放課後の手合わせ
全員の魔法の披露が終わった後、色々な意味で目立ったシューゴの下にはクラスメイトが殺到した。
どんな人に修業をつけてもらったのか、動きながらの魔力の制御鍛錬のコツを教えてほしい、良ければ一緒に鍛錬しないか。そういった質問や誘いが矢継ぎ早に飛ぶ。
思わぬ状況に戸惑っていると、記入を終えたユウが手を叩いて注目を集める。
「はい皆、気持ちは分かるけど落ち着いて部屋別に並んで、一旦整列してちょうだい。カタギリ君も困ってるから」
注意を促されて生徒達は整列するために動き出すが、隙あらばシューゴへ接触しようという雰囲気は隠せていない。
「やるな、人気者」
「正直、予想外なんだが」
「あれだけの動きと無詠唱を見せれば、当然だと思うけど……」
カズトにからかわれてトシキから指摘されると、ちょっと考えが甘くて浅かったかと反省する。
そもそも、どうして魔法の披露で目立とうと考えたのかと少し後悔した。こんなことなら、他にも似たような魔法を創っている人がいた「収納空間」か、「身体強化」を使えばよかったと思いながら。
尤も、どの魔法を使おうとも無詠唱の時点で注目されていただろう。
「皆、今日はこのまま解散するけど、明日からは授業があるから遅刻しないようにね。遅刻したら……うふふふふふ。それじゃあ、解散」
遅刻したら何をするのか言わずに解散を宣言したユウに、何をされるんだと生徒達は心の中で叫び不安になった。
「……なあ、何されると思う?」
「ああいう人の思考は分かりづらいから、予測不能だ」
「笑ったところがまた不気味だよね。何されるんだろう」
とにかく遅刻は出来ないと誰もが思い、シューゴに近づくのも忘れて解散した。
****
冒険者学校の放課後は基本、自由となっている。寮や図書室で勉強をしようが、教師から許可を得て魔法練習場で魔法の練習をしようが、校庭で体を鍛えようが、町中でバイトに励もうが、遊びほうけていようが、全ては生徒一人一人の自主性に任されている。
全てが自己責任の冒険者になるための学校だからこそ、放課後は自己責任の下で自由にさせていて、例え遊びほうけて周囲から遅れようと学校側は一切の責任を取らない。
「要するに、今のうちから冒険者としての心構えと自覚をしておけってことだろう」
「冒険者を目指すからこそ、学生のうちからそういう事ができないとダメってことだね」
「なるほどな。冒険者見習いとしての自覚を問われている訳か」
そんな会話を交わしながら、シューゴとトシキとカズトは校庭で走り込みをしている。ただ散漫と走るのではなく、急ぎ足で逃げるかのような速めのペースで。
「という訳で状況変化。目くらましをして敵から逃げたものの、索敵する魔法で俺達を見つけて追いかけて来て、後ろに迫ってきている」
会話の最中にシューゴがそう言うとトシキが驚く。
「ちょっ、ここでそんな展開!? もう結構な距離を走ってるのに!」
「師匠はもっと厳しい展開を言ってきていたから、まだマシなほうだぞ」
「なんにせよ、捕まらないために速度を上げなきゃな!」
そう言って速度を上げるカズトに合わせて、シューゴも速度を上げる。ワンテンポ遅れてトシキも速度を上げるが、早くも息が上がって先を行く二人よりもペースが遅い。
彼らがやっているのはシューゴがコタロウにやらされていた、例のあらゆる状況でも逃げられるようにする走り込み。
冒険者になるのなら必要になると教わり、指導を受けていた期間中は毎日のように様々な状況を想定してやらされていた、あの訓練である。
「トシキ、遅れてるぞ!」
「そんなこと、言われても」
慣れているシューゴが先頭を走り、それに少し遅れてカズトが続き、息が上がっているトシキは今にも倒れそうな走りで必死に追っている。
「はい状況変化。なんとか振り切ろうと道を逸れて森の中へ突入、木々を避けながら走れ」
