第1章:将武その1「登校、東乱楠高校!!」
千代子、なにをしているの?
ぱんやさんごっこしてるの。
千代子はほんとにパンが好きね。
ぱんで、みんなしあわせにしたいの!
じゃあ夢はうちのパン屋さんだな。
うん!ちよこはね、ぱぱとままとおにいちゃんと、ぱんやさんになる!
うふふ、そうね、がんばってね千代子。ところで、その手に持ってるものはなぁに?
え?なにこれ?…おにいちゃんの…パンツ?
『余を穿くのだ、千代子よ』
いやーーーーーーーーっ!!!!!!
……
また、この夢だ。お兄ちゃんが帰ってこなくなってから、どれくらい経ったのだろう…なぜかお兄ちゃんのトランクスを持っていて、そのパンツが喋るなんて、変な夢。
私は葵 千代子。東乱楠高校1年生。
学校生活も、始業式を終えてやっと1人、友達ができた。
ヤンキーの妹ということで、やはり周囲の目は厳しいものだけど、学校生活のスタートはまあまあの出だしになる……はずだった。
「いってきます」
登校途中にある公園のトイレに駆け込み、カバンから取り出したのは兄の制服……を改造した長ラン。もう着慣れてしまったそれに、袖を通して、ズボンのベルトをしめる。
「……お兄ちゃん、こんな重たいの毎日着てるなんてなぁ。」
鏡を見て、金色のヘアチョークで千代子は右のフェイスラインにかかる髪をひと房手に取り、地毛である明るい茶髪を塗った。
なるべく、そう、強そうな…顔。むっとすればいいのかな。眉間にシワを軽く寄せてみた。
鏡に映るのは、兄を模した、自分の姿。
葵 竹康。失踪した兄としての不良生活が、千代子の第2の学校生活。こんな二重生活も、遂にひと月めにさしかかろうとしていた。
両親にはこんなこと打ち明けられない。
兄のことを心配はしているだろうけど、『竹康は昔からヒーローになるんだって、いつも言ってたわね』『真っ直ぐなあの子のことだ。きっとどこかで人助けでもしているんだろう』
なんて、能天気なことばかり。
たしかに、昔から兄、竹康はヒーローになると小学生、中学生のときから、何度も言っていた。漫画とか、テレビで見るヒーローのように、いつもいつも、困ってる人を見ると決して、放っておかないのが竹康だ。子猫の里親探しをするために、朝まで帰ってこなかった時もある。
けれど、ある日突然いなくなって、そんな中で私の机に残された兄の直筆の手紙と一緒に託されたのは……そう、このトランクス。彼氏が下着をプレゼント……って言うことはあるらしいけど、実の妹に、男物のパンツを普通贈るなんて……
なんて嬉しくないプレゼントなのだろう。箱にも入っていなかったし、それが兄がいた時に何度も洗濯されて、家の庭に干されていたのは見てきていた。
つまり、使用済みの、何度も穿いたトランクスを渡して兄はどこかへ行ったのだ。
……なにか意味があると思って、カバンに忍ばせているけれどもそれを穿く気にはけしてなれない。
着替えを終えて、ポケットに手を入れて学校への道を歩いた。
「「「おはようございます!!!!タケの兄貴!!!!!」」」
校門へたどり着くと共に、ガラの悪い格好の不良達が、整列して挨拶をする。もう見慣れた光景。
葵 竹康……登校!!!