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四文字で魔法を創造して  作者: 斗樹 稼多利
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よくある諍い


 冒険者学校入学から十日が経過した。

 クラス内から問題児が出るようなことは無く、穏やかな雰囲気で友人関係を築いていくが、どうしても仲の良い者だけで固まったグループはできてしまう。それの中にルームメイトがいるのはお約束。

 シューゴ達の場合はトシキとコトネが姉弟ということもあり、その繋がりからコトネとアカネとシノブと主に交流していてグループ化していた。

 そのグループ内で特にトラブルが起きることもなく雑談をしたり、シューゴを中心として鍛錬の話をしたり、放課後に一緒に鍛錬をしたりと友好的な関係を築いている。

 少々独特な担任教師のユウにも慣れてきて、この日も授業は順調に進んでいく。


「魔物から逃げる行為自体は、自分の命を守るためだから許されているわ。だけど、魔物を他人へ擦り付ける行為は許されていないの。これは冒険者のルールとして、ギルドの規約事項にも記載されていて――」


 特に化粧やメイクをしている訳ではないのに、声質以外は完全に女性に見えるオネェ教師だが、授業は分かりやすく生徒からの評判もいい。

 そんな彼? 彼女? が担当しているのは、入試で好成績を出した生徒が集まるクラス。

 一人一人の順位こそ明かされていないが、このクラスへ入っているシューゴは隣の席で船を漕ぎだしたカズトに肘を入れて起こし、何食わぬ顔でユウの説明を書き記していく。


「お、お前な。何するんだよ……」


 肘を入れられたカズトは脇腹を押さえながらシューゴを睨む。


「いいから起きろ。でないと、またアレされるぞ」

「ぐっ……そうだな。悪い、助かった」


 シューゴの囁きを耳にすると一転し、謝罪とお礼を言って授業に集中する。

 このクラスでは授業中に居眠りをすると、休憩時間にユウから呼び出されどこかへ連れて行かれておしおきを受ける。

 ただ、それがどんなおしおきなのかは教えてもらえず、おしおきを受けた生徒も一様に口を噤んで忘れさせてくれと言うばかり。

 前日にカズトもその餌食になり、やたらグッタリして戻って来たと思ったら、今度寝そうになったらどついてでも起こしてくれとシューゴとトシキに懇願する始末。一体どんなおしおきを受けたんだろうと思いつつも、実際にそれを体験したいとは思わない二人は素直に頷いた。

 分かっているのは、校舎のどこかから連れて行かれた生徒の悲鳴らしき声が聞こえるのと、追跡した生徒は必ずユウに気づかれてしまうということだけ。


「気づかれていないみたいだから、さっさとメモ取っておけ」

「分かってるって。それより、もっと穏便な起こし方で頼む」


 いい感じに肘が入ったのか、脇腹を摩りながら筆を走らせるカズト。

 その様子を見ていたシューゴとは反対隣の席にいるトシキは、足を踏んで起こそうかと上げていた足をそっと床へ下ろした。


「では、この時間はこれまでよ。午後の授業は薬草採取について授業するから、校舎裏に集合してね」


 授業が終わって席を立つ生徒達。

 どうにか居眠りしかけた事を気づかれずに済んだカズトは、ホッとして教本を片付けようとしたが、次のユウの一言で落ち着きは吹っ飛ぶこととなる。


「あっ、アズマ君。気付かれていないと思っているところを悪いけど、寝ていたからちょっと一緒にいらっしゃい」


 満面の笑みで死刑宣告を告げられたカズトは体も表情も思考も固まり、どこかへ連れて行かれた。



 ****



 昼時になれば冒険者学校の食堂には生徒だけではなく、教員や事務員もやって来て食事をしている。

 そこで働いている人達は調理に魔法を利用しており、火の魔法で窯へ着火したり水の魔法で洗い物をしたりするだけでなく、風の魔法で小さな竜巻を起こして炒め物を作っている料理人もいる。