「マジでか!」
「ねえ、これで本当にマシな方なの!?」
木々を避けるようにステップしながら走るシューゴに対し、後に続く二人は慣れない動きのためステップしながらの走りがぎこちない。
放課後に何か鍛錬をしようという話になった時にシューゴがこの鍛錬を提案すると、二人は面白そうだし理に適っている鍛錬だと快く同意した。しかし、実際にやってみると想像以上に厳しく、軽い気持ちでやる鍛錬じゃないと後悔しながら二人は走り続けている。
周囲の生徒達から見れば、あれは何の鍛錬だと言いたげな雰囲気だが、校舎から見ていた元冒険者の教師達は関心を示す。
「ほう、なかなか考えられた鍛錬だな」
「思い出すなあ、駆け出しの頃を。予想以上に多かったゴブリンの群れに敗走して、森の中を走り回ったっけ」
「私はとても大きな熊に追われましたっけ。ふふっ、ふふふふっ」
若かりし頃の苦い思い出を語り合いながら、教員達はシューゴ達の鍛錬を眺める。
「そういえば、彼らはユウ先生の生徒でしたね」
「ええ。あの先頭を走っている子が、さっき言った見込みのありそうな生徒です」
新入生がどんな感じかを職員室で報告した際、シューゴの事は話題に上がった。
入学前に良い師匠から指導を受けていたようで鍛錬への心構えが備わっていて、しかも経緯はなんであれ動きながらの魔力の制御鍛錬ができるようになっていて、無詠唱での魔法の行使もできるというおまけ付きで。
「お陰で彼の文字数は分からずじまいです」
いくら手袋で隠していても、魔法名を口にすれば文字数は予測できる。
中には正確な文字数を隠すため、わざと実際の文字数より少ない文字数の魔法を使う場合もあるが、そういった性格かどうかは自己紹介の様子でおおよその見当がつく。文字数ぴったりの魔法を披露して自慢気に胸を張る、浅い考えの持ち主かどうかも。
しかし無詠唱だと肝心の魔法名が分からず、文字数を予想することができない。
「しかし、魔力の制御鍛錬の話は驚きましたね」
「いくらムキになっていたとはいえ、よく一年でできるようになったものですな」
「よほど毎日、それもかなりの時間練習したんでしょう」
「本人は自覚していないんでしょうけど、結構な負けず嫌いで反骨精神もあるんだと思います」
ユウの言う通り、本人は自覚していないがシューゴは負けず嫌いで反骨精神もある。
たった四文字しかないことを周囲から同情されたり、ツグトやその母親や元家庭教師から密かに蔑まれているうちにそれが芽生え、シューゴの奥底に根付いているからこそだ。
コタロウによる厳しい訓練を耐え抜けたのは、将来のためや解説と指導の内容がシューゴの興味を引いたからだけでなく、こういう一面も影響していた。
「なんにせよ、いい冒険者になってくれるといいですね」
初老の教員がそう締めくくり、職員室でのシューゴの話題は終わった。
****
ちょうどその頃、シューゴ達は走り込みを終えて息を整えていた。
膝と手を地面に着けて俯いたまま息を切らすトシキと、立ってはいるが上を向いて息を切らすカズトに対して、まだ余裕のあるシューゴは屈伸をしながら息を整えている。
「ね、ねえ、さっきも、聞いたけど、本当にこれ、マシな、方なの?」
顔を上げて息も絶え絶えに尋ねるトシキに頷き、より厳しい内容を伝える。
「天気はこっちの都合なんか知らないからってどしゃぶりの雨の中でやったり、後ろから魔法を撃たれているって想定で背後から石を投げられたり、足場が平面とは限らないって地面魔法でデコボコにしてから走らされたり」
「あっ、ごめん。本当にマシだったんだね」
説明していくうちに目の色が消えていくのを見て、体勢はそのまま謝罪をした。
耳を傾けていたカズトも、そんな事をやっていたのかと驚いていた。それと共に、走り込み一つにも意味を持たせているんだなと、実力披露の際にユウが言っていたことを思い出しながら実感した。
