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四文字で魔法を創造して  作者: 斗樹 稼多利
15/45

冒険者へ


 訓練用ではなく、本物の短剣を手にしたシューゴはそれの前に立つ。

 しっかりと手入れがされていて切れ味がよさそうな刃をそれの腹部に当て、躊躇せずに一息で切り裂く。

 切り裂かれたそれの腹部からは赤黒い血液が流れ出て、短剣と手元を血で染めた。


「カズト、桶持ってこい」

「お、おう」


 少しビビった様子のカズトが桶を持ってきたのは、所々に血がしみ込んで滲んでいる桶。

 切り口から手を突っ込んだシューゴは、それの内臓を切り取って桶に放り込んでいく。


「うっ……」


 放り込まれた内臓を直視したトシキは気分を悪くして、体ごと視線を外す。


「こらこら、目を逸らしちゃ駄目よ。この後、ムナカタ君も解体をするんだから」


 通りかかったユウから注意を受けたトシキは、胃からこみ上げてきそうなものを堪えて飲み込んで表情を引き締め、改めて解体をするシューゴの様子を見る。

 あの事件から数ヶ月が経過し、もうすぐ一年目の終わりが見えて来たこの日の授業は解体の実習で、部屋毎に分かれて順番に解体を行っている。

 解体に使っているのはこの日のために教員達が狩ってきた野生動物で、現在シューゴが解体しているのはやや大型の鹿。それをコタロウと狩りをした時に、いい機会だからと教わった時の記憶と授業で学んだ知識を基に解体していく。


「できました」

「はぁい、どれどれ」


 解体を終えたシューゴの下へユウがやってきて、解体した鹿の状態を確認する。

 内臓の処理、肉と皮の状態、使った刃物に付いた血液はちゃんと拭い取ってあるか。それらを確認すると評価を伝える。


「一つ一つは丁寧にやっていていいわね。でも、肉から皮をはぎ取るのはまだまだかしら。途中で力の強弱や刃の角度が変わっているから……ほら、皮には少し肉が残っていたりむしり取ったような形跡があったり、肉の表面には切り痕や荒れている箇所があったりするわ」


 皮の裏面を広げて残った肉やむしられたような痕跡を見せ、続いて肉の表面を指差して指摘する。

 それはやっている最中にそうなってしまった自覚のあるシューゴも分かっており、しっかり指摘を聞いてそれに対するアドバイスに耳を傾ける。


「今指摘した点以外は問題無いわ。解体の実習はまだこの先もあるから、焦らずにしっかり練習する事ね」


 そう言い残すと、別の生徒に呼ばれたユウはその場を立ち去った。

 背中に向けてありがとうございましたと返したシューゴは、解体した鹿と道具を片付けて場所を開ける。そこへ今日の授業の手伝いをしている男性教員が近寄ってきて、次の子はこれねと言って収納系の魔法から猪を取り出しす。


「さっ、次はカズトだぞ」

「おう! 俺だって叔父さんとの狩りで解体は何度かやったんだ、やってやるぜ!」


 気合いを入れながら解体用の短剣を取り、手順を思い出しながら猪の解体を始める。

 少々手際は悪いが多少なりとも経験があるお陰で手元を誤っても慌てず、落ち着いて解体処理を続けていく。

 しかしそれを見ているトシキの顔色は冴えない。


「そういえばトシキは狩りの経験も無かったから、解体の経験も無いんだな」

「う、うん。でも一人前の冒険者を目指すなら、これくらいできないとね!」


 解体の技術は冒険者にとって必須事項の一つ。

 というのも、収納系の魔法には時間経過の有無に関係無く容量に限界があるからだ。

 そのため、少しでも多くの物が入るようにするために倒した魔物や動物を解体し、不要な箇所はその場で処分するのが冒険者の間では当たり前のこと。上手い下手はあるが、老若男女問わず誰もが解体技術を習得している。


