明かしたくとも明かせないこと
ずっと秘密にしていた魔法の存在を明かしたシューゴを前に、返答を貰ったトシキはしばし黙った後に唾を飲む。
「……その魔法はどうして創ったの?」
「深い意味は無いさ。幼い頃に一番気に入っていた物語。それに出てくるドラゴンのブレスを、魔法で再現するならこういう風にしようって考えていてそれを実行しただけだ。尤も、創った後でイメージ内容と使った文字が過剰だった事に後悔したけどな」
創った後でそれを悔やんでも、一度創れてしまった魔法は削除することができない。削除する魔法も創ることはできず、一生その魔法を抱えて生きていくことになる。例え本人が望まない魔法になってしまったり、勢い任せに創ったほとんど役に立たない魔法であったりしてもだ。
一説には自身のしでかした過去を忘れないようにするために神々がそうしていると述べる高僧もいるが、その辺りについて魔法神は。
「削除しては創り直してたら、創れる魔法の数を有限にした意味が無いじゃない。有限だからこそ、それを活かすために知恵を絞って成長に繋がるのよ」
あくまで人類の成長に繋がる一環としてそうしただけであり、他に深い意味合いは無いと述べる。
それをこの世界の人類が知ることは永遠に無いだろう。
「本当、なんだね?」
「……ああ。仲間を欺いてまで隠すつもりは無い」
嘘を吐いて隠すことも出来たが、それを仲間達への裏切りのように考えるシューゴには隠すことができなかった。
冒険者学校時代から三年と少しという長い付き合いだからこそ、信じて喋る決断をした。
文字のことや隠していた魔法のことを明かしても、これまでの関係が壊れることは無いと信じて。
「他の皆にも後で話す。文字の事も含めてな」
「……分かった。でも一つだけ答えて。どうして今まで言ってくれなかったの?」
「特に聞かれなかったから」
あまりに単純な理由を即答で述べられたトシキは、一瞬体も思考も硬直する。
それが解けると、そういえばシューゴ君はこういう人だったと、聞かれない限りはあまり自分に関することを喋ろうとしないのを思い出す。
「そりゃあ、ねえ。聞くのはマナー違反だし……」
「だから俺も喋らなかった。それにせっかく皆と上手くやれてきたのに、この事が切っ掛けでパーティーが崩壊とか嫌だったから」
どこか照れくさそうに視線を逸らしながら喋る姿に、割とそういうのを気にしているんだと新たな一面を知り、僅かに抱いていた警戒心と恐怖心が緩む。
こういう人は人間関係に影響が出そうなことを避ける傾向があるのを、少なからず貴族社会に触れてそれなりに人を見てきたトシキは知っている。
影響が出るくらいなら下手に口には出さず、口を摘むんで今の関係を守ろうとする。
だからこそ口が堅いと信用できる反面、どうしても他人へ自分のことを喋ることが苦手な場合が多い。
聞かれない限り自分の事を喋ろうとしないのはこれが原因なのかもと思ったトシキは、同い年ながら頼もしく思えていたシューゴの意外な欠点とも言える事実を知って暖かい視線を送る。
「なんだ、その目は」
「なんでもないよ」
先ほどまで抱いていた恐怖心や疑問心は消え、仲間の新たな一面を知れた事に少しだけ浮かれながらトシキは席を立つ。
「さっ、僕らも魔力の制御鍛錬の続きをしようか」
「……だな」
暖かい視線はちょっと気になったものの、そういう所に突っ込めないシューゴは自分の中へ飲み込んで鍛錬の続きをするため外へ向かう。
文字の件はどう説明しようかと、頭の中で悩みながら。
****
その日の夜。パーティーメンバーを集めたシューゴは、改めてずっと隠してきた魔法の存在をトシキとのやり取りによる経緯付きで説明した。
最初はわざわざ集めて何事かと思っていた面々だったが、話を聞くと驚いたり呆然としたりした。
「えっ? マジで創ってあんの? そんな魔法」
「ああ」
驚きの表情のまま尋ねるカズトへ肯定の返事をする。
すると今度はコトネから質問が飛ぶ。
「命中さえすれば、狙った相手を跡形も無く破壊するって……。じゃあ周囲には?」
狙った相手だけにピンポイントで通用する魔法なのか、周囲にも何かしら被害が出る魔法なのか。
たったそれだけの違いだが、効果が効果なだけにその点の重要性は高い。
「そこまで検証していないから不明だ。狙った対象以下の耐久力なら同じく破壊されるのか、何の影響も無いのか、いくらかの余波を受けるのか、全く分からない」
一回使っただけでその恐ろしさを自覚し、立ち会った父のショウマと師匠のコタロウから使わないよう強く言いつけられた。
