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四文字で魔法を創造して  作者: 斗樹 稼多利
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初依頼と連携訓練


 冒険者学校の授業は、基本的に午前中のみとなっている。

 放課後は校庭で鍛錬か、校内にある事務所で冒険者ギルドから学生向けに選別された依頼を受けるか、はたまた学費や生活費のために何かしらアルバイトをするか。

 ただし、新入生に限っては入学して一月が経つまでは午後も授業があり、その一月で冒険者に必要な基礎中の基礎の知識を学ぶ。

 そうすることで依頼に支障が出る事と、冒険者としてのマナーに欠ける行動を取るのを可能な限り防ぐ。

 大事なその一月が経過したこの日の午後、事務所には多くの新入生が掲示板や受付へ現れる。

 毎年の風物詩とも言える光景に、事務所勤めの長い職員は温かい眼差しで新入生達を眺め、逆に勤めの短い職員は殺到する新入生の対応に四苦八苦していた。


「数は多いけど、本当に冒険者でなくともできるような依頼ばっかなんだな」


 依頼が貼られている掲示板の前で腕組みをするカズトは、依頼の一つ一つに目を通して感想を述べる。


「掃除、商品整理、荷馬車への積み込みの手伝い、配達、臨時の給仕、土木作業補佐っていうのもあるわね」

「むう。やはりここには、戦闘系の依頼が貼っていません……」


 無いと分かっていても戦闘系の依頼を探し、やっぱり見つからなかったシノブはがっくりと肩を落とす。

 諦めが悪いなと思いつつ、どれを受けようかと相談していると後方から怒鳴り声が響いた。


「おいどけ! 依頼が見れないだろう!」


 近くにいた男子を押しのけて新入生用の掲示板の前に現れたのは、偉そうな態度とやたら豪勢な鎧を身に着けた、あまり顔の作りが良くない少年とその取り巻きらしき少年少女達。


「うわっ。確かあいつって大した実力がある訳でもないのに、文字数が九文字で侯爵家出身だとかで威張ってる奴だよな」

「ああ。父親に分不相応な装備を買ってもらったって聞いたけど、本当だったのか。なんだよ、あの無駄に豪勢な鎧」


 周囲が口にしているような話は、シューゴ達も何度か耳にした事があった。

 新入生の中ではあまり実力の高くない生徒が集められたクラス所属なのに、やたらと自分に実力があるように言いふらし、いずれは関係の無くなる実家の爵位を持ち出して偉そうにしていると。座学の授業も実技の授業もあまり熱心でなく手を抜きがちで、放課後に校庭で鍛錬をしている生徒達を小馬鹿にする。

