訓練の日々
家庭教師がクビになって数日。
新たな家庭教師はショウマがまともな人間を見つけ、その人物にタイガとミユキへの教育を依頼。
さらにギルドを通してシューゴの修業をつけてくれる冒険者も見つかり、顔合わせをするために応接室でその冒険者の到着を待つ。
万が一に備え、室内には屋敷や外出時の警護に当たっている私兵が数名控えている。
「父上。修業をつけてくれるのはどんな方なのですか?」
「冒険者の間では少々名の通ったBランク冒険者の男だ。お前と同じ短剣を使うから、学べることは多いと思うぞ」
話を聞いて楽しみになってきたシューゴは興奮する気持ちを抑えるため、テーブルに置かれている紅茶を一啜りする。
そこへ冒険者を案内してきたと使用人が伝え、ショウマが入室の許可を出すと件の冒険者が一礼をしながら現れた。
「お初にお目にかかります。冒険者ギルドより依頼を受けた、コタロウと申します」
コタロウと名乗ったその男は背丈はあるがそこまで体に厚みはなく、短く切った髪と細い目が特徴的で穏やかな顔つきをしている。
しかし纏っている雰囲気は名が通っているというだけあって、後ろに控えている護衛よりも強いのが素人のショウマとシューゴでも感じ取れる。
安全のために武器は護衛に預けられ、丸腰だと分かっていても一瞬警戒してしまう。
「よく来られました。どうぞ、こちらの席へ」
「はっ。失礼します」
再度一礼したコタロウは向い合う席に腰を下ろす。
「既にギルドから聞いていると思うでしょうが、自己紹介を。カタギリ子爵家の当主で依頼人のショウマ・カタギリだ。で、こっちがコタロウ殿に鍛えていただきたい四男の」
「シューゴ・カタギリです。どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願い申す」
双方の挨拶が終わるとショウマとコタロウは依頼内容の確認へ移る。
教えてもらいたいのは主に戦闘関連。
冒険者に必要な他の知識や技術は冒険者学校に入ってからでも学べるため、知識面は予習程度で構わない。
期間は最長で冒険者学校の入学試験直前までだが、コタロウが充分だと判断すればその前に終了しても良し。
さらに報酬など細かい点を確認すると、まずは現在の力量を見せてもらいたいと言うコタロウはシューゴと共に庭へ移動。
軽く準備運動をして体をほぐした二人は、互いに刃を潰した練習用の短剣を両手に一本ずつ持って対峙する。
「ではシューゴ殿、好きなように打ち込んでください。ただし魔法は使わずに」
「はい!」
力みなど一切無い自然な構えを取るコタロウに対し、自己流の構えを取ったシューゴはマサヨシとの鍛錬と同じように接近して攻撃を開始する。
素早い速度と方向転換で翻弄しつつ、四方八方から緩急を付けての攻撃にコタロウはふむふむと頷きながら対処していく。
全ての攻撃を避けられるか防がれるかしているシューゴは、堅いと思っていたマサヨシよりさらに強固かつ最小限の動きで対処する巧さを持ったコタロウに驚いていた。
マサヨシが辛うじて反応して防いでいるのに対し、コタロウは余裕綽々。しかも品定めしながら防いで避けている。
これが腕利きの冒険者の実力なのかとシューゴは実感しつつ、可能な限りの攻撃を繰り返す。
「ふむ……分かりました、充分です」
そう言ってシューゴの攻撃を捌いて転ばせた。
「わっ!」
転んだシューゴはすぐに起き上がり、それを見て再度コタロウは頷き武器を収めるように言う。
双方が武器を収めると、今の手合せで出したシューゴへの評価を告げる。
「シューゴ殿、あなたは年の割にかなりの身体能力をお持ちですね」
「ありがとうございます」
早速褒められて幸先良いと思ったが、ド素人のシューゴ相手にそんなはずがなかった。
「ですが基本が全くなっていません。技術は完全な我流で粗く、さらに体ができていないので優れた身体能力を活かしきれていない。これに関して指導を受けていないのですから、仕方ないと言えますが」
「……はい」
なまじマサヨシとの手合わせで通用していただけに、少しだけ自信があったのだが、身体能力以外を完全否定されて落ち込む。
「さらには転倒した際の受け身も、直後の身のこなしもなっていません。あれでは追撃されて命を落とすのを保証します」
