慰問からの暴走劇
この日、冒険者学校に勤務する教員達は朝から大忙しだった。
冒険者学校視察と魔物の名前からデッドリーボーン事件と名付けられた事件に巻き込まれた生徒の慰問のため、皇族が来訪するとあっては忙しくないはずがない。
さらに先方が生徒にはサプライズで訪れたいと言うので、生徒には秘密裏に計画は進んでいた。
「なんか今日、先生達いつもより忙しそうじゃね? 何か行事あったっけ?」
「特に何も無かったと思うけど、どうしたんだろうね?」
皇族が学校の視察と自分達への慰問に来るとは知らず、冒険者学校の生徒達は忙しく動き回る教員達の様子に首を傾げる。
それはシューゴ達も同様だが、特に深くは気にせず普段と変わりなく会話をしていた。内容は昨夜に気づいた、「具現短剣」でならゴーストにも物理攻撃ができるんじゃないかということ。
「言われてみればそうだね。魔法が通用するのなら、魔法で作りだしたその短剣でなら物理攻撃可能かも」
話を聞いたトシキがそう分析すると、「具現短剣」を参考に「まりょくのけん」という魔法を創っていたシノブも失念していましたと俯いた。
「魔法で攻撃すべきっていうのを、放出系の魔法で攻撃することだって思い込んでいたのが原因だと思う」
「ゴースト系に純粋物理攻撃をするにはそれ専用の魔法が必要って教わったのも、気づかなかった原因じゃないかな?」
気づかなかった原因について推測を述べると、続けてアカネも別口の推測を口にする。
それを聞いていた周囲のクラスメイト達もこの話に加わっていき、そういう魔法を創っておこうという意見や本当に有効なのか先生に聞いてみようという意見などが続々と出て来る。特に武器を具現化する魔法はゴースト系向きの武器として使えるだけでなく、自前の武器が使えなくなった場合にも役立つので創るべきだという意見が続出した。
「これが切っ掛けで、そういう魔法が流行るかもな」
クラス内の雰囲気からそんな予想をしたカズトだったが、流行るどころかゴースト系への新たな対策として後輩達に脈々と受け継がれていくこととなる。そうなるとも知らずに喋っていると、普段より少し良い服を着たユウが姿を現す。
「はい皆、今日もおはよう」
挨拶や態度や雰囲気は普段通りなのに、服装だけがいつもと少し違う。
何か良い事があったのではと思った生徒達の心情を代表するように、一人の女子が挙手して尋ねる。
「先生、何か良い事でもあったんですか?」
「そうなのよ。遂に私にも良い人ができたのよぉ。とっても素敵な男性なのよ」
教室内の空気と生徒達の表情が予想外の返答で固まった。
「ちょっとあなた達? なによその反応は。冗談を言ってそんな反応をされると、さすがの私も傷つくんだけど」
冗談だったのかと分かると、今度は教室内の空気が和んで生徒達の表情が緩む。
先ほどとは百八十度違う反応にイラッとしたユウだが、それを表情に出すことも言葉に出すことも無く呑み込んで冷静に対応する。
「まあいいわ。今日の授業は諸事情により予定を変更して、校庭で行うことになりました。出席を取り終わったら全員校庭に出て整列してね。特に何も持っていかなくていいからね」
急な授業の変更に首を傾げつつ、生徒達は出席を取り終えると指示通りに校庭へ出て部屋割り毎に整列していく。
「やっぱり何かあったのかな。先生達、忙しそうだったし」
「だとしても俺達には関係無いだろ。何も言ってこないんだし」
「これから言いつけられる。ていう可能性はあるけどな」
まだ言われていないだけと推測しているシューゴの指摘に、楽観的に考えていたカズトはゲッと声を漏らす。
そうこうしているうちにユウがやってきたのだが、何故か校長も一緒に現れた。
入学式での挨拶以降、偶然遭遇しない限りはあまり見かけない人物の登場に、やっぱり何かあるんじゃないかという空気が広がる。
「やあ諸君。先日の件を乗り越えて全員が無事だった事と、そんな目に遭っても誰一人抜けることなくここに残って研鑽に励んでいるのを校長として誇りに思う」
突然演説のようなことを始めたので予定変更はこの事かと思ったが、これくらいなら教室でもいいはず。それなのにわざわざ校庭に出る意味を生徒達が考えていると、馬車が近づいて来る音が聞こえてくる。
今度は何だと振り返った先には、校門前で止まる豪華な馬車とそれを護衛している多くの軍人の姿があった。しかも馬車には皇族の紋章が刻まれている。
「えっ? なんだよ、あの馬車」
「どうして皇族が?」
急な展開に生徒達が戸惑う中、笑みを浮かべた校長が全てを明かす。