「さて、じゃあ次は」
「ま、待って、もうちょっと休ませて」
息が整ったので次の鍛錬を始めようとするシューゴに、まだ立ち上がれないトシキが待ったをかける。
「というか、カズト君は大丈夫なの?」
「いずれ家を出る商会の五男なんて、半分小間使いみたいなもんだからな。叔父さんとの訓練以外にも色々と雑用させられていたから、持久力と腕力には自信があるんだよ」
捲った袖の下にある腕の筋肉はしっかりと鍛えられていて、力を入れると力こぶが出来るほどだった。
「トシキは鍛えてないのかよ」
「いやいや、父さんが雇った元冒険者から二年ほど鍛えてはもらったけど、内容はここまでじゃなかったよ」
訓練以外にも体を鍛える要素があったカズトと、訓練そのものが濃密だったシューゴに比べ、トシキの鍛練は量も質も二人には及ばない。
ただしこれは二人が少々特殊なのであって、決してトシキの鍛錬不足という訳ではない。
「じゃあ、もう三分だけ待ってやるよ」
「いやいや、せめて十……いや五分待ってよ」
十分と言いかけたのを五分に減らしたのは、彼なりのやる気の表れだった。
「分かった、五分にしよう。休んだら次は、借りてきた練習用の武器での素振りでいいか?」
「いいよ……」
休めるのならなんでもいいとばかりに、力の無い返事をしたトシキは息を整える。
その間にカズトは軽い体操をして体をほぐし、地面に腰を下ろしたシューゴは「収納空間」から本を取り出して続きを読みだす。
「うおっ、なんか難しそうな本読んでるな」
「難しくないぞ。普通の物語だ」
「だとしても無理。オレ、活字ばっかの本はそれだけでもう駄目なんだ」
顔は良いのに頭は弱いのかと思いながらページを捲ろうとすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ああ、いたいた。て、トシキは何やってんの?」
練習用の武器を手にアカネとシノブを伴いやって来たコトネは、まだ四つん這い状態で息を切らしているトシキの姿に首を傾げる。
一緒に来たアカネとシノブも首を傾げ、どうしたのかと本を閉じたシューゴに問いかける。
「ちょっと厳しい鍛錬をやっただけだ」
「あれは、ちょっとって、もんじゃない、よ」
先ほどまでの鍛錬を見ていなかったコトネ達は、どんな鍛錬をしたんだろうと気にしつつも、やってみたいとは言わないし思わなかった。
「で、何の用? オレ達と一緒に鍛錬したいとか?」
「えっ? あっ、そうです! カタギリ殿、私と手合せをしてくれませんか!
鼻息を荒くして迫るシノブの勢いに押されつつ、落ち着けと宥めて理由を尋ねた。
「先ほどの実力披露での動き、鍛錬への取り組み方に感銘を受け、どれほどの実力なのか直に感じたいのです!」
お願いしますと頭まで下げられては断れず、シューゴは頷いた。
「分かった。相手になるよ」
「ありがとうございます! では早速」
待ちきれない様子のシノブは少し距離を置き、手にしていた練習用の剣を構える。
浮かれているように見えるが、構えには隙が少ない。
練習用の短剣を両手に一本ずつ持って対峙するシューゴも、隙の少なさから実力があると察して構えを取る。
「勝負は先に一撃入れた方が勝ちということで」
「魔法の使用は?」
「体を強化する魔法はお持ちで?」
「あるぞ」
「では、体を強化する魔法を一つだけ使用可能ということにしましょう。コトネ殿、合図を頼みます」
簡単にルールを決めて対峙し、開始の合図を待つ。
見ているだけのカズトとトシキとアカネもどうなるのかと見つめ、周囲で鍛錬をしていた生徒数人も興味半分で見物しようと視線を向けている。
「……始め!」
双方の準備ができているのを確認したコトネが合図をすると同時に、まだ少し浮かれていたシノブの表情が瞬時に引き締まって魔法を唱える。
「からだをつよく!」
(身体強化!)
