表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四文字で魔法を創造して  作者: 斗樹 稼多利
10/45

狩って野営して


 冒険者学校に入学してから約半年。

 午前中に授業を受け、午後は依頼と鍛錬を一日おきの交互にこなしながら冒険者学校での日々を過ごしてきたシューゴ達はこの日、野外授業で帝都の外へ出ていた。

 目的地は熊や狐や狸といった多くの種類の野生動物が生息している森。

 冒険者学校では狩りと野営の訓練をするため、卒業するまでに何度かこうした野外授業が行われる。

 学生だけで行動する依頼では精々害獣駆除くらいしかないため、こうした教員付き添いの下で行われる野外での狩りは貴重な経験になる。

 今回シューゴ達のクラスはユウを始めとした数名の教師と、学校からの要請に応じたOBとOGの冒険者達と共に南門から帝都を出て徒歩で目的地まで移動する。

 なお、他のクラスは別の森へ向かっているためこの場にはいない。


「食料の準備や見張りも自分達でやるなんて、本格的だな」

「そういう訓練なんだから当然でしょう」


 移動が徒歩なのも、依頼や魔物の狩りに向けて移動中と想定してのこと。

 よほど遠くに行く用件か馬車で移動する依頼人の警護をするような事がない限り、徒歩が冒険者の主な移動手段となっているためだ。


「見張り大丈夫かな……。夜更かし苦手なんだよね」

「実際に野営することになったら、そうは言ってられないだろ。いい機会だから、しっかり経験しておけって」

「私は大丈夫です! 剣を振り続けていたら、いつの間にか夜が明けていた事もありますから!」

「それはちょっと違うような……」


 和気あいあいと喋りながら歩いていると、先頭を歩くユウからストップがかかって立ち止まる。

 正面には目的地の森が広がっており、何か注意事項かと喋るのを止めて全員耳を傾ける。


「遠足気分はここまでよ。ここから先はちょっとした油断で命を落としかねない生物が生息するんだから、ここで緩んでいた気を引き締めておきなさい」


 一部の生徒からそんな大げさなという反応が出ると、目を細めたユウが告げる。


「大げさじゃないわ。相手は魔物ではないけど、この森の中で弱肉強食の掟の中を生き抜いてきた強者がほとんどよ。油断してそうした強者を侮っていると、恰好の餌食になるだけよ」