 パーティーメンバーだという取り巻き達も実家の関係でくっ付いている腰巾着で、全員実力は大したことがないらしい。


「ふん、どれも僕に相応しくない依頼ばかりだな。おい、そこのお前! この僕に相応しい依頼はないのかね。魔物退治とか、貴族の警護とか」


 何を無茶苦茶言っているんだろうと誰もが思った。

 声をかけられた男性職員は対応に困り、そういう依頼は無いと言っても取り巻き連中が口を挟み、この方が望む依頼を寄越せと迫る始末。

 これは相手にしないのが一番、絡まれる前にさっさと行こう。そう判断した生徒達は適当に依頼書を取り、空いている受付で処理をしてもらい外へ出て行く。


「俺達もさっさと行くぞ」


 シューゴ達もさっさとこの場を離れるため、目に入った依頼書を取って受付に提出。

 まだ男性職員と言い合っている隙に処理を済ませてもらい、そそくさとその場を退散した。


「噂以上の奴だったな」


 呆れた表情で呟くカズトに同意するように、シューゴ達は数回頷く。


「ああいうのには、絡まれないように立ち回るのが一番ね」

「そういえばカタギリ君、あの人達からは勧誘されなかったの?」

「幸いにもな。聞いた噂だと、見た目が貧相で相応しくないとか言っていたらしい」


 見た目と言われて女性陣がじっとシューゴを見るが、貧相という言葉が浮かぶようには見えない。

 顔の作りだけで言えば普通か、やや良い方かというくらい。カズトには及ばないものの背丈はそれなりにあって、毎日鍛えているだけあって体つきもしっかりしている。

 そこに雰囲気を加えれば外見的な印象も変わるのだろうが、とても貧相という言葉は浮かんでこない。


「私が見るに、そのような事は無いと思いますが」

「うん、アタシもそう思う」


 感想を述べるシノブにコトネが同意し、アカネもその通りと伝えるためか何度も頷いている。


「そういえば本人だけじゃなくて、取り巻き達もどちらかと言うと……」

「あんま顔良くなかったな」


 そこまで不細工というわけではないが、中の下が精々といったところ。

 ひょっとしたら、美的感覚が少々変わっているのかもしれない。そう思う事にしたシューゴ達は、どんな理由であれ絡まれないのならそれでいいと思う事にした。


「あの、それで、依頼は何なの?」

「おっと、そうだった」


 あの場から早く逃げたくて適当に取った依頼のため、詳しく内容を読んでいない。

 受付で対応してくれた女性職員も騒ぎの方を心配していたため、内容を口にしての確認をせずに処理していた。

 一体どんな依頼だろうかと手にしていた依頼書を改めて確認する。


「……おぉう。これはなかなかに手ごわいかもしれないぞ」


 内容を見たシューゴの呟きに、どんな依頼なのかとカズト達は不安になった。



 ****



 帝都の外れに建つ小さな寺院。

 チージア帝国内にいくつか存在する宗教の中で、あまり主流ではない宗教を扱っているこの寺院の参拝道は、掃除こそしっかりされているが雑草が広範囲に生えており、廃寺と思われても仕方のないように見える。

 シューゴ達はその参拝道に、住職から借りた鎌や小さいスコップを手に立っていた。


「いやあ、すみません。なにせ普段ここにいるのは私一人ですので、掃除はともかく草刈りまでは手が回らないのです。おまけに最近は腰を痛めてしまいまして、屈むのが少々辛いんです」


 人が良さそうな初老の住職が依頼主で、内容は参拝道とその周辺の草刈り。

 小さな寺院のため参拝道はさほど長くないものの、手が回っていないと言うだけあって雑草がかなり生えていた。


「では皆さん、よろしくお願いします。私はこれから寺院内の掃き清掃をしてから、神像を清めなければなりませんので」


 合掌して一礼した住職はそう言い残して寺院内へ戻り、その場にはシューゴ達だけが残った。


「さて、やるか」

「そうね。突っ立っていても仕方ないしね」


 真っ先に動いたシューゴに次いでコトネも動きだし、それに続くようにカズト達も動き出す。

 バラバラにやるよりも一箇所ずつ、全員で集中的にやっていこうという計画の下、まずは参拝道付近の草刈りを始める。

 薬草を採るのとは違い根も抜かなければならないため魔法で一気に刈ることができず、下手に魔法を使って寺院を損傷させようものなら、修理費を出すだけではすまない。

 例え学生とはいえ、依頼先でトラブルを起こせば冒険者としての信用に関わる上、弱小であっても宗教関係の施設を損傷させたら人間としての信用も落ちてしまう。

 この場にいる誰もがそれを授業で学んでいたからこそ、横着はせずにスコップや鎌で地面を掘って根を掴んでは抜いてを淡々と繰り返す。


「なあ、誰か地面を掘れる魔法創ってないか? ここらを一気に掘って、地面ごと処理すれば早いんじゃね?」


 単調な作業に早くもカズトが根を上げそうになり、手っ取り早く終わらせる方法を提案する


「仮にそういう魔法があったとしても、使った後は整地しないとダメでしょ? ここ参拝道だから、綺麗に整えないと住職さんに怒られるよ」


 汗を拭う様子が妙に艶めかしいトシキが言うように、魔法で地面を掘ったらそれを整地しなければならなくなる。

 しかも地面を掘ったからといって、生えている雑草そのものを処理しなければ意味が無い。

 薬草と違い根をしっかりと抜いておかないと、雑草は短期間であっという間に伸びてしまう。


「ちぇ、ちぇっ、駄目か」


 男と分かっていてもドキリとするトシキに動揺し、あいつは男だと自分に言い聞かせながらカズトは草刈りを再開する。


「当たり前です。そもそも安易に魔法に頼るという考え自体、甘いのであって――」

「シノブちゃん、長いって。それと手を止めないで」


 手を止めて長々と話そうとするシノブを止めたアカネは、喋りながらも手は動かして黙々と草刈りをしていく。


「むう。申し訳ありません」


 謝罪を口にしたシノブはカズトへの注意を止め、作業に集中する。

 その後は特に無駄話をすることなく、淡々と作業を進めていく。

 屈んでばかりで腰が痛くなったと立ち上がって腰を叩いたり、汗を拭いながら水分補給をしたり、抜いた雑草を一箇所に集めたり、交代で休憩したりしながら草刈りは順調に進む。

