冒険者学校入学
冒険者学校の入学試験は、筆記試験と体力測定によって行われる。
それを突破した新入生達は入学式前日までに寮へ入るため、荷物を手に家を出て寮へ向かう。
冒険者という職業は他者とのコミュニケーション能力が必要なため、寮での共同生活でそれを学んでほしいという創立から続く伝統に従い、シューゴは必要そうな物を「収納空間」の中に入れて寮へ向かう。
手ぶらで現れたために寮の管理人からは不思議がられたが、「収納空間」を展開して物を取り出して見せると無詠唱で魔法を使った事に驚かれつつも、手ぶらの理由に納得してくれた。
「これが君の部屋の鍵だよ。同室の子はまだ来ていないけど、仲良くね」
「はい。ありがとうございます」
鍵を手渡してくれた管理人へお礼を言い、廊下を移動して鍵に刻まれた番号の部屋へと向かう。
途中ですれ違う上級生や同級生らしき面々と挨拶を交わしているうちに部屋へ到着し、鍵を開けて中へ入って室内を見渡す。
部屋にあるのは三人分の勉強机と椅子と三段ベッド、タンスに大きめの引き出しに丸卓と椅子。
三人部屋だから同室なのは二人いるんだろうと考えていると、扉が勢いよく開かれた。
「オッス! お前もこの部屋なのか? これから一緒だからよろしくな!」
扉が開いた勢いと同じくらい元気よく挨拶していたのは、荷物が詰まった大きなリュックを背負った背の高い金髪イケメン。体つきはしっかりしていて、重そうな荷物を軽々背負っている。
「ああ、そうだ。俺はシューゴだ、よろしく」
「カズトだ。仲良くやろうぜ」
家名は名乗らず名前だけ名乗ったシューゴは差し出された手を握り、しっかりと握手を交わす。
その二人の手には指貫の手袋が身につけられており、それを見たカズトは笑みを浮かべた。
「お前もちゃんとやってるんだな、そういうの」
「冒険者としての基本だからな、これくらいはやって当然だろ」
「だよな。やっていないとしたら、文字数や魔法数を自慢したいアホだけだろ」
対人戦が想定される国防軍や冒険者といった職業では、相手に文字数や魔法数を知られないように手の甲を隠すのが基本とされている。
そうすることで文字数から魔法を推測されたり、どのような種類の魔法を持っているかを戦闘中に観察されて戦術を予測されたりするのを防ぐ。
「ところでお前、荷物は? もう片付けたのか?」
背負っていた荷物を下ろして肩を回すカズトに、ちょっと得意気な表情で「収納空間」を使ってみせる。
「おぉっ!? お前、収納系の魔法創っていたのかよ。しかも無詠唱ってマジかっ!」
オレも創っておけば良かったとカズトは言い、荷物を端に寄せて丸卓の方にある椅子へ座る。
「なあなあ、どうやって無詠唱使えるようになったんだ?」
「毎日魔力の制御鍛錬をしていたら、使えるようになってた」
同じ丸卓の椅子に座りながら質問に答えるが、同じく毎日欠かさず魔力の制御鍛錬をしているカズトは納得しなかった。
自分もやっているができないと言うので、より詳しく説明すると身を乗り出して驚く。
「はぁっ!? 動きながら魔力の制御って、それメチャクチャ難しいって冒険者だった叔父さんが言ってたぞ!」
「そう言われても、実際にできちゃってるし……」
「マジかよ。そんな四六時中魔力の制御鍛錬やっていれば、無詠唱ができてもおかしくないな」
オレは試しにやってみて三日で辞めたぞと言うカズトに、自分は一年かけてできるようになったと教えると丸卓に身を預けてマジかと呟く。
「一年でできるようになったのもスゲェけど、一年も諦めずに続けた事もスゲェな」
「文字数が大したことないから、こういった事で補おうと頑張ったよ」
大したことないどころか、最低タイであることまでは口にしようとしない。
カズトも初対面相手にそこまで追及するつもりは無く、そうなのかとだけ返す。
「辛抱強いんだな、お前」
「ムキになっていただけだよ」
室内の雰囲気が穏やかなムードになってきたところへ、再び部屋の扉がノックされた。