 最後にニヤリと微笑むと生徒全員の背筋に寒気が走る。

 そうして改めて森を見ると、魔物はいないはずなのに聞こえてくる鳥のさえずりや草木の擦れる音に恐怖心を覚え、薄暗さが不気味に思えてきた。

 表情からそれを察した他の教師や冒険者達は、自分達もそうだったなと懐かしむ様子で不安そうな生徒を眺める。


「でも安心して、いきなりあなた達だけで狩りと野営をしろとは言わないわ。今回は私達と一緒に狩りと野営に必要な知識を学ぶ訓練だからね」


 表情を普段の笑みに戻してそう告げると、過剰なほど緊張していた生徒達は安堵する。


「けれど、さっきも言ったように油断はしないで。生き抜いてきた野生動物っていうのは力だけじゃなくて、獲物を狩るための知恵もあるのよ。それを侮らないようにね」

『はい!』


 生徒達のしっかりした返事に良しと呟いたユウを先頭に、一行はパーティー毎に並んで森へ足を踏み入れる。

 やや湿気が高く感じる森の中は外から見た時と同じく薄暗いが、緊張感がほぐれたお陰か先ほどまでより恐怖を感じないように生徒達は思った。


「索敵系の魔法を創ってある子は使ってごらんなさい。こういう身を隠す場所が多い状況では、そういった魔法の出番よ。特に初めて来る場所ではね」


 すかさず指導を入れたユウの言葉に従い、数人の生徒が索敵系の魔法名を口にして周囲を探る。

 シューゴのパーティーではトシキがそれを創っており、「しゅういをしる」と呟いて魔法で辺りの様子を調べだす。

 同じ索敵系でも効果によって結果はまちまちで、敵意を向けてくるの生物はいないと言う生徒がいれば小動物が数匹いるという生徒もいる。


「トシキ、どんな感じだ?」

「えっと……僕達以外は小鳥が五羽と兎が二羽いるだけだね」

「何がいるか、分かるの?」

「そういう魔法だからね。その代わり、索敵範囲が狭いんだ」


 索敵範囲と引き換えに付近にいる生物が何で、どれくらいいるのかを調べれる。それがトシキの索敵系魔法「しゅういをしる」の効果。


「範囲が狭いのはちょっと気になるけど、何がいるかを知れるのは大きいな」

「そうですね。狩りがやりやすそうです」


 付近に何がいるのかを事前に察知していれば、避けるべき相手なのか狩れる相手なのかを判断して対応することができる。

 鍛錬で自信を付けていても、初めての狩りで熊や虎といった大物を相手にするのは誰だって避けたい。

 それができる魔法があるのはシューゴ達にとって朗報だった。


「でも、そんな魔法があったなんて聞いてないぞ?」


 依頼を受けられるようになってしばらくして、戦闘での連携やパーティーでの役割をハッキリさせるために手袋で隠している数字やどんな魔法を創ったのかを仲間内で教えあった。

 無詠唱で魔法を使っていて文字数の推測すらできなかったシューゴがたった四文字だと分かると驚きの声が響き渡り、魔法名をどう書いているのかとカズト達から問い詰められたのは未だにシューゴの記憶に強く残っている。

 なお、ショウマとコタロウから使用禁止と言われ、そう言われる理由を自覚している魔法については存在自体を隠しておいた。


「つい最近だよ。創れる魔法の数が増えたから、この野外授業のために創ってみたんだ」


 笑った顔は相変わらず可憐な少女のようで、男だと分かっていてもときめいてしまう男子が数名。

 その中の一人に含まれているカズトは、だからあいつは男なんだってと呟きながら額に手を当てて俯く。


「アタシの弟は本当に男っていう自覚があるのかしら」


 悩める男子達の反応よりも、その状況を生み出した弟の行く末を心配するコトネが深く溜め息を吐く。

 そんな仲間達の様子にシューゴだけでなくシノブもアカネも揃って苦笑いを浮かべる。

 普段のやり取りこそこんな風だが、今日まで一緒に学び一緒に鍛錬をしてきた彼らの仲はこれくらいで拗れたり壊れたりはしない。

 むしろいつも通りのやり取りが見れたのお陰で、落ち着いて周囲の様子を探れるようになった。


「シューゴ殿は狩りの経験はあるのですか?」

「ああ。入学前に師匠と一緒に、こことは別の森へ何度か」


 未成年による狩りは決して禁止されている訳では無く、全て自己責任の下でなら行っても良い事になっている。

 だからといって一人で狩りに向かうような無謀な事はせず、行くとしても必ず誰かしら腕の立つ大人が同行することが多い。それでも調子に乗った怖いもの知らずが無茶と無謀をはき違えて突撃した挙句、兎や狸ではなく狼や熊や虎に遭遇して痛い目に遭ってしまったり帰って来なくなったりすることも少なくない。

 ギルドや学校が学生に狩りの依頼を回さないのは、教育機関に所属している彼らの安全を考慮し判断していることであって、さすがに勝手に行くことまでは制限できないためそういう事になっている。

 シューゴは訓練の一環で生き物を殺すということを経験するため、コタロウが付き添っての狩りを数回経験していた。


「私は狩りの経験が無いのですが、どんな感じですか?」


 興味本位で尋ねたシノブだが、聞かれたシューゴは開いた右手を眺めながら難しい表情をする。


「……ああ、俺が殺したんだなって感覚だった」


 口にした言葉を耳にした周囲の生徒達は沈黙する。


「やったのは狸だった。自分が生きるために別の生き物の命を奪うっていうのを、頭だけでなく体で知っておくためって言われてトドメは短剣で刺した。手に伝わってくるのあの生きた状態の肉を切り裂く感覚は、しばらく忘れられなかったな」