ほぼ同時に身体能力を向上させる魔法を発動させ、両者の激突が始まる。
初手は一気に距離を詰めたシノブの横薙ぎ。シューゴはそれを受けることも避けることもせず、前へ出ながら身を低くして剣を潜り抜け懐へ跳び込む。
「おぉっ!?」
思わぬ行動に驚きつつも、体はしっかり反応して迫る短剣を防御。
続けてもう一方の短剣が迫ってくるが、これはバックステップで回避する。着地の際に少し体勢が崩れかけるが、構わず前へ飛び出して攻撃を仕掛ける。
攻撃的なシノブの戦い方に対し、シューゴは攻撃を回避しながら死角へ回り込もうとしたり、フェイントや速さの緩急で揺さぶったりしながら懐へ跳び込むタイミングを計って応戦する。
しかしシノブもよほど鍛錬を積んできたのか、フェイントや緩急に戸惑いつつも反応して攻撃を防いでいく。
双方の動きに見学している生徒達も関心の声を漏らし、何か学び取れないかと目を凝らして二人の動きを観察する。
(動きが速い! 攻撃が当たらないし、防御も反応するのでギリギリ!)
攻撃的弾幕で攻めさせない防御をしようとしているものの、その弾幕を避けられ懐へ跳び込まれているシノブは自分の不利を理解する。
一方のシューゴは懐に跳び込めてはいるが、辛うじて防御されるか避けられてしまう。
だが苛立つことはなく、冷静に観察して突破口を探す。
(反応できているけど、体だけで思考が追いついてない。どこかで隙ができるはずだから、それを見つけるんだ)
シノブの表情や体運びから意図的に防御や回避をしているのではなく、反応だけでそれをやっているのを察し、動きを観察しながら戦闘を継続。
その最中に頭に過ぎるのは、コタロウから聞いた対人戦闘時の教えの一つ。
『体が反応できていても思考が及んでいないのなら、どこかしらに隙が生じるものです』
思考の外側での行動を肉体が取っているからこそ、頭と体が再連動するまでに僅かな隙が生じる。
中には本能で動いているような人もいるが、人間である以上はどこかでそれが起きないはずがない。
一瞬ならともかく、両方を完全に切り離せないのが人間なのだから。
そんな教えを思い出し、隙を探りながら攻撃をしているうちにそれを見つけたシューゴは、左右のステップで揺さぶった後に急加速で一撃。
思考が及んでいない肉体のみの反射的な防御を誘発させ、それによって防いだ直後の隙を突いて喉元へ短剣の刃部分を押し当てる。
練習用のため傷はついていないが、本物だったら間違いなく首を掻っ切られていたであろう。
「……参りました」
悔しそうな表情で潔く負けを認めたシノブは剣を下ろし、シューゴも押し当てていた短剣を引く
見物人達は良い勝負だったと口にしながら解散して自分の鍛錬へ戻り、カズト達は小さく拍手を送った。
しかしシューゴは勝利という結果ではなく、内容が気に入らなかった。
シノブの反射的防御からの隙を見つけられてそこを突けたものの、見つけるまでに時間がかかり過ぎている。
もしもこれがコタロウとの訓練だったら、間違いなく遅いと叱責されていたはずと思いながら反省する。
(もっと早く見極められるようにならないと)
教わったことを実践できるようになっても、それが満足できるレベルに達していないと意味が無い。
初めて見極めが出来た時にコタロウから釘を刺された事を思い出していると、首を傾げたカズトが尋ねる。
「どした? なんか浮かない顔してっけど」
「ん? いや、師匠を思い出していただけさ。師匠なら、隙を見極めるのが遅いって一喝しそうだなって」
「今のでかよ。厳しい人だったんだな」
そうなんだよと呟きながら半笑いを浮かべていると、シノブは目を爛々とさせていた。
「今の動きでも満足しないとは。鍛錬への心掛けだけでなく、その高い志は見習わせていただきたい。私も負けぬよう、さらなる精進を重ねます!」
強さよりも内面的な部分に感心を示したシノブは、早速とばかりに素振りを始めた。
「……なんか、急に燃えだしてるんだけど?」
「あ、あの、シノブちゃんは、ああいう子なんです」
「入寮した昨日も、これから頑張るぞって気合いを入れたかと思ったら飛び出して行って、門限ギリギリまで外を走り回ってたからね」
