将武その7「ばくおん!!放課後Tバック!!」
日が傾き始めた東乱楠の町に、馬の嘶きのような音が帰ってきた。
地鳴りのような排気音も追い抜く、駆ける黒とシルバーの色合いの均衡がとれたバイク。
慣れ親しんだ町の、爽やかな風。
酒井 早雲はかけたサングラス越しに、にんまり笑って自らが跨るバイクで街を爆走する。
「この町も変わんねぇなぁ、相変わらずいーい風が吹いてらぁ!」
ノンヘルメットで走る早雲。
首に入れた黒い羽根のタトゥーに、長く伸びた脱色した髪を、低めの位置で馬の尾のように纏めて、日に焼けて軽く色の落ちた黒のキャップを被っている。
白のタンクトップを着た程よく筋肉の引き締まった身体つき。
腰には学ランの上着をぎゅっと結んでおり、そのボタンに輝く東乱楠高校の校章。
バイクに乗るにしては軽装だ。
しかしそれが彼によく似合っていた。
「きゃーっ!!誰かそいつを捕まえて!!引ったくりよー!!」
そして、この町も相変わらず。バイクに乗った男が道を歩く女性のバッグを奪ったのだ。
「ひゃっはー!ぶっちぎるぜこのままよぉ!!」
他校のヤンキーか。ゴテゴテに装飾したバイクの、なんと重そうな。だが愛着のこもった一台で走る様子は、早雲の胸を昂らせた。
ああ、追いかけなくては。
追いかけて、追いかけて……追いかけて…!!
並んだ!!
「よぉ、かっけぇバイクじゃねーか!!」
「なっ!?なんだお前!まさか捕まえに…!?」
「ああ?なんだパクッたのかそれ?まあいいや。ブッちぎりてぇんだろ?ならどっちが速ェか競走だ!!」
「うるせぇ!わけわかんねぇ事言ってんじゃねえ!!」
「ほらほら行くぞー!!ブッちぎって…」
次の信号機のある所がスタートライン。ハンドルを握りこみ、嘶くエンジンは戦を駆ける馬のよう。あと10メートル……9、6、3……1!!
「行くぜぇーーっ!!!」
酒井 早雲、爆走――!!
「ブーメランッ!!」
「どうしちまったんだ!!土御門ッ!!」
東乱楠高校、校庭。突如として忠勝に掴みかかってきた土御門 明良。
彼は白目をむき、忠勝の首に手を伸ばそうとした寸前のところで、忠勝は明良を抑え込み、とにかく動きを止めようとするが
「おいっ!!やめろ土御門!!ッ…たのむ…タケ!」
敵が、近くにいる可能性が高い。抑えるのに手一杯な忠勝は千代子をタケと呼び、助けを求める。
「……!わかった!!」
反応が一瞬遅れるが、千代子は暴れる明良の首を打ち、当て身をすることで彼を気絶させた。
がくり、と身を崩す明良。
「くそっ…土御門まで…!」
気を失った明良を抱き支えて、忠勝は周囲を見渡すと…何故だ、囲まれている。
なぜ男女問わず、東乱楠の生徒達がここにいるのだ?
おまけに忠勝と明良の担任の教師、千代子を今日初めて、昼食に誘ってくれた女子生徒。
よりにもよって、2人を囲んでいたのは一般生徒と教師ばかりで…様子もおかしかった。
「ブーメラン……ぶぅ、め、メ。メ、ラン。ブーメラン……ブーめラん、ぶーめらん、ぶーめ、ら、ん。」
「いやぁごめんごめん。遊びのお誘いにしては手荒だったかな?タケ兄ぃ。」
小馬鹿にするような男子の声はブーメラン集団の中から聞こえた。集団の何人かが、声の主の道を開けるように整列する。
「……!お前は…ッ!!」
今朝千代子が見た、江頭と話していた生徒。
『虎徹お坊っちゃま』と言われていた、黒髪の、赤いパーカーに学ランを着た小柄な男子はズボンを穿かず、赤いブーメランパンツを穿いた出で立ちで現れる。
「改めて挨拶をしよう。僕の名前は井伊 虎徹だ。以後、お見知り置きを。」
「…ブーメラン…まさか将武!!」
千代子はそのパンツが将武・井伊 直政だと確信する。
「ご名答、これこそが僕の将武パンツ、『井伊 直政』…またの名を、『赤備え』。」
便利なものだろう?と、自信満々に将武の端をつまみ、パチンと鳴らしながら不敵な笑みを浮かべる虎徹をきっと睨みつけ、そして焦りを感じる。いま、彼女は家康を穿いていない。