「ああ、分かる。俺も叔父さんに言われて剣で兎にトドメを刺した時、そんな気分だった」


 同じ経験をしていたカズトが腕を組んで頷きながら同意する。

 狩りの経験がある他の生徒達も同じように頷き、その時の感覚を思い出したのか手を動かしたり眺めたりしている。

 それもまた懐かしい記憶だなと、付近にいた冒険者の男は若い頃を思い出してうんうんと頷く。


「それ、これから僕達も経験するんだよね」

「そうね。少なくとも武器が弓矢でない子は全員経験してもらうことになるわね」


 とても大事なことだからねとユウが告げると狩りの経験が無い多くの生徒が不安そうになり、弓矢を使っているアカネと他数名は若干安堵した。

 少々どんよりした空気の中も移動は続き、やがて少し開けた場所に到着する。


「ここが今日の野営地よ。各パーティーで休む場所を決めたら、狩りに行く準備を整えてね」


 この後は各パーティーに、同行してきた冒険者が一名就いての狩りが行われる。

 危険防止だけでなく、ここからさらに奥地へ進んで魔物の領域へ入ってしまわないようにするための措置としてそうなっている。

 それぞれの武器と防具を身に着けて準備を整えたシューゴ達のパーティーに同行するのは、大きな盾を背負ってメイスを腰から下げている身長の高い姐さん風の女性冒険者。


「私がアンタ達に同行するトモエだよ。よろしくな!」


 カッコイイという言葉が似合うトモエの姿と口調にシノブとコトネは目を輝かせ、服と革製の鎧を内側から押し上げている胸元にカズトは興味を示し、同じ場所に目が行ってしまったトシキは微かに頬を染めて視線をそこから逸らす。

 特別変わった反応を見せないのはシューゴとアカネだけ。


「このパーティーのリーダーのシューゴです。今日はよろしくお願いします」

「アカネです。よ、よろしく、お願いします」

「おう、任せておきなって! はっはっはっ!」


 威勢よく胸を叩いた際に揺れたそれにカズトの目は釘付けで、トシキも視線を外しているようでチラチラと見ている。

 そういう視線に慣れているのか気にしていないのか本人は気にしていないが、失礼だと言ってコトネが二人の頭に平手を落とした。


「ちなみに狩りの経験がある奴はいるか?」

「はいはいはい! 俺、俺あります! カズトっていいます!」


 仲間から呆れられてもめげずに挙手をしてアピールする姿はいっそ清々しい。


「俺もあります」

「そうかい。だったらまずはアンタ達が他の四人に手本を見せてやんな。安心しな、やばそうなのに出くわしたら私がなんとかするから。それと、トドメは自分の手でやるんだよ」


 分かりましたと元気よく返事をするカズトに、やる気が空回りしなければいいけどと仲間達は一様に思った。

 それからまだ自己紹介をしていない仲間達が自己紹介をした際、トシキの性別の件で驚かれた一幕を挟んで一行は狩りへと出発する。

 背中にあった盾を手に持ったトモエを先頭に森の中を進み、適当な場所でトシキの「しゅういをしる」で獲物を探す。


「えっと……あっちの方に兎が、向こうには猪がいます」


 見つけた獲物のいる方向を指差しながら教えるとトモエが感心する。


「やるねぇ、お嬢――じゃなかったトシキ。なかなか便利な索敵魔法を持っているじゃないか」


 うっかり言い間違えそうになったが、これくらいならもうトシキは気にしない。

 至って冷静にありがとうございますと、褒められた事にお礼を言う。


「さてと。そんじゃあまずはやる気のあるカズト、行ってみようか」

「はい!」


 張り切って剣を抜いたカズトは兎がいる方向へ走り出そうとして、後ろ襟をトモエに捕まれて息が詰まる。


「ぐえっ!」

「慌てるんじゃないよ。まずは獲物に気づかれないよう接近だよ」


 本当に狩りの経験があるのかと言いたげに歩き出すトモエに続き、咽るカズトを自業自得だと放置してシューゴ達は歩き出す。

 一人で置いて行かれたくないカズトは喉を押さえて後を追う。


「いたぞ」


 先頭を行くシューゴが木に身を隠しながら小声で伝えると、仲間達も一斉に木や茂みに身を隠す。

 統率された動きにトモエは面白そうに笑い、ここからどうするのかを黙って見守る。


「カズト、援護は?」

「いや、俺が一人でやる」

「……冷静にな」

「分かってる」


 さっきの事もあって釘を刺すシューゴにそう返すと、身を潜めながら距離を詰めていく。

 そうして使おうとしている魔法の有効範囲に兎がいる位置まで近づくと、まずは身体能力を強化する魔法「きょうか」を使って身体能力を上げ、次いで本命の魔法を兎のいる場所の地面へかける。


