039. 青色は何の色
薬術士の製薬作業を初めて目の当たりにした一同は、その術式の多さと謎の記号に驚かされたが、青い薬+プラスの肌のアンチエイジング効果を聞き、驚きもぶっ飛んでしまったようだ。特に女性陣が。
アエラウェの容赦ない揺さぶりによって魂を飛ばしかけていたマリールは、バルドに救出されて事無きを得た。相変わらずバルドの顔面どアップ効果は、対マリール限定で優秀であった。
「えーと、それでは続きを。完成したこの液体の薬を、携帯しやすいように乾燥させて丸めます。あ、エドナさん達の飴の方はどうですか?」
マリールは薬の鍋ごと背負い鞄に仕舞いながら、エドナに聞いた。次に鞄から出す時は、薬鍋の中身は粉末状になっている事だろう。
「こっちはさっきの騒ぎでちょっと焦がしそうになったけどね、なんとか大丈夫だよ」
「あ、じゃあ先に飴の成形に入りましょうか。ちょっと待ってくださいね、きれいに洗ってある手袋を……はい、これ使ってください!」
マリールは背負い鞄から清潔な白い手袋を三双取り出して、一双は自分用に、残り二双をエレンとエドナに渡した。
それから早速手袋を嵌めると、エドナに鍋を傾けてもらい、まだ熱い飴の鍋の中に手を入れた。鍋肌に触れて火傷せぬよう、気をつけねばならない。
「熱いので火傷しないように気をつけてくださいね。作って頂いた飴を私の作る薬に使う分と分けて……うん、これくらいならなんとか触れるかな」
マリールはそう言いながら、エドナとエレンが作ってくれた、まだ熱い草飴の塊を四分の三程鍋から取り出し、残りの飴は鍋ごと背負い鞄の時間停止ポケットへと仕舞わせて貰った。
練る事で艶の出た茶色の飴はまだ柔らかいが、直ぐに外気で冷めて固くなってしまう。ここからはスピード勝負だ。
「では、これを熱い内に素早く棒状に伸ばして……はい、それくらいの細さです。それをこれくらいの長さにカットして、丸めていきます。まだ温かい内に、切った飴を平らの台の上で転がして……」
マリールの指示通りに、エドナが飴を棒状に伸ばし、エレンが包丁でカカカと小気味良い音を立てながら高速で切っていく。流石、食事処を経営するだけはある。二人とも手際が良い。
大体一センチ四方の大きさにカットした飴を、台の上で盆の底で上から少し押すように転がしていけば、丸く成形された沢山の小さな飴が一気に出来上がった。
これだけでも飴としては十分だか、マリールの青色の薬に似せる為には、もう一手間が必要だ。
「これを青い薬に似せる為に、まず砂糖だけで糖衣して、その上から青色の色素を混ぜた砂糖を塗して、さらに糖衣していきます。これで、青い草飴の完成です!」
砂糖を多めにふりかけて、さらに台の上で転がしていくのを繰り返す。そうして完成した草飴は、見た目はマリールの作る青い薬とまったく同じものだった。
完成品を眺めながら、エドナが感心したように呟く。
「――へえ。飴の作り方は知ってたけど、初めて作ったよ。なかなか熱くて、しかも熱い内に成形しなくちゃならないなんて、大変なもんなんだねぇ」
「そうなんですよね、熱い内に形を整えないとだから……でも色違いの飴を組み合わせて模様を作ったり、切ったら絵が出てくる飴とか、動物の形に成形したものとか色々出来て楽しいですよね」
「……嬢ちゃん、それも飲食組合にレシピ登録した方がいいんじゃないかい?」
「ええ~。きっともう、どこかの国で既に『異界の迷い子』先輩がやってますよ。それに売るほど作るのはめんどくさくて……」
飲食組合に提出する、粉末のスープストックや草飴のレシピ登録の申請書類。あれも記入するのが面倒だった。作り方を分かりやすく文にして書くというのが、あんなに大変な事だったとは。
薬は作り方も教える為に何度も書いて暗記しているし、術式を記入するだけで良いが、新たな料理のレシピとなると、一から文章を考えなくてはならない。マリールは正直もうやりたくないと思っていた。
口をへの字に曲げるマリールに、エレンが「質問です」と、手を上げた。
