種火を求めて その4
―朝―
俺が目覚めた時にはすでに何人かは起きてそれぞれ何かしていた。
「…おはよう …オール」
「おはようネヴィ」
「おはようございます。 オールさん」
「ああ、おはようございます。 えっと……」
「フフフ、ミディアントです」
「あー、そうだった…… 悪いな」
「いえいえ、昨日出会ったばっかりですから、お忘れになっても仕方ありません」
「……ん」
「おおぅ! 起きてたのか?」
ローブのフードを被って顔が隠れているせいでミディアントの隣に居たケセンが寝ているものと思っていたので、いきなり動いて少し驚いたオールであった。
「まだ寝てるのはぁ……」
「うちの2人とそちらの彼女ですね」
ミディアントは手の平を上に向けながらユスノアの方に手を向けた。
「みたいだなぁ…… ネヴィ、すまないがユスノアを揺すって起こしてみてくれ」
「…わかった」
そしてネヴィは寝ているユスノアのところで屈むとユスノアを揺すりだしだ。俺の背後ではミディアント達が仲間の2人を起こしていた。
3人を起こした後に軽めの朝食を済ませ、互いに今まで探索してきた範囲を説明しあい、今日重点的に探索する範囲を決めた。
「この辺りは険しい崖があるから、ルガーラの巣がある可能性が高いと思うんだが」
「確かに可能性は高い…」
「けどよ、そんないかにも巣がありそうなところに、作るもんか? 俺ならあの濃い霧がかかってる上に巣を作るぜ」
「……ん」
ケセンも同意と思われる表示をする。
「…けど …霧の中は …視界が悪い …それに …風もかなり …強く吹いている」
「ですね。 ですが、何処かに霧の間を抜けることが可能な場所があるかもしれません」
「ああ、そいつを探して上にも探索に行けるとありがたいんだが……」
「だけどさ〜 なんだか山の上の雲行きがさ〜 怪しいんだし〜」
「山の天候は変わりやすい… さてどうしましょうか」
なぜか、俺に視線を向けるミディアント。俺は仕方なく。
「なら、今日のところは崖側の探索を中心として、天候を確認しつつ、荒れることがなさそうなら午後から霧の裂け目を探すことにするか…」
と言ってみると…
「では、そうしましょうか」
「まあ、それが妥当だな」
「それがいいし〜」
「……ん」
「じゃあ、オール君の提案の通りで!」
「…うん」
頷くネヴィ。
そこからはまた少しの移動を行い、ソファ山北側にある、崖の下へとやってきた。
「おおー」
全員が崖を見上げる形でほぼ同時に同じ声を上げた。見上げた崖肌はデコボコと凹凸が目立ち、ロッククライミングをするならオススメる者はまずいないと言った感じの崖であった。
下から見上げて見てるものの、凹凸が激しく、引っ込んでいる部分の先を下からでは確認することができずにいた。
「どうしますか、出っ張ってる箇所はよくても、引っ込んでいる箇所はそこまで行ってみてみないと、此処からじゃ、わかりませんね」
「ルガーラは、全身に火を纏っているって話だが… 引っ込んでる箇所から明かりが漏れてる気配もないしなぁ…」
「んじゃ、誰がこの崖を登る」
メザロの問いに対して全員が沈黙で答えた。
「んだよ! 全員沈黙かよ! 1人くらい、登るのが得意なやつとかいないのか?」
「ならメザロ、君が代表として登ってみてきてくださいよ」
「無茶言うな!!」
「なら、飛べる人はいたりする?」
飛べる人って……
オールはチラッとユスノアに視線を向ける。ユスノアは視線を感じとったが、頭に?マークが浮かんでいた。そしてオールはネヴィにも視線を向ける。
その動作に気づきミディアントがオールに話しかけた。
「おや、どうしたんですか? 誰か心当たりでもあるので」
「えっと…… あるかなぁ……」
と2人に視線を向けるオール。
で…結局……
「なんで、ヒューがユスーと一緒にお前を運んでやんないといけないんだよ!」
「仕方ないだろ… それにお前が3人以上浮かせるの嫌だって言ったんだろ」