「しかし俺が鹿でカズトが猪か。トシキは何を解体するんだろうな?」


 何を解体するかは順番が回ってくるまで分からない。教員の方も用意した動物の中から適当に準備するので、完全にランダムとなっている。


「できればウサギとか鳥とか、小型のをお願いしたいな」


 トシキに小型が配られないフラグが立った瞬間だった。



 ****



「ちょっと、何があったの?」


 授業後。教室に戻ってシューゴ達と合流したコトネ達は、やたらグッタリしているトシキの様子に何があったのかを尋ねる。

 尋ねられたシューゴは少し困った感じの笑いを浮かべ、理由を一言で告げた。


「解体で熊を引いた」

「「「うわぁ」」」


 質問に対して返された一言でコトネ達は全てを察した。


「熊を出された時、声を出さずに表情だけ絶叫していたよな」

「それでもやってやるって言って、果敢に挑んだまでは良かったよ。そこまでは」


 やり方は座学で学んでいたとはいえ、初めての解体作業で熊を引いてしまっては結果も内容も伴うはずがない。

 悪戦苦闘し、何度かユウから助言をもらいながらどうにか解体したものの結果は散々。

 ぐちゃぐちゃになってしまった肉と切り傷だらけの皮を前に、進級すれば解体の授業は多くなるから知識だけでなく数をこなして経験を積むようにという評価を受けた。


「要するに数をこなして経験を積めってことね」


 それはトシキだけでなく生徒全員に言えること。

 多少の経験があるシューゴとカズトは比較的上手くできているとはいえ、あくまで学生にしてはということで元本職の教員から見ればまだまだ未熟な解体技術。もっと多くの経験を積んで腕を磨く必要がある。

 だがそういう点についても、例外というのは一人か二人は存在する。


「そうそう、アカネ殿の解体が全て完璧で先生も褒めていました!」


 入学前に狩りの経験があった訳でもないアカネが意外にも完璧な解体をして、見ていたシノブとコトネだけでなく確認をしたユウさえも驚いていた。


「家の厨房で、お父さんから教わってやっていたから。兎とか鳥とか狸とか、小型のばっかりだけどね。今日解体したのも、運良くハクビシンだったし」


 照れながら両手の人差し指同士をぶつけ、上手く解体できる理由を語るアカネ。

 実家が宿なのは自己紹介の時に聞いていたが、厨房に入ってそういった事をしているのは聞いていなかったためシューゴ達は関心を示す。


「だったら長期休み中に狩りをしたら、アカネに解体の指導でもしてもらうか?」


 この提案に疲れてはいるが賛成するトシキに続いて、あまり上手く解体ができなかったというシノブとコトネも賛成する。

 ここで話題に上がった長期休みは、学校によって時期が違う。

 冒険者学校の場合は進級、または卒業の一月前からが長期休みの時期になっている。


「えぇっと、別に構わないけど毎日は無理だよ? 家の手伝いしたいし」

「それで良いと思います。課題もありますし、日々の鍛錬も欠かしたくありませんから」


 課題と聞いてカズトは苦い表情を浮かべるが、この一年で学んだことの復習である課題ができていないと進級に関わるという噂が流れているため、無視することはできない。

 ちなみにこの噂は根も葉もないもので、実際は進級後の午後が自由ではなく補習になるだけだったりする。

 そんな長期休み間近になると、ある光景が見られるようになる。


「あっ、三年生の人達だ。これから卒業試験に向かうんだね」


 ふと外を見たトシキの目に入ったのは、しっかりと装備をした三年生達の姿。

 長期休み前くらいの頃になると三年生を対象に学内で筆記試験、その後日に学外で実戦形式の実技試験が行われ、実技試験終了後に合否が伝えられる。

 既に筆記試験は終わっており、現在は実技試験の試験期間中。

 クラス順に外部へ試験を受けに行くのだが、どこでどんな実戦形式の試験をするのかは明かされていない。

 これまでに落ちた学生は一人もいないと言われているが、それはそれでプレッシャーがかかってしまう。もしも落ちたら初の不合格者として名を刻み、卒業ができずに半年の補習期間を過ごすことになるからだ。


「頑張ってもらいたいですね」


 前々日と前日に試験を受けたクラスは、どちらも全員が喜んで学校に戻っていた。

 今から出発する先輩達もそうなってほしいと校舎内で見守る後輩達は祈るが、実はそんな心配は無用。

 実を言うと卒業試験と銘打ってはいるが、実際は現状の知識や腕前を調べて冒険者ランクを決定するための試験だったりする。この試験の結果に在籍中にこなした依頼で受けていた評価を加味し、どのくらいの冒険者ランクからスタートさせるのが適格かを判断していく。