 午後の授業に備えてシューゴ達も昼食を摂っているが、その席でカズトは食事に手を付けずテーブルに突っ伏して呻き声を漏らしている。


「一度やられたんだから、それで懲りて授業に集中しなさいよね」

「そんなこと言われてもよぉ……」


 溜め息を吐くコトネの指摘に、どうしても眠くなるんだよと言いながら顔を上げて食事へ手を伸ばす。

 顔が良くて体つきも良くて頭も決して悪くないのに、イマイチ授業での集中力に欠けるカズトは座学を苦手としている。


「じっとしているのって、なんか苦手なんだよな」


 授業にしろ放課後の鍛錬にしろ、体を動かしている時は集中力を欠くことは無い。

 後頭部を掻きながらそう言いきって、食べていた炒め物へテーブルに備え付けてある調味料をかける。それもちょっとだけではなく、相当な量を。


「なあカズト、毎回思うけどかけ過ぎだって」

「そうか? オレからすれば、これくらい普通なんだけど」


 調味料のかけ過ぎで相当濃くなっていそうなそれを平然と食べる光景も、今となっては見慣れたもの。

 入寮初日の夕食で、シューゴとトシキが一緒に食事をした際も同じように調味料を多くかけ、見ていた二人を驚かせて引かせた。

 運動をして汗を流したから濃い味が欲しくなったどころではない量は、年齢性別関係無く体を心配してしまうレベル。

 だが心配をしたのは最初の数日ぐらいで、それ以降はそういう味覚なんだと分かって特に止めようとも改善させようともしなくなった。


「ところで先ほどの授業であった魔物の擦り付けですが、逃げている時に別のパーティーと遭遇した場合はどうすれば良いのでしょうか」


 ふと思った疑問を口にしたシノブの一言から、食事をしながらの議論が始まる。


「何も言わずに逃げ続けたら擦り付けになりそうだから、逃げるように叫べばいいじゃない?」

「その人達の協力が得られれば倒せそうなら、助けを求めるのも有りじゃないかな……」


 最悪の場合を想定した意見をトシキが述べれば、続けてアカネが少し都合の良い展開を口にする。


「というか、そういうのは授業中に質問しなさいよ。ユウ先生はそういうのどんどん来いって人だし、皆への解説にも繋がるから」

「メモを取るのに集中しすぎました」


 コトネからの指摘に箸を置き、申し訳無いと頭を下げる。

 相変わらず堅いなとシューゴとコトネが思っていると、スープを啜っていたカズトがしかめっ面を浮かべる。


「なあ、飯の間くらいはそういう話は止めようぜ」

「カズトの場合はもう少し、こういう話をしておけって。集中力欠いて、メモってないこと多いだろ。さっきの授業はどうだった?」

「……後で写させてください!」


 せっかくのイケメンが台無しに思える頭の下げっぷりに、いいぞとしかシューゴは返さなかった。

 尤も、断ったら断ったで次はトシキに頼むだけなのだが。

 彼らの食事風景は、大体こんな感じで過ぎていく。



 ****



「はい、じゃあ午後の授業を開始するわよ」


 午後の授業が行われる校舎裏では、採取依頼がよく出される薬草が数種類育てられており、採取に関する授業で利用したり薬草そのものの勉強に使われたりしている。


「薬草採取はね、ただ摘めばいいだけじゃないの。根を残すように切り取ると言った方がいいわね。根が土の中に残っていれば切り取った位置から新芽が出て、いずれ成長すれば再度採取できるようになるのよ」


 それを知らずに根も一緒に引き抜くと、当然だがその場所からはもう薬草が生えなくなり、作りたい薬品の材料を揃え辛くなるだけでなく値段の高騰や種の存続にも繋がる。

 土から抜いた時点で根は駄目になってしまうため、根も一緒に抜いて後から切り取って埋めても新芽は生えない。

 やったからといって何か罰せられる訳ではないが、守るべき当たり前のことだとユウは解説する。


「じゃあ皆、一人一本ずつやってみて。手元に刃物が無い子は、茎の部分で千切っても構わないわよ。新芽が生えるのに少し時間がかかるというだけで、大きな影響は無いからね。ただし、切れないからって力を入れ過ぎて根を抜かないようにね」