「……保証されたくない保証ですね」
「事実ですので受け入れてください」
「……はい」
全てが自己責任で、無茶をやって命を落としても文句を言えない職業。それが冒険者というもの。
故に命を落とす事は、冒険者にとって最も避けるべきことだとコタロウは説く。
危ないと察したら即逃げる。命あってのなんとやら。
「これは私の考えなのですが。冒険者が強くなるのは名誉を手に入れるためだけでなく、なによりも生きて帰るためです。そのために必要な力と技を、可能な限り指導します。とても厳しくなるでしょうから、覚悟してくださいね」
「よろしくお願いします!」
この日から開始された修行で課せられたのは、体を鍛えて体力をつけ、粗い技術を矯正するための徹底した基礎鍛錬。
実技訓練は肝心の体ができて、技術が整ってからでも遅くないというコタロウの方針により、ただひたすら基礎鍛錬を積むだけの日々。
しかもただの基礎鍛錬ではない。走り込み一つにしても何かしらの目的意識を持たせた変則的な走り込みをさせ、何のためにこういう訓練をさせているのか、この訓練にはどういう意味合いがあるのか。そういった事を考えさせ説きながらの訓練は体だけでなく、頭も同時進行で鍛えられている感覚をシューゴに与えた。
基礎鍛錬ばかりなのはともかく、思い描いていたのとは違う訓練形式にシューゴは疑問をぶつけてみた。するとコタロウは疲れて座り込むシューゴを前に説く。
「何をやっているのか、何のためにやっているのか。それを理解せずにやる訓練は訓練ではありません。ただの意味の無い作業です。体だけでなく頭でも理解することが、本当の意味で習得するということなのです。走るという行為一つにしても、何のために走っているのかを想定して意味を持たせて行うから、冒険者になった時に役立つんです」
説明を聞いたシューゴは、まるでコタロウが冒険者ではなく教師か学者のような錯覚を覚える。
この人は本当に冒険者なのかと思いつつも説得力のある説明に頷き、指示に従っての訓練を続けていく。
ある時はわざと庭を水浸しにして、そこに設置した障害物を避けながら走らされ。
「足場が悪いからなんですか? 環境はこっちの都合など知ったことではありません。こちらが環境や状況に適応し、相応の動きを取ればいいのです」
またある時は後ろから追いかけられながら石を投げられ。
「追跡者が逃走者へ魔法を撃ってくるのは当然でしょう。一瞬こっちを見た時の石の位置から軌道を読み取って、最適な回避をするのです。それか狙いを定められないよう、走り方を工夫しなさい」
またある時はどしゃぶりの中で走らされた。
「環境同様に天候も私達の都合など知ったことではありません。視界が悪いのは追っている相手も同じ、言い訳は通用しませんよ」
ここまでのコタロウの説明から分かるように、長距離を走る時は常に相手から逃走しているのを想定している。
というのも、先にコタロウが述べたように冒険者にとって大事なのは生きて帰ること。
危険と判断したら即時撤退は基本だが、その際に相手が追跡しないとも限らない。
対峙した相手を倒して帰るだけが生きて帰ることではなく、追跡から逃げ延びるのもまた生きて帰ることだと説明し、体力作りの走り込みがてら逃走の訓練をしている。
「逃走をただ逃げるだけだから簡単と思われては困ります。対峙していれば相手が自分の視界にいるので何をしてくるか分かりますが、逃走は相手に背中を向けます。つまり逃げる方向を確認しながら、追跡する相手が何をしてくるかも同時に確認しなければならないのです」
相手が追ってこない逃走なんて、ありえないと思うようにとコタロウは言う。
厳しくも生きて帰るための技術と知恵、それを可能とする体を作るための訓練をつけてくれていると思うと、成果が本当に出ているのかという疑問は吹き飛んだ。
腐っている暇は無い。ここまでやってくれているコタロウの訓練を無駄にしないため、将来冒険者として活動する自分のためにひたすら走って短剣を振るい、一つ一つの訓練の意味を頭で考え理解していく。
さらに、ただ考えて理解するだけでなく自分の動作を分かりやすく解説するように言われたが、どうしても感覚的な言い方や擬音が多くなってしまう。