三人目のルームメイトかと二人が視線を向けると、その人物は軽い声質で失礼しますと言って扉を開ける。
現れたのは目の真上まで伸ばした前髪を右側に寄せている少女のような見た目をした、短パン姿の茶髪の少年。ここが男子寮でなければ彼を少女と間違えてしまってもおかしくないほどの外見に、一瞬カズトは見惚れてしまう。
「えっと、今日からここで一緒に暮らすトシキっていいます。よろしくお願いします」
丁寧に腰を曲げて挨拶すると、思わぬ外見に呆気に取られた二人も挨拶する。
「シューゴだ、よろしく」
「オレはカズトだ。でさ、早速だけど一つ聞いていいか?」
「なんですか?」
声質だけでなく外見も首を傾げる仕草も少女っぽいトシキに、当然といえば当然の質問をカズトはぶつける。
「お前、本当に男か?」
「男だよ! 過去に何度も間違えられて、その度に説明しても信じてくれなかった事は多々あったけど、僕は生まれた時からまごうごとなき男だよ!」
両の握り拳を胸元にやって否定するが、そういう仕草が少女っぽくてイマイチ説得力に欠けてしまう。
声質がもう少し低ければまだ納得できるとシューゴが思っていると、何かを考えていたカズトがトシキに顔を近づける。
どうしたんだと見守る中、カズトは真面目な顔でトシキに尋ねた。
ちゃんとついているのかと。
「つ・い・て・る・よ!」
強い口調でムキになって主張するが、声が軽いため凄味に欠ける。
それでもこれ以上怒らせるのは拙いと判断したカズトは、分かった分かったと言って両手を小さく挙げた。
「分かってくれればいいんだよ」
数回頷いたトシキは、廊下に置いていた大きな肩掛けバッグ二つを担いで部屋へ入る。
「あっ、お前も収納系の魔法は創ってないんだな」
「ということはカズト君も?」
「おう。すっかり創るの忘れてたぜ!」
胸を張って清々しい表情で告げる姿に、威張れることでもないはずなのに、何故胸を張っているんだろうと二人は思った。
「シューゴ君は収納系の魔法を創ったの?」
「ああ、必要になると思ってな」
「しかもこいつ、無詠唱で使ってんだぜ。凄くね?」
「嘘っ! もう無詠唱で魔法使えるの!?」
これはまた説明をすることになるんだろうなと思いながらシューゴは頷き、本当に再度の説明をすることになった。
「うわぁ、僕にはとても無理だよ。できるようになるまで一年も続けるなんて、とても真似できないよ」
「だろだろ? シューゴは辛抱強いんだよ」
「だからムキになってただけだって」
先ほどと同じような話になっている三人の雰囲気は幸先良好。
これから共同生活を送る以上は良好な関係を築きたいと思っていた三人は、なんとかなりそうだと揃って思った。
「そういやさ、二人はなんで冒険者になろうと思ったんだ?」
定番と言えば定番の質問に、まずは言いだしっぺのカズトが自己紹介も兼ねて説明する。
彼は帝国内でそこそこ有名なアズマ商会の五男で、冷や飯食いになるつもりはなく、金の世界も性に合わないからと冒険者の道を選んだ。
国防軍を選ばなかったのは規律が厳しそうだからと言い、想像以上に規律が厳しいと愚痴を言っていたマサヨシを思い出したシューゴはその時のことを話した。
「へぇ、シューゴの兄さんは防衛学校に行ったのか」
「将軍になるんだって勇んで入学したはいいけど、やたら座学はあるし規律は厳しいって、長期休みで帰ってきたらよく愚痴ってたよ」
「やっぱりか。冒険者選んで良かったぜ」
ホッとした表情をしたカズトは背もたれに寄り掛かる。
自己紹介はそのままの流れでシューゴへ移行。
四男とはいえ子爵家の出身と聞いて少々驚かれたが、冒険者には身分など関係ないためカズトもトシキも気にせず会話を続ける。
冒険者を目指す理由で家を継げないのと、組織に縛られたくないからということは普通に受け止められたが、組織に縛られたくない最大の理由が自由に本を読む時間を確保するためだと言うとカズトは爆笑し、トシキはちょっと困ったような反応を見せた。