 寺院内の掃き掃除をしながらその様子を見ていた住職は、真面目に取り組む姿に笑みを浮かべながら数回頷いて奥へと引っ込む。

 そして草刈りが残り四分の一になったところで、住職がシューゴ達を呼んだ。


「皆さん、どうぞ一旦休憩してください。冷たいお茶を淹れました」

「ありがとうございます!」


 お礼を言いながら真っ先に住職の下へ走るカズトに思わず笑いつつ、仰け反って腰を伸ばしたり肩を回したりしながらお言葉に甘えて休憩に入る。

 物を冷やす魔法を創っていたのか、住職が淹れてくれたお茶はよく冷えていて作業で火照った体を冷やしてくれた。


「よろしければこれもどうぞ。寺院の裏で育てている柿です」

「わあ! ありがたくいただきます」

「どうぞどうぞ、お嬢さん」


 知らないのだから仕方ないとはいえ、地味にショックを受けたトシキは俯いて肩を落としながら柿をかじる。

 苦笑いを浮かべながらトシキは男だと説明すると、住職は申し訳ないと謝罪した。

 トシキは気にしていないと返したものの、明らかに気にしている表情だった。しかも相手が依頼主なのに加えて、住職で老人という事もあって怒るに怒れない。

 すると溜め息を吐いたコトネは柿を一口食べてトシキへ告げる。


「もう何度も言われているんだから、いい加減に慣れるか諦めるかしなさいよ。可愛い可愛い私の弟ちゃん」


 いつもより可愛いを一回増やしてちゃん付けし、慰めるためか頭を撫でる。


「だから可愛いは止めてって! それと、何でさり気なくちゃん付けしてるのさ!」


 いつものやり取りが行われたことにより、沈みかけていた空気が和む。

 対象がパーティーメンバーで身近な双子の姉に移ったことで普通に文句を言えたことにより、無事にモヤモヤの発散に成功。

 さすがは双子なだけはあると、お茶を飲むシューゴは思った。


「さっ、一休みしたら残りを一気に片付けるぞ。ただし丁寧にな」


 緩みかけた空気をリーダーとして締め直し、それに仲間達が応える姿を住職は楽しそうに眺めていた。

 その後、休憩を終えると残りの草刈りと雑草の処分を続け、どうにか日が落ちる前に作業を終わらせた。


「すみませんね、雑草の処分までやってもらって」


 お礼を言う住職は依頼書に達成のサインをすると、それとは別の封筒を一緒に手渡す。


「あの、こっちの封筒は?」

「依頼書と一緒に提出してください。それとこれは、雑草の処分までやってくれた事へのお礼です」


 差し出したのは籠に乗せられた人数分の柿。

 先ほど休憩の際にご馳走になった物と同じく、寺院の裏で育てている物だと住職は言う。

 思わぬ追加報酬にカズトとシノブが喜びそうになるが、その前にシューゴが断りを入れる。


「いえ、先ほどご馳走になったのに、こうした物まで貰う訳にはいきません」


 喜んで受け取ろうとした二人は肩を落とし、当たり前でしょとコトネに小声で指摘される。


「いやいや、少ない報酬で来てくれた上に依頼した以上の仕事をしてもらったんです。先ほどのお茶と合わせてこれくらいしないと、私が神様から叱られてしまいます」


 住職が言うように依頼書にあった報酬額は少なかった。

 おまけに屈むのが辛いと言っていたので、依頼書には無い雑草の処分も善意でやってあげた。

 その対価と言われた上に神様まで出されては、何かしらの宗教の信者というわけではないシューゴでも断り辛くなる。

 どうしようかとすぐ近くにいたトシキへ視線を向けると、いいんじゃないと伝えるように微笑んで頷く。


「……分かりました。ありがたく受け取らせていただきます」


 断わり過ぎるのもよくないかと判断し、差し出された柿を一つずつ仲間へ配っていく。

 後ろで小さくガッツポーズをしたカズトとシノブには、もれなくコトネからやめなさいという言葉と頭部への平手が落とされた。


「あの、仲間が申し訳ありません」

「気にしていませんよ。どうぞこれを食べて、神様からの御利益を受けてください」

「御利益? この柿に?」


 住職曰く、この寺院で信仰している宗教の教えの一つに神への感謝を捧げながら食物を育てると、それに神の御利益が宿るとのこと。それを食べることで寿命が一日伸びると言われていて、食べる前に神像の前に捧げて祈ればさらに御利益がある。