 当然、合否などあるはずがなく、落ちたら卒業できず半年の補習というのも教員達が本気で試験に挑んでもらいたくて流している噂。

 この事は実技試験終了後に三年生へ伝えられ、これを知った多くが脱力し、中には安心して泣き出す生徒までいる始末。


『これもまた、毎年の風物詩ですね』


 教員経験の長い初老の教員はそんな三年生を毎年見てきては、最後の締めとしてそれぞれのランクとこの事を後輩には黙っているよう言及している。


「再来年は俺達だな。それまでに解体だけじゃなくて、色々と腕を上げようぜ」

「おうっ!」

「「はい!」」

「ええっ」

「うんっ!」


 二年後に向けて気合いを入れるシューゴとそのパーティーメンバー。

 そんな彼らも、二年後の卒業試験で真意を知らされることになる。


 ****


 二年という月日はあっという間に流れ、遂にシューゴ達の代の卒業試験を迎えた。

 各自がこれまでに学び、鍛えてきた全てを注ぎ込んで試験に挑む。

 そうして試験が進み、パーティーメンバーで行う森の中での実技試験を全員終えた後。森の外にある草原でユウの口から卒業試験の真意は伝えられた。


「嘘ぉっ!」


 実技試験でヘマをやって仲間にフォローされ、これは厳しいかもと思っていたコトネは驚きの声を上げる。


「マジか。助かった……」


 筆記試験の自信があまりなかったカズトは実技試験までのここ数日、気が気じゃなかったために心の底から安心した。


「卒業試験にそんな真意があったんですね」


 まさかの展開に呆気に取られるシノブは立ち尽くす。


「というか、卒業試験じゃないし……」


 試験の疲れ以上に疲れが湧いてきた気分になったトシキは、肩を落として膝に手を乗せる。


「依頼が終わった時に渡される封筒って、そういう意味があったんですね」


 初依頼の時からずっと依頼中の様子を調査されていたのを知り、真面目にやっていて良かったとアカネは呟く。


「とりあえず、全員が卒業して冒険者になれるのは確定していたってことですか」

「そういうことよ」


 額を押さえて改めて確認するシューゴの問いかけにユウは笑顔で答える。

 すると、その場にいた生徒全員が安心しきって脱力した。


「誰が考えたんですか、こんなやり方」

「創立からずっとらしいわ。でもそのお陰で、真剣に取り組めたでしょ?」


 ウインクをして説明するユウに、誰も反論する気すら起きない。

 確かに卒業がかかっている上、初の不合格者という不名誉なことで名を刻んで半年も補習を受けたくないため、試験に対して真剣に取り組んだ。

 ところが蓋を開けてみれば卒業試験ではなく、冒険者ランク決定試験。

 生徒達は安心すると同時に、乗せられた感を覚えて少しだけ悔しくなった。


「じゃあ皆、このままここで少し休憩していてね。もう少ししたら、それぞれのランクを発表するから」


 そう言い残して他の教員達の下へ向かうユウを見送る生徒達は、とりあえず全員が無事に冒険者になれることを喜ぶことにした。


「ああ、良かった。筆記の自信無かったから、どうなるかと思ったぜ」

「アタシだってそうよ。実技でヘマやっちゃったもの」


 ひょっとしたら落ちるかもと心配していたカズトとコトネは、不合格が存在しないことに改め安心する。

 同じように試験でやらかしてしまったクラスメイト数名も、二人と同じように安堵してパーティーメンバーから慰められている。


「ランク、どれになるのかな?」

「魔物を狩れるのなら、何であろうと構いません!」

「シノブさんは三年間そんな調子だったね」


 やる気満々で鼻息を荒くするシノブにアカネが苦笑いを浮かべているところへ、遠い目をしたシューゴが彼女の密かな傷を抉りに行く。


「こっそり魔物の領域へ狩りに行こうとか言った時は、止めるのに苦労したな」

「あ、あれは忘れてください!」


 よほど忘れたい記憶と出来事らしく、顔を真っ赤にして忘れてほしいと言い出す彼女の様子に思わず笑いがこぼれる。

 冒険者学校で過ごしてきた日々は、決して楽ではなく楽しいことばかりでもない。しかしそれも、終わりが近づいてくると良い思い出だったように思えてくる。

 そんな学校生活の日々の思い出話をして過ごしているうちに、話し合いの終わったユウと他の教員達が戻って来た。