「そんな教え方で分かる人はいません。いいんですか、真の理解とは自分が他人にも分かるように伝えられて初めて辿り着くのです。シューゴ殿のそれは頭で理解したのではなく、体で理解して頭で覚えただけです。本当の理解には辿り着いていません」
「そこまでやらなきゃダメなんですか?」
上手く説明ができず、痛くなった頭を抱えるシューゴの問いかけにコタロウは頷く。
「体と頭の両方で同時に理解してこそ、動作とは完成された物になるのです。頭で理解しても体が理解しなくては反応が遅れ、体で理解しても頭が理解していなければただ本能で動いているようなものです。私達は知恵と体の両方が備わっているからこそ、その両方で理解しなければならないのです」
改めてコタロウの教えの深さに感銘し、どうして冒険者をやっているんだろうかとも思えてしまう。
しかしシューゴは、今はそんなことを気にしている暇は無いと、他人の事よりも自分の事を優先して訓練に励む。
そうして月日は流れ、訓練開始から半年が経過した。
「……はあ」
この日の訓練を終えたシューゴはベッドに倒れ込み、そのまま眠る――ようなことはせず、「収納空間」の中から本を取り出して読みかけのページから読み進める。
コタロウの指導を受け始めてから既に半年。慣れた頃合いを見計らったように質が上がる訓練内容にベッドへ倒れ込まない日は無く、そんな状態でも本を読まない日も無い。そして魔力の制御鍛錬を欠かすことも無い。
「だいぶ慣れたなぁ、訓練しながらの魔力の制御も……」
ページをめくりながら、初対面の翌日から言いつけられたことを思い出す。
魔法も見ておきたいと言うコタロウに無詠唱で魔法を放って見せると、家族と同じように呆然とした。
しばしの沈黙の後、どうやって無詠唱で魔法を使えるほど魔力の制御鍛錬をしたのかと問われ、隠す事でもないので素直に答えた。
するとコタロウは。
『ならば訓練中も魔力の制御鍛錬をしましょう。冒険者を目指すのならば魔法の威力が強力でいて困ることはありませんし、強弱を自在に制御できるのも強みの一つになりますから』
使う魔力を調整して弱く放つことは技術があれば可能なのに対し、強く放つには質の高い魔力を多く使う必要がある。
それを鍛えられる魔力の制御鍛錬は冒険者や国防軍のような職業には必須で、引退するまでこれを続ける人もいる。
保有できる魔力量にはいずれ限界が訪れるが、魔力の精密操作と質の向上に限りは無い。
それを説明されたシューゴは言われた通りにするが、日常生活の中でやるのとは訳が違った。
激しい訓練の最中に魔力の制御をするのは困難で、動きながらの魔力の制御に慣れているつもりだったシューゴも双方を両立させるのに半年を要した。
その間もコタロウが訓練の内容を手加減することは無い上に、魔法の強弱をスムーズにつけられるよう魔法の訓練を追加する辺りが地味に鬼だったりする。
『常に命がけのような職業なのです。手心を加えて成長を遅らせるのは、百害あって一利無しですよ』
以前、手加減について尋ねた際にそう返されてシューゴは言い返す事ができず、むしろ自身の甘さを痛感して謝罪した。
「よし、寝よう。明日もあるし」
キリのいいところまで読み終えると本を閉じ、「収納空間」の中に片付けて眠りに着く。
疲労を吹き飛ばすように爆睡をした翌日はまた激しい訓練の繰り返しと、熱の入ったコタロウの指導の下でシューゴは鍛えられていく。
そうして一年が経った頃には、肌は日に焼けて冒険者志望らしい引き締まった体がだいぶ出来上がっていた。
背丈も十一歳の割に高めの方で、それでいて以前からある素早さや動きのキレは落ちずに向上している。
「もうちょっと、腕とか脚とか太くなるかと思ったんですが」
「シューゴ殿のような速さを主体とした動き回る戦い方をする場合には、太い腕や脚はかえって動きを阻害しかねません。筋肉というのは単につければいいものではなく、自分の戦い方に合わせたバランスが重要なのです」
なるほどと頷き、昨年同様に長期休暇で帰宅していたマサヨシの方へ視線を向ける。
細いながらも引き締まっているシューゴとは違い、隆起した筋肉で太さと厚みのある体つき。
相手の攻撃を受けて押し返すという、速さよりも力を優先した戦い方をするマサヨシにはあの鍛え方で間違っていないとコタロウは言う。