 ただし食べ過ぎは神への冒涜となるため厳禁とされており、同じ宗派のどこの寺院でも育てる食物は一種類だけ、食べる量も一個だけと決められているとシューゴ達へ説明した。


「あなた方は先ほど食べたので、できればこの柿は明日以降に食べてください」


 でないと神様の御利益が得られませんのでと告げる住職にお礼を言い、シューゴ達は寺院を後にした。


「しっかし食べ物に御利益が宿るねえ。そんなありがたい物には見えないけどな」

「あんたね、そういうのは思っていても口にしないものよ」


 柿を眺めながら本音を口にするカズトを嗜めるコトネ。 

 早くもパーティー内での定番になりそうな二人のやり取りに和む最中、アカネが柿をどうしようかと尋ねる。


「せっかくだし、食べるのは明日以降でいいんじゃないかな?」

「だとしたらどこへ保管しておきましょう。既に熟しているので、一晩放置すれば痛む恐れもあります」

「そんなの、シューゴの収納魔法の中に入れておけばいいじゃね?」

「あぁ……それはちょっと難しいな。俺のは時間経過があるから」


 収納系の魔法には、中で時間経過をするタイプと時間経過をしないタイプがある。

 シューゴが創った「収納空間」は時間が経過してしまうタイプで、時間と共に腐ったり痛んだりしてしまう物の保管には向いていない。

 あくまで物を自由に出し入れするために創った魔法のため、時間経過についてはイメージしていなかったのが仇になった。


「マジかよ。他に収納系の魔法創った奴いねぇのか?」


 カズトの問いかけにコトネとトシキは声を揃えて創って無いと言い、シノブは首を数回横に振る。

 当然カズトも創っていないため、いっそ今食べるかという空気になりかけたタイミングでアカネが小さく手を挙げる。


「あ、あの、私あるよ。時間経過しない収納系の魔法」

「あら、そうなの?」

「うん。宿の食堂で使う食材を運んだり、過剰分を保管したりするのに使えるかなって」


 実家が宿をやっているアカネらしい理由で創った魔法に全員が感心する。

 ともあれ、それに柿を入れておいて後日食べようということになり、アカネは収納系の魔法を唱える。


「ほぞんばしょ」


 発動させたアカネの収納系魔法の中へ柿を入れ、改めて学校への道を歩きだす。

 日が落ちる寸前に事務所へ到着した一行は依頼書と封筒を渡し、依頼達成の手続きを終えると受け取った報酬を平等に分けた。


「思ったより遅くなっちゃったね」

「そうね。門限はもう無くなったとはいえ、早く戻らないと夕食を食べ損ねちゃうわ」


 依頼を受けられるようになったことで、一年生限定で課せられていた寮の門限は解除されている。

 しかし食堂が開いている時間には限りがあるため早めに寮へ戻ろうとするが、校舎を出ようとしたところで会いたくない連中が視界に飛び込んできた。


「まったく、なんだあの依頼主は。この僕が依頼を受けてやったんだから、もっと感謝すればいいものを」

「その通りです。おまけにあんなに口を挟んで、何様のつもりでしょうか」


 不機嫌そうに文句を言いながら校舎へ近づいてくるのは、昼に事務所の受付で騒いでいた問題児集団。

 これは擦れ違うだけでも確実に絡まれるとシューゴ達は察知し、咄嗟に校内へ戻って身を隠す。

 そのまま問題児集団は事務所の方へと向かい、どうにか難を逃れたシューゴ達は急いで校舎から立ち去った。


「最後の最後であいつに遭遇しそうになるとはな。真正面からの遭遇でなくて助かったぜ」

「あの様子では、また受付の方で一悶着ありそうな予感がしますね」

「というか。依頼先で一悶着起こしてきた感じよね、あの様子は」


 例え学校側が冒険者としてのルールやマナーを徹底的に教育しても、依頼先でトラブルを起こす生徒は毎年数名出てしまう。

 その筆頭と言って過言ではなさそうなあの集団は、既に多くの教職員達から要注意人物としてマークされている。


「ああいう人は、トラブルしか起こさない気がする」

「昼のあれを見て、あそこのパーティーから勧誘されなくて良かったって本気で思ったぜ」

「ほ、本当に、よかったね、カタギリ君」


 絡まれずに済んだことに全員で安堵しつつ帰路を急ぐちょうどその頃、事務所の奥でシューゴが住職から預かった封筒をユウが開封していた。