以来、頑なにそれを守り周囲にも秘密にしてきたため、さらなる検証には至っていない。
シューゴ自身もあまりの恐ろしさに、せめて検証ぐらいはしておこうという気にすらならなかった。
「それはそれで恐ろしい気がしますね」
「使う側としても、恐ろしくて使うつもりが全く無いからな。使わないのなら知らなくていいと、自分に言い訳してきた」
そうしてズルズルと検証をせずに今日まで過ごしてきた。
どれだけ危険なのか、使う上で確保すべき安全はどの程度必要なのか。そういった事が全く分からないでいることも、ある意味で恐怖を感じられる。
「ちなみに、試し撃ちでは何を狙ったの?」
小さく挙手をしながら、おそるおそるといった感じでアカネが尋ねる。
「安全のため、空にあったデカくて厚い雲。それが吹っ飛んだ訳でもなく、跡形も無くなっていた」
「大きな雲が……。うん? そういえば……」
答えを聞いたアカネは何かを思い出そうとする素振りを見せ、十数秒ほど考えた後に思い出す。
一時期帝都を賑わせた事件を。
「あっ! ひょっとして四、五年ぐらい前に帝都で騒ぎになった「天に伸びる光の柱事件」って!?」
「「「「あっ!?」」」」
突如帝都からそう離れていない場所に、僅かな時間発生した謎の光の柱。
上空にあった巨大な雲が消え失せ、すぐに柱自体も消えたその事件に当時の帝都はちょっとした騒動になった。
一部の僧侶達は魔法神様が降臨なされたとか、あそこにいた悪人に神罰が下されたとか言い出し、さらには我々の信心が弱いから神様がお怒りになっているのだとまで言って修行を激しくする僧まで出る始末。
当事者であるシューゴ達はとても本当のことを明かせなかったため、何かを聞かれたり噂を耳にしたりしても全力で素知らぬフリをして通した。
「……悪い」
自ら明かした以上は誤魔化さないシューゴは、視線を明後日の方向へ逸らしつつ謝罪する。
「うわぁ、あれがそうなのか。部屋で何気なく外を見ていたら、いきなり光の柱が現れたから何かと思ったよ」
当時の事を思い出したトシキが、思わずちびりかけた事は秘密にして当時の感想を述べた。
「外で素振りをしていたら突如出現したので、妙な声を出して驚いてしまいました」
「洗濯物を干していたら急にあんなのが見えたから、驚いて腰ぬかしちゃったよ……」
同じようにそれを目撃したシノブとアカネも当時の事を思い出し、ちょっと恥ずかしそうにしている。
「それでシューゴ。魔法の件は分かった。で、本当に文字の秘密を教えてくれるのか?」
「ああ。ここで秘密にせずちゃんと説明しておかないと今後のパーティー活動に支障が出ると思うし、俺自身にとってもいい切っ掛けだからな」
仲間として信頼して信用していつかは魔法と文字のことを話そうと思っていても、実際に話すとなると切っ掛けを掴めずにいた。
今を逃せばもう機会は無いかもしれない。そういうつもりでシューゴは「収納空間」の中から、五歳の頃に出会った老人に授かった数冊の辞書を取り出す。
「なにこの本? 見た事も無い文字なんだけど」
表紙に書かれている文字らしきものを目にしたトシキが首を傾げる。
「その文字が俺が四文字なのに完成度の高い魔法を創れた理由だ」
「どういうこと?」
パラパラとページを捲って見たことの無い文字の羅列を目にして難しい表情を浮かべていたアカネの問い掛けに、シューゴは誰も手に取っていない漢字辞典を手にして表紙にある「漢」の字を指差す。
「この文字は一つで二文字分の読みがあるんだ。しかも複数の読み方がある」
「「「「「えぇっ!?」」」」」
説明を聞いた五人は一様に驚く。
一文字で二文字分の読みがあるのなら、単純に考えても読みだけは倍の文字数を扱えることになる。
しかも複数の読み方があるということは、たった一文字で複数通りの意味を持たせられることにも繋がる。
決まった文字数以下で如何に上手く魔法名を作り上げるかがポイントのこの世界の魔法において、この文字を扱うことは大きなアドバンテージになる。
「ついでに言えば、一文字で三文字以上の読みがある文字もある」
「なんだそりゃ!? もう反則じゃねえか!」
「書いた上では四文字でも読んだ上では五文字以上になる。なるほど、それがシューゴ殿の魔法の秘密ですか」
驚きを隠せないカズトに対し、辞書の一つを開いて見ているシノブは冷静に分析する。
「こんな文字、誰に教わったの?」
「教わったというか、なんというか……」