「加えて、彼はいずれ国防軍に入ることになります。おそらくは前衛部隊に配置されるでしょうから、重量のある鎧を身に纏って行動することになります。なので、なおさらあのバランスで正解なのです」
とにかく鍛えて太い手足を作るんだと思っていたシューゴはこの話を聞き、改めてコタロウの体つきを見る。
同じ短剣を使って速さを主体として戦う彼の体つきもまた、太くて厚いというよりもしっかり引き締まっている。
「師匠もそう教わったんですか?」
「そうですね。伸び悩んでいた頃に巡り会った師から、体つきのことだけでなく色々な事を教わりました」
厳しい人でしたよと遠い目をして言う様子に、どんな指導を受けたんだろうと恐ろしくも少し気になった。
「実を言うとこれまで君に行った指導は、全てその師からの指導や受け売りを参考にしたものなんです」
「そうなんですか?」
「特に学も無い、農家出身の私にこれほどの知恵があるはずがないでしょう」
苦笑して自虐ともとれる言い方をするコタロウに、思わずシューゴも苦笑いを浮かべる。
一体どんな人なんだろうと思い尋ねると、本人曰く三流の冒険者だったとのこと。
「貴族家出身で学は身に着けていたものの、後継者争いに敗れて致し方なく冒険者になったと聞きました」
元々冒険者になるつもりは無かった上、鍛錬など碌にしていなかったために三流止まりで終わったが、それはあくまで体が足りなかったから。
冒険者をした経験を通じて冒険者に必要な鍛錬方法は色々と考え出したものの、それを実行するだけの体が無かったために冒険者を引退。
その後は各地を放浪しながら伸び悩む若者や未知の原石に出会ったら指導をして、結果を出してきたら姿を消すを繰り返している。
「私がCランク冒険者になったら、師は姿を消してしまいました。今はどこで何をしているのやら」
感慨深げに語るコタロウによると、もう十年も前の話とのこと。
改めてどんな人物なのか気になったシューゴは、冒険者をやっていれば出会うかなと空を見上げながら思う。
「さあ、話はここまでにして今日の訓練をしましょう。体も技術もだいぶできてきましたし、そろそろ実践訓練を交えていきましょう」
そう言って刃を潰した短剣を取り出してシューゴに手渡すと、距離をとって対峙する。
「ここから先の訓練は体術だけではありません。体術で戦いながら、同時に魔法を使っての戦闘訓練となります」
「体術と魔法を同時に戦闘で使うための訓練、ということですか」
「その通りです。当然これまでより厳しくなりますが、そのために体力をつけて魔力の制御鍛錬をしてきたんですから、大丈夫ですよね?」
有無を言わさないと言わんばかりの笑みに、シューゴはこんな一面がある人なのかと思いつつ頷くしかなかった。
しかも始まったら始まったで、短剣と魔法との連携がイマイチ上手くいかない。
別々に使うのとは勝手が違うのに対応しきれず、体術は動きが中途半端になり、魔法は強弱をつけにくく想定より強くなったり弱くなったりを繰り返す。
「別々に使っていても、別々に対処されるだけで終わってしまいます。双方を組み合わせてこそ意味があるのです」
手本を見せましょうと、加減をして体術と魔法が組み合わさった攻撃をシューゴに繰り出す。
魔法で攻撃されたと思ったら、それは布石で本命は意識を逸らした隙に死角へ回り込むことにあったり、近接戦闘中に隙が見えたから反撃をしたらそれは大振りを誘う罠で、大振りで体がつんのめったところへ魔法で水を浴びてしまう。
「冷たっ!」
「これはあくまで一例です。どんな魔法を持っているか、どんな動きを出来るか、それらを踏まえて思考することでやり方は無限にあります。攻撃とはただ繰り出すのでは意味がありません。どのようにそれを確実に命中させるかを考え、戦術を創造するのが重要なのです」
今の解説を聞いて、これまでの訓練でその内容を考えさせて説いて頭と体に理解させた理由がようやく分かった。あれは単に訓練の意味合いを教えているのではなく、どういう事ができるのかを理解して行動に移せるようにするためだったのだと。
「創造的攻撃……」
解説を受けて頭に浮かんだ言葉を思わず口にする。
「その言葉が適確でしょうね。ですがそれを実現する前に、体術と魔法の同時使用をできるようになりましょう」
