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四文字で魔法を創造して  作者: 斗樹 稼多利
11/45

迎撃戦と撤退戦


 異変を感じ取った冒険者が使っている索敵系の魔法名は、「てきいをかんじる」。

 範囲内にいる生物が向けてくる敵意を察知し、その位置を知ることができる。

 それによって接近してくる多くの敵意を察知した冒険者がそのことを叫ぶと、野営地には衝撃と動揺が走った。


「全員を起こして! 教員、及び冒険者は迎撃準備! 生徒は全員避難させます!」


 現場責任者のユウが全員に聞こえるよう指示を飛ばす。

 すぐさま教員は仮眠中の教員と冒険者を起こし、起きていた冒険者は索敵に引っかかった方向へ数名の斥候を出した。

 しかし見張りをしていた生徒のほとんどは突然の事に混乱して、何をどうすればいいのか分からずにいる。


「えっ? えっ? なんだ、どうしたんだ?」

「何? 何が起きたの?」

「俺達はどうすればいいんだ?」


 状況についていけずオロオロする中、シューゴは息を吸い叫ぶ。


「起きろ!」


 野営地全体に響いたんじゃないかと思うほどの声に、戸惑っていた見張りの生徒の注目が集まる。


「起きろトシキ、何か来るぞ! 逃げる準備だ!」


 寝ているトシキを揺さぶりながら起こす姿に、ようやく見張りの生徒達はやるべきことに気づいた。

 自分達が起きていたのはこういう時のためじゃないかと思い出し、慌てた様子で寝ている仲間を起こして危険を伝える。

 起こされた生徒達は物々しい雰囲気に最初は何事かと思ったが、何かが敵意を持って接近していると知ると慌てて水の魔法を顔に当てたり、両手で頬を何度も叩いたりして寝ぼけていた目と頭を覚ます。


