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お薬いかがですか?  作者: ほる
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060. 大水母を食べよう


「さてさて、では水母の下処理しまーす!」


 まずは水を替えながら時間経過のポケットで塩抜きをするのだが、この大水母は塩漬けされている訳ではないので、それ程塩抜きの時間はいらないだろう。

 それを今度はきちんと湯が残っている状態の大鍋に渦巻き水母を投入して湯通しし、アエラウェに頼んで水でさらしてもらう。これを三回程繰り返して食感を良くすれば下処理は完了だ。良く水を切った水母を、十センチと五センチの長さに切り分けておく。


「湯通ししないで塩抜きだけでお刺身にするのも美味しいんですけど……」


 マリールはちらりとアエラウェとルルナを見る。水母を食べたく無さそうなこの二人に、いきなり生で出すのは抵抗あるだろう。加熱処理するだけでなんとなく安心感が出るものだ。それにマリールもこの大水母を食べた事が無いので、初っ端(しょっぱな)から生食の冒険は止めておく事にした。


 続いて深鍋に木の実油を少し、千切りの芋を炒めてある程度火を通し、続いてガランガーの千切り、牛肉の短冊切り、葉物野菜も入れて炒める。味付けはスターアニス、フェンネル、花椒、醤油、砂糖、酢、スープストックの粉末を入れて、最後に五センチに切った水母を合えて軽く炒めれば一品完成だ。


 今度は薄切りにした牛肉に塩胡椒で下味を付けて、木の実油で軽く炒めて直ぐに取り出し、余熱で火を通す。その鍋に粒マスタードと醤油、酢を入れて小さな泡が立ったら、直ぐに玉葱の薄切りとクレソンのざく切りを入れ混ぜ合わせ火から下ろす。以前にもスープに使ったクレソンは、新たにピピ角牛の水のみ場で採取したものだ。


「……雑草食べるの?」


 せっかく美味しそうだったのに、突然雑草が入ってしまった。ルルナは悲しそうな表情で鍋に入れられたクレソンを見つめた。雑草を食べるなんて、親を亡くして一人で生きていた頃を思い出す。


 あの頃は何でも口に入れて、それこそ命懸けで食べられるものかを判断していた。激しい下痢や腹痛に苛まれた事も、花畑の遠くで亡くなった母親が手を振っている夢も見た事がある。雑草は怖い。孤児院で世話になってからは、どんなに腹が減っても雑草だけは食べないようにしていたのに。


「これ雑草じゃなくて、食べられる薬草なんですよ。いろいろ効能もあるんですが、女性に嬉しい栄養が含まれていてシミやそばかすも薄くなります」

「マリーちゃん、それもっとないの!?」


 マリールが雑草ことクレソンについて説明すれば、肌に良いと聞いてアエラウェが食いついた。


「そんなにお肌きれいなのに、必要ですか?」


 青い薬+プラスの時も思ったが、アエラウェの肌はシミひとつ無い透き通るような肌なのに、そんなに気にする必要があるのだろうか。首を傾げるマリールに、アエラウェが悩ましげに溜息を零した。


「ユニコーンの角が含まれてるとかいう、凄く高い化粧品使ってるのよ……。確かに効くんだけど、毎日使わないとすぐ効果無くなるのよね……」

「あ~……ユニコーンの角って、確か毒を浄化するとか検知するとかでしたっけ? 浄化で肌を綺麗にするとか、そういうのですかね? あれ希少素材だから、お値段も凄いんですよね……」


 ユニコーンと言えば何故か処女が大好きなお馬さんで、処女にだけ懐き、何故か膝枕を強要して寝入るそうだ。その寝入った隙に角を採取するのだが、処女以外が近付くと怒り狂って蹴り殺してしまうという。

 その特性は処女証明にも利用され、処女ではないと言い出せなかった女性が悲しい結末になってしまう事も多々あるらしい。


 マリールも以前、薬の材料集めでユニコーンの角を手に入れる為に、師匠と捕獲しに行った事がある。当時マリールは六歳くらいだったか。当たり前だが未経験なので余裕で捕獲出来ると思っていたのだ。ユニコーンが膝で眠ったら、隠れていた師匠が捕獲して角を折る手筈だった。


 だがユニコーンはマリールに近付いて来る事も、蹴り殺す事も無かった。マリールから近付けば栗鼠でも来たのかくらいの興味の無さで、ちらりと横目で見て鼻息をフン、と鳴らしてとっとと去ってしまったのだ。酷い侮辱である。


 その件でユニコーンは初潮が来ている女性にのみ反応する事が解かったのだが、とんだ変態馬である。以来、マリールは初潮が来たらユニコーンの角を乱獲してやると心に決めていた。