「どろぬま!」


 魔法によって兎のいる場所が小さな泥沼に変わり、驚いて逃げようとするが足場がぬかるんで滑って転ぶ。すぐに起き上がっても足を取られて思うように動けない。

 脱出されないうちに走って接近したカズトは剣を振り上げ、泥沼の外側から一振りで兎を仕留めた。


「……できました」


 剣に付着した血を拭い取り、泥沼に片足を入れて仕留めた兎の耳を掴んで持ち上げる。

 胴体についた傷から流れ出る血液にトシキがつい顔を逸らす。


「目を逸らさずにしっかり見な。私達人間は、こうして別の命を奪って糧を得ているっていう事実から目を逸らしちゃダメなんだよ」


 強い口調での言葉にトシキは逸らした顔を戻し、全く動かなくなったそれをしっかりとその目で見る。そんな弟のちょっとだけ成長した姿に負けじと、コトネも逸らしかけた目でしっかりと肉と化した兎を見ていた。


「うん、やるじゃないの。さっきのでちょっと心配だったけど、魔法の選択も悪くないし躊躇無く一振りで決めたのもいいね」

「ありがとうございます」

「ただし狙った場所は良くないね。胴体にこんな傷をつけたら買取価格が落ちるよ」

「……はい」


 胴体に大きくついた傷に指を添わせながら注意すると、カズトは肩を落としながら返事をした。


「しかし「どろぬま」ね。面白い魔法を創っているじゃない」


 基本的に攻撃用の魔法しか創っていなかったカズトだったが、シューゴとやっている鍛錬から何かを感じ取ったのか攻撃用以外の魔法も創ろうと決断。

 色々と考えた末、強い力や魔法があっても相手に避けられたら意味が無い。だったら確実にそれを当てるために動きを止めるか鈍らせるかできないかという考えに至った。次にその方法を考えて思いついたのが、雨の日にも関わらず走らされたシューゴとの鍛錬。そこから足場を泥にすればいいと考えてシューゴに相談した際、ただの泥じゃなくて深さのある泥沼なら、脱出が難しくなってより動きが鈍るんじゃないかと言われ「どろぬま」を創った。

 欠点があるとすれば仕留めた後に泥沼に入らなければならない点で、これには提案したシューゴも考えが浅かったことを謝罪した。

 尤も、カズトはちょっと泥に塗れるぐらいなら全く気にしていないが。


「じゃあ次はシューゴだね。トシキ、近くに手ごろなのはいるかい?」


 仕留めた兎をアカネの「ほぞんばしょ」の中へ回収し、再度「しゅういをしる」で辺りを調べると狐が引っかかった。

 標的をそれに定めて移動し、気付かれない距離から視界に見える位置で身を隠す。


「アンタはどうするんだい?」

「俺も一人でやります」


 そう返すと木陰から様子を伺いつつ無詠唱で「螺旋廻弾」を唱え、螺旋回転する鋼の弾丸を数発出現させて空中に待機させる。


「ちょっ」


 無詠唱で魔法を使ったことに思わず声が出そうになったトモエは咄嗟に口を手で塞ぎ、気持ちを落ち着かせて小声で尋ねた。


「アンタ、無詠唱で魔法使えるのかい?」

「はい。ちょっと色々あって」


 その色々が知りたいが今は狩りを優先させるため、後で聞かせてもらうよと言ってジェスチャーでゴーサインを出す。

 頷いたシューゴはまず狐を観察。警戒しているなら布石を使って自分の方へ誘導させようと思ったが、無警戒な様子に必要は無いと判断して待機させていた弾丸を全て放つ。

 無警戒だった狐が気づいた時には既に遅く、全ての弾丸が脚を貫く。機動力を奪われた狐はその場に蹲って動かなくなり、木陰から出て短剣を抜いて近づくシューゴを目と鳴き声で威嚇する。

 やがてシューゴが射程内に入ると最後の力を振り絞って噛みつこうとするが、コタロウとの狩りで獣は手負いの時こそ注意すべきだと教わっていたシューゴは、予め準備して空中に待機させておいた浮遊動盾を自分と狐の間に降ろして防ぐ。

 目の前に突如出現した盾に回避も制止もできず、顔を強打してよろけた隙に喉元へ短剣が突き刺さる。体が大きく一回だけ痙攣した狐は動かなくなり、死んだのを確認したシューゴは短剣を抜いて血を拭い取ってから首を掴んで持ち上げる。