「だって、ユスーとネヴィなら喜んで運ぶけど… ムサイ男を運ぶのも嫌なのに、お前を運んでやっているんだからありがたいと思いなさいよ!」
ハァー…… 面倒くさ……
ヒューララがわがまま言うから結局ネヴィがフロートであの4人を運んで二手に分かれて崖の探索をしている。
俺とユスノアで崖の左側を重点的に探索して、ネヴィと4人で崖の右側の部分を探索してもらっている。
「にしても……ぜんぜんそれらしきもの気配も何も無いな」
「そうだね。 やっぱりこの辺りには巣作りしないんじゃないかな」
「ヒューもそう思うから早く戻ろうぜ。 意外に人運ぶの疲れんだから。 まあ、ユスーとネヴィだったら疲れないと思うけど」
「あからさまに、俺が嫌だと言ってるようなもんだなぁ」
「さあ〜、ヒューは何にも言ってないよ〜」
「もう、ヒューちゃん。 オール君とももう少し仲良くしてよ!」
「うぅ…… ユスーにそんなこと言われるなんて…」
「だって前にアルフォード君に対しても、ちょっと触れようとしただけで、風巻き起こして空中に飛ばしたじゃない」
「あれは、許可無く勝手にヒューに触れようとした、赤ピアスが悪いもん!」
ヒューララは、アルフォードのことを赤ピアスと呼んでいる。
「ヒューちゃんはなんでそんなに人間の男性が嫌いなわけ?」
「別に、ただなんと無く男て生物が好きじゃないだけだよ」
移動と話しを続けながら、崖を見渡していく、オール達…
「でも、ヒューちゃん。 クライネ君とは仲が良いよね」
ぎっく!! といった音が聞こえたような気がしたオール…
「べ…別に、クラーとは自然のこととか精霊に関する事とかで、単に話しが合うって……言うかぁ…… その……」
ヒューララはクライネのことをクラーと呼び、人間の男嫌いなヒューララが、普通に対応する者の1人である。
ヒューララが何故、クライネのことを気に入っているのかは、俺も理由について知らない…… ただ、あの天然マイペースには何故か皆んな勝てないのである…
話しを続けていたその時…
「ん!」
ヒューララがいち早く、何かに気づき…
「お喋りは一旦止めにしましょ。 オール、ちゃんと働きなさいよ」
珍しく俺の名前を呼んだと言うことは、これから起きることがだいたいわかっているオールであった。
「来るわよ!」
ヒューララが警告を発したと同時にこちらに向かって何かが飛ばされてきた。
「チッ! 乱れ風刃」
ヒューララが飛んできた物体の大部分を散らすと
「取りこぼしを頼むぞ! うちの主人に当てたら、切り刻むからな!」
「たくっ…… 人間使いの荒い、精霊だこと…」
オールは取りこぼしの破片を矢で1つ1つ射抜く。
飛ばされてきたのは、糸が巻きついた岩の欠片であった。
オールはそれを見て…
この特徴的な攻撃は……
そしてオールは崖肌を見渡し、それから崖の上を見上げるとそこにはうようよと蠢く、もの達がいた。
「やっぱりなぁ……」
「オール君、あれって…」
「ああ、岩鬼蜘蛛だぁ…」
崖肌に蠢いていたのは、崖などの岩肌に生息している蜘蛛型モンスターの岩鬼蜘蛛であった。
岩鬼蜘蛛は、体長およそ4メートルから5メートル程で、身体は岩の如く硬く頑丈であり、脚などは黒と白の縞模様であり、眼が12から多い個体では20もの眼があり、動きもそれなり早く、眼の多さによる視野が広いので、反応速度も高い。
口と尻の部分からは糸を出すことが可能で、その糸に岩など欠片などを包み、身体を振り遠心力を利用して、投石してくる。これは遠くにいる獲物などを狩る時などに使われると研究者が言っていた。
「厄介な、もんと出会したなぁ……」
「おい、ちゃんとユスーを守れよ! この蟲共はヒューが速攻で狩ってやる!」
そう言ってヒューララは俺達から距離を取り、崖肌へと近づくと岩鬼蜘蛛への攻撃を開始する。
「おい、蟲共… もしもうちの主人に投石でも当てたら、ヒューがブチ切れるかもだから、そこんとこよろしく」