「家や組織に縛られたくないのは分かるけど、自由に本を読む時間を確保したいからって……」
「訓練をつけてくれた元冒険者が言うには、どんな理由であれ生きて帰りたい理由があるのは大事なんだってさ」
だからってそれはどうかなと頬を掻くトシキの隣で、まだカズトは腹を抱えて爆笑していた。
ようやくそれが治まった頃にトシキの自己紹介が始まり、ムナカタ男爵家の三男で双子の姉に引っ張られる形で冒険者を目指し、二人揃ってここへ入学したと説明する。
「姉に引っ張られてって……。お前、人のこと言えないだろ」
「分かってるよ。でも厳しい国防軍でやっていける自信は無いし、それに経済学校の方も……」
文官として城で働くという選択肢もあったのだが、そのためには経済学校に通う必要がある。
しかし経済学校は一種のエリート校で、入学試験も授業も難しい上にその憂さを晴らすためにいじめが横行して時折問題になっている。
勉強もそうだが、いかにもいじめられそうな容姿の自分ではやっていける自信が無いとトシキは言う。
「あぁ、確かにトシキはイジメの標的にされやすそうだな」
「つうか放課後に空き教室に連れ込まれて、掘られそうだよな」
「冗談でもやめてよ! そういう風に言うの!」
掘るの意味は分かっているんだなと二人は思いながらも、それについての追及はせずにおいた。
(そういえば兄さんも……)
経済学校を卒業した兄のシューイチから同じような話を聞き、標的にならないように立ち回るのに苦労したと話していた記憶を思い出す。時にはいじめられた側が復讐心で魔法を相手へ使い、大騒ぎになってしまったという話も。
次男のツグトも同じ学校に通っていたが、四文字しかないシューゴをいないものと思い込んでいる彼は学校の事など話すはずが無いため、何も聞いていない。
「まあなんだ、せっかく同室になったんだし仲良くやろうぜ」
そう締めくくったカズトに二人も頷き、三年間の共同生活が始まる。
翌日の入学式に持って行く物は無く、学生服も無いため服装は動きやすければそれで良し。授業は入学式の翌日からなので、何一つとして必要な物は無い
要は遅刻さえしなければそれでいいため、三人は翌日に備えて何かを準備する事もなく雑談に興じている。
入学前にどういう鍛錬を詰んだのかという話をしたり。
「えぇっ! シューゴの師匠って元Bランク冒険者なのかっ!」
「元が付いたのはついこの間、俺への指導が終わって引退してからだけどな」
「マジかよ、ほとんど現役じゃねえか。オレが鍛えてもらった叔父さんは、Dランク止まりだったぜ」
「僕が指導してもらったのは、元Cランクの人だったよ」
「まあ、あの人の訓練は結構……いや、かなり内容は厳しかったけどな……」
何の武器を使っているのかという話をしたり。
「俺は短剣での二刀流だ。一刀でもいけるけど」
「オレは定番の剣と盾」
「僕は槍だよ。あっ、なんか僕達の組み合わせちょうどいいかもね」
どんな魔法を創っていきたいと思っているのかを話したり。
「冒険者ならやっぱり攻撃系の魔法主体だろ!」
「僕は補助系の魔法を主体にしたいな。状況に応じて臨機応変に使い分けするようなのをさ」
「俺はバランスよく創りたい」
あらゆる話題で喋る三人は概ね良好な友人関係の出だしを切り、そのまま翌日に寝坊しないくらいまで喋り続けた。
****
翌日。校庭での簡単な入学式が終わると、各々が入試の成績によって決定したクラス分けに従って教室へ向かう。
どうやらクラス毎に寮の部屋割りを決めたようで、シューゴ達は揃って同じクラスになった。
席は自由なため三人は他のクラスメイト達が部屋毎に固まって座っているのと同じく、三人分空いている席へ固まって座る。
「やっぱ皆、手袋とかしてるんだな」
辺りを見渡してカズトが呟いたように、男女問わず全員が手袋をつけたり薄手の布を巻いたりして手の甲を隠している。