「終わりました」

「ん、よくやった。最後の一撃への備えもちゃんとしていたし、文句は無いね」


 皮への損傷もこれくらいなら許容範囲だなと狐の死体を見ながら感想を述べているトモエの後ろでは、表情が冴えないトシキ達が目を逸らすまいと狐から目を離さずにいる。

 狩りの経験があるカズトはなんともなく、よく喉元へ正確に刺せるなと感心していた。


「うし、経験者の二人はどっちも問題無しだ。じゃあ次、未経験者の四人が順番にいってみようか」

「「「「はい!」」」」


 狩り初心者ということで狙いを小動物に絞って周囲を探り、見つけたら順番にそれを狩っていく。

 経験者のシューゴとカズトからのアドバイスや先ほどの狩りを参考に、動きを鈍らせる魔法を使ったり布石で誘導して本命で脚を狙ったりした後に自分の手でトドメを刺す。

 弓矢を使うアカネ以外はその手で殺めた感覚に戸惑うが、そこはそうした経験を何度もしてきたトモエがフォローする。

 そうして一人当たり数回の狩りを無事に終えた一行は野営地へと戻った。

 ちなみに、移動中に無詠唱ができる理由をシューゴから聞き出したトモエは、あまりの粘り強さに呆れるしかなかったという。


「皆、今日はお疲れ様」


 狩りに出た生徒達と冒険者が全員無事に帰ってくると、笑顔のユウが出迎える。

 色々と経験した生徒はその笑みに安堵するが、相手がオネェとあって直後に微妙な表情を浮かべた。


「この後は狩ってきた獲物をパーティー毎に提出したら就寝まで自由にしていいわ。その間に見張りの順番を決めたり、夕食を摂っておいたりしなさいね。それと、くれぐれも勝手にここを離れないようにね」


 連絡事項と注意事項を伝え、順番にパーティーを呼んで狩った獲物を提出してもらう。

 未経験者は狸や兎や鳥を狩り、経験者は狐や猪を狩っている傾向が強く虎や熊のような大物は無い。

 状態もまだまだ経験が浅いため損傷が多いのが目立ち、中には森の中で使うのは避けるように言ったはずの火の魔法を使った形跡がある物もあった。

 火の魔法を使ってしまった生徒は既に同行していた冒険者に叱られたのか、どんよりした空気を発しながら落ち込んでいる。毎年一人か二人はこうした生徒が出るのに加え、既に教育的指導は受けたようなので教師達は軽い注意にとどめておく。


「まっ、例年通りの成果ってところでしょう」

「仮に大物がいても、それは避けるように伝えてますから」

「万が一にも大怪我をされたり死なれたりしたら、責任問題になりますからね」


 ギルドや学校が生徒への依頼に狩り関係の物を回さない理由など、所詮はこんなものである。

 その後、夕食を挟んで見張りの実習が始まった。

 各パーティー毎に固まって一人か二人が見張りをして、残りのメンバーはその場に寝転んで眠る。教員と冒険者も同じように数人が起きて見張りの様子を見守り、一人で見張っているのに船を漕ぎだした生徒を小突いたり、眠気覚ましの雑談に夢中になりすぎて警戒が疎かになっている生徒を注意したりする。


「むう……見張りがこれほど辛いものだとは……」

「け、結構緊張感があるね……」


 焚火の中に枝を放り込みながらシノブとアカネは周囲を見渡す。

 シューゴのパーティーは二人一組の三分割で見張りをすることにしていた。

 二人なら片方がうたた寝しそうになっても起こせる上、眠気覚ましに会話をすることもできる。さらには用を足したい時、少し離れてできるからだとシューゴが説明する。

 できれば距離を取って花をつみたい女性陣がこれに強く賛成して決定。

 順番は最初がシノブとアカネ、次が途中で一度起きるのは女子には辛いだろうということで男のシューゴとカズト、最後はコトネと夜更かしが苦手なトシキが務める。


「先生方や冒険者もいるとはいえ、あの暗闇から突然飛び掛かられたらどうしようと心配になりますね」

「そういうのは思っていても言わないでよ。余計怖くなってくるよ」


 各パーティーや教員、冒険者の焚火によって野営地はある程度明るいが夜の森の中では微々たる明かりに過ぎない。

 もしも夜行性の動物が暗闇の中から現れたらと思い、緊張しすぎて眠れない生徒も多々いる。近くにいるシューゴとカズトは普通に眠りについたがトシキとコトネはなかなか眠りにつけなかったのか、ついさっきまで何度も身動きしていた。