「ちょっとちょっと、マジなの?」

「なんでこんな時に限って」

「誰の行いが悪かったんだよ!」


 文句や愚痴を言いつつも全員が起きて、鉈のような肉厚の剣を腰の後ろ側に差すユウの下へ集まっていく。

 接近してくる方角から避難ルートを帝都方面に決めたユウは、生徒の方を向いて全員がいるのを確認して指示を出す。


「皆、起きたわね。あなた達には今すぐ、帝都へ避難してもらうわ」

「あの、何が近づいて来ているんですか?」


 女子生徒の一人がおそるおそる尋ねるが、ユウは分からないと首を横に振る。


「でも、敵意を持って索敵範囲外からこっちへ来たということは、ただの夜行性の生物じゃないわ。ここは私達が対応するから、あなた達は身の安全を第一に避難しなさい」


 相手が分からないこそ、最悪の状況を想定して対応を取るユウの判断は間違っていない。

 しかし教師や冒険者はともかく、学生の中にはまだそれを理解していない者は多い。

 その証拠に男子生徒の一人が前に進み出て、やる気満々の表情で尋ねる。


「あの、俺達にも何かできることは」

「そんなものは無いわ! あなた達がやるべきことは、無事に生きて帰ることだけよ!」


 厳しい表情と言葉で質問を一蹴されると、質問をした男子生徒だけでなく生徒全員が怖気づく。


「分かったら避難開始よ。避難誘導担当の人達とすぐに――」


 緊急時に生徒を守り、避難させる担当になっていた教員と冒険者に後を任せようとしたところへ、斥候に出ていた冒険者達が大慌てで帰還してユウへ報告する。


「報告! 接近対象はデッドリーボーン。周辺にいる魂をゴースト化しながら接近してきます。ゴーストは全て動物ですが数は不明。今なおゴーストは増え続けています!」


 戻ってきた斥候から届いた報告に、教員と冒険者の全員に緊張と動揺が走る。

 ただの夜行性の生物でないのは予想していたが、まさかこんな時にアンデッドの上位種が領域の外へ飛び出してくるなど誰も予想していなかった。

 しかもこの森は普段から狩りが行われており、死体は肉と皮を得るために回収されて無くとも、狩られた獣の魂は多くあるだろうからゴーストは生まれ放題。

 現場責任者のユウでさえ、最悪中の最悪な状況に顔色を青くして即座に新たな指示を飛ばす。


「誰か足に自信があって、速度強化の魔法を創っている子はいるかしら!」

「あっ、はい」


 呼びかけに答えたのは身軽そうな少女冒険者。


「全速力で帝都へ走ってこの事を報告して、すぐにでも救援隊を出してもらって。急いで!」

「は、はいぃぃっ! 「かいそくしっそう」!」


 魔法を発動させた少女冒険者は、地面を蹴った際に土煙が上がるほどの猛ダッシュで帝都の方向へ走り出す。

 そんな勢いで森の中の突っ込んで大丈夫かと思いきや、勢いそのままにジャンプして枝から枝へと飛び移りながら一直線に移動していく。


「すげぇ……」


 誰かが思わず呟いたが、いつまでも見とれている場合ではない。


「生徒は全員、今すぐに森から離脱して帝都へ向かいなさい! あなた達、生徒の事は頼んだわよ」

『は、はい!』


 生徒を託された教員二名と冒険者四名が返事をし、魔法で明かりを灯しながら生徒を先導して急ぎ帝都へ向けて避難を開始する。

 心配して後ろを振り返る生徒には、同行する青年冒険者が前を向いて走れと叱責。

 生徒以外の誰もが、デッドリーボーンという魔物がどれだけ恐ろしい魔物なのかを理解している。

 纏っているローブが真紅なのは全て返り血で染まっているからと言われるほど接近戦に強く、声が出せるので生前に使っていた魔法を使ってくる。さらにはアンデッドの上位種の特性によってゴーストやゾンビを生み出して従える。

 狩りが盛んな森なので死体は無く、生み出されるのはゴーストばかりだがゴーストには純粋物理攻撃が効かない。対応方法は魔法で攻撃するか、僧侶や尼だけが使うことのできる特殊なお経を唱えてもらうか、こうした相手を想定した補助系の魔法によって純粋物理攻撃が通用するようにするか。


「この中に対ゴースト用の補助系魔法を創っている子は何人いるの!?」


 普段のオネェな雰囲気を微塵も感じさせないほどユウも切羽詰まっていた。

 この場にいるのは比較的若めの冒険者達と、現役を退いてそれなりに経っている教員達ばかり。ゴーストを多数従えたデッドリーボーンを相手に、どこまで対抗できるか分からない。


(最悪は、救援が来るまでの時間稼ぎに徹するか、森の消失を覚悟するしかないわね)


 問いかけに対して三人しか手を挙げなかった事実と向き合い、時間稼ぎに徹底するか森を消失させてでも強力な魔法を放つかを覚悟しながら指示を飛ばして迎撃準備を進めていく。

 接近する相手との距離が報告されても焦らず冷静を保ち、前衛と後衛に分かれて対ゴースト用の補助系魔法を片っ端に武器へ付与させる。そうしてどうにか迎撃準備が間に合った頃に新たな報告が響いた。


「対象、間もなく来ます!」


 継続して索敵をして逐一報告していた冒険者が叫んで十数秒後、戦闘準備を整えた一同の前にデッドリーボーンと多種多様な獣の姿をしたゴーストの集団が現れた。


「魔法での一斉攻撃、開始!」


 出現とほぼ同時にユウが指示を出し、まずはゴーストの数を減らすために火や雷といった森が火災になる恐れのある魔法以外の魔法が放たれ、前方にいたゴーストはそれを浴びて弱い個体は消滅し、耐えた個体は動きが鈍る。

 土煙と消滅していくゴーストによる靄が発生する中、放たれた魔法などまるで意に介さず土煙と靄の中からデッドリーボーンが真っ先に飛び出す。


「あいつを狙え! あいつを倒しさえすれば、残ったゴーストはなんとかなる!」


 一人の男性冒険者の声に応えるように多くの魔法がデッドリーボーンへ向けて放たれる。

 しかしデッドリーボーンは前進を止めず、魔法を避けようとする動作も見せない。だからといって血迷った訳でもない。


「とっぷう……へき」


 呟いた言葉によりデッドリーボーンの前方に突風の壁が生じ、向かってくる魔法を全て横や上空へ逸らしていく。

 それにより付近にいたゴーストへ魔法が直撃したり別のゴーストが巻き添えをなったりしたが、当のデッドリーボーンは全く気にせず前進を続けて視界に入った男性教員へ大鎌を横薙ぎに振り抜く。