ヒューララの接近に反応して、投石を開始する岩鬼蜘蛛達。それに対してヒューララは…
「乱れ風刃・嵐!」
ヒューララが放った風は岩鬼蜘蛛達へと向けられ直撃するも、小型の蜘蛛しか倒せていなかった。
「チッ、やっぱりある程度成長している個体の頑丈さには通用しないと思って『嵐』を使ってみたけど。 こいつは予想以上に頑丈だな」
ヒューララが止まったことを確認して岩鬼蜘蛛達は再び投石を開始した。ヒューララは小さな身体を活かして、投石の間をすり抜けて、今度は1体1体へと攻撃してみるが、全くダメージが入っている感じではなかった。
「あーあ、ダメか… なら…」
ヒューララはこちらを振り返ると大声で
「おーい! オール、この蟲共! 射抜いてくれよー!」
「ああ、そろそろだと思ってた…」
呟きながら、オールはすでに弓の弦を引いていた。それからは指示と通り、矢で蜘蛛達への狙い撃ちを開始した。
矢は蜘蛛達の急所を正確に射抜いていくが、何体かの個体は矢を弾いてしまった。
「硬いなぁ… なら、貫通度強化・弾速上昇・命中率上昇・命中時の貫通威力強化… まあ、これくらいしとけば、あれくらいは…」
弓を弾くオール。
「射抜ける…」
先ほど矢を弾いた個体に矢が命中し、身体を貫通する。
するとヒューララが近づいてきて
「ヒューの攻撃が効かない……」
とテンションがだだ下がり音量で俺に伝えてきた。
「あの蟲共、風属性の耐性があるみたいだから。 ヒューは後ユスー達を浮かすことに集中するから、後は任せたよ」
「って、俺1人でかよ…」
「ごめんねー、ユスーの役にたてなくて…」
「仕方ないよヒューちゃん。 後はオール君がどうにかしてくれるから大丈夫だよ! ねぇ!!」
ユスノアが期待の眼差し的なもので俺を見つめている。
「ああ… わかったから」
「それじゃあ、仕方ないけど、ヒューも少しは協力してやるよ!」
ヒューララは口元で何か詠唱すると俺に背中を向けるように指示してきた。そして背中を向けるとヒューララが近づき、背中をポンと押すと、魔法の術式が俺の背中に現れた。
「フリーフライ。 これでヒューがいちいち風を操作しなくても、術式が切れるまで、自身の思いのように食べるから、後は好きに飛んでて…」
そう告げてヒューララはユスノアの側によると…
「それじゃあ、ヒュー達はゆっくりと見物することにしましょ。 風籠」
ヒューララは自身とユスノアの周りを風で囲み、攻撃されても当たらない状態にした。
「でも、ヒューちゃん。 オール君1人で大丈夫かな」
「ヒューはね、別にあいつのことを過信評価してる訳じゃないけど。 的当ての腕は確かだと思うわよ」
「そうだね。 頑張れーオール君!」
オールにも聞こえる程度の声援を送るユスノアだが、等のオール本人は…
「ハァー…… 面倒くさ…… ヒューララが相性的に使えないんだったら、他の精霊を呼べばいいのに…… 幸いにもあと少し上に上昇すれば崖の上に到達するから、何も飛べない精霊を出して俺と共闘させてもいいと思うんだけど……」
ボソボソと呟きながらも、1体1体着実に仕留めていくオール。
とここで蜘蛛達が移動を開始しだし、崖の上へと向かい始めた。オールは警戒を続けたままで蜘蛛達の後を追うようにして崖の上を越した瞬間、正面から網状の糸が飛ばされてきた。
咄嗟にに空中で身体を捻り避けるオール。そして今の糸が飛ばされてきた方向へ顔を向けるとそこには…
「あらあら、今のを躱すなんて単に反応速度が速いのかそれとも感が鋭いのか。 どっちにしても我の邪魔じゃのう」
そう喋っているのが、おそらくここの蜘蛛達のトップであろう蜘蛛…
「まさか、ここで女王蜘蛛と出会すとは…… つくづく、面倒くさい……」
「キサマも、あの火の鳥を探しているのであろう」
火の鳥? ああ、ルガーラのことか……
「探しているってことは、お前はまだ見つけてないんだなぁ…」