 注意された点に気をつけながら、数人ずつ別々の種類の薬草を採取していく。

 今回のような授業で採取した薬草は保険医の手によって薬品に調合され、有事の際に備えて学校の備蓄庫に保管される。


「思ったより茎が丈夫なんだな」


 両手で茎を持ったシューゴが千切れないかと軽く力を入れてみるが、思ったよりも堅いため千切れない。

 これは切った方がいいなと判断して短剣を抜き、慎重に切り取った。

 隣にいるアカネは刃物が無いため千切るのに四苦八苦しており、短剣を貸そうとしたらユウが解説を加える。


「千切り難い子は爪を上手く使ってみるといいわ。それでも駄目なら、捩じ切ってもいいわ。要は根が土から出なければいいだけなんだから」


 それを聞いて苦戦していた生徒達は爪を茎にくい込ませたり、根が抜けないように慎重に捩じったりしながら採取をする。

 注意深く捩じっていたアカネも無事に成功し、それをユウへと提出した。


「はい、これで全員ね。皆、上手く採取はできたようね。入学して一月経てばあなた達も学校の事務所で学生用の依頼を受けることができるけど、そこにある依頼の半数はこうした採取の依頼だから、この授業で勉強した事は忘れないようにね。じゃあ次は、採取してもらった薬草の解説をするわよ」


 注意を促しつつ、そのまま薬草を順々に見せて効能の解説へと移る。

 どういう薬が作れるのかを知っておくことも冒険者の知識として必要な事で、ギルドを通さない依頼で騙されて毒薬や違法薬物製造等に加担しないようにするためだとユウは説明する。

 こうした教育を施すようになったのは、当然前例が存在しているからである。


「とまあ、この薬草は主に軟膏として扱うの。昔は増血剤の素材としても使われていたけれど、他に同様の効果がある薬草が発見されたのと、別のとある理由から使われなくなったわ。一応今でも田舎の方では代用品としての需要が少しだけあるわね」

「別の理由とはなんですか?」


 午前中の授業の二の舞にならないよう、挙手をしたシノブが問いかけるとユウは笑みを浮かべて薬草を差し出す。


「論より証拠、口に含んでみるといいわ」


 この流れは絶対に何かあると誰もが察していたが、好奇心に駆られたシノブは躊躇無く受け取って口に含む。

 すると何かあるは現実のものとなった。


「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ! ぴぎゃあぁぁぁぁぁぁっ! はがあぁぁぁぁぁぁっ!」


 物凄い表情で何度も奇声を上げながら口元を押さえ、服が汚れるのも気にせず地面を転がり、時折陸に上げられた海老のように仰け反って跳ねる。

 とても十二歳の少女が出していい声とも取っていい行動ともやっていい表情とも言えない様子に、クラスメイト達は揃ってやっぱりかという思いと、そこまでかという思いに包まれた。


「効果は確かなんだけど、見ての通り恐ろしく不味いっていう重大な欠点があるの。飲み薬にすれば幾分かはマシになるけど、やっぱり不味いことは不味いのよね」


 困ったものねと溜め息を吐くユウに対し、生徒にそんな物を味見させるアンタも困ったものだと思った生徒は少なくない。


「はあ、はあ……。死ぬかと思いました……」


 アカネが魔法で出した水をがぶ飲みしてようやく復活したシノブは、聞いてもいないのに味の感想を語る。

 強烈な苦みと渋みとえぐみがそれぞれを主張しつつ混ざり合って、嫌味でしかない未知の味の暴風雨を発生させ、口中に広まりながら容赦なく舌と喉と鼻の奥に突き刺さってきたと。