「本日はあのような事件に巻き込まれた君達を慰問するため、アキラ皇子とマナ皇女が来てくれました」
校長の発言にまるで合わせたかのように馬車の扉が開き、皇族らしく着飾ったアキラとマナが姿を現す。
まさか皇族と交流できる機会があるなど思ってもみなかった生徒達はどよめき、驚き、そして何故かある二人は身構える。
「アキラ殿下、マナ皇女殿下、本日はようこ――」
「おおっ! 我が麗しの女神よ!」
挨拶をしに歩み寄った校長の脇をアキラが叫びながらすり抜けた。
何事かと校長が振り向くと、他には目もくれず目的の人物をロックオンしたアキラが一人の生徒の前に滑り込み、片膝を着いた状態でその手を取っていた。
「ああ、本日も眩しいほど美しい。此度の事件でその美しさが奪われることがなくて良かったです」
「あ、あの……」
「どうでしょう。これを機に冒険者になるなどど言わず、我が伴侶になってくれませぬか」
うっとりした目で求婚してくるアキラに手を取られていた生徒――トシキは、相手が皇子であるにも関わらず声を大にして叫ぶ。
「だから僕は男だって、何度言えば分かるんですか殿下!」
目の前で起きた出来事にシューゴもカズトもシノブもアカネも、クラスの誰もが付いていけていない。唯一コトネだけは頭痛でもしているように頭を押さえて俯き、小声でやっぱりかと呟いた。
校長もユウも呆気に取られ、護衛の軍人や従者が頭を抱えている中、拳を握りしめたマナは小声で「てっけん」と呟く。
「はっはっはっ。何を言うのですか我が女神。あなたが何と言おうと、私にとってあなたは女神なのです!」
「殿下がどう思っていようと、僕が男なのは揺るぎない事実なんです。ですから伴侶になどなれません! というか不可能です!」
「ご安心を我が麗しの女神。愛とは性別すら超越する力を持っているのです」
「他人の性癖をあれこれ言う気はありませんが、そういう気の無い人に強制しないでください!」
どういう形で知り合ってこうなったのか、思わぬ展開に男子は二人から若干の距離を取り、女子は皇子の知りたくなかった一面に幻滅し、一部女子は頬を染めて妄想の世界へ旅立つ。
これはどうするべきなんだろうとシューゴが考えていると、静かに歩み寄ってくるマナの姿に気づく。
握りしめられた拳は黒い鉄のような物に覆われていて足取りは苛立ちを感じさせ、表情は笑っているのに和やかさも穏やかさも温かさも無く、逆に冷たさと怒りと殺伐さを感じさせた。
「……トシキ、あれ」
自己陶酔に浸って延々と述べられるアキラの言葉を聞き流してシューゴの視線の先にいるマナを確認すると、不敬とかを全く考えずに取られている手を外してバックステップで距離を取って全力で叫んだ。
「やっちゃってください!」
それに応えるかのように微笑みながら頷いたマナの気配に気づいたアキラが振り向いた瞬間、体勢を低く沈ませたマナによる超低空からのアッパーが炸裂した。
見事な一撃に誰もが見とれ、宙に体が浮いたアキラはそのまま仰向けに倒れる。
皇女らしからぬ一撃を弟へ浴びせたマナは鉄に覆われた拳に息を吹きかけた後に「てっけん」を解除し、両手を腰に当てて倒れたアキラを見下ろす。
「しばらくそのまま寝てなさい!」
次から次へと起きる寸劇とも言えるやり取りに付いていけず、誰もが呆然としている。
護衛のはずの軍人達も従者もこんなのは日常茶飯事なのか、全く慌てずにアキラの無事だけを確認すると周囲の警戒を続ける。
当事者のトシキはホッとした表情を浮かべ、事情を知っているであろうコトネはトシキに寄り添う。
「ほら、もう大丈夫よ。マナ皇女殿下、弟を助けていただきありがとうございます」
丁寧な口調と態度でマナへ頭を下げると、笑顔はそのままに雰囲気が先ほどまでとは百八十度変わって穏やかなものになった。
「気にしないでください、コトネさん。このバカな弟がしでかしたバカなことの始末をしただけですから。本当にもう、このバカはバカな事をしてばかりで。同じ弟でも優秀なトシキさんとは大違いですわ」
いくら姉とはいえ、こうも皇子へバカを連呼する皇女の姿を目の当たりにした生徒達は戸惑うばかり。
「あの……コトネ殿。マナ皇女殿下とお知り合いなんですか?」
「ええ。以前、出席できない兄や姉の代わりに皇族主催の宴に出席した時にね」
シノブの質問への返事に全員がざわめく。
何かしらの理由で祝賀会や宴に出席できなくなった兄や姉の代わりとして弟や妹が出席するのは珍しくないが、皇族に名前を憶えてもらえるのはそうそう無い。