理由はシューゴ達と同じく、文字数や魔法数を見られないようにするため。
「叔父さんが言うには、そういうのをやっていない奴は入学初日から見込み無しって判断する教師もいるって噂だ」
周囲に聞こえないよう、注意しながら小声で言うカズトにトシキは首を傾げる。
「なんで?」
「見習いのうちから冒険者として当たり前のことをできないのは、冒険者を舐めているからだってさ」
「なるほど。仕事を舐めている奴は、長続きしないってことか」
納得したシューゴが頷きふと視線を外すと、目の前にいるはずのトシキの姿が何故か別の席にあり、そこで二人の女子と喋っている。
一瞬目を疑い、視線を戻してトシキがすぐ近くの席にいるのを確認して、改めて視線を向けるとやっぱりそこにはトシキがいた。
どういうことだと首を傾げている最中、ある事を思い出す。
トシキは双子の姉に引っ張られる形で冒険者の道を選び、二人揃ってこの学校へ入学したと。
(ということは……)
よくよく見れば顔も髪型も上着も何もかも同じに見えて、いくつか違いがあった。前髪がトシキとは逆の左側に寄っていて、数本が重力に逆らうように上を向いて立っている。それと女子だから当然だが、上着は同じでも下はスカートで胸元が少し膨らんで見えた。
「なあトシキ、あそこにいるのが双子の姉か?」
「うん? あっ、そうだよ。同じクラスだったみたいだね」
「うわ、マジでそっくりだな。前髪以外は全部同じじゃんか」
シューゴ達が話題にしていると向こうも気づいたのか、トシキを指差して会話をしている女子二人に説明している様子が見れた。
席を立ってこっちへ来ようとしたが、髪が外側に跳ねている穏やかな雰囲気の女性教員が入室してきた。しかし、その教員は女性ではなかった。
「はぁい、新入生の皆さん。楽しい会話をしているところを悪いけど、静かにして席に着いてちょうだぁい」
雰囲気と同様に口調も穏やかなのだが、声質は男性のそれ。
誰もが戸惑いながらも席に着くと、教壇に立った教員は自己紹介を始めた。
「私があなた達の担任のユウよ。あまり怒らないけど、だからって調子に乗っておイタをしたら容赦しないからよろしくね」
よく見れば線が細い男性に見えなくもない外見をしているユウの自己紹介に、生徒達は容赦しない時は何をされるんだろうと誰もが思い不安を覚える。
特にメイクもしていないナチュラルオネェは、早くもクラスの手綱を取ることに成功していた。
「知っての通り、今日は授業が無いわ。自己紹介とぉ、校庭に出ての簡単な実力の披露をしてもらうだけよ」
微笑みながらそう言うと、端から順に自己紹介をさせる。
名前と出身、それから冒険者を目指す理由という無難な内容を並べての自己紹介にユウはうんうんと頷きつつ、出席簿らしき物に何かしらを記入していく。
シューゴも同じような無難な内容だけを並べ、冒険者を志す理由に関しては家を継げないのと組織や貴族のしがらみに縛られたくないからと本の件は伏せて述べた。家を継げないからという点はともかく、組織や家に縛られたくないという点は、貴族家出身の数名から同意するような反応が見られる。
しかし、最も強い反応があったのはトシキの自己紹介。特に性別が男だと告げた時は、分かっているシューゴとカズトと双子の姉である女子は必死に笑いを堪え、ざわめく女子や驚愕に包まれる男子の反応を楽しんだ。ユウが目を輝かせてニコニコしていたのは、誰もが気にしない振りをする。
そうして全員の自己紹介が終わると、実力披露のために再度校庭へ移動をする。
「トシキ、その人達がルームメイト?」
移動の最中、トシキの双子の姉が先ほど喋っていた女子二人を連れてシューゴ達に声を掛けてきた。
「そうだよ、姉さん。さっき自己紹介で聞いたと思うけど、シューゴ君とカズト君」
紹介されたシューゴは軽く会釈し、カズトはよろしくなと親指を立てた右手を前に出した。
「可愛い弟がお世話になります。さっき自己紹介をしたけど改めまして、コトネ・ムナカタです。こっちはルームメイトのアカネとシノブね」