アカネの説明にコトネが補足をすると、熱心に素振りをするシノブの姿にシューゴ達は無言で納得した。
「そんじゃ、俺達も素振りやるか。トシキ、もう充分休んだだろう?」
「分かってるよ」
できればもうちょっと休みたかったと思いつつ、立ち上がって練習用の槍を取る。同じくカズトは剣と盾を、コトネは細剣を、アカネは弓矢を取って鍛錬を開始。
シューゴがやっているように誰かと戦っているという想定で武器を振り、アカネは自分が動きながら的へ向けて矢を射る。
時折挟む休憩中は技術的な話をして親交を深めた六人は、鍛錬を終えると練習用の武器を片付けて一緒に寮への帰路につく。
寮は男女で分かれているが、冒険者学校からの道のりは途中まで一緒になっている。
「ちょっとトシキ。男ならあれくらいの鍛錬でフラつかないの」
足取りがフラフラになっているトシキの背中へコトネが平手で叩いて気合いを入れるが、そんな事で足取りは回復しない。
「無茶言わないでよ。姉さん達が来る前に、散々走らされたんだから」
「正直言うと、オレも結構キツイ」
言い訳を口にするトシキに同意するようにカズトも頷き、震えそうな足を叩いて喝を入れる。
「カタギリ殿は入学前からそのような鍛錬を?」
「師匠がそのまた師匠から教わった事を、考え方も含めて叩き込まれたよ。今思えば、かなりのスパルタでな……」
「た、大変、だったんだね」
遠い目をして半笑いするシューゴの様子に、アカネはそう返すことしかできなかった。
訓練内容が気になりつつも、聞いたらいけなさそうな雰囲気に少年少女は口をつむんだ。
実際のところは体だけでなく頭でも訓練させられ、スパルタどころか地獄の一歩手前とも言えるほどだった。
おかげで強くなれた上、より強くなるための教育もしてくれたので文句は無いが、理不尽だと思った事は何回かあった。
その度にコタロウは、まるでシューゴの心情を察したように告げる。
『まだシューゴ殿は知らないでしょうが、世の中には理不尽や不条理や横暴といったことがどこにでもあります。そういった事に遭遇しない人生は、無いと思ってください』
今のうちに理不尽を経験しておけば、将来同じ場面に遭遇しても落ち着いた対応ができますと言われ、そのための精神修業も兼ねているからと訓練は続行された。
「ま、まあ、元気出せよ。実際、理には適っているし、お前も説明に納得していたんだろ?」
「なんか今になって、上手く口で丸め込まれていたような気がしてきた」
本気でそう思っている訳ではなく、コタロウにそんなつもりが無いのはシューゴにも分かっている。
しかしそれはそれ、これはこれ。頭では分かっていても感情まではそうはいかない。
なんだかちょっとイラついたシューゴは、気分任せにトシキとカズトに声をかけた。
「カズト、トシキ。この苛立ちを発散するために寮までダッシュするから、鍛錬がてらちょっと付き合え」
横暴とも受け取れる発言にカズトは戸惑い、襟を掴まれたトシキは反論に出る。
「えっ?」
「ちょっと待ってよ! この脚の状態でダッシュなんかしたら、一歩も動けなくなるよ! それに人通りが割と多いし」
「それを避けながら走るんだよ、さっき森の中を走るって想定したように。俺も師匠にやらされたから大丈夫だ、行くぞ」
「大丈夫の根拠になってないよそれえぇぇぇぇっ!」
必死に反論しながらも襟を掴まれ走らされるトシキを憐みながら、二人の後を追うためにカズトはお先にと告げ、後を追って走り出す。
慣れた様子で行き交う人々を避けながら走るシューゴに引っ張られているトシキは悲鳴を上げ、カズトはぶつかりそうになりながらもどうにか避けて後を追う。
残されたコトネとアカネは呆気に取られ、シノブは何故か目を輝かせる。
「なるほど、このような場も鍛錬の時間として有効活用するとは。では私も!」
「えっ? マジで?」
本気かと尋ねるコトネへ何も返さずシノブは走り出す。通行人を避けたら荷車とぶつかりそうになって、驚きの声を上げながらも避け、また走り出すシノブをポカンとしながら見送ったコトネとアカネはしばし沈黙する。
「……アタシ達はゆっくり帰ろうか」
「そうだね」
二人はそう言葉を交わし、ゆっくり歩いて寮へ帰った。