語るのは五歳の頃にここへ来ていた時の出来事。
屋敷の裏にある雑木林で読書中、通りがかりの老人から数冊の厚い本を受け取った。
ところが中に書かれているのは見たことが無い文字ばかり。
老人曰く自分の一族の間にだけ伝わっている文字らしいが、これでは読めないと伝えると老人は書かれている文字に関する知識を魔法で授けてくれた。
そうした経緯を説明し終えると仲間達は関心しているような驚いているような反応を見せ、改めて辞書を開いて書かれている文字をまじまじと眺める。
「でも、全然読めないわね。ねえこれ、なんて書いてあるの?」
熟語辞典を見ていたコトネが適当に捲ったページから、これまた適当に文字を選んで指差す。
「ああそれは、――って読む……あれ?」
「どうしたのよ。早く教えて」
「あ、ああ。その文字は――。あれ? ――。――!」
指差された文字を読もうとしたシューゴだが、何度試みても辞書に書いてある内容を口にしようとする時だけ声が出なくなってしまう。
しかも意識的にそうしている訳ではなく、何かによってその時だけ声を遮られているような感覚がありシューゴは強い違和感を覚える。
訳が分からない状況に困惑していることで顔色は青くなり、何故声が出なくなるのかと不安に包まれていく。
「ど、どうしたの? 顔が真っ青だよ?」
不安そうな表情と顔色を心配したアカネの問い掛けに表情と顔色はそのままにシューゴは呟く。
「それが……。それに書いてある事を言おうとしたら、その部分だけ声が出なくなるんだ」
「えっ? なにそれ」
「分からないんだ! ふざけている訳でも、誤魔化そうとしている訳でもない。それの内容を喋る時だけ、何かに遮られるように声が出せなくなるんだ!」
訳の分からない状況に室内が戸惑いに包まれる中、最後に老人から言われたことを思い出した。
『一つだけ言っておく。さっきの魔法の影響で、お主はこの文字と言葉の内容を誰かに伝えることができんのじゃ』
言われた直後は意味が分からない上に本への興味が勝って深くは気にせず、成長してからは自分だけの秘密にしていたり、どうしてこんな便利な文字に関する情報が全く無いのかに疑問と不安を覚えて隠していたりしていて気づかなかったが、あの時に言っていたのはこういう意味だったんじゃないかとようやく気づく。
初っ端に大して気にしていなかったのに加えて誰にも話さないまま十年が経過していたこともあり、すっかり忘れていた事を思い出したシューゴは少し気まずそうに切り出す。
「なあ、一つ思い出した事があるんだけど……」
原因と思われる老人から言われた内容を説明すると、全員が納得した表情をする。
「それだろ」
「それだろうね」
「それね」
「それでしょうね」
「それだね」
「やっぱりそう思うか……」
順々に仲間達から返事をもらったシューゴは、こんな大事なことを忘れていたのかと軽く落ち込む。
その後、本当に伝えられないのかを確認するため言葉を口にする以外にも様々な方法を試してみることになった。筆記、書き出した一般的な文字から適合する読み方を順に指差していく、遠回しな言い方、果ては身振り手振りやトンツーによる暗号的な伝え方まで。
しかしどの方法でも声が出なくなったり体が動かなくなったりして、どうしても伝える事ができなかった。
そうしているうちに「シューゴは魔法を詠唱できるのか」という疑問が浮かび上がり、早速試してみたところこれは成功。「具現短剣」による短剣がシューゴの手に握られていた。
ところが、これはどの文字を使ったのかを伝えるとなると話は別で、文字を指差すことも仲間が指差した文字に首を横に振ったり頷いたりすることもできなくなってしまう。
他の魔法も同様で「感電地」や「浮遊動盾」や「収納空間」や「標的誘導」を詠唱して発動させることはできても、それがどの文字を使っているかは伝えられなかった。
「駄目だ、どうしても伝えられない」
思いつく可能な限りの手段で検証を重ねてみたものの、結果は全て失敗。試行錯誤を繰り返したシューゴ達はぐったりと疲れ切っていた。
気づけば、既に日付が変わっているぐらいの時間になっている。
「しかし、知識を他人へ直接与える代わりに誰へも教えられなくする魔法ですか。これまた不思議な魔法ですね」
どういう書き方をすればできるのかとシノブが首を傾げる一方で、トシキはある可能性を思いつく。
「ひょっとするとこの文字が広まっていないのは、そうした手段で伝えていたからかも」
誰にも教えられないからこそ、授かった人物から広がらずにいた。