 取り出した手紙に書かれている内容にじっくり目を通し、全てを読み終えると笑みを浮かべる。


「中々の高評価をされているじゃない、あの子達。この調子で頑張ってくれるといいわね」


 受け取った封筒の中身は、依頼主から見た生徒達への評価。

 依頼が冒険者学校の方へ回された場合、依頼主には生徒の評価をお願いするよう連絡が届く。

 その評価内容によって、生徒が依頼に対してどうだったかを調査して今後の授業に役立てるのと、場合によっては本人達を呼びだしての説教と補習が行われる。

 さらにここでの評価が卒業後の冒険者ランクにも影響して、実力に加えて依頼での高評価を維持し続ければ最低ランクのGランクからではなく、FランクかEランクからのスタートも夢ではない。

 勿論、この事は生徒には秘密とされていて、卒業生にもこの事を流布しないよう厳重に言い含められている。


「出だしは上々だけど、今後がどうなるかは本人次第ね」


 最初は張り切って高評価を得ても、慣れてくると評価が下降していくパーティーが出るのも毎年恒例。

 今年の二、三年生の中にも、そういうパターンになっているパーティーが何組か報告されている。


「あっ、ユウ先生」


 シューゴ達の評価書を読み終えたユウの下に、疲れ切った男性職員が苛立ち混じりに現れた。


「あらあら、どうしたの? 疲れてそうなのに、そんなに眉間にしわを寄せちゃって」

「疲れていても怒りたくなりますよ。例の生徒のパーティーの対応をしたんですから!」


 男性職員は怒りに任せ、処理した依頼書と評価書が入った封筒を机へ叩きつける。


「ああ、例の子ね。何故か毎年一人か二人は、そういう子がいるのよね」


 困ったものだわと呟くユウの隣で彼らの担任が申し訳ありませんと言い、封筒を開けて評価書を読むと嘆きの声を上げながら机に上半身を預けた。

 いきなりの行動にユウだけでなく他の教員や職員も、何が書かれているのか気になる。


「……そんなに酷かったの?」

「はい……。どうぞ、読んでみてください」


 そこに書かれているのは評価と言うよりも、彼らの態度と言動が如何に悪いかをまとめた報告書に近い。

 いくら初依頼の生徒とはいえ、どうやったらここまでの悪評を書かれるのか気になるくらい、考えられる悪評を全て書き連ねたような内容。

 これは教師としても最低の評価を付けざるをえない。


「お説教と補習かしら、これは」

「彼らが素直に態度を変えると思いますか?」

「……無理でしょうね」

「というかこれ、依頼主に謝罪に行かなくちゃならないでしょうね」


 彼はこれから苦労しそうだと思った周囲は、手持ちの栄養剤やお菓子やいきつけの飲み屋の割引券などを机の上に置いて差し入れる。

 中には生え際を心配してか、増毛剤と育毛剤を差し入れる髪が薄めな中年男性教師や、胃を心配して胃薬を差し入れる中間管理職の男性職員もいた。


「ありがとう……ございます」


 優しさが身に染みて涙する彼のため、問題の生徒達を退学処分にすること検討しようと誰もが思った。



 ****



 翌日、シューゴ達のパーティーは依頼を受けずに校庭で鍛錬をしていた。

 依頼を受けるのと鍛錬を交互にやっていこうというシューゴの提案に全員が賛成し、依頼を受けた翌日は個々の強化やパーティーでの連携などの鍛錬に打ち込む。

 現在は男女別に分かれて三対三の模擬戦闘をやっている。


「やをうごかす」


 手にした三本の矢に魔法を付与したアカネがそれを全て同時に放つと、全ての矢が通常ならあり得ない軌道で動いてトシキへ向かう。


「すばやいどうさ!」


 魔法で速さを強化したトシキはそれを全て回避し、槍で防いでアカネへ接近するため駆け出す。

 その前に「からだをつよく」を使ったシノブが立ち塞がり、剣を構えて迎撃する。


「させません!」

「つっ! シューゴ君、お願い! 「いちこうかん」!」

「任せろ!」


 近接戦闘では自分が不利と判断したトシキは矢を回避し、後ろに下がっていたシューゴと自分の位置を魔法で入れ替え、自分が後衛に回ってコトネの速さに苦戦するカズトの援護へ向かう。