「私達、寝れるかな」

「寝ないと明日の帰りが辛くなりそうですから、意地でも寝ましょう」

「……そうだね」


 緊張から全く盛り上がらない話を続けていた二人は、そろそろ交代の時間だとシューゴとカズトを起こす。

 アカネに声をかけられたシューゴはすぐに目を覚ましたが、カズトの方は声をかけても強く揺さぶっても起きる気配がない。シノブがどうしましょうとシューゴに助けを求めると、こいつはこうしないと絶対に起きないと言って割と強めに拳骨を頭へ落とした。

 突然の拳骨に二人の表情が一瞬引きつり、ヒッと小さく声を漏らす。


「ん? 交代か?」


 しかし当の本人は普通に目を覚まして体を伸ばす。

 痛がる素振りも無く、あくびをしながら焚火の前に移動して地面に座った。


「あ、あの、大丈夫なの?」

「本人が気にしていないから気にするな。さっさと寝ろ」

「は、はぁ……」


 本当にいいのかなと思いつつも、とりあえずは寝ることにした二人は畳んだ布を枕代わりにして地面へ寝転んだ。


「しっかし夜の森って不気味だな。なんか出てきそうだぜ」


 隣に座ったシューゴに話しかけながら周囲の様子を見渡して身震いする。


「そういう時のために俺達が見張ってるんだろう」

「分かってるけどさ。いざという時に動けるかなって」

「大丈夫だって。俺達が動けなくとも、先生や冒険者の人達がなんとかしてくれるって」


 指差した先では教員が各パーティーの様子を見回り、冒険者が辺りの警戒をしていた。

 教員は全員が元冒険者のため、見回りの最中も森の中への注意を怠っていない。


「そ、そうだよな。大丈夫だよな」


 半ば自分に言い聞かせるようにそう呟き、足元の枝を拾って火の調整をする。

 見た目によらずビビりなのかと思いながら「収納空間」から適当な本を出そうとするシューゴだが、何かに気づいてすぐに手を引っ込めて「収納空間」を解除した。


「あれ? 本読まねえのか?」


 いつもならこうした時間を利用して本を読んでいるのに、それをしようとしない。疑問に思ったカズトの問いかけにシューゴは空を見上げながら答える。


「見張り中に読書してたら、そっちに夢中になって警戒が疎かになりそうだから」

「なるほど、そうなったら本末転倒だな」


 自分の習性を理解しているからこその判断だが、せっかくの本が読めそうな時間なのに読めないのが残念でならなかった。

 しかし見張りなのだから仕方ないと割り切り、頬を叩いて気合いを入れ直して周囲を警戒する。


「そういや、このずっと奥に魔物の領域があるんだよな。滅多にそこから出ることは無いって分かっていても、こうしているとなんか不安になってくるぜ」


 魔物は基本的に住み着いている領域から出ることは無い。

 だがあくまで基本的にであって、時と場合によっては領域から出てきてしまう事もある。

 しかもどんな形であれ領域の外へ出た魔物は領域という活動範囲の概念が消滅し、新たな住処を見つけない限りはどこへでも自由に行ってしまう。

 領域の外に出る原因で最も多いのは冒険者が魔物から逃げようとして振り切れず、そのまま魔物が後を追って領域から出てしまう場合。かつてはそのまま付近の町や村に雪崩れ込み、多くの被害出たという記録もある。

 次いで多いのは群れの長になる戦いに敗れた魔物が群れを抜け、新天地を求めて自身の仲間と共に領域を出て行く場合。

 その次は領域から出るのとは違うが、魔物の領域など関係無くどこにでも現れる可能性のあるアンデッド系の魔物が町や村で発生してしまった場合。

 主な理由はこれら三つだが、領域から出たからといって必ず人的被害が出る訳ではない。

 追って来た魔物が町や村に入らないよう国防軍や冒険者達が撃退したり、誰にも遭遇せず新天地へ移動してそこが新たな魔物の領域になるだけだったり、死者がアンデッド化しないように僧侶がお経を唱えて魂を成仏させ肉体を火葬したりしているため、ここ数年は領域外での魔物による大きな被害は報告されていない。