「皆、これから順番にそれぞれの冒険者ランクを発表して、そのランクに就けることを冒険者学校が認めた印を押した証明書を渡すわ。呼ばれたら受け取りに来てね」


 緊張よりも自分がどのランクになるのかを楽しみにしながら、名前が呼ばれるのを待つ。

 最初に名前を呼ばれた生徒が前に出て、その場でランクを発表されて証明書を受け取った。

 その際に、証明書は冒険者ギルドに提出する大切な物、再発行はできないから失くさないようにと強く注意を受けている。


「シューゴ、後でお前の収納系魔法の中に入れさせてくれ」

「僕もお願い」


 確実に失くさないため、最も安全だと思った場所へ置いておこうと思ったカズトとトシキの提案に、同じような事を考えていたシューゴは頷いて応えた。

 女子達も同様で、アカネの「ほぞんばしょ」に証明書を入れさせてほしいと頼んでいる。


「はい次、シノブ・トウドウさん」

「はい!」


 シノブ・トウドウ

 使用可能文字数:七文字

 創造魔法総数:十八

 創造可能魔法数:七

 創造済魔法数:五

 冒険者ランク評定:E


「アカネ・ハシマさん」

「は、はい!」


 アカネ・ハシマ

 使用可能文字数:八文字

 創造魔法総数:二十一

 創造可能魔法数:十

 創造済魔法数:七

 冒険者ランク評定:F


「コトネ・ムナカタさん」

「はい」


 コトネ・ムナカタ

 使用可能文字数:六文字

 創造魔法総数:十九

 創造可能魔法数:九

 創造済魔法数:六

 冒険者ランク評定:F


「トシキ・ムナカタ君」

「はいっ!」


 トシキ・ムナカタ

 使用可能文字数:七文字

 創造魔法総数:二十

 創造可能魔法数:九

 創造済魔法数:六

 冒険者ランク評定:F


「カズト・アズマ君」

「おうっ!」

「うん?」

「あっ、はい」


 カズト・アズマ

 使用可能文字数:五文字

 創造魔法総数:二十二

 創造可能魔法数:十

 創造済魔法数:八

 冒険者ランク評定:F


「シューゴ・カタギリ君」

「はい」


 シューゴ・カタギリ

 使用可能文字数:四文字

 創造魔法総数:二十七

 創造可能魔法数:十三

 創造済魔法数:十一

 冒険者ランク評定:E


 パーティーメンバー全員が証明書を受け取るとランクが一つ上のシューゴとシノブを羨ましがりながら、それを「収納空間」と「ほぞんばしょ」へ入れておく。


「後は冒険者ギルドへ行ってギルドカードを作ってもらえば、冒険者としての生活が始まるんだな」


 ようやくここまで来たかとカズトは楽しそうにする。


「ああ。でもその前に、活動拠点やパーティー名とか決めることはあるぞ」

「拠点か、どこがいいかな?」

「帝都でもいいけど、これを機にどこか遠くへ行ってみたいよね」


 拠点とする場所として人気の場所は帝都以外にもいくつかある。

 付近に魔物の領域の多い場所や、強い魔物が潜んでいる領域の付近、中には流通が盛んな町で護衛中心に仕事が豊富な場所などもある。

 勿論、無理に拠点を決めずに各地を転々とする冒険者パーティーも少なくない。


「ですがその前に魔物を狩って、対魔物の経験を積みましょう!」

「シノブちゃんは、やっぱりそこなんだね」


 他愛もない雑談をしながらクラス全員が証明書を受け取るのを待ち、やがてそれが終わるとユウが三年を共に過ごした生徒へ告げる。


「皆! 三年間、頑張ったわね。でもまだ、冒険者としては始まらないわ。今も続いている冒険者学校の生活を終わらせたその時が、あなた達の冒険者としての始まりよ」


 最後の教えだとばかりに声を張り上げるユウの言葉に、全員が真剣に耳を傾ける。


「卒業式は五日後。それまでに退寮の準備をすること。それと、今日はクラスでの卒業前の宴よ! お酒は出ないけど、たくさんお肉を出すから思いっきり食べて騒ぎなさい!」


 宴と聞いて生徒全員が歓声を上げる。

 こうして彼らは、間もなく訪れる学校生活の終わりと冒険者としての始まりへ向けて、それまでの残り僅かな時間を謳歌するべく冒険者学校への帰路へ就いた。

 なお、この時期に一年生が解体の授業をするのは、その際に出た肉が卒業生の宴で振る舞われるからだったりする。


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