特に子供は皇族の前で親から紹介されるだけの上、子供同士の交流でも皇族周辺には爵位の高い貴族の子が集まるため、男爵家程度では家名や当主はともかく子供の顔と名前など憶えてもらえないのが当然。
それなのに憶えてもらえているのは凄いと思えるが、理由が先ほどのやり取りにあるのだと思うと羨ましいとは思えない。
「ちゃんと男の格好をしていたはずなのに、アキラ殿下がうちの弟を見た途端に」
『女神が降臨なされた!』
「て叫んで、それ以来あんな感じなの」
コトネからの説明を聞き、席から勢いよく立ち上がって天に向かって吠えるように叫ぶアキラの姿が全員の頭に浮かぶ。
「それ以来。このバカは事あるごとにトシキさんにしつこく告白したり、求婚したりしているんですの。相手は心も体もれっきとした男性だっていうのに。本当にバカなんですから」
やれやれと首を横に振ってまたも弟をバカ呼ばわりするが、話を聞いているとそう呼びたくなる気持ちが少しだけ分かった気がした。
そうして場が落ち着いてくると、つい普段の調子でアキラに制裁を加えてしまっていたマナはまだ自己紹介もしていないことに気づく。
「申し遅れました。私、チージア帝国皇帝セイイチ・カミシロの孫娘にして第二皇女のマナ・カミシロと申します。本日は先日起きた事件に巻き込まれた皆様を慰問するため、突然ではありますがこうして訪れさせてもらいました」
先ほどのやり取りを無かったことにするかのように、優雅に挨拶をする姿に男女問わず多くの生徒が見惚れてしまう。
これで先ほどのやり取りと、彼女の足元に気絶したアキラが転がっていなければ完璧だった。しかもそのアキラを紹介しないことから、彼をいないものとして扱っているのが窺える。
そっちが気になって見惚れることが無かった生徒はその事を指摘すべきか迷い、結局指摘できないままマナと交流をしていく。シューゴも気になった派だったが、指摘しても気にしないよう言われるかアキラ皇子なんていないように扱う予感がして沈黙を選択する。
やがて話がコトネとトシキのパーティーメンバーの話に移ると、シューゴ達は二人から紹介される。
「こちらが私達のルームメイトであり、パーティーメンバーです」
紹介されたシューゴ達は一様に緊張して背筋が伸びる。
特に緊張が顕著なのはカズトで、肩に力が入りすぎている上に表情も硬い。
「そうですか。ひょっとするとあのバカな弟がトシキさんだけでなく皆さんにご迷惑をかけると思いますが、バカがやらかすバカはどうか気になさらずに遠慮なく制裁を与えて構いませんからね」
いいのかそれでと多くの生徒が心の中で思う。
「は、はい! 分かりましたでございます!」
如何にも緊張しているのが一目で分かる上に言葉遣いまでおかしくなり、クスクスとマナが笑う。それを自分との会話を楽しんでくれていると受け取って嬉しくなる辺り、カズトは思考回路までおかしくなり始めていた。
「うぅ……。あ、姉上、我が女神はいずこに……」
ここでようやくアキラが目覚めると、また迫られると思ったのか近くにいたシューゴの後ろに隠れる。その様子はまるで怯える乙女のようで、それを見た一部女子が心の中で歓喜する。
復活して早々にトシキを探そうと顔を上げるアキラの目に飛び込んできたのは、怯える乙女のようにシューゴを盾にして隠れるトシキの姿。そんなものを見たアキラが黙っているはずがない。目を見開いて起き上がり、シューゴを睨みつけて詰め寄る。
「貴様! 我が女神に何をしている!」
シューゴはトシキに何もしていない。
むしろトシキに盾にされている側であり、見ようによっては巻き込まれた側に該当する。
「お、おいトシキ」
「なんとかしてよシューゴ君。ほら、さっきマナ皇女殿下が遠慮無く制裁を与えていいって言ったんだから、回転する鋼の弾丸でも、風の刃でも、一直線に伸びる炎でもいいから攻撃して!」
自分でやるのが嫌なのか許されているとはいえ気が引けるのかシューゴに押し付けようとするが、シューゴもシューゴで本当に攻撃していいのか迷ってしまう。
というよりもトシキの言う通りに魔法で攻撃したら、制裁で済む範疇を明らかに超えてしまう可能性が高い。そもそも攻撃行為の行使自体に迷っているのだから、この状況下で攻撃できるはずがない。
そうしている間にもアキラが「女神から離れろ」、「女神を渡せ」と言いながら迫って来ている。
追い詰められていくシューゴだが、友人であり仲間のトシキを見捨てるつもりも無いため消極的な策に出た。
(浮遊動盾!)