 全く想像ができないというよりも、よく表現できたなと誰もが思う。


「これが軟膏以外で使われなくなった理由よ。もしも増血剤として使うという依頼だったら、その依頼人の資金不足か代用しなくちゃならないほどの理由があるのを疑いなさいね」


 恨みを込めたシノブの視線を華麗にスルーしたユウはそう締めくくり、午後の授業は終わった。



 ****



「改めて言わせてもらいます。死ぬかと思いました」

「毒があるわけでもない薬草で死んだら、死にきれないでしょうね」


 この日の授業が終わった放課後、シノブはコトネとアカネと共に校庭の片隅で魔力の制御鍛錬をしていた。

 まだ口の中に微かに薬草の味が残っているシノブの表情は優れず、そっちが気になって魔力の制御が普段より不安定になっている。そのせいで暴発しそうになるが、辛うじて制御して暴発を防ぐ。


「ふう、危うく魔力が暴発するところでした」

「ちょっとやめてよ、こんな至近距離で!」

「魔力の制御は目に見えないから、暴発の時は困るよね」


 魔力の制御鍛錬は体内で魔力を循環させるため、目には見えない。不安定な制御による暴発の寸前には体外に魔力が溢れるため目に見えるが、その時にはもう手遅れ。暴発しても死ぬ事は無く、精々軽傷程度にしかならないが痛いことは痛い。


「しかしあいつらはあいつらで、毎日よくやるわね」


 コトネの視線の先ではシューゴ達がいつものように走り回っている。

 今日は戦闘中に目くらましをして撤退しているという状況を想定し、先に組手や素振りをやって疲労した状態になってから走っており、早くもトシキはバテバテだった。

 敵に追いつかれるぞとシューゴがハッパをかければ返事をするが、ペースは一瞬とて上がらない。


「我が弟ながら、なんて情けないのかしら」


 明らかに他の二人より体力で劣っているトシキの様子をコトネは嘆き、あれだけ一緒に走り込みしたのにと呟く。


「あの走り込みは特殊だから仕方ないと思います」

「そういえばカタギリ君って、魔力の制御鍛錬しながらアレをやっているんだよね」


 一見すればシューゴはカズトとトシキと同じく、何かを避けるように左右へステップをしながら走ってるように見えるが、体内ではコトネ達と同じく魔力の制御鍛錬をしている。

 本当にやっているのかを確かめる術は無いが、本人がやっていると言っている以上はやっているのだろう。


「できるって知っていても、ちょっと驚いちゃうわよね」

「私はここから一歩でも動けば、制御できなくなる自信があります」


 何故か自信満々に胸を張って言うシノブに、自慢にならないよとアカネが呟く。


「……ああいう人が、将来的にSランク冒険者になるのかな」


 今にも倒れそうなトシキと顎をあげながらも必死で走るカズトに大きく差をつけて走るシューゴを見ながら、ふと思った事をコトネが口にする。

 冒険者は強さや実績によってランク分けがされていて、最低のGランクから最高のSランクまで八段階で分けられている。冒険者の頂点と言えるSランク冒険者はこれまでに両手で数える程度しか存在しておらず、現在は年齢的に引退間近と囁かれている一人がいるだけ。