コトネに紹介された二人がシューゴ達へ頭を下げる。
可愛いは余計だよとトシキは言うが、揺るぎない事実のため誰も聞いていない。
「は、初めまして。アカネ・ハシマです。よろしく、お願いします」
緊張気味のアカネは丸眼鏡をかけた、一見すると勉強家に見えるおかっぱ髪の褐色肌少女で、自己紹介では実家の宿屋を訪れる冒険者から色々な話を聞き、冒険者に憧れてそれを志すようになったと言っていた。
肌が褐色なのはそういう一族出身の母親の影響であって、日焼けしてなったのではないとのこと。
上着がやや大きめのため、両手が上着の袖に半分隠れている。
「先ほどの自己紹介でも申しましたが、シノブ・トウドウと申します。こうして出会えたのも何かの縁、互いに研鑽して高みを目指し――」
「シノブ、堅い堅い。もっと柔らかくいこうよ、柔らかくさ」
喋り方が堅いシノブは腰まである黒髪をローポニーにまとめていて、実家の剣術道場で鍛えた腕で食べていくために冒険者を目指して入学したという。
本人は喋り方を指摘されると、もう身についてしまっているので気にしないでもらいたいと返す。
「まあ、こんな子達だけどよろしくね。あっ、そうそうカタギリ君だっけ? アタシも家、というか貴族のしがらみとかに縛られたくなくてここに来たから、アタシ達は同志ね」
縛られたくない理由は違うが、わざわざ説明しなくていいと思ったシューゴはそうだな、とだけ返しておいた。
「特に、変な家や変な男に嫁入りしたくないから、だっけ」
「そういうこと。ところでさ、男子寮ってどんな感じなの?」
双子でもトシキとは違いハキハキした態度と口調に、シューゴとカズトはこういう正反対みたいな双子って本当にいるんだなと思った。
校庭に着くまでそれぞれの寮のことを話し、造りがほぼ同じだったことにコトネが少しつまらなさそうにしているうちに校庭へ到着。他所のクラスも離れた場所で実力の披露を行っており、魔法名を叫ぶ声や歓声が上がっている中を移動して空いている片隅へ集まる。
「じゃあまずはぁ、武器を使っての動きを見せてもらうわね。安全のため、ここにある木製の武器を使ってちょうだい」
予め置いてある箱の中にはあらゆる木製の武器があり、呼ばれた順に自分が使う武器と同じ物を取り出してそれを順々に使ってみせる。
順番が回って来たカズトは剣と盾を手に攻撃と防御をする動きをやってみせ、トシキは槍で突きや払いをする。
中には弓矢を使う生徒もおり、即席の的へ向けて矢を放って見事に命中すると小さく拍手が起きた。
自己紹介の時と同じく出席簿のような物に何かを記入をしていくユウは、次にシューゴの名前を呼ぶ。
短剣を二本手に取って前へ進み出て構えると、これまでとは違う雰囲気にユウの見る目が変わる。
「いきます」
合図と同時にコタロウとの訓練で鍛えた動きを見せると、クラスメイトからどよめきが上げる。
これまでのただ武器を使ってみせていた生徒と違い、まるで頭の中で誰かと戦っているのを想定しているかのように動く。その動きはまだ多少の粗は残っているが素早くキレもあり、フェイントを交えた動作や速度の緩急もコタロウから訓練をつけてもらう前とは比べ物にならない。
それを見ていたユウは面白そうに頷き、これまた何かを記入していく。
「こんな感じです」
「お見事。なかなかの動きよ」
動きの披露を終えると率先してユウが拍手して褒める。
思わず見とれていたクラスメイト達も、それに反応して遅れながらも拍手を送った。
「カタギリ君、今やって見せたようなやり方は誰かに教わったの?」
動きや戦い方ではなく、やり方と言った事に周囲は首を傾げる。
「入学前に訓練をつけてくれた師匠から、例え素振り一つでも目的意識を持たない鍛錬ほど、意味の無い鍛錬はないと教わりました」
それを聞いてシューゴの前に実力を披露した面々は、揃ってハッとした。自分達が披露していたのは、まさに意味の無い素振りじゃないかと。