だが、本体を叩けば洗脳が解けるのでは…?明良を抱えた忠勝は、千代子へと提案を投げかけた。
「タケ、こうなったら奴をやるしかないぞ…どうする?」
「どうするも何も、君たちにはどうしようも出来ないし、させないよ。不良とつるんでる奴ってのは野蛮な考えしか持てないのかな、三河先輩?…井伊グループの社長の息子である僕を殴ったってことが世間に知れたら、君たちのこれからの人生が終わるだけなんだよ?」
す、と虎徹は片手をあげる。すると洗脳された生徒達がスマートフォンや、カメラを手に忠勝と千代子へと向けた。
「ほんと、便利で怖い時代だよねぇ。カメラひとつ、動画や写真だけでも……証拠を残せばいくらでも人の人生を潰せちゃうんだから。
それでねタケ兄ぃ。今日はあおいベーカリーの開店記念日なんだよね?そしてみかわ書店。三河先輩が手伝ってるとはいえ、おじいちゃんとおばあちゃんで切り盛りしてるなんて…偉いよなぁ。」
「まさか…ッ!忠勝、お前の爺ちゃんと婆ちゃんのとこ行くぞ!!助けねぇと!!」
その集団をかいくぐろうとしても、洗脳された人々が、それを阻む。虎徹は勝ち誇ったような顔で笑った。暗い目はニィィィ、と細められている。
「あっはぁ、やっぱり思った通りだ!タケ兄ぃは自分よりも友達を優先した!でもね……行かせるわけないでしょ。行かせて欲しけりゃ土下座でもして頼まないと。『どうか行かせてください、虎徹さま』とでも頼みながら地べたを舐めて見てよ。『大切なものを守る』んでしょ?伝説のヤンキー、葵 竹康せーんぱい?」
道を塞ぐ生徒達…家康もいない、殴れば撮影されて…ネットで世間にも晒されて……そんなことになったらあおいベーカリーも、みかわ書店も……。
なにも、できない。
生徒に阻まれて逃げることも出来ない、逃げたとしても高校での居場所を無くす上に、兄の名に泥を塗る結果となる。加えて殴れば家族にも被害が及ぶ……こうして固まってる間にも彼の手下が近づいているのに……!!
葵 千代子は、葵千代子しか守れないのか……?
違う。違うと言い張って、否と言いたいのに…!!
膝が折れかけ、葵 千代子は兄の姿で、情けなく……
地に、伏そうとした……。
一方校舎裏。
自慢の鼓帝架を大いに振る舞いながら、榊原 村正はイラついた声を上げた。
「ッあぁんもう!!コンティニューし過ぎよ!倒しても倒しても起き上がって…!ブーメランのイイコチャンぜーったいに許さないんだから!」
織田が服役してから大人しかった不良たち。
そして竹康の…もとい千代子の舎弟、宇佐見と樺地までもがブーメランの洗脳により操られていた。
地を蹴り飛び上がって、伸ばした鼓帝架で回転し、ブーメラン集団を薙ぎ払う榊原。
ああ流麗なる将武の大盤振る舞い、否、大パン振る舞いである。
回転し、着地すると何かに気づいた様子で、彼はすぐさま後方へ飛び退く。高所から舞い降り、榊原の前で砂煙を巻き上げ立ち上がる男。
朱色に染めた短髪に、かっちり第1ボタンまで閉めた短ラン。手に持ったのは、身の丈ほどの長さの鉄パイプ。
「葵 竹康にケツ振ってる間に鈍ったか、解体屋のバラ。」
「森 永吉…!なんで来たのよ、あんた…!」
森 永吉……
織田 忠光の部下である彼が助太刀に来るなど予想外であった。ハン、とぶっきらぼうに息をついて鉄パイプを肩に担ぐと、朱き小鬼は歴戦歴殺の悪鬼の如く、ブーメラン集団を睨め付ける。
「あのお方の御迎えに行くって時にバカタレ共が…穴熊野郎にまんまと操られやがったんで灸を添えてやる為に来たわけだ。」
空を切る鉄パイプは襲いかかった不良の肋骨を捕らえ、校舎の壁に叩きつける。不機嫌に軋らせた白き歯が、かっと開いた三白眼が、まるで怒り暴れる朱鬼のよう。
「足を引っ張るならてめぇも消し飛ばすぞ、解体屋。」
「こっちのセリフよ、鬼武蔵!!」
「さあ、どうするのかな?タケ兄ぃ。」
校庭にて、千代子は俯く。もう、逃れることなんかできない絶望的状況。