 久々の実戦で勘が鈍っていた男性教師は迫りくる刃に思わず硬直し、反応する事が出来ない。


「させるかっ!」


 間に割って入ったのは盾を持った青年冒険者。

 盾と大鎌がぶつかったことによる金属音が響く中、青年の陰から現れたユウがデッドリーボーンへ向けて鉈のような剣を振り抜く。

 その一撃はバックステップで回避されるが、続けて少年冒険者が短剣で斬りかかり女性冒険者が魔法を放つ。


「……きょうか」


 デッドリーボーンは自身を魔法で強化して短剣を跳躍で回避し、魔法は大鎌を振り回して軌道を逸らして着地する。


「こいつは私達がなんとかするから、ゴーストを一体でも多く倒しなさい! 生徒達を、ひいては帝都を危険な目に遭わせないためにも!」

『応っ!』


 ユウの声に応えて迫りくるゴーストの集団へ、後衛から次から次へと魔法が放たれる。

 それを耐えきったか運よく当たらなかった個体が前進を続けると後衛の一部は魔法攻撃を一旦止め、前衛が武器を手に前へ出て後衛の一部はその討ち漏らしを攻撃する。

 対ゴースト用の補助系魔法をかけてもらった武器を振るい、同時に数体をまとめて倒し消滅させる。

 だがゴーストも黙ってやられるだけじゃない。生前の姿をしているのは見せかけではなく、実際に生前にやっている動きをそのまま再現して爪や牙で攻撃してくる。

 こちらの純粋物理攻撃は通じないのに生前の姿をしたゴーストの攻撃が通じるのは理不尽だと思うのは、冒険者をやってゴーストとの戦闘を経験すれば誰もが思うこと。


「おう、らぁっ!」


 盾で虎の姿をしたゴーストを受け止めたトモエはそのまま押し返し、補助系の魔法をかけてもらってメイスで頭部を叩いて消滅させた。

 しかしゴーストはまだまだ大量におり、実力的にはゴーストなど敵ではないのに暴力的な数を捌ききれずに次々と横を抜かれてしまう。


「こんのぉ! 「こっちへこい」!」


 横を抜けていくゴーストへ向け、相手を自分へ引き付ける効果のある魔法を使って意識を自分に向けさせて対応するが、多数いる中の数体が引き寄せられるだけで焼け石に水状態。

 いかに弱くとも数の暴力でこられると実力者であっても苦戦する。魔法さえ使えれば倒せるゴーストだが、それは言い換えれば魔法を使えなくなったら対処できなくなってしまうということ。

 だからこそ補助系の魔法で純粋物理攻撃が通じるようにして魔力を節約しなくてはならないが、圧倒的に数が多くて対処が間に合っていない。

 後衛にいる数人が身を守りつつ、前衛を抜けたゴーストへ魔力の消費を無視して魔法を放ち続けていても、全てを倒すまでには至らず突破を許してしまう。


「くそっ、数が多すぎるって」

「泣き言なんか言っている暇があったら戦いな!」


 あまりの数に泣き言を言い出す男性教員を叱責したトモエは、力強いメイスの横薙ぎで数体を一度に消滅させる。


「情けないが、元よりこうなるのは分かっていたんじゃ。それにゴーストくらい、生徒でもなんとかなるわい!」


 後衛で魔法を放つ初老の教員も言うように、数の暴力で迫られてこうなるのは覚悟していた。

 情けない話だが、この場にいる人員ではいくら弱くとも数百はいるかもしれないゴーストに一体も抜かれないのは無理な話。決して教員や冒険者の質が悪いのではなく、数の差が圧倒的なだけ。ただそれだけが全てだった。