「ええ、そう! 身体に溜まった毒をきれいにすると肌もきれいになるとか、そんなような事が説明書に書いてあったわ」


 ユニコーンの苦い思い出を反芻しながら鼻の頭に皺を寄せ、マリールがユニコーンの角の効能について言えば、正解だとアエラウェが手を叩く。


「なるほど……。確かに身体の中からきれいにした方がいいかもしれませんね。私の薬もですが、あまり薬品に頼りすぎるのも良くないですし……」


 マリールの青い薬+プラスも驚きの美肌効果があるのだが、一応薬なので美肌目的で常用するのも良くないだろう。やはり失敗して出来てしまった青い薬+プラスは破棄したほうが良いだろうかと考えが過ぎったのだが。


「マリーちゃんの薬は別腹よ!」

「いや、デザートみたいに言われても」


 読心術の特技でも持っているのだろうか。アエラウェが全力で青い薬+プラスを擁護する。飴に混ぜて売る手筈だが、デザートではないのだ。飴の値段としては高過ぎて早々売れそうにも無いが、買占め出来ないようにお一人様一点限りを徹底した方が良いかもしれない。


 マリールは主にアエラウェ対策を真剣に悩みながら、先程火から下ろしたクレソンと玉葱を軽く炒めた物に牛肉を合えた。これで二品目。


 続いてニンニクとガランガーを微塵切りにして、玉葱の薄切り、鶏がらのスープストックと、塩胡椒、それにゴジベリーをほんの少し入れて煮る。そこに十センチに切っておいた水母を入れて、千切りにした緑瓜と微塵切りのトマトも投入した。

 そこに水溶き片栗粉を入れて、とろみが出るまでかき混ぜながら加熱する。これで三品目の完成だ。


 それから最後のステーキに取り掛かる。ニンニクをスライスしたものと、枝から外したローズマリー、ジュニパーベリー、タイムと木の実油でマリネ液を作り、ステーキ用に切り分けた肉を漬け込む。これを時間を進めるポケットで一時間も経過させれば大丈夫だ。マリネ液から肉を取り出し、後は焼くだけなのだが。


「ルルナちゃん、お肉焼いてみますか?」

「いいの!? 焼く!」

「ちょっ、マリーちゃん!?」


 ルルナの全力火力が役立たず、わざわざ竈を作ったのに、何故敢えてルルナに焼かせるのか。アエラウェがマリールを止めようとするが、マリールはルルナを手招きして、背負い鞄から取り出した平鍋と肉を一枚渡してしまった。


「まずは私が焼いて見せるので、ルルナちゃんも好きなように焼いてみてください」


 マリールは熱した平鍋でステーキ肉を一枚両面焼いて、余熱で中まで火を通す。元々笹肉は柔らかい部位なので叩く事も切れ込みも入れる事も無い。ただミディアムレアに焼くだけで良いのだ。


「さあ、次はルルナちゃんの番です!」

「うん! まかせて!」


 マリールの手順を見ていたルルナは、手順を真似ずにいつも自分がやる通りにするようだ。全力の火力で肉が乗った鉄鍋を炙り、そしてあっという間に黒こげ肉が出来上がる。肉汁が白い煙をもうもうと出して、煙は天井まで昇っていく。深い落とし穴が煙突の役割をしてくれていた。


 焼いた肉をそれぞれ薄くカットして皿に盛る。これで全ての料理が完成した。


 マリールは大きな布を床に敷いて、ピクニック気分で皿を並べる。全ての料理は大皿に盛ってあるので、取り皿で好きなように食べてもらうスタイルだ。

 並べられた料理の中で、水母と雑草、それに黒こげ肉が存在を激しく主張していた。


「では、お肉が冷めない内にルルナちゃんの全力火力で焼くお肉と、加減した火で焼くお肉、どちらが良いか食べ比べましょう! いただきまーす!」

「えっ」

「うん! いただきまーす!」


 強制食べ比べにアエラウェが思わず声を上げる。マリールは真っ先にルルナの焼いた肉に手を伸ばし、中まで消し炭のようになった肉を噛み締めた。ザクザクとした食感と苦味がなんとも新しい。