防御に利用する「浮遊動盾」を複数枚出現させ、自分とトシキを囲むように配置。さらに二段重ねにして高さもカバーする。
「なっ! 貴様、そんな物に女神を閉じ込めて二人きりになるとは、どういうつもりだ!」
行く手を「浮遊動盾」に妨げられたアキラが声を荒げて盾を何度も叩くが、これが精一杯の抵抗であるシューゴは解除しようとせず、そのままカズトやシノブに助けを求めて視線を向ける。
しかし彼らも皇子相手に手を出せるはずが無く、無理だと首を横に振る始末。ユウも校長も申し訳なさそうに視線を外すだけ。
こうなったら護衛の軍人か従者を頼ろうとしたが、それよりも先に動いた人物が目に入った。
「この、この! おい、女神を解放しろ。でないと私の魔法で――」
「魔法で、何をするかしら?」
冷え切った声を耳にしたアキラの背筋に寒気が走り、シューゴとトシキを囲う「浮遊動盾」を叩いていた手も止まる。
ゆっくり振り向いたそこにいたのは、背後に稲妻を迸らせて今にも跳びかかりそうな虎の幻影が見えてるマナ。
やはり彼に制裁を与えられるのは彼女しかいなかった。
「あ、姉上、これはですね、私の女神の救出作戦であってですね」
「……「かいりき」」
言い訳に全く耳を貸さず、見た目は変わらないが力を何倍にも強くする魔法を唱えるとマナの体が薄っすらと光に包まれる。
「姉上? その魔法は私に協力してくれるために使った……のですよね?」
「……「てっけん」」
続けて先ほども使った魔法を発動させ、両手の拳を鉄で覆う。
この後どうなるのかをなんとなく察してはいるが、現実逃避したいアキラは頭に浮かんだ予測を必死に否定して希望的観測を口にする。
「さ、さあ、姉上のその拳でこの妙な壁から女神を救出して」
「ねえ、分かっているんでしょう? 現実を見つめて、身を守る行動を取りなさい」
「……「からだをかたく」」
諦めた様子で防御系の魔法を唱えたことにより、アキラの体表が堅くなる。
それを確認したマナは笑顔のまま、容赦なく両拳でのラッシュを叩き込む。
素人とは思えない見事なラッシュを浴びたアキラは体表を堅くしていたお陰で怪我はしていないが、衝撃が体内へ伝わって仰向けに倒れて気絶した。
「このバカな弟は何度同じ目に遭えば学習というものをするのかしらね」
困ったものねと呟いて肩を竦める彼女へ従者が手拭いを渡し、軍人が気絶したアキラの無事を確認してを馬車へ運ぶ。
渡された手拭いで額に浮かんだ汗を拭って返し、「浮遊動盾」を解除したシューゴへ歩み寄る。
「地位や立場など気にせず、制裁を加えてくださって構わなかったのに」
「無理です」
即答で返したシューゴに当然の反応だと、その場にいる全員が思う。
「そうですか。でしたら、あのバカな弟がバカな事をしでかした始末は、まだまだ私がしないといけなさそうですね」
とは言いつつもどこか楽しそうにしている表情に、ひょっとして制裁を与えるのを楽しんでいるんじゃないかとシューゴだけでなく多くの人は思った。
そんな楽しそうな彼女に従者が耳打ちすると、少し残念そうな表情で生徒達へ告げる。
「申し訳ありません。時間が押しているので、私はそろそろ学校の視察へ向かいます。校長先生、案内をお願いできますか?」
挨拶をしようとしてからずっと蚊帳の外だった校長は、声をかけられてハッとして対応する。
「承知しました。どうぞ、こちらへ」
気絶しているアキラを守るために馬車周辺に軍人を数名残し、従者と護衛を引き連れてマナは校舎へ向かう。
それを見送ったユウとシューゴ達は、今のは慰問としての交流になるのかと疑問に思いつつも、深くは気にしないことで全員の気持ちは一致した。
「はい、皆。なんか色々あったけど、残った時間は魔法の鍛練に当てましょう。短い時間だからこそ、集中してね」
手を叩きながらこの後のことを指示したユウに従い、各自での魔法の鍛練に移る。
しかしすぐには鍛錬は始まらず、先ほどまでのアキラとマナについて小声で喋っているのがほとんど。シューゴ達もそれは例外ではなく、トシキとコトネを中心にさっきまでの事を話している。