まだ正式な冒険者ではないとはいえ、それを志しているだけに全員の心にこの言葉が響く。
「そのお師匠さんは良い方だったのね。皆も聞いての通りよ。後々教えるつもりだったけど、何も考えずただ武器を振ってもそれは回数をこなしただけのこと。一振り一振りに意味を持つことが、本当の鍛錬というものなのよ」
話を聞いてシューゴの前に披露した生徒は悔しそうに拳を握り、これから披露する生徒は気を引き締める。
そこから先の実力披露に、歓声や拍手は一切起きなかった。
誰もが真剣に披露している姿を観察し、披露する側も多少動きがぎこちなくなってしまっても何かしら考えながら武器を振るう。
ちゃんとその辺りをユウも見ていてくれており、好意的な表情で記入をしていく。
「はい、これで全員ね。今日は失敗しちゃった子も上手くいかなかった子も気にしないでいいわよ。まだ三年あるし、冒険者は引退するまで毎日が鍛錬なんだから、焦らずにやっていきましょう」
『はい!』
ユウの締めの言葉に全員揃って力強く返事をする。良い傾向だと感心するユウは、次に魔法の披露をしてもらうから魔法練習場へ移動すると告げて移動する。
魔法練習場は魔法に耐性のある壁に囲まれた空間になっており、離れた場所に放出系魔法の練習用に複数の的が設置されている。
「使う魔法は周囲に被害を出さなければどんな魔法でもいいわ、何か一つだけ見せてちょうだい。あそこに魔法に耐性のある的があるけど、だからって放出系に拘る事はないからね」
説明を終えると、先ほどと同じ順番で魔法の披露が行われる。
順番に前に出て自ら名付けた魔法名を口にしながら、ある者は体を強化して動いて見せ、またある者は火の玉を的へ向けて放ち、またある者は収納系の魔法を見せて中に入れていた物を取り出して見せた。
今後の魔法創りの際の参考にならないかと披露される魔法を見ながら、シューゴはどの魔法を見せようか迷う。
できれば放出系を全力で撃ちたいが、それだと的を破壊して学校へ被害を出しかねない。かといって既に別の生徒が披露した身体強化や収納系の魔法はインパクトが薄い。
せっかくの披露なのだから目立ちたいと思う辺り、やはりまだ十二歳の子供だった。
(となると「浮遊動盾」か「具現短剣」かな)
最終的に二つに絞って順番が来る直前まで悩んだ結果、魔力を武器にする「具現短剣」の方が目立つだろうと判断した。
「次はカタギリ君ね。魔法の方も期待しているわよ」
ウインクされたシューゴは若干の苦笑いを浮かべつつ前に出て、誰よりも注目を浴びる中で「具現短剣」を使って見せた。無論、無詠唱で。
それを軽く数回振ると短剣をもう一本作り出し、堅さをアピールするため叩いて見せた後で先ほどのように短剣二刀流での動きをする。
周囲は突如魔力が短剣の形に具現化することに驚き、やがてそれが無詠唱で魔法が発動したのだと理解して、短剣を具現化したことよりもそっちに驚く。
「……カタギリ君。あなた、無詠唱で魔法を使えるの?」
「あっ、はい。一応」
同い年で無詠唱を使えることに、既に知っているカズトとトシキを除くクラスメイト全員がざわめく。
どうして無詠唱ができるのかと追及するユウへ、前日にカズトとトシキにしたのと同じ説明をすると困ったような表情をされた。
「確かに動きながらの魔力の制御を三年もやっていれば、無詠唱で魔法を使えるのも当然ね。でもあなたね、ムキになっていたからって一年もやり続ける? 普通は一旦諦めて、通常の魔力の制御鍛錬を積み重ねてから再挑戦するものなのよ」
「それを知りませんでしたし、本当にムキになっていましたから」
「あー、うん。そう言われると、私はもう何も言えないのよね」
使った魔法そのものもなかなかの物だったが、無詠唱で使ったこととそれを出来るようになった経緯が魔法の印象を吹き飛ばしてしまった。
ある意味でインパクトを与えて目立つというシューゴの思惑は成功した。本人の意図とは別の形で。