「断言はできないけど、なれそうだって思っちゃうね」

「なんのっ! 私達にだってSランクなれる可能性はある! 今から諦めて堪る――あっ」

「「えっ――」」


 興奮のあまり魔力の制御を誤ったシノブの魔力が暴発する。

 巻き込まれたコトネとアカネは軽傷で済んだものの、シノブはユウから厳重注意を受けて罰として五日間の教室掃除をするよう言い渡された。


「急に爆発が起きたから、何事かと思ったぜ」

「面目ない……」


 説教を受け終えたシノブは暴発の影響で少し煤に塗れた姿で俯き、とぼとぼ廊下を歩く。

 傍らには巻き込んだことを謝罪するために呼ばれたコトネとアカネだけでなく、付近を走っていて暴発に巻き込まれたトシキと事後処理を手伝わされたシューゴとカズトもいた。

 幸いにも他に巻き込まれた生徒はおらず、周辺にも被害は出ていない。


「帰ったらこの服、洗濯しなくちゃ」

「張り切るのはいいけど、ほどほどにしてよね」


 至近距離で暴発に巻き込まれたコトネとアカネの服は煤だけでなく、地面を転がった影響で土にも汚れている。

 軽傷で済んだ怪我は治癒系の魔法を使うまでもないということで、傷を洗って軟膏による処置を施しただけ。

 コトネは膝を少し擦りむいた程度だが、アカネは頬と手袋で守られていない指を擦っていた。


「ところで、そっちはそっちで大丈夫なの?」


 視線をシノブからカズトの背中へ移したコトネの目に映るのは、暴発に巻き込まれただけでなく走り過ぎて疲れ切ってしまい動けなくなったトシキ。言葉を発する気力も無く、ぐったりとしてカズトの背中におぶられている。


「生きてりゃ大丈夫だろ」

「そういう問題なのかなぁ?」


 なにか違うような気がして首を傾げるアカネに同意するようにシューゴとコトネも頷く。

 あとは俯いたまま反応しないシノブを慰めようと思っていると、目の前に上級生の男子数名が廊下を塞ぐように横並びで現れる。進行方向を塞がれたシューゴ達は立ち止まり、何の用かと上級生達の反応を待つ。

 すると中央に立つ大柄な上級生が腕を組み、品定めするようにシューゴを見て告げる。


「お前が無詠唱で魔法を使えるって新入生か」


 明らかにトラブルの予感がしたシューゴは、友人達を守るように前に出て上級生に尋ねる。


「そうですが。何か御用ですか?」

「悪い話じゃない。お前を俺のパーティーに入れてやろうってだけだ」


 光栄に思えとでもいいたげな喋り方に、面倒なのが来たとシューゴだけでなく後ろにいるカズト達も一様に思う。

 シューゴが無詠唱で魔法を使えるという話はユウから職員へ伝わり、それを偶然聞いた生徒から別の生徒へと伝わったのと、シューゴのクラスメイトが寮でその事を話しているのを聞いて伝わったという二通りの広まり方をした。