 その上、今回は弱い部類に入るゴーストだけではない。


「……」

「ぐぅっ!」


 無言で大鎌を振るうデッドリーボーンに対応しているユウを始めとした四人。

 鋭く振り抜かれる大鎌を盾を持った冒険者の青年が防御するが、決して脆くはなく経年劣化をしているわけでもない盾は僅か数回攻撃を受けただけで傷だらけになっていた。

 後方からは女性冒険者の援護の魔法が飛び、隙を突いてユウとすばしっこい動きをする少年冒険者が懐に飛び込んで接近戦を仕掛けるが決定打を当てられない。

 見た目によらず素早い動作で攻撃を回避されるか大鎌で防がれ、時折当たる攻撃も身に着けているロープによって威力を殺されているのか手ごたえが弱い。


「これならどうかしら。「きれあじをます」!」


 ユウが鉈のような剣に魔法を掛け、切れ味の増した剣でローブを切り裂いて防御力を落とそうとするがデッドリーボーンは対応策を持っていた。


「すべる……ぬの」


 唱えた魔法でローブが一瞬光る。構わず剣を振り抜くが、まるでローブの表面を滑るように剣が流れていき傷一つ付かない。

 しかも一回きりではなく持続型の魔法のようで、背後から冒険者の少年が短剣で背中を斬ってもローブの表面を滑って威力を流されてしまう。


「こいつ、生前に厄介な魔法を創っていたわね!」


 ただでさえ防御力が高いローブに物理攻撃への潤滑効果を付与されて威力を流されてしまっては、近接戦で与えるダメージが激減してしまう。

 どうするかと悩む僅かな間にデッドリーボーンは周囲へ魔力を放ち、野営地周辺にいるゴースト化されていない獣の魂をゴースト化しようとする。

 せっかく倒して数を減らしたのにまた増やされては敵わないと、すぐさまユウと冒険者の少年と青年が同時に攻撃を仕掛けるが全てを避けられるか防がれてしまう。できたのは魔力の放出を止めてゴーストの増殖を止めたことくらい。

 そこへ女性冒険者の声が響く。


「離れてください! 「みずのろうごく」!」


 女性冒険者の声ですぐさまユウと冒険者の少年が距離を取ると、水の檻がデッドリーボーンを囲って動きを封じる。


「この魔法は私の魔力が続く限り、壊れません! 今のうちに攻撃を!」


 両手を前に出している女性冒険者の表情はデッドリーボーンが水の檻に攻撃を与えるたびに歪むが、それでも魔力を途切れさせることなく送り続けて檻を維持する。


「ありがとう。いくわよ! 「らせんすいりゅう」!」

「いわなだれ!」

「つららをとばす!」


 渦巻く巨大な水流と上から降り注ぐ複数の岩と尖った先端を向ける複数の氷柱が、ほぼ同時にデッドリーボンへ向けて放たれる。

 ギリギリまでそれを引き付けると女性冒険者は水の檻を解除した。

 直前に迫る水流と岩と氷柱を前にしたデッドリーボーンは、笑っているのか震えているのかカタカタと歯を鳴らした。


 ****


 遠くから聞こえていた戦闘音が聞こえなくなるほど移動をした生徒と、その先導をする教員と冒険者達だが速度は確実に落ちていた。


「皆、なんとか頑張ってくれ!」


 気合いを入れようと教員が喝を飛ばしても速度は上がらない。むしろ落ちていく。


「キツイ……」

「もう、脚が……」


 比較的体力が劣る生徒から徐々に遅れが見え始め、今では全体的に速度が落ちている。まだ体力が余っている生徒や教員や冒険者が手助けをしているが、動けなくなりそうな生徒を見捨てないようにするのが精々で移動速度を上げる事には繋がっていない。


「ごめん……ね」


 体力が尽きて息も絶え絶えなアカネは自分を背負ってくれているシューゴに謝る。


「気にするな。パーティーメンバーを見捨てられるか」


 しかし、状況が良くないのはシューゴでも理解していた。

 いくら日頃から鍛えているといってもまだ十二歳の少年少女ばかり。しかもほとんどが初めての狩りを経験して移動は全て徒歩、さらには初めての野営で眠りが浅い状態で夜中に起こされたせいで調子は万全ではない上、精神的な疲労も現在進行形で通常よりずっと早く蓄積されている最悪の状態。おまけに数回ほど夜行性の生物にも襲われたせいで、いらぬ恐怖心が生徒達の精神を余計に削って疲労させていた。

 慣れている教員や冒険者ならともかく、こんな状態で帝都まで移動するのは生徒にとって過酷でしかない。


(できればすぐにでも救援隊に保護してもらいたい)


 これが状況を理解している者全員の願いだった。

 足を動かすのがやっとの生徒が多い現状、走る事は既に困難になっていて歩く速度も来た時に比べて格段に落ちている。


「森の出口はまだか?」

「距離的にもう少しだと思うんですが……」


 先頭で明かりを灯しながら先導をする教員にも焦りが出始めた頃、最後尾で警戒をしていた少女冒険者の索敵系の魔法に何かが引っかかる。しかも方向が自分達の移動してきた方向で接近する数もそれなりにある。