「はい!」
「さらに言うとシューゴ殿の魔法は威力が高いので、体術の最中でも強弱の調整ができるようにならないと味方を巻き添えにしますし、魔物との戦闘では素材を駄目にしますよ」
「……はい」
反論できない事実を突きつけられたシューゴは大人しく頷き、まずは動きながら魔法を自在に使えるようになる訓練から行うことになった。
それでいて基礎鍛錬をしながらの魔力の制御鍛錬は続けるように言うのだから、コタロウは隠れSなんだとシューゴは勝手に思いつつも、なんだかんだで訓練をこなしていく。
なお、この件についてコタロウ本人は後にこう語る。
「予想以上に飲み込みがいいので、どこまでやれるか楽しみになってつい調子に乗ってしまいました。結果的に著しく成長してくれたので、まあ良しとしてもらいましょう」
この事をシューゴが知ることは、生涯を通して無かったという。
「……今なら死ねる」
「死なないでよ、お兄ちゃん!」
「そうだよ兄ちゃん、まだ死なないで!」
訓練が終わって早々、部屋に戻ってベッドへ倒れ込み、息も絶え絶えなシューゴをタイガとミユキが励ます。
そんな弟と異母妹に無様な姿は見せられないと、なけなしの体力を振り絞って冗談だと強がる。
学力と運動は平凡だが外見は整っており、心根も良い二人を嫌う者は屋敷には少ない。
その二人の手の甲に浮かぶ数字はタイガが六でミユキが七と、これまた平凡だが外見がいいので、婚約に関する話が割と出ている。
なお、シューイチとツグトには既に婚約者がおり、子爵家子息ということもあってマサヨシとシューゴにもかつてはそういう声があったが、それぞれ国防軍入りと冒険者になることを宣言して以来は止んでいる。
「そういえば兄ちゃん、新しい魔法を創ったんだよね」
「見せて見せて!」
この一年の訓練の甲斐があったのか、数日前にシューゴが創れる魔法が八個から十個に増えた。
それを聞いたコタロウは、魔力の制御鍛錬を常に続けた成果だと言う。
既に新たな魔法を二つ創り、万が一の時に備えて残した空き二つを除けば使える魔法は八つになった。
「見せたいのは山々だけど……」
新しい魔法を創ったので試したいとショウマへ申し出た際、一つが放出系の魔法と聞いたショウマが威力次第では屋敷が危ないと言うので、どんな魔法なのか見ておきたいと言うコタロウと護衛を伴って帝都の外へ出て使う事になった。
一方は攻撃用というよりは戦闘を補助する魔法のため特に問題は無かったが、問題が有ったのは肝心の放出系魔法。
辞書で見つけたその言葉の意味を過剰に考えすぎ、物語の中にあった表現をより強くイメージし、またその言葉があまりに魔法に的確だったため完成してしまった魔法は、あまりにも強力すぎた。
「空に向かって撃たせて良かった」
「帝都の中で撃たせなくて良かった」
「坊ちゃんは魔王でも目指しているのですか?」
その魔法を見たショウマとコタロウと護衛の一人はしばし呆然とした後、表情を引きつらせながら口々にそう言った。
使った本人も想像を遥かに超えるその威力に、これはよほどの事が無い限りは使わないようにすると宣言。
一度創った魔法は削除することも、創り直して上書きすることもできない。そのため失敗作であろうとずっと魔法盤に魔法名は刻まれ、唱えればいつでも使えるようになったまま一生残る。
実際に使ってみて危険だと思った魔法も同様で、対策としては可能な限り使わないようにするしかない。
ショウマもコタロウも護衛達もシューゴの使わない宣言に全力でそうしろと同意し、さらにこれの件で帝都が騒ぎになった時は全力で口を詰むんだという。
「「駄目なの?」」
自身の外見の良さを分かっているのかいないのか、心を揺さぶる仕草で尋ねる二人にシューゴは一つだけと言って使って見せた。
(具現短剣)
頭の中で魔法名を唱えると、発動するために使った魔力が体の外に出て短剣の形となって具現化する。
念のために刃が無い状態で具現化したそれを手にして、軽く振って見せる。
「「なにそれ!?」」
「使った魔力を短剣として具現化する魔法だよ」
説明しながら短剣で壁を軽く叩くと音がして、ちゃんと武器として機能することをアピールする。