 それによってクラスメイトだけでなく、他のクラスや上級生からも声を掛けられるようになった。

 無詠唱ができるようになった経緯を教えてくれというのが大半で、それ以外はパーティーへの勧誘。

 この日のユウが授業で言っていたように、入学して一月経てば学校の事務所で学生用の依頼を受けることができるようになる。

 依頼は全て冒険者ギルドが選別して送ってくる日雇いバイトのような内容の物ばかりだが、その際には必ずパーティーで行動するよう学校から言及される。

 冒険者として依頼をこなす経験を積むのと団体行動を学ぶために作られた制度で、この時に組んだパーティーで卒業後も活動する冒険者は多い。

 その一方で有望な新入生がいると聞けば同級生からだけでなく上級生からの勧誘も行われ、時には争い事になってしまったりもする。

 無詠唱で魔法が使えるシューゴも何度か勧誘を受けたが、その度に断ってきた。


「まだ入学して十日しか経過していませんが?」

「無論すぐにじゃない。一月経ったら俺達の下に来い」

「有能な奴は、俺達のように有能な人間の下で働いてこそ意味があるんだ」


 まるでパーティー入りは当然で、自分達の下でいいように働かせる気満々の言い方をする上級生達に、誰一人としていい顔はしない。

 それすらも分かっていないのか上級生達はニヤニヤしている。


「申し訳ありませんがお断りします。俺はここにいる友人達とパーティーを組みたいと――」


 これまでに勧誘された時と同様に断りを入れようとするが、相手側は了承しない。


「はあ? 何を言ってるんだ、お前」

「お前は俺達と一緒に組むんだよ」

「せっかく使ってやるって言ってんだから、光栄に思って付いて来ればいいんだよ」


 今までの勧誘はちゃんと断りを入れれば引いてくれたのに、目の前の上級生は引いてくれる気配が無い。

 やっぱり面倒な事になったとシューゴ達が思っている間にも、相手は中央で腕組みをして仁王立ちする上級生がどれだけ凄いかを語っている。

 パーティーのリーダーであるその上級生は伯爵家の出身で入学前に元Bランク冒険者から一年間訓練を受け、文字数は最大タイの十文字、創れる魔法は二十四個で現在は九個創れると褒め称え、本人もわざわざ手袋を外して手の甲を見せびらかして自慢気な表情をしている。


(これ、絶対に仲間になったら碌な事が無さそうだ)


 冒険者になれば関係無くなる家の爵位まで持ち出した時点で、シューゴは目の前の上級生達を見限った。

 だからといって断って納得するような相手ではなく、寮が同じである以上は嫌がらせをしてでも仲間にしようとしそうな雰囲気。しかし仲間になったらなったで碌な目に遭いそうにない。

 どうしたものかと考えて、一つの提案をしてみることにした。


「では先輩方、模擬戦をしませんか?」

「模擬戦だぁ?」


 冒険者学校では実戦練習も兼ねての模擬戦が、教員の立ち合いを前提に奨励されている。

 何かしらの問題解決の手段にも利用されており、二つのパーティーによるメンバーの争奪戦も行われたりする。


「ええ。俺も先輩方の実力を知らずにパーティーへ加わりたくありませんし、先輩方も俺の実力を知りたいでしょう?」

「まあそうだな。お前がどれだけ使えるかは知っておきたいな」


 あくまで自分達の方が格上だと思っている上級生は見下すように言う。


「おいおい、大丈夫なのかよ」


 上級生が相手とあって不安になったカズトが小声で尋ねる。


「……なんとかなるだろう」

「その間が気になるんだよ!」


 正直言うとシューゴも、未知の相手を前にそこまで自信があるわけじゃない。

 コタロウに鍛えてもらった訓練の成果に自信が無い訳ではないが、本当に実力者だったらどうしようと心の片隅で思っていた。

 それでも、こうしないと相手が納得しないだろうと半ば思い付きで模擬戦を提案してしまった。

 こう言った以上はやるしかないと腹を括って。


「いいだろう、その模擬戦を受けてやる。俺が勝ったらパーティーに入って命令には従ってもらうぞ」

「分かりました。じゃあ、俺が勝ったらどうします?」

「はあ? 何の冗談だそりゃ」


 何をありえない事を言っているんだと、上級生全員が鼻で笑うような態度を見せる。

 しかし、相手の態度を見ていてコタロウからのある教えを思い出した。

 対人戦において、相手を侮っている相手は二流だと。それが口先だけでない場合もあるが、少なくとも目の前の相手がそういう相手じゃないのはシューゴでも分かる。


「いいだろう。万が一、いや億が一にもお前が勝ったら俺達のパーティーへの勧誘を止め、二度と接触しないでやろう」


 よほど自信があるのか、そう言いきった上級生。

 これで条件は揃ったということで、シューゴは職員室へ教員を呼びに向かった。

 それから数分後、どちらの担任でもない男性教員が審判となって校庭での模擬戦が行われることになった。

 噂の無詠唱使いの新入生がやるとあって周囲には見物人が多くおり、安全確保のため審判以外にも教員が数名狩り出されている。


「ルールを説明しますね。武器は練習用を使用、魔法は威力を抑えてくれぐれも相手の体を欠損させたり、殺めたりするような威力で使わないこと。勝利条件は相手を気絶、又は戦闘不能、又は勝負ありの状況に持ち込んだ場合。反則負けは規定範囲を超える威力で魔法を使う事と、武器や素手による目や急所への直接攻撃となります」