 彼女の索敵系の魔法は範囲が広い反面、何が近づいて来ているのか、どういうつもりで接近しているのか等が全く分からない。

 だが、状況から何がどういうつもりで接近しているのかは容易に想像できた。


「ゴーストと思われる集団が来ます。数は……およそ三十、いや四十以上。少し遅れて十数体。その後ろからさらに多数来ています」


 冒険者の少女からの警告に生徒がより一層焦るが、肝心の体が動いてくれない。

 それがさらに焦りを強くして動揺となり、パニックへと繋がる。疲弊している生徒の中にその空気を察した冒険者四名は、自分達がここにいる理由の一つを成すために立ち止まって後ろを向く。

 できればここにいる全員で迎撃すべきなのだろうが、生徒がいくら弱くとも魔物――無数のゴーストを見てパニックにならない保証は無い。

 どうせ遭遇するのなら、数を少しでも減らすべきだと冒険者達は判断した。


「先生。俺達はこれから、ゴーストの迎撃に向かいます」


 先頭を行く教員に、四人の中でリーダー格の青年が迎撃の意思を伝える。

 その発言の意味を理解した教員は元生徒だった青年へ頭を下げた。


「お願いします」

「分かりました。皆さんは少しでも先へ進んでください。数が多いので抜かれてしまうでしょうが、その時はお願いします」

「情けないですが、全部を僕達だけで倒せる保証は有りません」

「安心しろ後輩。数はできるだけ減らしておくから」

「……行くぞ!」


 そう言い残した四人は手を貸していた生徒から離れ、ゴーストを迎撃するために来た道を戻っていく。

 これにより生徒が少し落ち着き、辛うじてパニックは回避できた。教員は冒険者に心の中で感謝しつつ、一人が最後尾に回って遅れている生徒の背中を言葉で押す。


「おいトシキ、大丈夫かよ」

「もう、結構……ヤバいかも……」


 今にも倒れそうな足取りのトシキは強がることもできず、今にも止まりそうな足を無理矢理に動かして歩を進めている。


「男でしょ! こういう時に根性見せなさいよ!」


 口ではそう言っているコトネの足取りも重く、心配そうにシノブに見守られていた。

 この直後、後方から戦闘音が響き出した。先ほど迎撃に向かった冒険者達が魔法名を叫ぶ声や気合いの声が微かに聞こえ、それ以上に魔法によって大地が抉れる音や木々が吹っ飛ぶ音が聞こえる。


(これ、絶対に俺達も戦闘になるだろ)


 冷静に状況を理解しているシューゴはアカネを背負い直しながら後方を一瞬確認し、やっぱりと思った。

 同じく後方を警戒していた最後尾の教員が、冒険者達を抜いて追いつこうとしている二体のゴーストに気づいて魔法を放つ。


「かまいたち!」


 複数の風の刃が一斉にゴーストへ飛び、二体を揃って消滅させる。

 とうとうゴーストが自分達に追いついた。冷静でない生徒達はこの事実に焦りが一気に噴き出しそうになり、後ろを振り向いてそれが爆発する。


「き、来たあぁぁぁっ!」


 さらに背後から迫る生前の姿をしたゴーストの群れ。

 あまりの数の多さに冒険者四名だけでは対処しきれず、突破を許してしまったゴーストの群れが一斉に迫って来ている。

 パニックになって足が止まり、ただ騒ぐだけの生徒達を宥めるのとゴーストに対処するの、どちらを優先すべきか教員達も迷ってしまい収集が付かなくなりそうな中、複数の刃がゴーストに直撃して多くを消滅させた。


「えっ?」

「な、なに?」


 迫りくる脅威が消滅した光景を見た生徒の動揺が収まった直後、今度は複数の弾丸が飛んで行ってゴーストを消滅させる。

 見覚えのあるそれが放たれた方向を見ると、アカネを背負ったままのシューゴが「螺旋廻弾」を出現させて放つ姿があった。


「カタギリ……君?」


 誰かがシューゴの姓を呟いている間にも「螺旋廻弾」がゴーストを消滅させ続ける。

 絶対に戦う事になると想定し、心の準備をしていたシューゴでもゴーストの群れを見た時は体も思考も固まって動けなくなった。どうするべきかも混乱することもできずにいる中で意識を取り戻したきっかけは、背負っているアカネの小さな悲鳴。


『ひっ』


 それで頭と体の硬直が解けたシューゴは、先ほど自分で言った言葉を思い出す。


『パーティーメンバーを見捨てられるか』


 思考停止していたこともあって頭が混乱していなかったお陰か、これで冷静さを取り戻すとアカネを背負い直して戦うしかないと腹を括り、周囲がパニック寸前の最中に「疾風刃来」を十数作り出して放った。