あの老人だけがそういう魔法を創っていたのではなく、一族間で必ずそういった魔法を創っていたかそういう魔法の使い手が一人いて代々魔法と役目を受け継いできたから。そう推測すれば一応の辻褄は合う。
この推測に納得している様子を偶々見ていた神は、いい具合に勘違いしてくれていて助かると笑っていた。
「ということは、この文字は俺しか使えないってことか」
「授けてくれたお爺さんと、他にその一族の生き残りがいなければね」
彼らは知らない。その老人が実は神であり、一族というのは嘘で単にシューゴが前世で使っていた日本語と漢字の記憶を思い出させただけとは。
そのためこうした推測もされたのだが、生憎と大外れである。
「マジかよ。この文字を使えれば、五文字の俺でもスゲー魔法を創れると思ったのに」
「期待させて悪かった」
そういうつもりでなかったとはいえ、今のは失言だとシューゴ以外の面々がカズトを軽く睨む。
「いや、別にシューゴが悪いんじゃねえんだし謝るなよ。俺こそ悪かった」
仲間達の視線から発言の不味さに気づいたカズトはすぐに謝罪する。
それで視線は若干和らいだが、しばらくの間は向けられる視線が冷たいものになったことでカズトは肩身が狭い思いを味わうこととなった。
「ところでシューゴ君。魔法の秘密は分かったけど、これからこの文字はどうするの?」
話を文字の扱いへと切り替えたアカネの問いかけにしばし考えた後、できれば今後も秘密にしたいとシューゴは告げた。
こんな便利ながらも出どころ不明の文字を公表しても肝心の教える方法が全く無い。だからといってこれほどの膨大な数の文字を研究して解読するには相当の年月が必要になる上、辿り着いた読み方が正しいものとは限らない。
おまけに文字数至上主義者や文字数が少ない人々へ様々な影響が出ることを考慮すると、このまま秘匿して墓まで持って行った方がいいんじゃないかと考えた。
発生しそうな面倒事を回避することを優先した保守的な考えだが、そういった事が嫌で自由な冒険者という職業を選んだ彼らは一切反対しなかった。
「俺はそれでいいぜ」
「僕も」
「私もいいわよ」
「右に同じく」
「秘密にしておくね」
仲間達からも同意を得たシューゴは、もうこれは必要無いなと判断して辞書を全て「収納空間」へ放り込んでいく。
「そういえばシューゴ君って、冒険者学校に入学した時から無詠唱が使えたよね。ムキになって動きながらの魔力の制御鍛錬をしたって言っていたけど、本当は手にある文字数と声に出した時の文字数が違うのは変だって疑わないようにするため?」
トシキから投げかけられた新たな質問に、若干の期待が込められた眼差しを向けられたシューゴはちょっとだけ気まずくなった。
なにせ無詠唱を使った切っ掛けは魔法を家族の前で披露する時になって手の甲の文字数と詠唱時の文字数が一致していないのに気づき、ぶっつけ本番の一か八かで試してみたからだ。
ムキになって動きながらの魔力の制御鍛錬をしていたのは本当で、それが結果的に無詠唱での魔法の発動を成功させたので当時は喜ぶと同時にホッとしたものだった。
「ああ……それは、その……」
頬を掻きながら苦笑いして経緯を説明していくと、らしくない行き当たりばったりな行動にコトネとアカネは意外だという表情を浮かべ、僅かながらも抱いていた期待を裏切られたトシキからは肩を落としてがっかりされてしまう。
「そっかー」と普通に受け入れたのは、そこまで深く考えないシノブとカズトだけ。
「十歳でそこまで考えている訳ないだろう」
「だって普段のシューゴは、なんか色々と考えているじゃない」
「それは師匠の影響だ」
もしも師匠がコタロウでなかったら、今でも行き当たりばったりな行動を取っていたかもしれない。
そういう意味では考えるということの大切さを説かれたことは、その辺りの矯正にも役立っていた。
「本当にいいお師匠さんだったんですね」
「まあな。帝都に戻ったら一度会いに行こうかな」
もう三年以上会っていない師の顔を思い浮かべていると、ふと気づく。
「やべえ、皆そろそろ寝ておけ。でないと明日、いや今日の仕事に響く」
「「「「「あっ!?」」」」」
全員すっかり忘れていたが、もう日付が変わってそれなりの時間が経過している。
まだ空は暗いがもう数時間もしたら朝日が昇ってくるだろう。
さすがに徹夜で仕事は不味いと判断した一同、特に護衛の順番に当たるシューゴとシノブは慌てて睡眠を取るためにそれぞれの部屋で眠りについた。