「お姉ちゃんに挑むなんて、生意気ね!」

「姉さんだからこそ、動きは分かるんだよ!」

「つうかシューゴ一人で大丈夫……みたいだな」


 コトネとの攻防の中でシューゴの方へ視線を向けると、魔法で変幻自在に動くアカネの矢を回避しながらシノブと打ち合うシューゴの姿があった。

 「身体強化」で身体能力と身体機能を強化し、短剣で矢を防ぐような事もせずに矢を全て回避してシノブの剣を防ぎ、隙を見て反撃を打ち込む。


「くっ。「やいばをとばす」!」


 振り抜いた剣から斬撃がシューゴへと飛ぶ。

 さすがに矢と同時にこれは避けられないと判断し、短剣で飛来する斬撃を防ぐ。


「今のを防ぎますか!?」

「シノブちゃん、避けて。「みずをはなつ」!」


 合図に反応して回避した直後に水流が通過しシューゴへ向かう。

 タイミング的には避けられないが、防御系の魔法があれば話は違う。そしてシューゴはその防御系の魔法を創ってある。


浮遊動盾ふゆうどうじゅん!)


 二枚の魔法の盾が横並びに密着して現れて水流を防ぐ。

 そこへ、予め「やをうごかす」を付与しておいた矢が水流の陰から飛来してくる。

 さらにシノブも回避から着地すると同時に「やいばをとばす」で斬撃を飛ばす。

 これで決まったかと思った二人だが、そうはいかなかった。


(浮遊動盾追加!)


 追加された盾がシューゴの意思に従って空中を動き、全ての矢と斬撃を防ぐ。


「ねえ、それ本当にどう書いて創ったの!?」


 変幻自在に動く防御魔法にあまり大声を出さないアカネでさえ、若干の理不尽さを感じて叫ぶ。

 同感ですとシノブも剣を構えながら同意する。


「秘密だ。それと一応防御力を越える攻撃を浴びれば、壊れることは壊れるぞ」


 決して無敵の盾ではないと伝えながら、順手に持っていた短剣を逆手に持ち替えて接近する。


「だとしても、盾が浮いて動く時点でちょっとズルイでしょ!」


 戦っていたカズトとトシキを速さ頼みで振り切ったコトネが、文句を叫びながら接近を妨げるように突進。

 それを見たシューゴは接近を止め、後方へバックステップして回避する。

 そこへカズトとトシキが合流し、チーム別に集まって対峙する形になった。


「おいおい、せっかく分断したのに合流させるなよ」

「悪い、抜かれた!」

「ごめんね」


 これからは連携を高めなくちゃなと思いつつ、模擬戦闘を続行。

 結果は男子チームが勝利したが、内容は双方共に連携に課題を残す事となった。


「というわけで、反省会を開こうか。まずは順番に、今の模擬戦闘をやっていて思った事や感じた事を言ってみよう」


 前日に住職からもらった柿を食べながら休憩兼反省会をしていると、近くにいる先輩らしき生徒の話し声が聞こえた。


「おい聞いたか? 例の侯爵家出身の新入生のパーティー。昨日に続いて今日も依頼先でトラブルを起こしたんだってよ」

「マジで? また依頼主を怒らせるようなことしたのか?」

「それどころか依頼主の娘さんを気に入ったとか言って、無理矢理連れて行こうとしたらしい。昨日の件で念のため監視していた先生達がいなかったら、その子どうなっていたか……」


 あいつは何を求めて冒険者学校に来たんだろうか。

 そんな考えすら浮かぶほど、呆れて物も言えなかった。


「昨日、隠れて正解だったね」


 さり気なくトシキが呟いた事に全員が揃って頷く。

 もしもあんな不機嫌な状態で遭遇していたら、どんな目に遭っていただろう。

 そう思いながらシューゴ達は反省会を再開して、連携についての話し合いを続けた。

 なお、件の生徒とそのパーティーメンバーはこの五日後、素行不良で退学になったとか。


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