「何ボサッとしてるんですか先生! 指示をください!」


 唯一人、ゴーストを魔法で迎撃しながら教員に呼びかけた。

 思わず見とれていた教員はハッとして、パニックが治まっている今なら生徒達でもゴーストの対応ができると判断して指示を出す。


「全員、後退しながら魔法で迎撃してください。火事にならないよう、火や雷の魔法は使わないように」

「疲労している子は無理に迎撃に参加せず、ゆっくりでいいですから移動を続けて」


 指示を出しながら教員も迎撃に加わり、ゴーストへ魔法を浴びせる。

 それに続けとまだ余裕のある生徒数名が迎撃に参加。野営地で戦っている教員と冒険者、先ほど迎撃に出た冒険者のお陰でゴーストの数は減っておりこの場にいる人員でも充分に対応できている。

 冷静であるかないか。ただそれだけがこの場の状況を左右した。


「シューゴ殿、アカネ殿は私が」

「頼む」


 疲労で迎撃に参加してはいないがまだ少し動けるシノブがアカネを預かり、シューゴは迎撃に集中する。

 数はさほど多くは無いが、断続的に現れるゴーストに気を抜くことが出来ない。

 倒しきったと思った矢先に別の集団が現れてを何度も繰り返し、どれだけの数がいるんだと生徒数名が表情を曇らせる。


「トシキ、残りどれくらいいるか分かるか!」


 魔法で攻撃しながらの呼びかけに、迎撃に参加していないトシキはすぐさま「しゅういをしる」を使って索敵。範囲内にいるゴーストの数を叫ぶ。


「範囲内には十五体くらい! その後に来るのは現在不明!」

「分かった!」


 群れを見た時はどれくらい数がいるのか分からずパニックに陥りそうになった生徒達も、明確な数が分かると冷静になっていく。

 別に狙った訳ではないが、結果的にシューゴの行動で生徒達は心の余裕を少しだけ取り戻すことができた。

 ゆっくりだが確実に移動をしながら迎撃を続け、ようやく森の出口が見えてくる。その辺りには明かりが灯っていて、何か騒がしい声が聞こえると徐々にその明かりが金属の擦れるような音を発しながら近づいてくる。

 やがて暗闇の中でも見えるようになったのは、チージア帝国の国防軍が使用している鎧を纏った軍人達だった。


「連絡のあった冒険者学校の生徒達だ! 第一小隊と第二小隊は後方にいるゴーストの対応に当たれ。第三小隊は彼らの保護を!」


 連絡をしに走ってくれた人が呼んできた国防軍の救援隊。

 それが到着したんだと分かると、生徒達から歓声と安堵のため息が漏れる。

 擦れ違いざまに後は任せろと言って戦闘を開始する軍人達に守られて保護されたシューゴは、クラスメイトと共に森の外へ連れて行かれた。

 森から少し離れた場所で軍人達に守られるように囲まれ、ここで待機するように言われると一気に疲れが湧いてきて崩れ落ちるように座り込む。


「大丈夫か、シューゴ……」


 隣には同じように疲れが湧いたのか、地面に大の字で倒れているカズトがいた。

 付近にはパーティーメンバーが集まっていて、各々が倒れたり座ったりしながら助かった、良かったと言葉を交わしている。


「正直……ビビった……」


 例え弱くとも、あんなにたくさんの魔物が現れたのかと今更ながら手が震えだす。

 そんな返事にカズトは笑みを浮かべる。


「真っ先に攻撃したお前が、ビビってたのかよ」

「当たり前だ。俺だって魔物と戦うのは初めてだし、あんなに数がいたんだ。頭と体が固まったよ」


 たまたまアカネを背負っていて小さな悲鳴を耳が拾ったからこそ、固まってしまった頭と体を動かすことができた。

 今回上手く戦えたのは偶然の積み重ねがあったからできたこと。

 戦うことになると分かっていて覚悟していても、いざ魔物を前にするとあのザマで助かったと分かった途端にこのザマかとシューゴは俯く。

 そして実感する。自分が冒険者として、まだまだ未熟なんだと。


「なあ、皆……」


 呼びかけに反応してシューゴの方を向くカズト達に一言だけ告げる。

 悔しそうな声で拳を握りしめ、強くなろうな、と。

 その言葉にカズト達は無言で頷いた。


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