「この青色の粉、何の色なんですか? 食べ物、ですよね……?」
飴は大体、野菜や果物の素材の色がそのまま出る。この世界でも赤と黄や緑、紫やピンクといった色とりどりの飴があるが、青のような緑のような、こんな微妙な色は見た事がなかった。
薬の原料のように、毒や虫や肝ではないと願いたい。
「これなんですけど……。この世界特有の植物みたいで、私も名前を知らないんですよね」
マリールが背負い鞄から取り出したのは、五枚の大きな花弁がラッパ状に開いた鮮やかな紫色の花。マリールの前世の知識では、これに似た効能の花は、蝶豆やバタフライピー等の名で呼ばれているが、見た目も色も異なるものだった。
それに妊婦に飲ませてはいけない成分が入っておらず、この植物があの世界にあったなら、たちまち女性に人気の薬草となったことだろう。
花を見たエドナが、「ああ、これ確か」と呟いた。
「知ってるんですか!?」
マリールが跳び付く勢いでエドナを仰ぎ見ると、エドナは困ったように眉を下げる。
「いやね、名前なんて気にした事も無かったから知らないけどね。温かい国の、海沿いの崖に良く群生してるんだよ。フルッカ国だと、色違いの赤や白や黄色の花とかあってね。エスティリア共和国でもあっただろう?」
「あったんですけど、やっぱり皆「赤い花」「黄色い花」って呼んでて知らないんですよね……。花を食べようとも思わなかったみたいで、興味も無さそうでした……」
マリールの言葉を聞いて、皆が「だろうな」と頷いた。彩りに花を飾りとして添える事はあるが、誰もそれを食べようとは思わないだろう。腹の足しになる気がしない。
ようするにこの花もマリールが使う薬草のように、雑草というくくりで扱われていた。
結局紫色の花の名前は分からず仕舞いだった。マリールはしょぼんとしながら、青色の色素の説明を続けた。
「ええーと、見た方が早いですよね? この花をお茶にすると、紫色のお茶になるんです」
背負い鞄から、今度は生のままではなく、花を乾燥させた花を詰めたものと黄色い果実、硝子の茶器を取り出すと、バルドに頼み沸かして貰った湯を注ぐ。
硝子の茶器の中は花の色と同じように、紫色の茶で満たされた。
ホビット達は作業台に顎を乗せて、まじまじと紫色のお茶を眺める。
「……これ飲めるのか?」
「毒沼の上澄みみたいな色してるけど……」
「毒じゃね? 赤色の薬、毒入りだったし」
ホビット達だけではなく、バルド達も同じ感想だった。凄く、飲みたくない色だ。
「そしてこのお茶にすっぱい系果実の汁を絞って入れると、このような緑っぽい青に変色します」
マリールがバルドにそっと黄色い果実を手渡し、絞ってくれと頼むと、バルドは言われるままに、ぐしゃりと果実を握り潰す。果汁どころか果肉と皮が勢い良く飛び散って、絞るレベルの話ではない。
間近に居たマリールとホビット達、それにエドナが、その飛び散る果汁をもろに顔面で浴びてしまった。
「ちょ……!」
「すっぺ!!」
「目に入った……!!」
「目が……! 目があぁぁぁ!!」
「バルドの旦那は加減てもん知らないのかい!?」
「す……すまん」
バルドが皆に叱られしょぼくれていると、エレンが「あ!」と声を上げる。
「見てください、本当に色が変わって……!」
茶器の中には数滴の果汁が、奇跡的に投入されていたようだ。紫色のお茶が、みるみると緑青へと変色していく。
「まじだ! すげー!!」
「すげー飲みたくない色だけど!」
「種類が違う毒って感じ!!」
ホビット達だけではなく、バルド達も同じ感想だった。色が変わったとしても、凄く、飲みたくない色だ。
「うん、まあ、青系の色って食欲衰退させる視覚効果ありますしね……。でもこれ、眼精疲労・美白・美髪・アンチエイジングと、女性に大変嬉しい効果が――」
「いただくわ!」
「どれ、一杯もらおうかね」
「わ、私も…!」
「私もお願いするわ、お嬢ちゃん」
女性陣によって、青色の粉の安全性は証明されたのであった。