 冒険者学校の割には甘めのルールかもしれないが、これも将来がある若い芽を潰さないように配慮しての事。

 いかに自己責任の職業とはいえ、学生の模擬戦からそれを強いるのはどうかという事でこうしたルールになっている。


「三年生のワタリ君が勝った場合、カタギリ君は彼のパーティーに入って命令には従うこと。一年生のカタギリ君が勝った場合、ワタリ君達は彼をパーティーに勧誘せず二度と接触しない。双方、それでよろしいですね」

「大丈夫です」

「ああ、平気だ」


 入念に準備運動をするシューゴに対し、ワタリという上級生は何もせず開始を待っている。


「大丈夫なのかな、あの新入生」

「ワタリの奴、性格はあれだけど実力は三年の中じゃトップだからな」


 野次馬の話す内容を聞き、目が覚めたらいつの間にか妙な展開になっていて若干困惑しているトシキも含め、本当に大丈夫なのかとカズト達は不安そうな表情でシューゴを見守る。

 当の本人は相手から一度も目を離さず屈伸を繰り返しており、緊張している様子は無いように見える。


「では双方構えて」


 準備運動を終えたシューゴは短剣を構え、ワタリは自信満々に剣を肩に乗せて笑みを浮かべる。


「……始め!」


 審判が双方の様子を確認した上で合図をすると、一気に終わらせてやるとワタリが左手を前に出して魔法名を唱える。


「いしつぶてみだれうち!」


 魔法によって出現した数十の石がシューゴへと向かう。

 広い範囲への攻撃に野次馬はどう防ぐか相殺するかと思いながら見守る中、シューゴは「身体強化」を使うことなくそれを避け、短剣で防ぎだした。

 コタロウとやっていた回避訓練の攻撃に比べれば、この魔法による石の速さはずっと遅いと思いながら。

 威力は抑えてあるとはいえ、速さは変わっていない石の軌道を時間差も含めて全て予測して回避するか防いでみせると、野次馬の生徒達だけでなく教員達からも驚きの声が上がる。


「なっ!?」


 ルールに従って威力を落としているとはいえ、全てを避けられ防がれるとは思わなかったワタリは動揺を露わにする。

 その動揺の隙を突いて、気絶させるのにちょうどいい魔法を使う。 

 「具現短剣」を作ってから一年後、十一個の魔法が作れるようになったのを機に創った新たな魔法を。


感電地かんでんち

「ぎゃっ!」


 魔法を発動させるとワタリの足元から電気が発生し、体が痺れたワタリはそのまま仰向けに倒れてしまう。

 使ったのは地面から強力な電流を発生させ、そこへ足を踏み入れた相手を感電させる魔法。

 今回は指定可能な範囲内にワタリがいたため、足元でそれを発動させることで踏み入れさせる必要も無く感電させた。

 しかし、それを理解しているのは魔法を使ったシューゴだけで、周囲は理解どころか何が起きたのかさえ分かっていない。


「えっ? えっ?」

「何が、あったんだ?」


 状況を把握しきれない中、審判の教員がハッとしてワタリへ駆け寄る。

 既に魔法は解除されており、感電せずに近づいた教員はワタリが気絶しているのを確認。驚きつつも勝者を告げた。


「三年ワタリ君気絶。勝者、一年カタギリ君」


 ここでようやく周囲も状況を飲み込み、予想に反してシューゴが勝利したことに歓声が上がる。

 一方でワタリのパーティーメンバーは彼が瞬殺されたことに呆然として、どんな反応もできないでいた。

 そんな彼らへ笑みを向けたシューゴは告げる。約束は守ってもらいますと。


「も、勿論だ……」


 頷くことしかできなかった彼らは気絶したワタリを連れ、周囲からはざまあみろと思われながらその場を去っていく。

 これでとりあえずは問題無いだろうと思ったシューゴだったが、この件を切っ掛けにさらに勧誘が増えるなど、この時はこれっぽっちも考えていなかった。


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