「――あれ? これはこれで……」

「いや、無いわよ、これは……」


 アエラウェも仕方なく食べてみるが、本当に炭を食べているようだ。正直な感想を漏らすと、途端にルルナの長い耳がへにょんと垂れた。


「い、いつもはもっと中が生だもん!」

「中が生でも、外が炭じゃねぇ……」


 料理出来なくとも信望者達から豪華な食事を馳走になる事が多いアエラウェは、食に対して手厳しい。ルルナは涙目になって俯いてしまった。


「それじゃ、次は私の焼いたのも食べてみてください!」


 マリールが焼いた肉は、中がピンクになっているが外は美味しそうな焦げ目が付いている。促されてルルナが口にすると、同じ肉を焼いたとは思えない程の違いがあった。


「お……! おいしーい!! 柔らかくて、お肉の味がじゅわって……! 雑草の香りって、こんなに美味しそうだったっけ!?」

「あら、ほんと。焼くだけで良いのにって思ってたけど、この食べ方も美味しいわねぇ!」


 ルルナもアエラウェも目を見開いて、次々とマリールが焼いた肉を口に運んでいく。


「ルルナちゃんの焼いたお肉もちゃんと交互に食べてくださいね? 残すのは駄目ですよ?」

「うっ……」

「わたしが焼いた肉、食べたくない……」


 マリールが注意すれば、二人は気不味そうに目を逸らした。炭肉はそれぞれ一口食べただけだから、まだまだ残っている。美味しい方を知ってしまうと不味い方には手が伸びないものだ。


 なかなか食べようとしない二人に、マリールはカッと目を見開き、説教を垂れる。


「 駄 目 です! 食材を美味しく出来なかったら、次は失敗しないように最後まで食べなくては! 私も失敗した時は責任とって全部食べてるんですよ?」


 マリールの失敗料理は焦がす事は無いがとにかく不味い。不味いだけでなく何かしら不具合が起こる。マリールは失敗作を食べた時を思い出して、若干遠い目をした。


「……マリーちゃんも失敗するの? こんなに美味しく焼けるのに……」

「失敗の積み重ねで成功に至るのです。だからルルナちゃんも失敗に気付けたなら、次はきっと美味しく焼けます! さあ、焼いたお肉を全部食べたら、また焼いてみましょう!」

「う、うん!」

「……頑張って食べるわ」


 ステーキ用の肉はまだ四切れ残してある。やる気を出したルルナは、今度は火を小さくして焼く事を覚えた。小さい火を出すのはなかなかに難しく、気を抜くとうっかり炎を高くして焦がしてしまうが、最後の一枚を焼く頃には大分マシな焼き加減が出来るようになっていた。


「っルルナ! 美味しいわ!」

「ほ、ほんとですか!?」

「うん! これなら誰が食べても美味しいって言います!」

「……マ、マルクも美味しいって言うかな……?」


 ルルナは文句を言いながらも焦がした料理を食べてくれるマルク達が、一度も美味しいとは言ってくれていない事に気付いていた。アエラウェもマリールも笑顔で美味しいと言ってくれたから、今度はマルクも美味しいと言ってくれるかもしれない。


 耳を伏せて呟いたルルナを、アエラウェとマリールがにやにやと口を歪ませながら見る。


「もっちろん! きっと惚れ直しますよ~!」

「そうね、男は胃袋からって言うものね」

「……っ! も、もう! こ、こっちも食べていい!?」


 その視線に気付いたルルナは顔を真っ赤にして、誤魔化す様にマリールが作った芋と水母の料理に手を伸ばす。大きく開けた口に放り込むなり、ルルナは瞳を輝かせた。


「……! おいしー! なんかコリコリしてる!」

「あら、ほんと。このコリコリのがもしかして……」

「水母でーす!」


 なかなかの好感触に、マリールも得意げに笑う。水母は火を通し過ぎたり塩分で水を出し過ぎるとせっかくの食感が台無しになるが、さっぱりした味付けも濃い味付けも何でも合う。薬にもならない程度の含有量しかないが、その栄養素は意外と豊富だ。


「私の居た世界では、食べて治す! 予防する! という『食薬同源』という思想がありまして。水母はこの食感を楽しむだけでなく、咳止めとか便秘とかむくみ解消に使われます。あとコラーゲンというお肌ぷるぷるになる成分が含まれているので美容に良いと好まれてましたね。実際のところ、コラーゲンって食べても吸収されないらしいんですけど……」

「食べるわ!!」

「いや、だから食べてもぷるぷるになるわけでは……アミノ酸補給は出来るからいいのかなぁ? まあ、何でも食べ過ぎは良くないので、程ほどに良く噛んで食べてくださいね~」


 相変わらずの美容に敏感なアエラウェが鬼気迫る勢いで水母料理を消費していく。ルルナに至っては、大人しいと思ったらほっぺたをぱんぱんに膨らませて、ひたすらもきゅもきゅと咀嚼していた。


 あんなに不評だった水母も、食べてみれば好評になったようで何よりである。





お読みくださりありがとうございます。

ブクマまで…!

また読んで頂けるようにがんばります。

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