「カズトは体の割にビビリなんだな」

「ビ、ビビッてねぇよ。ちょっと心配なだけだ」


 それがビビッているんだよとシューゴは心の中で呟く。


(まっ、根拠も無く自信を持っているよりかはいいか)


 自意識過剰は自滅を招く原因の一つだというコタロウからの教えを思い出す。

 訓練をこなしていきちょっと調子に乗っていた時期にそれを思い知らされ、痛い目にあった記憶はまだ鮮明に残っている。

 そんな日々を思い出している最中、野営地からだいぶ離れた魔物の領域でちょっとしたトラブルが起きていた。


「くそっ、まさかこんなのに遭遇するなんて……」


 剣を構える冒険者の青年は満身創痍で、いつ倒れてもおかしくないほど傷ついている。周囲にいる四人の仲間も傷だらけになっていて、魔力もほとんど残っていない。

 そんな彼らをそこまで追い詰めていたのは、巨大な鎌を持ち真紅のローブを身につけた黒い骸骨。

 じりじりと後退する冒険者と対峙するそいつは勢いよく鎌を振るって刃先についた冒険者達の血液を吹き飛ばすと、舌も声帯も無いのに言葉を発する。


「じゅもくの……とげ」


 男の声色で紡いだ言葉により、地面から先端の尖った木が複数同時に伸びて冒険者へ襲いかかる。


「くっ! 「てっぺきのかべ」!」


 剣を構えていた青年が自分と仲間達を囲むように鉄製の壁を出現させて木の棘を防ぐが、それで魔力がほぼ尽きたのか壁は防ぎ終えると同時に崩壊し、青年も立っていられなくなって膝を着く。

 もう抵抗する力は無い。そう判断した骸骨が鎌を振り上げ、筋肉も無いのに力強く地面を蹴って接近する。

 まずは動けないでいる青年の首を跳ねようとした瞬間、一番小柄な少年が両手を前に出して間に割って入る。そして残ったありったけの魔力を振り絞り、魔法を唱えた。


「ふきとばす!」


 魔法の発動により両手から発せられた強風に骸骨の体は宙に浮いて後方へ押し出され、そのまま強風に乗って遠くまで吹き飛ばされてしまう。

 骸骨の体だけなら風のほとんどが骨の間を通過してさほど吹っ飛ばずに済んだが、身に纏っていたローブがしっかりと風を捉えてしまったのと肉が無くて体重が軽いことで想像以上の距離を飛んでいく。ありったけの魔力を注ぎ込んだ少年の執念が、その風に宿っているかのように。

 逃げる事も倒す事もできなかったものの、相手の方を遠くへ吹き飛ばす事で難を逃れた冒険者達は安堵して胸を撫で下ろす。

 ところが、これで終わった訳ではなかった。魔物が領域外に出たという事案の一つにこのようなものがある。


 強力な風を発生させる魔法によって、魔物が領域外へと吹き飛ばされてしまった場合


 「ふきとばす」によって吹っ飛ばされたこの魔物は空中を飛ぶ術を持たないため、受けた風による勢いに身を任せたまま大きな放物線を描いて魔物の領域の外側へと飛び出した。

 落下地点付近の木の枝を数本折りながら地面に叩きつけられたが、何事も無かったかのように立ち上がってしばし沈黙した後にある方向を見る。


「……あっち……いる」


 生きている人間の存在を感じ取った骸骨は魔力を体の外へ放ち、周囲に漂う肉眼では見えない冒険者や狩人によって狩られた野生動物達の彷徨う魂を、生前の姿をしたゴーストに変化させて従えさせる。

 上位種のアンデッドは周囲へ魔力を放つことで付近を彷徨う魂をゴーストに、足下に転がる死体をゾンビへと変化させて自分に従えさせる特性を持っている。これによって生み出された無数のゴーストが骸骨の周辺を漂う。

 それを従えた骸骨の魔物――デッドリーボーンは見つけた生者を逃さぬよう、鈍く怪しい輝きを目に灯して動き出す。付き従う無数のゴーストもそれに続き、移動中に新たにゴーストと化した魂達と共に狩られた恨みを晴らすべく生者の下へと向かう。

 向かった先にいる多くの生者達。即ち野外授業中のシューゴ達を狙って。

 そして、その接近を索敵系の魔法で周囲を警戒していた冒険者が察知する。


「接近する敵意を多数確認! こっちへ一直線に来ます!」


 冒険者の叫びで野営地に衝撃が走った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