いてるオールへと近づきオールの右手を握った。
「痛い…?」
そう訪ねるユスノアにオールは
「ああ、むちゃくちゃ痛い… この痛みが後3日間続くとなるとかなりキツい」
「なら、わたしは大丈夫だよ。 だって3日間も痛みに耐えることよりもずっと楽なことだもん…!」
ユスノアは笑顔で俺に言った。
そんな言葉を聞いてしまったら何も言えなくなるじゃないですかと思ったミディアントであった。
その時、治療中のネヴィの身体がピクリと動いたことに誰も気づいてはいなかった。
一方同じくしてミザベートがヴラドレイクにサインを送った。
どうやら転移術の準備が完了したようですね。 単なる転移ならよかったのですが、吾輩が無理を言って急遽邸に戻るように言ってしまったから、転移場所の部分を少し変えなくなってしまったせいで時間をかけさせてしまいました。
ですが近くに転移したところで同じ山の区域内に居れば転移後もすぐに彼女達と出会す確率が高い、ならばいっそのこと邸に戻り改めて例の物を探すのがベスト。 ミザベートには転移場所にポイントを打ってもらっているからこれからはすぐにこの山に来れます。
けど吾輩は転移酔いするからできれば近場がよかったんですけどね。
「風刃」
「何はともあれ、動きを止めさせてもらいますか! 血晶散弾」
横に躱すヒューララの動きを読んでいたヴラドレイクが一撃を与える。
「ゼル・ディアン!」
魔力を込めた拳を回避できずに直撃するが風でダメージ軽減し瞬時にカウンターを放つ。
「気圧の球体!」
咄嗟の判断で離れるがヒューララは追撃にもう一発放った。
最初に放った球体が爆発し追撃に放った球体も連鎖的に爆発しヴラドレイクは爆発の勢いで身体が飛ばされたと見せかけてミザベート達の元へと向かう。
ヒューララも爆発の勢いで体制を崩し反応が遅れる。
「ミザベート!」
掛け声と共にミザベートが転移術の発動にうつる。ヴラドレイクは魔法陣内に辿り着き転移は目前である。
よし!!
ヘスザードがそう思ったのも束の間…
「ホワイト・ウィンディ…!」
ヒューララの放った白い風はミザベートが作った魔法陣を打ち消し3人の転移を阻止する。
「これは厄介な…」
「って言ってる場合かジジイ!」
「ミザベート、ヘスザード、援護をお願いします」
「了解です…」
「やはり行動不能にしなければならないのですか。 やれやれ、骨が折れる」
「ジジイ…」
「ヘスザード、変に加勢しようと思わずにその場に居なさい。 足手まといはごめんです」
ヴラドレイクは低く忠告する。
互いに一呼吸入れてから2人は眼が合った。次に瞬きしたところでヴラドレイクはミザベート達の元から移動していた。
それからは単純な近接戦闘が続いていた。けれどこの場に居た者は1人としてその動きに眼が追いついていける者はいなかった。
2人の戦闘は時間としては長いものではないが余りの速さにその場の者達はどれ程時間が経過したのかを忘れていた。それ程までに2人の戦闘に皆が眼を向けていた。
いつの間にか山の天候は変わり厚い雲が日差しを完全に遮り小雨が降り始めていた。
2人の戦闘は時間にして10分もかからずに終わりを迎えた。戦況としては天候が変わり突風が吹き抜け出したことによりヒューララが少し有利に戦っていた。
しかしヒューララではなく契約者であるユスノアが先に限界を迎えた。
2人の戦闘が激化して7分が経過したところでユスノアが倒れる。オールは即座に隣で倒れたユスノアに呼びかけ始めた。
この時点で既にエルラルドは宝玉に戻っていた。エルラルドは主人であるユスノアの魔力が一定値ある場合は自身の意思で出てくることはできるが今はヒューララに対して魔力をしようしているためエルラルドにまで魔力を割くことができずネヴィの回復はエルラルドからソーサーに移って行われていた。
「ユスノア! ユスノア!」
オールはユスノアを寝かせ呼びかけて続けていた。
「いいんですか? 契約者が限界を超えて倒れたと言うのに…?」
「そんなことお前に言われなくてもわかってる」
そう、そんなことはとっくにわかっていた… ユスーの限界なんて倒れる前からとうに過ぎていた。
ヒューララの眼から涙が溢れていた。
それでもユスーは倒れずに耐えてくれてた。 ヒューのわがままに付き合い続けてくれた。
「だから、お前だけは必ずぶっ飛ばす…!!」
ユスーごめんでも次で最後だから注げるだけ残りの魔力もらうよ…!
いいよ、ヒューちゃん…
「ありがとう…」
ヒューララが漏らした言葉にヴラドレイクは一瞬考えたがその言葉が自分ではなく契約者であるユスノアに向けて呟いたことを察する。
「おい! 次ので最後にするから、盛大にぶっ飛ばされてくれよ」
先ほどまでと打って変わってどこか雰囲気が変化したことにヴラドレイクは少し笑みを溢す。
「それは遺憾ながら丁重にお断りさせてもらいます」
「だよな」
そしてヒューララはヴラドレイクから一定の距離を取り両手を前にし魔力を貯め始める。
「吾輩が待つ義理はありませんよ」
ヴラドレイクは攻撃に出るが身体が止まる。
これは…!?
ヴラドレイクが気づいた時にはすでに身体が風で拘束されていた。
「巻き風刃、ヒューが使う中で最も強力な拘束魔法だから、簡単には断ち切れないよ」
「なるほど」
ですが、それ以外に他の者が手を加えている。
ヴラドレイクの視線はユスノア達の方へ向いていた。
「どうだ、手ごたえはあるか…?」
メザロそう聞いた相手は
「……んん ……んんん」
「集中したいから、話しかけるなだって」
ヒューララの拘束魔法をヴラドレイクに気づかれないようにこっそりと補助魔法で強化しているケセン。さらに微力ながらヴラドレイクの能力を全体的に下げていた。しかし、ヴラドレイクは低レベルの魔法に対しての耐性が有るから効かないが、ケセンは自信の魔法を魔法で強化しているおかげで微力ながら効果が出ていた。
「何でもいいから、あいつが魔力貯めるまで粘れよ!」
「んんん …んん …んあぁ」
「無茶言うな、てか気づかれたぽい、だって」
「ミザベート、ヘスザード…!」
アイコンタクトで2人に指示を与えるヴラドレイク。2人はそれに従いメザロ達に迫る。
「しくったね、2人の戦闘に気を取られ過ぎた」
「あの陰気野郎の仕業か」
迫る2人に対して
「メザロ、戦れますか」
「戦るも戦れんも、俺達以外にまともに動けるやつがいねぇだろ」
メザロはチラッとオール達に目をむける。
「おし! やるか」
「ええ、踏ん張りどころです」
身構えるミディアント達…