頭を下げて、それで家族が助かるのなら……
膝を折りかけた、その時だった。
大きな黒鉄の馬が来たのかと、一瞬錯覚した。
馬の嘶きのような排気音。夕焼けに煌めく黒と銀の均衡がとれた、使い込まれてはいるが、鋭い稲妻のようなフォルム。
洗脳された生徒達の人混みを飛び越えてブレーキをかけると、校庭の砂を抉るように2輪のホイールの跡は重々しい馬の蹄のように深く刻まれ、そのバイク乗りは千代子の前で背を向けとまると、サングラスをかけた顔をあげた。
「やっと着いたぜ!さあ、乗ってくれタケさん!!」
黒いキャップをかぶった強面の顔で朗らかに歯を見せて、千代子を『タケさん』と呼ぶ男。
「お前は……!」
千代子が目を見開き…
「酒井…早雲…!」
虎徹は、顔を顰めた。
早雲が虎徹へ向けて日に焼けた指をさし、不敵に笑う。
「話はもう聞いてるぜ。たしかブーメランの……えーと、…い…イイコちゃん!」
「井伊 虎徹だ…!」
虎徹は腹の立つ呼び方に、眉間に皺を寄せる。
一体なぜ、彼がここへ来て竹康…もとい千代子を助けるのか。疑問はあるが…早雲は千代子を見て自分の後ろに乗るようにと再び顔を向ける。
「行先は電話で聞いたとおり、みかわ書店だよなタケさん。早く乗ってくれ!この獲飛巣喰で、ブッちぎっていくからよォ!」
事情も聞かず、既に千代子が決めていた行き先を口にした早雲はニカッと笑みを向ける。
「…!ありがとう、酒井!」
千代子は早雲の背に身体を預け、バイクに乗る。早雲がアクセルを捻り、回転するエンジンが威嚇の如く、唸りを上げるッ!!
「しっかりつかまってなァッ!!」
そしてクラッチレバーを離し、ギアを上げるとバイクは走り出す。ブーメラン集団は轢かれぬようにと列を乱して、逃走を許してしまう。虎徹は苦虫を噛み潰すように歯軋りをした。
みかわ書店へ向かう早雲と、千代子。音を置き去りにするバイクは車よりも早い。排気音と過ぎ去る風の音で声がかき消されそうに感じながら、千代子はやや大きめの声で早雲へ疑問を投げ掛けた。
「酒井、なんでオレを助けてくれたんだ?」
「なんだタケさん、忘れちまったのか?さっき電話くれたろ。『いますぐ東乱楠にいるオレのもとへ来てくれ』って言ったじゃあねぇか?」
数時間前……
ひったくり犯との競走のついでにバッグを取り返し、一息つくために町中を走り回っていた早雲は、自分のスマートフォンの振動に気付いた。『非通知』の着信を知らせる画面を、走りながら確認する早雲は、首を傾げた。電話の主が誰なのかもそうだが……
「…ひ、とお、しり……ヒート尻?そんなやつ電話帳登録してなかったけどなぁ……まぁいいや、もしもーし。」
その電話の相手は……
「久しぶりだな、早雲。」
「たッ、タケさん!?」
「早雲、早速で悪いんだが、お前の足が必要なんだ。今すぐ東乱楠高校にいる"オレ"のもとまで来てくれ。事情はお前が学校に向かってる間に説明する。」
お前は走ってる方が冴えているからな。と、タケさんと呼ばれた彼は続けた。
早雲は、快くそれを引き受ける。彼の頼みならば、どこからでもかっ飛ばして駆けつける、と言わんばかりに。
「任せてくれタケさん!いますぐ高校に行きゃいいんだな?…けどよ、今日まで何も連絡寄越さねェでタケさん一体どこにいたんだ?ま、オレも『アゲパン』をコントロールする修行してたからタケさんのこと言えねぇけどよ。」
早雲の言葉に対し、"葵 竹康"は爽やかに、電話越しに笑ったようだ。
「忘れたのか?早雲。オレはヒーローを目指す男だぞ。どこにいても、どんな時も…『大切なもんを、守ってるのさ。』」
「って、タケさん言ったじゃねぇか?」
事の顛末を聞いた千代子は、ひとつの確信へとたどり着く。
千代子はそんな電話を一度もしていない上に、早雲の電話番号など知らないのだから。
「…!酒井ッ!!ぶつかるぞ!!」
右方からトラックが来ている。このままでは…このスピードでは、ぶつかってしまう…!!