創った後でこれをコタロウに見せると、武器が破損して使えなくなった時への備えとしては充分だと評価された。
それを目的として考えていたシューゴは好評価してもらえた事が少し嬉しかった。その勢いのまま使った次の放出系の魔法が、喜びも微笑ましさも全てを吹き飛ばしてしまったが。
「もう一つは秘密な。これは絶対に秘密だ」
「えぇぇ。教えてよ」
「見せて見せて」
「駄目」
何故かシューゴによく懐いている二人のおねだりをどうにか退け部屋から立ち去らせると、なけなしの体力を使い果たしてベッドに倒れ、そのまま眠りだす。
こうして始まった新たな訓練の日々は、忘れかけていた一年前の日々を思い出すには充分だった。
終わった途端に倒れ込み、息を整えると辛うじて残った体力で汗を流して部屋に辿り着き、夕食まで眠り夕食を摂ったらしばしの休憩中に本を読んで眠る。
一年前にコタロウから訓練をつけてもらい始めた頃と同じ展開になりつつも、夕食後の読書は欠かさないシューゴもタフだった。
そんなある日の訓練の休憩中、シューゴは水を飲みながらふと思った事を尋ねた。
「そういえば師匠はこの一年、冒険者としての仕事はできていませんが大丈夫なんですか?」
「ショウマ殿からもらっている報酬があれば充分ですよ。それに後進を育てるのも仕事のうちです。後ですね、実はこの依頼を受ける前に受けていた依頼で、目をやってしまいまして」
少し寂しそうにするコタロウ曰く、仲間をかばって植物系の魔物の花粉を浴びてしまったのが原因とのこと。
神経毒の類だったそれはすぐに解毒したものの、花粉が目に入ったため視力に異常が出てしまった。
見えることは見えるのだが、どんなに快晴でも薄暗い洞窟の中にいるように暗く見え、さらに色の識別も少しおかしくなってしまっているとコタロウは話す。
「これでは冒険者としてやっていけないと思い引退を決意したものの、引退後の次の仕事はどうしようかと悩んでいたところにこの話をもらったのです。これなら少し目が悪くともできるだろうと」
話の内容に聞き入っていたシューゴは、そんな目で自分の攻撃を全て捌いていたのかと目を見開く。
これが本物の冒険者なのかと改めて実感させられる中、コタロウの話は続く。
「今になって思えば、ギルドマスターは私に指導者の道を勧めてくれたのかもしれません。この依頼が終わったら正式に引退して、ギルドで教官教育研修を受けようかと思っています」
冒険者の引退後の仕事の一つとして、後進の育成に協力するという道がある。冒険者学校の教員や、冒険者学校で学習せずに冒険者になった若者の目付け役をする、ギルド所属の教官が後進育成に関する主な仕事。
ところが引退後にこれらの仕事に就いたものの、実力はあっても指導力が足りなかったりモラルに欠けた言動をしたりするのが問題に上がった。
そこで取られた対策が教官教育研修という制度。
これを受けなければ冒険者学校の教員にもギルド所属の教官にもなれず、さらに研修中でも不適切と判断されれば容赦なく脱落させられてしまう。研修を終えた者はギルド御用達の指導者になるのだから、ギルド側も必死で教え不適切者を見抜く。
その甲斐あって制度ができて以降、指導者による問題案件は年間に一桁まで減少した。
「じゃあ俺は、指導の練習台という訳ですか」
「結果的にそうなってしまったのは謝罪します。ですが、決して手は抜いていません。引退前の最後の仕事と意気込んでいましたし、師からの教えを誰かに伝えたいと思っていたことに気づきましたから」
気づいた今でも今後のためにと意気込んでいますがねと言ったところで話は終わり、同時に休憩も終わって訓練再開。
コタロウのためにもしっかり強くなろうと思ったシューゴのやる気もあって、この後の訓練はいつも以上に熱が入ってしまい、日が落ちる頃にはクタクタでどちらも動けなくなっていた。
そしてさらに一年が経過し、コタロウの下で修業を始めて二年が経った。
契約の期間を終えたコタロウは去り際に、教えるべき戦いの基礎は教え終わったから、後は自分で創意工夫しやるようにと言い残した。
お互いの今後のためにと気合いと熱意と情熱を入れすぎたコタロウによる、量も質も濃密な二年間の訓練をやり遂げて。
この翌日。シューゴは冒険者学校の入学試験を受け、見事に合格してみせた。