「一瞬コトネ殿とトシキ殿を間違えているのかと思いました」
「まあ、普通はそうだよな」
しかしそれは間違いではなく、確かにアキラはトシキに言い寄っていた。ちゃんと相手が男だと自覚した上で。
「えっと……アキラ殿下ってそういう気のある方なの?」
「マナ皇女殿下が言うには、トシキ限定らしいわ」
「俺達とそう変わらない年だっていうのに、難儀なことに目覚めたもんだな」
シューゴの意見にカズト達は揃って頷く。
「さっ、この話はここまでにして鍛錬をしよう。皆も今後この事は、たまに笑いのネタにする時だけにするように」
「笑いのネタにもしないでよ!」
空気を変えるためにちょっとだけ笑いを加えたのが功を奏し、一同は気持ちを切り替えて鍛錬へ移る。
だがその前に、シューゴは昨夜に思いついた自身の持つ魔法の新たな使い方の実験をしてみることにした。
使うのは「浮遊動盾」を一枚。それを地面に対して垂直ではなく、地面と平行な状態で出現させた。自分で扱うために付いている持ち手の部分を上にしたそれを、高度を下げながら自分の近くまで寄せて足下で浮遊させた状態にする。
「シューゴ君、それをどうするの?」
近くで魔法の鍛練をしようといていたアカネが防御用の魔法を地面と平行に低空浮遊させる様子が気になり、鍛錬を中断して話しかけてくる。
「ん? ちょっと試したい事があってな」
多分上手くいくはずと呟いたシューゴは片足を乗せて数回踏んで足場を確認すると、そのまま「浮遊動盾」に乗り上がった。
人を一人乗せても「浮遊動盾」は落下することも高度が低下することもなく、浮遊状態を保っている。
(よし、思った通りだ)
予想が的中した事に笑みを浮かべ、左足を前に出す半身の状態になって右足を持ち手の部分に押し込んで固定。
その状態のまま少し膝を曲げて柔らかくして、まずはゆっくり高度を上げる。
「えっ――」
何をするのか気になっていたアカネが上げた声に反応したコトネとシノブが見たのは、「浮遊動盾」に乗って空中に浮かんでいるシューゴと、それを見上げるアカネを始めとしたクラスメイト達だった。
「空を飛んでる……いや、宙を浮いている?」
「あれって確か、空中を動いて防御する魔法だよな? あんな使い方があったのかよ」
クラスメイトどころかユウも感心した表情で空中を見上げる中、持ち手の部分に入れた足がしっかり固定されているかを確認したシューゴは、ここまで上昇すればもう大丈夫だとばかりに楽しそうに声を上げる。
「行けっ!」
声を上げると同時に「浮遊動盾」を前方へ動くように操り、空中を滑走するように飛行する。
(予想通りだった!)
「浮遊動盾」はシューゴを中心とした一定範囲内なら、位置も角度も思い通りに動かす事ができる。
その性質を利用し、上に乗ることができれば常に足下にある「浮遊動盾」を操作して空中を飛べるんじゃないか。そう思いついて試してみた。
結果は成功。飛行による移動手段を手に入れたシューゴは、弧を描くように方向転換しながら叫ぶ。
「いよっしゃあっ!」
飛ぶ感覚が分からず失敗に終わることが多い飛行する魔法。
やり方は少々変則的だが、飛行することに成功したシューゴは歓喜の声を上げながら空中を滑走する。
しかし、そう簡単な話ではなかった。調子に乗って速度を出し過ぎて空気抵抗の影響で呼吸がし辛い上に体勢が保ち難かったり、曲がろうとした時に体と「浮遊動盾」を傾けなかったためバランスを崩しそうになったり、急に停止させた時に体だけ勢い余って前へ突っ込んで落ちそうになったりした。
その度に持ち手の部分があるように創っておいてよかったと、右足を固定してある持ち手の部分に感謝する。
「今後は飛び方について、要研究だな」
急停止で落ちそうになったのを辛うじて堪えたシューゴは、危険な目に遭って激しく拍動する心臓の辺りを押さえながらゆっくり降下する。
やがて着陸した直後、シューゴの周りにはそれに乗せてくれというクラスメイトが殺到。さらに窓からそれを目撃していたマナからも乗せてほしいと頼まれ、まだ安全面が不安だからと断るのに難儀した。