「まあ見てろッて。修行の成果を見せてェからさ。オレのアゲパンを!」
アゲパン……?一体どういうことだ。尋ねる前に、早雲はズボンの中に手を入れた。まるでチェーンソーを起動するかのように、穿いていたパンツの両サイドを持ち……
上げたッ!!
酒井 早雲とバイク、獲飛巣喰を包む紺碧の将気……!
そう、彼も将武パンツ使いッ!!
「ブッちぎるぜ、これがオレの将武…『酒井 忠次』の…!!」
人馬一体、否!!
人 車 一 体 な り ッ !!
将武とバイクが…!
半人半獣の古人の如く…
獲飛巣喰は早雲と…
ひとつになるッ!!
「ア ゲ パ ン だ ァーーーッ!!!!」
空を走る雲のように、早雲はスピードを上げたッ!!
右から来るトラックは既に前方にその車体が壁のように阻んでいる。きっとトラックを吹っ飛ばすのだろう。
千代子はぎゅっと目を閉じたが…ぶつかった際の衝撃がいつまで経っても来ない。恐る恐る目を開けると…もうトラックは何処にもなく、
既に交差点を抜けていた。
「……!?酒井、一体何を…っ!!」
今度は前方の乗用車。風を超えて、音を超えた獲飛巣喰は乗用車へ突っ込み…
すり抜けた!!
透明になったのだ。雲を手で掴むことが出来ぬように…!!瞬く流星のように碧き将気が軌跡を描くッ!!
疾走は
爆走は
誰 に も 止 め ら れ な い ッ ! !
「すげェだろ、タケさんがオレに進むべき道を教えてくれたから、この力をものに出来たんだ!!このままみかわ書店までひとっ飛びで行くぜ。振り落とされねぇようになァ、タケさんッ!!」
次々と車を、建物をすり抜け、みかわ書店へと辿り着く2人。『アゲパン』を解除して、早雲はブレーキをかける。
近付くのは洗脳されたブーメラン集団。今度は、力ある東乱楠の不良達が迫り来る。
千代子と早雲はバイクから降りて、迎撃しようと構えた。
「タケさん、あらかた片付けたら、あおいベーカリーに行ってくれよな!今日は開店記念日なんだろ!」
「ああ、頼むぞ酒井!!」
不意に、早雲は笑う。とても楽しそうな、青空のような笑顔だった。
「タケさん、なんだか今日は忘れっぽいな?…『早雲』だよ!」
ブーメラン集団を前にボキボキと拳を鳴らす早雲。彼の言葉に、千代子もまた笑った。
「ありがとう、早雲!!」
礼と共に…千代子はひとつの、確信にも近い予感を胸に秘める。
お兄ちゃん……帰ってきてるの!?
その頃、あおいベーカリーにも洗脳されたヤンキーの集団が近付いていた。休憩時間か、客が来ない故に中にいるのか…店の前はとても静かである。
「あおい…べー、カリー。つ、ぶす。……つぶ、ブーメ、ラン……」
集団は揃って、あおいベーカリーへと向かう。手には金属バットや、鉄パイプが握られていた。
その集団の前に立ち塞がる、長ランの男。
ここは通さない。言葉を語らずとも、彼のその立ち姿が物語っていた。
「だ、レだ。オマエ…」
彼らは行く手を阻む一人の男に、そう投げかける。
爽やかな風が、男の長ランを揺らした。
金色のメッシュが、疾風に靡く。
「通りすがりの、ヒーローさ。」
参上――。
次回も尋常に……将武!!
今回登場しました、酒井 早雲。
彼の将武パンツである酒井 忠次…それは啖牙、そう、Tバックなのです。バイクのハンドルみたいですね。でもバイクと合体しちゃった酒井くんからしてみれば、サドルのようなものです。
一体なぜ彼は東乱楠高校に今までいなかったのかと言いますと……
アゲパンの修行に夢中になりすぎて、彼は日本中を爆走していました。
途中で女暴走族『長篠レディース』のナワバリに迷い込んでしまいます。
成り行きで総長とライディング将武をしたところ、彼は勝利し、奇妙な友情を育んで総長は彼に淡い恋心を抱いてしまったのです。
まあこれは本編の裏側なので多くは語らないでおきましょう。
次回もお楽しみに!