「そうさ、あの鳥ときたらこの時期になるとやたらとやたらと警戒心が強くなってしまうんだよ。 まあ、だからこそ、いつも身に纏っている火が消えているこの時期こそがヤツを食ろうてやる絶好のチャンスなんだよ」
「そりゃあ…… ご丁寧に理由の説明ありがとうございます……」
女王蜘蛛は、下半身が8本脚の蜘蛛の姿で上半身が人型の半人半獣、この場合は半人半虫かなぁ…
「蟲なら… やっぱり火だよなぁ」
弓を構えるオール、その動きを見て蜘蛛達に指示を出す女王蜘蛛。
「この者を捕らえよ!」
女王蜘蛛の指示に従い、一斉オールに向かって投石を開始する蜘蛛達。
「ユスノア! ちょっと眩しくなるぞ!」
「えっ?」
オールはそう告げてから1本の矢を放った。
「閃光に注意しろよ… フラッシュアロー」
矢は空中で弾け閃光を放つ。
「くっ… 小癪な!」
一瞬、蜘蛛達の動きが止まるとオールは一旦距離を取るために離れようとしたが…
「逃すものか!」
女王蜘蛛が叫びながら、脚で地面を強く踏むと、オールの四方を囲むように岩の柱が現れ、さらに女王蜘蛛が蜘蛛達に指示を出す。
「網を貼れ!!」
その指示に従い蜘蛛達は一斉に柱と柱の間を糸で繋ぐ。そしていつの間にか1本の柱の上に移動していた女王が上から覆うように巨大な糸の網を貼った。
「なぁ!?」
オールは糸と接触する直前に上昇するのを止める。
「フフフ、このスパイダーゾーンは我らの領域。 もはや、キサマは籠に囚われたカナリアも同然じゃあ… フフフ」
「あっそ…… レッドフェザー」
オールは女王の言葉を聞き流しながら、糸を焼き切るためにレッドフェザーを放つが、糸は燃えなかった。
「!?」
「フフフ、驚いたかい! その糸は火で燃えないのじゃあ。 大人しく、捕まって我が力の糧になれ!」
「誰が糧になるか… 確かにお前の糸は燃えないみたいだが… なら、こっちの糸はどうだ」
オールは女王が貼ったところ以外の糸にレッドフェザーを放つ、するとオールの予想通り女王が貼ったところ以外の糸は簡単に焼き切ることができた。
しかし、糸が燃えた箇所には、すぐに女王の指示を受けた蜘蛛達が糸を貼り直していっており、いくら矢を放っても四方を囲む糸に穴を開けることができずにいた。
それを糸囲いの外で見ていたユスノア達は
「ヒューちゃん! オール君がピンチだよ! ここはやっぱり、わたしがサーちゃんを呼んで…」
ヒューララはユスノアの口元に指を当てて喋るのを止めた。そしてヒューララは不安そうなユスノアを落ち着かせるようにゆっくりと優しく喋り出した。
「大丈夫だよ、ユスー。 ちゃんと手はずは打っておいたから。 それにヒューが知る限りじゃ、あの男は大丈夫だと思うよ、思いたくないけど」
話しをしながらもヒューララはオールへと視線を向けていた。
「フフフ…… さて、どうする? 諦めて我が糧となることを自らに認めさせ、こちらに歩み寄るかい」
「だから… なんで、俺が好き好んでお前の糧になんなきゃいけないんだよ……」
「されど、キサマにここから逃げ出す手はずでもあると言うのかい?」
女王の話しの最中でもじりじりとオールとの距離を詰める蜘蛛達。オールも女王の話しに耳を傾けつつ、周りの警戒も怠っていなかった。
さて、どうしたものかなぁ…… 周りの蜘蛛達は最初のうちに倒していたから、今はそれほどまでに数が多くいる訳でもないし… かといって、女王を1人で対処できるかどうかも、今はまだ判断がつかない… 仮に今、女王が全力で襲いかかっているとしたら、それほど大したことはないが、ここからさらに力が上がるとすれば、単体で倒すのは少し面倒になるなぁ…
それに、ヒューララが付けてくれたフリーフライの効力が後どれくらい持つものか… それに女王が使っている糸は通常の蜘蛛達とのは違い、火に耐性がある上に鋼のごとく硬く頑丈、その糸に粘着剤のある糸を合わせている糸はかなり厄介だなぁ…
「たくっ……面倒くさいぜ……」